第57話 地下遺跡⑤

 アイン、シュリ、リセア。僕らのメンバーの中でも特に血気盛んで戦いたがりの三名が悪魔へと攻撃を仕掛け、それぞれが手に持っているスコップ型聖剣で悪魔へと斬りかかる。


 すると――――


 ポキッ


「「あ!?」」


 悪魔の硬い皮膚に阻まれ、アインとシュリの持っていた聖剣が折れてしまった。

 神々しい見た目とは裏腹にあまりに脆すぎる耐久力。


 アインとシュリは思わず手に握る根元から折れた聖剣の柄を呆然と見詰める。

 アインなど剣を折るなど数年振りではなかろうか。シュリだって基礎的な剣術は叩き込まれているから決して無茶な使い方はしていないと思う。


 あぁ、そう言えばそれスコップだったね……。

 スコップを当たり前のように使いこなしてしまうリセアの方がおかしいのだ。

 

 時が止まったように動きを止めてしまった二人。

 その隙を逃す程悪魔は甘くない。


 リセアのスコップ型聖剣による攻撃で腕を一本を吹っ飛ばされながらも、まるで痛みを感じていないかのようにアインとシュリの両者を思いっきり殴り飛ばす。

 凄い勢いで岩壁にぶつけられた二人を見たリセアは、一旦引いて僕らの近くへ寄って来た。


「……聖剣は勇者にしか扱えない。あの二人の聖剣が折れたのは必然」

「先に言っとけよ馬鹿リセア! あの二人スゲー勢いで壁に突っ込んでったけど死んでねーよな!?」

「舐めないでください。私達は壁にぶつけられる訓練もちゃんとこなしてるからあの程度は余裕です!」


 ぶつけられる訓練ってか、ただ先生をブチギレさせて殴り飛ばされていただけだよね?

 物は言いようである。


「……ハルト、あれも殺した方が良い? それとも生け捕り?」


 そしてさっきから疑問に思っていたんだけど、アイン達だけでなく何故リセアも先輩も事あるごとに僕の指示を求めるのだろう。

 確かに僕はこの攻略隊の暫定リーダだ。でも勇者として悪魔を滅ぼす責務とか、聖女として悪しき者を滅する義務のようなものはないの?


 世界を救う勇者様の行動が僕の発言一つで決まるとか責任感が重すぎて吐きそうになる。


「あの悪魔には知性がある。ならば平和的解決を目指すべきだろう。ヨウ、ロロアンナ、こっちおいで」

「はいハルトお兄様!」

「なんでしょうかハルト先生」


 僕が呼ぶとダッシュでこちらに駆け付けてくる教え子二人。

 何をさせられるのかと不安げな顔をしている二人に僕は笑顔で言う。


「現時刻をもって君達を対悪魔親善大使に任命する。さぁ、君達の巧みな交渉術で怒れる悪魔を宥めておいで。そしてあわよくばお宝を貰ってくるんだ」


「「……………………」」


 僕の言葉で一気に顔を青褪めさせた二人は、まるで死地に赴く戦士のような決死の雰囲気を醸し出す。そして白旗の代わりに白いハンカチを掲げながらトボトボと悪魔の方へと歩いて行った。


「お、おい新入り。本当にあの二人だけで行かせて良かったのか?」

「……あの二人は将来有望。でも今の実力じゃ……」

「ハハハ、心配性だな二人共。大丈夫、見てなよ」


 悪魔はまるで戦意を見せないヨウ達に訝し気な顔を浮かべるも、攻撃を仕掛けたりはしない。

 どうやら人族以外にも白旗という概念はあるようだ。


「ヨウが一生懸命なんか話してんな」

「……悪魔が怒鳴ってる。どうしたんだろう」

「多分、リセアが腕吹っ飛ばしたから交渉が難航してるんじゃねーか?」

「……私じゃない。その前にハルトが遺跡を破壊したから、それで怒ってる」


 いや確かに指示を出したのは僕だけど、実行犯は君だよ?


 会話はちゃんと通じるようで、コミュニケーションに苦労しているといった様子は見受けられない。

 だがなかなか首を縦に振らない悪魔にヨウもロロアンナも非常に苦労していた。


 ヨウはともかく、ロロアンナは皇女としてこういった交渉事はお手の物なハズ。きっと素晴らしい成果を手にして戻って来るに違いない。


 そう期待しながら状況を見守っていると、


「あ、終わったみてーだぞ?」

「……二人共、泣いてる?」

「攻撃された様子は無かったよな?」

「……もしかして酷い罵倒でもされたかも」


 先輩とリセアの言葉通り、悪魔の元から帰って来る二人は腕で目元を覆いながら涙を流していた。

 この二人が罵倒程度で泣くとは少し考えられないが、一体どうしたのか。


「ひっぐ、ひっぐ。ハルトお兄様ぁ! あの悪魔、可哀想なんです!」

「えっぐ、えっぐ。生き別れとなった弟を探すため山を越え、川を越え、谷を越え、気が付いたらこんな場所に居たんだそうです」

「ひっぐ。そして友達の魔物達と幸せに暮らしてたら、いきなりわたし達が現れて皆殺しにしたって」


「「うわーん! ごめんなさーい!!」」


 そう言って二人仲良く抱き合って涙するヨウとロロアンナ。

 僕達はそれを見て頬を引き攣らせていた。


「いや、弟探しはどうなったんだよ! こんな所で幸せにしてる場合か!?」

「……そもそも、悪魔の居る大陸からは船を使わなきゃここに来れない。気が付いたら別大陸とか頭おかしい」


 そう、悪魔の言う事は冷静に考えなくても無茶苦茶過ぎた。

 ただ弟を探していただけならばこちらの大陸に来る必要なんて無いし、こんな地下に隠れ住む必要も無い。ましてや心臓を三つに砕いて遺跡の中に隠すなんて意味不明だ。



 ……いや、弟が土を掘って海を越える最強なモグラならその言い分でも理屈は通るか?



「ヨウ、ロロアンナ。次はこう言って説得して来るんだ。『君の弟のモグラはジルユニア帝国皇帝が八つ裂きにして踊り食いした。敵は僕達ではなく帝国だ! 戦況を見誤るな!』と」

「「うわーん、弟モグラ可哀想ー!!」」


 再び、抱き合いながらヨウとロロアンナは嘆く。


 ……さては君達、ノリと勢いで泣いてるな?


 この調子なら、ここで僕が木の枝をへし折っただけでも『枝可哀想ー!』と泣いてしまいそうだ。

 もしかすると悪魔と向かい合った事で、緊張し過ぎてどこか大事な器官が壊れてしまったのかもしれない。


 可哀想に……。


「おい、なにテキトーな事言ってやがる。帝国民が皇帝に無実の罪を着せるんじゃねえ! そして弟のモグラってなんだ! どっからモグラ出て来た!?」

「いやー、僕思うんだよね。リセアが僕と結婚してくれないのは勇者としての責務があるからだ。なら、ここで禍根を生み出して人間側と魔王側をぶつかり合わせるのを早めるのが最善なんじゃないかって」


「テロリストかテメェは!? まだ魔王も生まれてない内から余計な問題を引き起こすんじゃねぇよ!」

「……そもそも私の気持ちが考慮されていないのは何故……」


 そりゃ天才でイケメンな僕が落としに掛かって落ちない女などいる訳が無いからだ。

 唯一の懸念点は無関心を貫き通される事だったが、こうして名前を呼び合う仲になれた。ならば、もはやゴールは目前。魔王を倒せばハッピーエンドである。


 僕の言葉を聞いたヨウとロロアンナは、先輩の必死な制止を完全に無視して再び悪魔の元へと向かう。

 すると驚くことに今度は何故か笑い合って談笑しているではないか。


「おい、さっきと違って今回はえらい和やかな雰囲気だな」

「……うん、とっても楽しそう」

「でもヨウが伝えた言葉って笑い合うような内容じゃねーよな?」

「……もしかしてハルト。さっきの言葉はなにか暗喩とか暗号だった?」


 いや、そのまんまド直球の意味だったのだが……。

 ジルユニア帝国と魔王陣営のガチンコバトルを早期開催したくて煽っただけなのに、何故あそこまで笑顔になれる? 悪魔の度量広すぎか?


 知りたい……なにを話しているのかとても気になる……。


 暫くすると、ヨウとロロアンナは先程とは打って変わり、今度はスキップで戻って来た。

 なにをどう間違ってもジルユニア帝国への宣戦布告を受けた顔ではない。


「ハルトお兄様! 美味しいミートパイの作り方を教えてもらっちゃいました!」

「ハルト先生! 私は美味しいミートボールの作り方を教えてもらいました!」



 本来の目的はどうした!?



 なに和気あいあいと料理のレシピを伝授してもらってるんだよ!?

 相手は悪魔だよ!? 圧倒的人類の敵だよ!?


 そのミートパイやミートボールだって、大方おおかた人間の――と頭に付くグロテスクな料理に決まっている。

 僕は食べない。そんな危険な料理は決して口にしないからな!


「リセア、奴は危険だ。取り敢えず生け捕りを目指して、無理そうなら殺す事も視野に入れよう」

「……? よく分かんないけど分かった」

「一体今の話のどこからあの悪魔の危険性を見抜いたんだコイツは……?」


 僕の言葉を受け、今度はちゃんとした直剣型の聖剣を手にしたリセアが悪魔へと近付いて行く。

 それと同時に、壁に叩きつけられ姿が見えなくなっていたアインとシュリも瓦礫をどかしながら笑顔で現れた。


「へっ、やっぱ戦う道を選んだかハルト! そうこなくっちゃな!」

「クソ勇者の罠のせいで攻撃を食らったけど、次はそうはいかないわよ」

「……別に罠じゃない。貴方達が勝手に自滅しただけ……。私一人でも充分」


 アインはお気に入りの短剣を握りしめ、シュリは全身に炎を纏う。

 そしてリセアは聖剣をより輝かせ、勇者に相応しい出で立ちで最終警告を行った。


「……そこの悪魔。降伏すれば命だけは助けてやる。死にたくなければ降伏しろ。故郷の母モグラが泣いている」

「さっきからなんだモグラモグラって! 俺様がモグラにでも見えてんのかアホ!! さっきのは子供相手だったから笑って許した上に俺様の持ちネタをいくらか披露して笑わせてやったが、テメェらはそうはいかねぇぞ!」


 そんな子供への優しさ百点満点の悪魔は、何やら聞いたこともない不思議な呪文を唱え始める。


 その隙を突きアイン達も攻撃を仕掛けるが、そんなのお構いなしで悪魔は詠唱を続行。

 遂に悪魔の腕と脚、目が残り一つずつになった時。どうやったのか急に足元に魔方陣が浮かび上がり、呪文を唱え終わった悪魔は指パッチンを決めた。


 パチン


 その瞬間――――


 ――この地下空間から魔力が消えた。


「この一帯にある魔力を全て自身の体内に移動させている!? あいつは一体なにをする気なの、お兄ちゃん!?」

「悪魔は最も魔力の扱いに長けた種族ですから、これ程の事をやってのける者が居ても不思議ではありません。しかし、この広大な空間の魔力を全て使ってまで何を……? まさかこちらの魔法を封じた!? 合ってますかハルト君?」


「…………ふふ、それは見てのお楽しみさ」

「おい、コイツぜってー知ったかぶりしてるぞ!? 顔に何も分かりませんって書いてある!」  


 なにやら先輩が騒がしいが、今はそれどころではない。


 地下にある魔力を全て消費した事で、どういう原理か悪魔の身体は完全に快復。

 逆に一時的とはいえ魔力が消失した事で、シュリの炎魔法はどんどんと小さくなって消え失せ、リセアの聖剣も霧散して封じられた。


 そして悪魔は一目散にリセアに狙いを定めて怪しげな黒い炎みたいな魔法を撃ち込む。

 よく見ると、既にリセアの足元は悪魔の魔法によってつるのようなもので固定化されており、抜け出そうと必死にもがくがびくともしていなかった。


 状況から見て、間違いなくこの悪魔はリセアという勇者一点狙いで攻撃を仕掛けている。


「ガハハハハ! 勇者の首は俺様が頂く!!」


 それを理解した瞬間――僕の身体は自然と動いていた。

 日頃は絶対にしない全力疾走で、リスクも頭に入れないでその魔法とリセアの間に割って入ったのである。


 そして――――――――



 ドォオオオオオン!



「ハルト!?」


 珍しく大声を上げたリセアを背に、僕は悠然と佇む。

 いつものように自信満々で天才としての誇りを胸に、不敵な笑みを浮かべて。


「だ、大丈夫、ハルト!?」


 痛みは無い。傷も無い。腕も落っこちてない。

 まるで魔法なんて無かったと言わんばかりの僕の無傷っぷりに、流石の僕も少し驚いてしまう。


 最後の一瞬は怖くて目をつぶっちゃったから、何が起きたかさっぱりだけど、きっと僕の天才性とリセアを想う熱き心がなんやかんやで魔法を打ち消したのだろう。 


 背後で心配してくれるリセアに対し、僕はとびっきりのイケメンスマイルで振り向き、無事と愛情と結婚と子孫繁栄をサムズアップしながらアピール。


 それを見てリセアはホッと笑顔を見せる。


 ……イマイチこちらの意図が伝わっていない気がするが、それは気にしない。


 そもそも、僕も考え無しにこの危険地帯に飛び込んだ訳では当然なかった。


 天才という人種は、死ぬ時が天命により定められているものだ。

 より印象的に、よりダイナミックに、より感動的に。天才は死に際まで天才なのである。


 しかし僕は世界征服を成し遂げていないし、リセアと結婚もしていない。

 つまり――まだ死ぬ時では無い。


 だからこそ、逆説的に僕がどんな自殺行為をしようと運命が僕を生かすという結論に至る。

 まぁ想像以上に怖かったから二度と身体なんて張らないと神に誓うが、こうして実際に生きていたから僕の仮説はQ.E.D.証明完了と言ってもいいだろう。


 そしてせっかく身体を張ったのなら、そのチャンスを最大限自分のために利用するのが僕のやり方だ。

 そこで僕は再び精一杯のイケメンスマイルを作り、なんでも無い事のように……しかし恩は感じてくれるようにリセアに言う。


「言ったろ? 僕が君を守るって」


 だから頼む! これで惚れてくれ!! 

 これ以上命を懸けるのは無理だ!


 そんな僕の純粋で儚い祈りが通じたのかもしれない。



「……ありがとうハルト……!」



 リセアの頬が赤く染まったのを、僕は見逃さなかった。

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