第59話 手紙

 広い会議室。

 そこでは長方形の形に並べられた机と椅子に座る学術都市各機関の長の姿があった。


 モノクルの片眼鏡を掛けた紳士そうなおじいちゃんに気の強そうな目付きの鋭いおばさん、筋骨隆々の強そうなナイスミドルと外見からして偉そうな人物ばかり。

 そんな堅苦しい雰囲気の中、お誕生日席には領主と僕が向かい合って座っている。


「ハルト殿、聞き間違いだろうか。私には迷宮を独占すると聞こえた気がしたのだが……」

「ちゃんと聞こえてるじゃないか。年の割には良い耳をしているね伯爵」


 学術都市ニノの重鎮が集うこの場では、先日発見された迷宮についての話し合いが行われていた。


 迷宮からは、希少な素材を定期的に入手できる事が多い。

 そのため、極めて優秀な資源として迷宮の所有権は貴族の間で取り合いとなるのが常だ。


 もっとも利益だけでなく強大な魔物の間引きといった面倒事もあるのだが、迷宮の管理を経験した事のないここにいる人物達のどれ程がそれを理解しているだろうか。


 そうしてこの場にいるお偉いさんがオークションのように、僕からいくらで迷宮の権利を買うか言い争っている中、僕はハッキリと言ってやった。



 ――迷宮は見付けた僕達のものだ。売る気はサラサラ無い――



 すると当てが外れたお偉いさんたちはこの反応。


「なにを馬鹿な事を! 迷宮は国の財産だぞ!?」「たかがいち冒険者がなにを偉そうに!!」「場合によっては帝国への反逆とみなされますぞ」「まさか売却価額を吊り上げようとでもしているんじゃないでしょうね」「そもそも領主である伯爵への礼儀がなっとらん! 迷宮は買い取るのではなく収用という形で良いのでは?」「それは名案だ。そもそもあそこの土地は伯爵のもの。ならば迷宮も伯爵のものであろう」


 僕が黙って聞いているのを良い事に、それはもう言いたい放題であった。

 あまりにも聞くに堪えないので、僕はパチンと小気味良く指を鳴らして合図を送る。


 すると、開け放たれていた窓から一本の矢が飛んできて僕の目の前に刺さった。


「「「「……………………」」」」


 僕はなんでもない事のように、その矢についてある折りたたまれた手紙を読む。


「なになに……『今日の夕飯はカレーです』か。これは嬉しいな。……あれ? 皆どうしたの? さっきまであんなに元気いっぱいだったのに。お腹でも空いた?」 

「――……ハルト殿。その矢はなにかな?」


 黙りこくっている面々を代表し、領主である伯爵が僕に問う。


「なにって手紙だけど? 僕の仲間に弓の名手がいてね。こうしていつでも手紙を届けてくれるんだ」


 そう言った瞬間、行儀よく椅子に座り込んでいた老人たちが一斉に壁に張り付き、窓の射線から身を隠す。中には顔を真っ青にして震えている者もいた。


 しかし領主の伯爵だけは悠然と構えたまま、僕に再度問い掛ける。


「それは……脅しか、ハルト殿」

「脅し? どうして僕がそんな事をする必要が? 迷宮は売らないと僕はちゃんと意思表示したハズだよ? この場での話はこれで終わりじゃないか。まさか無理矢理奪い取る気でもあったの?」

「いやいや、まさかそんな。我々の多くは誇りある帝国貴族だ。そうでない者も貴族に勝るとも劣らない気高いプライドを持っている。ハルト殿の考え過ぎだよ」


 伯爵はまるで身に覚えがないかのように笑みを浮かべた。

 そして使用人を呼ぶためのベルを三度鳴らす。


「あれ? 今回は三回鳴らすんだね。さっきまでは二回だったのに」

「さ、さてそうだったかな? 生憎ともう年でね。よく覚えていないな」


 バンッ


 そして騒々しくドアを開けて入って来たのはメイドではなく、全身甲冑姿の男達。

 全身を武装し、剣を構える彼らは即座に僕の周囲を取り囲んだ。

 だが僕はなんら焦ることなく、平常心でお茶を飲む。


「やれやれ、騒々しいな。せっかくのお茶が不味くなるよ」


 ……ごめんやっぱ嘘。めっちゃ怖い。

 いくら天才であろうが僕も人間なのだ。なにかの間違いでその剣が僕の柔肌に触れでもしたら血がいっぱい出て、凄まじい痛みが僕を襲うに決まっている。


 そんなのは本当に勘弁して欲しいし、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。


 だが、こいつらが怪しい動きを見せればマリルが狙撃してくれる手筈になっている。それにニナケーゼ一家ファミリーのリーダーとして、ここはポーカーフェイスを作りより有利な条件で話を纏めなければならない。


 クソ、この場に居る奴の顔覚えたからな。後で絶対に仕返ししてやる。


「この状況でその余裕とは流石はAランク冒険者だな。だが分かるだろう? 交渉は終わりだ。せっかく人が親切に友好的な話し合いの場を設けてやったというのにそれを潰しおって。やはり英雄などともてはやされても平民は平民か」


 先程までの態度とは打って変わり、伯爵はこちらを見下しながら勝ち誇った笑みを浮かべた。

 そして葉巻に火を着け、一服。


「すぅー、はぁー。さて、平民。貴様がこの状況で命を取られずに済むにはどうすれば良いと思う?」

「そんな簡単な問答になんの意味があるの? 答えは――この場にいる全員を皆殺しにする、だ」


 僕は今にも土下座をして命乞いしそうになる身体を叱咤して、なんとか得体のしれない不気味な天才を演じる。

 実際は今湯呑みを持ったら手の震えでお茶を溢してしまうチキンな天才なのだが、周囲の僕を怖がる表情を見るに僕は演技の天才でもあったらしい。


 伯爵は僕の返答に少し気圧されたせいか、それとも臨んだ答えが返ってこなかったせいか。苛立ったように口を開く。


「出来もしない事を……! 正解は迷宮を私にタダで寄越す、これだ。あぁ、勿論おまけも必要だぞ? 貴様のパーティーに女が三人いただろう? あれを貰おう。平民だが顔は悪くない。たっぷりと可愛がってやろう」

「へぇ、僕の幼馴染を奪おうってのかい? ――――次言ったら本当に殺す」


 グサッ


 僕がそう言うと同時に、先程とは違う窓から矢が通され、伯爵の頭頂部の薄毛を掠めて壁に突き刺る。


 矢の羽の部分には、小さな字で『私はハルト君のもの。ハルト君は私のもの』と書かれていた。

 ……結構距離を開けた場所から狙撃しているハズだが、一体どうやってこちらの音を聞いているのだろう。


「ひっ、ひぃいいい!?」


「本来、交渉というのはある程度対等な立場の者同士が行うものだ。でも今回は上の人間が下に合わせてあげたからそれが実現した。あぁ勘違いしないで。上は当然僕達だ」

「ま、窓を閉めろ! 明かりを落とせ! その無礼者を殺せ!!」


 僕を囲んでいた甲冑の内二人が伯爵の指示に従い窓を閉め、魔道具の照明を落とす。

 そしてその他の甲冑は、室内で使うにはリーチが長すぎる剣を捨てナイフで斬りかかって来た。


 しかし指示が悪過ぎる。


 現在の時刻は十九時。とっくに日が暮れたこの時間に突然明かりを消せば、多くに人間には何も見えない。

 夜目の利く僕は襲い掛かって来る狙いが悪いナイフを避け続ける。すると当然、味方にナイフが当たったりする訳で、甲冑達は簡単に大混乱を引き起こした。


「どうにも君達は権力や金に弱いらしい。ならばこちらもその一端を見せよう。おいでロロアンナ」

「はい、ハルト先生」


 この暗闇に乗じて会議室に潜入していたロロアンナとその護衛シーナ。

 シーナが手に持った魔道具の照明を点灯させ部屋に再び明かりを灯す。


 そしてなんだこの女共はと一同が騒然としている中、ロロアンナは名乗りを上げた。


「どうも初めまして。いいえ、中には久し振りという方もいますね。私はロロアンナ・ルア・ジルユニア。ジルユニア皇家の第七皇女です」

「こ、ここここ皇女殿下が何故ここに!?」


 ロロアンナの名乗りを聞き訝し気な顔をしていた者も多くいたが、伯爵の言葉で彼女が本物だと悟り全員が平伏する。

 甲冑達に至っては、皇女の前で武器を構えていたものだから慌ててナイフを床に置いた。


「何故とはご挨拶ですね。私も迷宮を発見、探索した当事者ですよ?」

「そ、そんな嘘だ!? そもそも皇族が学術都市に入ったら真っ先に私に報告が来る筈……!」


「あぁ、それでしたら伯爵は信用できませんので黙っていました。帝都の状況は伯爵もご存じでしょう? 嫌がるお兄様を無理矢理担ぎ上げている貴方が私の来訪を知ると、嬉々として暗殺者を差し向けて来そうでしたから」


 伯爵は何もかも信じられないとでも言うように、口を開けて放心している。

 しかし、周囲の者達はロロアンナの言葉を聞き騒然としていた。


「暗殺!? 殿下をか!? 一体どういう事ですか伯爵!」「皇族の信用を失った領主がこのままでいられるとはとても思いませんな……」「権力争いは貴族の常とは言え、超えてはいけないラインがあるでしょう」「こうなると、次期領主はマイルド子爵かな?」「殿下は魔術学院の制服を着ていらっしゃる。ならば、レドン学長は信用されていたという事」「レドン君。君ならば信用できる。これからの学術都市を頼んだよ」


 すると想定通り、お偉いさん達は伯爵をあっさり切り捨て次期領主はレドン学長という流れに。

 皇女であるロロアンナも、よっぽどの事が無ければそれが既定路線だと言っていたし、後は僕が少し脅して仕上げるのみだ。


「これで分かった? 僕達の功績を奪おうとする事は、皇女殿下の功績を奪おうとする事と同義だ。さて、聞いておきたいんだけど、僕を脅して迷宮を掠め取ろうとしたのはここにいる全員の総意かな?」


「まさかそんな」「あり得ませぬな」「全ては伯爵閣下……いえ、そこの乱暴者の独断です」「誇りある貴族としてそのような真似は決して」


 事実がどうであれ、伯爵の罪を連帯責任にされたら堪らないと考えた面々は凄い勢いで首を横に振りながら僕の問いを否定する。


「あぁ良かった。悪者は伯爵一人だけだったんだね。それじゃあ僕達に迷宮の管理を任せると公式に認めてくれるかな? 見返りとして学術都市にはこれらのリストの素材を定期的に卸してあげるよ」 


 無論、値段はいくらか上乗せしてね。


 シーナが用意していた紙の資料を配ると、皆一様に驚愕の表情。


「希少な素材がこんなに!?」「帝国内にあるどの迷宮よりも金になるではないか!」「これが継続して取り引きされれば学術都市は倍も大きくなるぞ」「金の掛かる研究もし放題……」「いやそもそも、これだけの額が動くとなると学術都市の経済を掌握されてしまうのでは――」


 再度騒然とする会議室。

 そんな中で、次期領主と目されているレドン学長は、僕の元へやって来て笑顔で握手を求めて来る。


「ハルト殿。学術都市は貴方と殿下による迷宮の管理を認める。大変じゃろうが、これからよろしく頼みますぞ」

「任せてよ」


 こうして、既にニナケーゼ一家ファミリーの配下に収まっていた彼の一言で、学術都市ニノの征服がひとまず完了した。



~~~~~~



「ハルトくーん! お手紙が二通来てますよ?」


 学術都市ニノを離れる事を決め、ジリマハに帰る準備をしていた僕達。


 するとある日、僕宛に二通の手紙がやって来た。

 一つは勇者の仕事で再び学院を離れているリセアから。

 一つはジリマハに残して来たメイド、サティから。


 まずは愛しのリセアからの手紙を読もう。これがラブレターなら嬉しいんだけど……。


『ハルトへ。


 この手紙を書いている段階で、私が学院を離れてから早十時間。領主との話し合いはどうなった? まぁハルトならうまくやったんだろうけど少し心配。

 私とこんなにも顔を合わせられなくてハルトは寂しい? 寂しいよね? 寂しいに決まってる。寂しくなきゃおかしい。寂しいと言え。……私は寂しい。

 学院を発つ前にハルトの部屋で調達してきたシャツと靴下とパンツが無ければ私は直ぐに学院に戻っていたと思う。


 あぁ、鍵? 掛かってたけど、コッソリ合鍵を作ってたの。


 問題無いよね? 私達は愛し合うカップル。なら部屋の鍵も資産も秘密もなにもかも共有してなきゃ不自然だし。

 それと、ベッドの下に置いてあった汚らわしい雑誌は全て燃やしたよ。私がいるんだからあんなもの必要無いでしょ。代わりに私のパンツを置いておいた。これであと三十年は戦えるハズ。

 言うまでも無いけど、私が居ない内に他の女に目移りしたら許さない。絶対に許さない。胸やお尻を見るのは論外。顔も見て欲しくない。もし見たら、その女を――自主規制――。

 ハルトの視線も愛情も全て私だけのもの。それを破ったら……貴方をどこか人里離れた山奥に監禁してしまうかもしれない。安心して、食事も排泄も全部私がお世話してあげるから。でも大丈夫だよね。私はハルトを信じてる。

 私の信頼を裏切ったら――貴方を殺して私も死ぬ。なんてね? でもこれで二人は永遠になれるよ? 嬉しいでしょ。


 P.S. 帰ったら約束だったデートをしようね? 


 貴方の愛するリセアより』



 …………………………。



 僕は何も言わずに手紙をパタリと折り畳みゴミ箱に入れた。


 きっとこれはあれだ。いたずらレターだ。

 誰かが僕の愛するリセアの名を騙ってこんな恐ろしい手紙を書いたのだ。


 そう心の底から確信しているものの、何故か僕の身体の震えが収まらない。室温も急に冷えて来た気がするし、鳥肌も立ってきた。


「どうしたんですかハルト君? 顔真っ青ですけど……? 私のお薬飲みますか?」

「い、いや大丈夫だよ。ハハ、今日は冷えるね」


 恐ろしい怪談話でも聞いた気分だ。

 今日の夜は一人でトイレに行けないかも知れない……。

 気分を変える為にも、今度はサティからの手紙を開いた。


『ご主人様へ。


 どうも、貴方の頼れる美少女メイドサティです。

 学術都市ではいかがお過ごしでしょうか。元気でやっていますか? これだけ長い期間美少女メイドと離れていたら、美少女メイドが恋しくて仕方がないのでは?

 美少女メイドのパンツで汗をぬぐうのがお好きなご主人様の事ですから、きっと日々の寝言は『美少女メイドのパンツ』『サティのパンツ』で埋め尽くされている事でしょう。やれやれ、それではいつまで経っても美少女メイド離れが出来ませんよ? 


 さて、ご主人様に丸投げ……いえ一任されていたジリマハの裏社会統一ですが、見事成功いたしました。勿論そのトップはご主人様ですが、面倒な実務に関してはテゾンに丸投げしておきましたよ。彼も突然の重責に毎日ひーひー言っていますが、ご主人様の為ならば身を粉にして働いてくれる事でしょう。

 そして、遂に美少女メイドとご主人様の愛の巣、もとい皆様のお屋敷が完成しました。幾人か美少女メイドの下で働く一般メイドを雇っていつでも皆様が住めるよう準備しております。 あぁ、それと学校の方も、後はご主人様の判断で運営を開始できます。そこから未来の一般メイドが数多く排出されると思うと胸熱ですね。(美少女メイドとしては、ご主人様のお世話とパンツ係以外の雑務は全て彼女達に任せるのが理想です)

 それでは、いつになるかは分かりませんが、ご主人様達のお帰りを――ご主人様のベッドで惰眠を貪りながら――心よりお待ちしております。


 P.S. この手紙を出そうと外出したら、異端者だとか言われてラトナ聖国に拉致されてしまいました。てへっ♪


 ご主人様に助けて欲しいような、でも身を危険に晒して欲しくは無いような複雑な心境の美少女メイドより』



 先程までの震えはいつの間にか収まっていた。


 僕は急いで幼馴染とジリマハに行くはずだった弟子一同を集めて、有無を言わさぬ強い口調で言う。



「予定変更だ。今からラトナ聖国を潰しに行く」



 そう、これは仲間を……メイドを救うため。


 決してリセアが怖いから逃げ出そうなんて安易な考えではない。ないったらないのだ。





学術都市ニノ編 完




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