第17話 十二位③
「流石の拙者でも短時間で五人を相手取るのは面倒でござる。だから……」
アオムラサキはそう言って懐に両手を入れるなり、何かを僕らへ向けて投げ込んできた。
「まずはこれで間引きさせてもらう!」
これは……投げナイフ?
僕らへと投げられた六本のナイフ。
アインは短刀で弾き、シュリは炎を纏った右手で掴み、シュカは凍らせ、マリルは手に持った矢の先でそっと軌道を逸らす。
そして僕は……ガンテツ支部長の陰に隠れた。
「ほぉ。これは予想外。全員合格でござる……ガンテツ殿以外」
アオムラサキが瞬時に放ったナイフ。
それは僕ら五人と……何故かガンテツ支部長へと飛んで行った。
ガンテツ支部長はそんないきなりの攻撃に大層面喰いながらも、自身に向かってくるナイフをなんとか避けることに成功。
しかし僕が咄嗟にガンテツ支部長を盾にしたことで、彼にはもう一本のナイフが迫っていた。
一本目のナイフを避けるのにいっぱいいっぱいであったガンテツ支部長は、当然その二本目を躱せるはずも無く……。
彼のわき腹にはナイフがグサリと突き刺さった。
うわぁ痛そう…………。
「こ、このクソガキぃ……! ワシを盾にしやがって。それと【月光の影】! テメェはテメェで何でワシにまで攻撃してるんだ!」
しかしそこまで深い傷は負っていないようで、案外平気そうなガンテツ支部長は、僕とアオムラサキを獣のような眼光で睨み付ける。
「あぁ、済まん。つい間違えた」
しかしやはりSランクの称号は伊達じゃない。
アオムラサキはガンテツ支部長の威圧なんてなんのその。
まるで今カノを元カノの名前で呼んでしまったみたいな気楽さ(?)で、大して気持ちの籠っていない謝罪を口にする。
「いやぁ、アイン達が個性的な避け方をするもんだから、たまには僕も自分なりの色を出してみようかなって」
皆戦闘スタイルに特徴があるから見ていて凄いカッコいいんだよね。
だから僕も少しだけそのカッコよさを真似したくなってしまったのだ。
「テメェらワシを殺す気か!?」
「問題ないでござる。ちゃんと手加減した」
「そういう問題じゃねぇ!!」
「問題無いよ。ちゃんと供養した」
「テメェは本当に殺す気だったのかよ!!」
あの意表を突いた素早いナイフ攻撃を一本だけではあったが躱してみせたガンテツ支部長。
僕はコッソリと心の中で彼に対する警戒度を一段階上に上げる。
「まぁまぁ支部長。彼らも謝ってますから。大人として許してあげましょうよ」
「【月光の影】はともかく、このクソガキは一切謝ってねぇぞ!?」
まぁ僕は別に悪くないしね? 自身に向かってくる攻撃を避けられない方が悪いのである。
ネロンさんは、未だグチグチと文句を言っているガンテツ支部長を宥めながら訓練場の端に連れて行き、簡単な応急処置を行う。
もしかしたら先程からいい加減戦いたくてうずうずし出しているアイン達の様子を感じ取ったのかもしれない。
うーむ、やはり仕事のデキる大人な女性は素敵だ。
「それじゃまずは俺からな!」
一歩前に出てアオムラサキと相対するアイン。
彼は超近距離で剣を使って戦うタイプである。そのためこの狭い訓練場では、飛び道具などを使った中遠距離が得意なアオムラサキには相性が良いはずだ。
「最初に言っておこう。俺は剣士だ。剣と己の肉体のみを使って戦う。搦め手なんて使わねーから、お前は俺の剣だけに集中しろ」
そう言ってアインは手に持っていた短剣をアオムラサキに見えるように掲げる。
これはあくまで訓練であって殺し合いじゃない。
だからアインは自ら相手に情報を与え、少しでも不利な戦いをしようと考えているのだろう。
彼は自分が強くなるためならどんな苦難な道にさえ進んでいける男なのだ。
「剣士……? そんな短剣でか? リーチが短すぎて剣士としての強みを失っているように見えるでござるが……」
「はっはっは。分かってねーな。優れた剣士ってのはどんな剣でも名剣にしちまうものさ」
あぁ、その話まだ信じ込んでいたのか。
昔、僕と先生がアインの暴れっぷりに困り果てて、なんとかお気に入りの剣を捨てさせようとテキトーに教えただけの言葉だったのだが……。
「まぁお主が良いのならそれで構わないでござる」
お互いに戦いの準備が出来た。
後はどらかが攻撃を仕掛ければ勝負の始まりだ。
張り詰めた空気が訓練場に漂う。
恐らくアインから攻撃を仕掛ける事は無いだろう。
彼は相手に全力を出させ、その上で相手を上回りたいと考えるタイプである。
そんな僕の予想は見事的中し、アオムラサキが先に攻撃を仕掛けた。
先程僕らに投げ込んだのと同様の投げナイフ。それがニ十本同時に繰り出される。
頭から足の爪先まで、あらゆる箇所に向かってくるナイフをアインは横っ飛びをして回避。
するとその行動を予測していたのか。
凄まじいスピードでアインの回避位置に近付いていたアオムラサキは、逆手に持ったナイフをアインの首筋目掛けて突き刺す。
「おっと危ねぇ! 動きはえーなお前!」
ナイフと短剣。
お互いに間合いの非常に短い武器で鍔迫り合いが起きる。
「強いわねあの忍者。アインは勝負を決めにいくまで剣を使わないつもりだったでしょうに、簡単に剣を抜かせた」
どうやら最初に僕達へ投げナイフを投げ、中遠距離タイプだと思わせていたのはただのブラフだったらしい。
アオムラサキは両手それぞれに持ったナイフ、そして蹴りを巧みに繰り出しながら凄まじい勢いでアインへと猛攻を仕掛ける。
だがアインも負けてはいない。
ナイフには剣、蹴りにはこちらも蹴り。
まるで事前に示し合わせていたかのような超高速での戦闘に、僕達の実力を若干舐めていたガンテツ支部長とネロンさんが目を丸くする。
小柄であるがゆえに一つ一つの攻撃は軽い。しかしその弱点は手数の多さと持ち前のスピードでカバー。
アオムラサキは僕達の目から見ても、間違いなく強者の実力を備えていると言えた。
あまりにも長い応酬の末、少しテンポを変えるつもりなのか。突如距離を取り、外側を向いた針が大量に付いている栗のイガのような物をそこら中にばら撒くアオムラサキ。
「うおっ! なんじゃこりゃ!!」
これがただの針であるならば、そこまで大した脅威では無いだろう。
しかしこれほどの強者がその程度の攻撃で済ますはずがない。恐らくその針の先には毒か、それに類する何かが塗られている。
それを瞬時に感じ取り、こちらも咄嗟に後ろへ引き距離を取るアイン。
狙い通り互いの距離を空ける事に成功したアオムラサキは、右腕を縦に振り下ろす。
すると見る見るうちに彼女の目の前には竜巻のようなものが発生し、それが栗のイガを巻き込んでアインへと向かって行く。
「風魔法!? あれだけ近接戦闘慣れしていて魔法も使えるだなんて……」
同じく魔法使いであるシュカが、その幅広い戦闘スタイルに驚きを隠せない。
この屋内の訓練場には逃げ場が少ない。
遂には部屋のカドにまで追い込まれたアインは一つ大きく深呼吸。
そして両手で握りしめた短刀を頭の上に振りかぶり、それを全力で振り下ろした。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
「なっ!? それはリシン流の!?」
アオムラサキが驚いた表情を浮かべ何かを言っていたが、アインの凄まじい剣速による風切り音がそれを完全にかき消す。
「アイン君の勝ちですね」
衝撃の方法で魔法を破ったことにアオムラサキが驚いている隙に、アインは一瞬で彼女との間合いを詰めた。
そして首元に強烈な突きを放つ――――。
さて、勝負の結果は――!?
「ま、まさかSランクに勝っちまうとは……」
「し、信じられません……」
あり得ないものでも見るかのような視線をアインへと向けるガンテツ支部長とネロンさん。
しかし、僕らは素直に勝利を喜んではいない。
「最後の一瞬。ほんの僅かだけど、あの忍者これまでの比にならない速度で動いてたわ」
「うん。きっと体内も含む身体全体を風魔法で覆って、パワーアップしてたんだと思う。常用出来るタイプのものでは無いと思うけど、ぼくらにとってもかなり脅威の技だ」
「これだけ距離が離れているというのに思わず反撃したくなるような、強いプレッシャーを感じました」
アインは大きく息を乱しながら、目の前に気絶して倒れ込んだアオムラサキを見詰め続ける。
恐らく彼の心の内に占めているのは、勝てて良かったというポジティブな気持ちではなく、やられる所だったという戦慄の感情だろう。
やれやれ。世界の実力をこの目で確かめようとは思っていたが、まさか十二位でこの実力とは。
先生のように冒険者として登録していない実力者だって世界には多くいるだろうし、どうやら僕達の世界征服は容易に達成できるものでは無いらしい。
「アインが寸止めをする余裕すらなかったとはね……」
辛うじて刃ではなく
アインと同じく近距離タイプのシュリならば、アイン同様負ける事は無かったと思う。
だがそれ以外のメンバーなら、この屋内の訓練場ではかなりの苦戦を強いられたに違いない。
僕はそんな分析をしながらも、まぁどんなに敵がパワーアップをしようとこのレベルなら僕ら五人が負ける事はないだろうと結論付けた。
「それじゃ支部長。約束の報酬、しっかり払ってね?」
そうニッコリと微笑みながらガンテツ支部長に念押しすると、彼は非常に嫌そうな顔をしながらも渋々といった感じで了承する。
「……仕方あるまい。…………クソッ、子爵をこんな危険な連中に会わす羽目になるとは!!」
機密扱いの勇者ちゃんの現在地について、街一番の権力者ならば何か知っているかも――!
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この小説はハルト視点の一人称小説なので、ハルトなりの物事の捉え方をそのまま文章化しています。
なので今回に関して、アオムラサキはクナイやマキビシといったTHE忍者な装備を使用していましたが、無学なハルトはそれらの存在を知りませんのでちょっと形と色の変わったナイフと栗のイガくらいに認識していました。
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