第58話 地下遺跡⑥

 落ちたな……!

 僕はリセアの赤面した表情を見てそう悟った。


 僕がイケメンというのもあるだろうし、天才というのも勿論あるだろう。

 だがここで決め手となったのはいわゆる吊り橋効果という奴だ。


 命の危機でドキドキした心臓の鼓動を恋のときめきと勘違いしてそのまま惚れてしまったのである。


 無意識での行動ではあったが、こんな怖い思いをしてまで身体を張った甲斐があった。

 ロマンスもときめきもあったものではないが、結果さえ得られれば過程なんてどうでも良いのだ。


 惚れられてさえしまえばこっちのもの。

 後はリセアの懸念点である魔王をなんとかすれば、念願の結婚はすぐそこだ!



「おい、デカブツ。俺の親友によくも攻撃しやがったな」

「アタシの親友兼夫に魔法を撃ち込むなんて……死んで詫びなさい」


 アインとシュリが怒りを露わにしながらそう言うと、悪魔は慌てたように口を開く。


「ちょちょちょちょっと待て。俺様が攻撃したのはそこの勇者だ! 射線に勝手に入って来たのはアッチの方だぞ!?」

「「問答無用! 死ねぇい!!」」


 いつにもまして人の話を聞かないアインは、悪魔の手足を次々と斬り落としていく。

 だが悪魔はその度に、膨大な魔力を消費して欠損した手足を再生していった。


「そ、それに俺様はちゃんとあの男には魔法が当たらないよう、直前で許容量を超える魔力を注ぎ込んで暴発させた! 見ろ! 怪我一つないだろ!?」

「言い訳するんじゃないわよ!!」


 いつもはまだ理性的な部類であるシュリもこの調子。

 僕を想って怒ってくれるのは嬉しいけど、こうして無傷なのは間違いないのだから少しくらい話を聞いてあげて欲しいと思わないでもない。


「おかしいですね。あれだけアイン君とシュリちゃんに攻撃されても反撃する様子をみせません。どうしたんでしょう?」

「さっきまでは普通にお姉ちゃん達を殺しに掛かってたよね? うーん、なにか心変わりでもあったのかな?」


 マリルとシュカは僕に近寄って来ながら悪魔の行動の違和感について話し合っている。

 そして僕の隣りに座り込むなり、マリルは背負っているリュックから大量の薬を取り出して僕に手渡した。


「はい、ハルト君。怪我は無いと思いますが、ビックリして心臓に負担が掛かっているかもしれません。念のためこのお薬を飲んでください。……あとこれと、これと、これも! あぁ、こっちの薬も必要です。そしてこの薬も忘れてはいけません。他には――」


「だ、大丈夫だよマリル。僕ピンピンしてるし。それにこんなにいっぱい飲んだら逆に身体に悪そう……」

「安心してくださいハルト君! 私のお薬は安全第一。特にハルト君に渡したのは実験体……もといモルモットで念入りに治験を重ねたお薬です! 胃に穴が開いたり、血液が緑っぽくなったりしない自信作です!!」


 滅多にない僕に薬を飲ませるチャンスを前にして、マリルは鼻息荒くそう説明する。

 くっ、この期待に満ちた幼馴染の表情を見たら、友達思いの僕は断る事なんて出来ない。

 仕方が無いので、僕は覚悟を決めて全ての薬を一気に口の中に放り込んだ。


「わぁ! やっと私の薬学が役立つ時が訪れました! うぅ、これまで勉強を頑張って良かった!」

「良かったねマリルちゃん。……お兄ちゃん死ななきゃいいけど」


 そう思うのならマリルの暴走を止めてくれよシュカ……。


 口の中で混ざり合う錠剤タイプ、紛薬タイプ、カプセルタイプの薬達。

 一体どんな素材を使えばここまで苦くなるのか。僕は吐きそうになりながら、根性で飲み込むことに成功した。


 頼む、紫色のおしっことか出ないでくれよ……!


 そうして僕が薬を飲む前の何百倍も自身の体調を心配していたら、未だに斬って殴って回復しての一方的な戦いを繰り広げていたアイン達と悪魔の戦いの状況が変わる。


「いい加減話を聞け! 初めの内は気が付かなかったが、あのお方の加護を授けられている貴様らを俺様が害する筈がないであろう!?」


 あのお方の加護?


 僕にはまるっきり身に覚えが無い。

 同じく悪魔の攻撃の対象から外れていたアインとシュリも同様に困惑した表情を浮かべる。


 するとそれを見た悪魔は、ここに来て初めて怒り以外の感情を見せた。


「む? 本人達も知らないだと? 一体どういう事だ? このようなパターンは知らないぞ。……ちっ、色々考えられるが、俺様からはこれ以上何も言わない方が良さそうだな」


 戸惑ったように、小さくブツブツと呟きながら考え込む悪魔の言葉の内容は聞き取れない。

 しかし、悪魔にとっても僕らの持つその加護の存在とやらはイレギュラーなものだったのだろう。

 でなければ、あれ程の殺意を漲らせていた悪魔がこうも急に大人しくなる理由が他に思い浮かばない。


 暫く僕達やリセアの顔をチラチラと流し見ながら考え込む悪魔。

 そしてようやく結論を下したらしい彼は、その堂々とした立ち振る舞いを変化させる事なく偉そうに僕達に言った。



「降伏しよう。以後は貴様らの指示に全面的に従う」



~~~~~~



「まずは名前を聞かせてもらおうか」

「俺様の名はアルベル。見ての通り悪魔族だ」

「志望動機は?」

「志望動機? ふむ、我々悪魔は第一に契約に従って生きる。そして第二に強き者に従う。この二点が理由だな」


 敵対していた悪魔――アルベルの言葉を受け、僕は急遽個人面接を行っていた。


 悪魔は狡猾だと聞く。そこで、まずはお互いを知る所から始めようと僕が提案したのだ。


 リセアの創造魔法で作ってもらったテーブル型聖剣とイス型聖剣を使用しているため雰囲気はバッチリ。

 僕の右隣りの席にはマリルが書記として座り、カタカタとペンを動かす。左隣にはリセアと先輩の二人が、悪魔の行動に目を光らせている。


「得意な事は?」

「拷問だ。他に、人を騙すのも得意だし、契約の穴を見付けるのにも自信がある」

「僕達の下に付いたらどんな事をしてくれる?」

「ハルト殿達が望むのなら毎日千を超える人間の死体を献上しよう」


 拷問は使える場面がそれなりに多そうだが、人間の死体を献上されてどうしろというのか。


 うちは焼却場じゃないんだよ?


 だけど上司を敬う気持ちと命令に従う従順さは合格点だ。


「簡単な経歴を教えてくれるかな?」

「十五歳の時に魔王軍に入隊。そこから叩き上げで大尉にまで登り詰め、軍大学に入学。首席で卒業した後は、最終的に先代の魔王様直属である四天王になった」

「この迷宮の主は君? それとも……」

「俺様のペットだな。ここで魔物の群れを作り、人間の街を襲おうと画策していた」


 なるほどなるほど。

 既に部下を持っていて管理職の経験有り。仕事も自分で計画を立てて実行することが可能か……。


 僕は何度も深く頷きながら、これまでのアルベルの言葉を振り返る。

 そして遠くでトランプをして遊んでいるアイン達の姿を見ながら結論を下した。


「合格!」

「よし!」


「よしじゃねぇよこの悪魔! なにサラッとトンデモねぇ計画を暴露してんだ!? それに四天王!? ビックリするぐらい大物じゃねぇか!!」


 僕の合格判定を聞き、アルベルは嬉しそうにガッツポーズ。

 しかし先輩はどうにも納得がいかないようで、怖い顔をして僕に食って掛かる。


「新入りもこんな危険人物を仲間にしようとするんじゃねえ! 途中から碌な事言ってねぇぞコイツ! 犯罪のオンパレードだ!」

「まぁ落ち着いてよ先輩。僕達に被害が無いのならそれは無実と一緒だ」


「どんだけ自分中心に世界が回ってんだよ!? 四天王なんだから被害者の数も膨大だっつーの!」

「ふん、いつまでも過去に囚われる奴は嫌われるぞ聖女。俺様やハルト殿のように未来志向で生きるのだな」

「加害者の言うセリフじゃねーだろ!? おいリセア。お前からもなんか言ってやってくれ」


 自分一人では何を言っても無駄と判断した先輩は、勇者であるリセアを味方に付けようと試みる。

 すると、リセアも敵の幹部を仲間に引き入れようとするのを認める訳にはいかないようで、僕に苦言を呈してきた。


「……ハルト、部外者の私が言うのもなんだけど、流石に四天王を仲間に入れるのは――」

「リセア、僕らにはアルベルの力が必要なんだ」


「……うん、ならしょーがない」

「リセア!?」  


 まぁ僕だって、この悪魔を全面的に信用している訳では無い。

 僕達幼馴染五人に加護があるからと態度を急変させたが、その加護については何一つ説明をしないし、先程の魔法を完全に封じる技も凄まじかった。その上戦闘能力もそれなりと、これで裏切りを警戒するなという方がおかしい。


 だが僕はここでリスクを負ってでも彼を仲間に引き入れる。


「アルベルさん。我々としましてはこれらの素材が定期的に欲しいのですが……」

「ふむ、これくらいならば問題は無い。他にもこれとこれも量産は可能だ」

「え!? ホントですか!! もしかして、これもどうにかなっちゃうんじゃ――」


 マリルとアルベルがメモ用紙を挟んで話し合いを進めると、次第にマリルのテンションと機嫌がグングン上昇していく。


 そう、アルベルを仲間に引き入れる最大のメリット。

 それは戦闘能力でも悪魔としての知識でも無く、迷宮の主をコントロール出来るという点にあった。


 通常、迷宮というのは魔物が勝手に繁殖し勝手に暴れ回る、言わば災害のような側面が強い。

 だがペットの悪魔を使い、魔物の繁殖を完全にコントロールしているアルベルが居れば、希少な素材を持つ魔物を狙って増やす事も可能という訳だ。


 本来ならばこのような迷宮を使った実験は、大陸法により一族郎党死刑とされる。

 しかし、アルベルはそもそもこの法律の適用範囲外である他大陸の悪魔だし、もし何かあったら彼を切り捨てれば良い。

 このイマイチ信用が置けない悪魔なら、見捨ててもそこまで良心が痛まない。

 まさに攻守に優れた完璧な策であった


「ちなみにアルベル、本当に個人的な興味本位な質問なんだけど……」

「なんだハルト殿?」


 僕はそう前置きしたうえで、全人類を代表してアルベルに問う。


「……そっちの大陸にはサキュバスっているのかな?」

「「ハルト(君)!」」


 僕は両脇から頬っぺたをつねられた。



~~~~~~



 ハルト達が帰った後。

 破壊し尽くされた古代遺跡の真ん中で、アルベルは困ったように一人考え込んでいた。


「参ったな。これでは魔王様のために人間の感情を集める事が出来ない」


 アルベルがここで魔物の大軍を作り、人間の街を襲わせようとしていた目的。それは人間の命ではなく、命の危機に陥った時の人間達の負の感情を集めるためであった。


「今の魔王様はまだまだ反抗期。手っ取り早く感情を与えてあのクソ生意気なガキを成長させてやろうと思ったが、まさかあのお方の加護を持った人間に出会うとは思わなかった」


 悪魔は通常の食事に加え、他種族の感情を食らって生きている。

 そしてそれは何故か悪魔族ではない魔王も同じだった。


 悪魔も魔王も人間の感情を食べれば食べるほど力が増す。年齢は全盛期に近付き、健康体になるのだ。

 今回はそれを利用して、魔王を強制的に成長させようと魔王軍幹部一同で企んでいたのである。


「絶対にセーレンの奴怒るよな。魔王様の世話してるのほとんどアイツだし。でも仕方ねぇよな――」


 アルベルはそう言いながら、先程会った五人の人間を思い浮かべる。



「――だって副魔王様のお気に入りに逆らうとかありえねーし。うん、俺様悪くない」



 そう結論付けたアルベルは、先程ハルト達と交わした契約に従って、早速魔物の繁殖に取り掛かるのだった。




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次話で学術都市編は終わりです。

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