第56話 地下遺跡④

 ザクッ ザクッ ザクッ……


 固い土をえぐる音が周囲に鳴り響く。


 僕達が地面を掘り始めてから、早くも三時間が経過しようとしていた。

 始めの内は元気だった皆も、慣れない掘削作業で体力と気力を奪われている。

 一人また一人とスコップを置き、今まともに穴を掘っているのは先輩とヨウくらいだ。


「おーい新入り! これ本当に意味あんのかよー? いつまで経っても何も出て来ねーぞ!」


 これだけの時間を掛けて掘り進めた穴の深さは凡そ二十メートル。

 数字だけで判断すると大したこと無いようにも思えるが、実際にその穴を目にするとかなりの深さであることが分かる。


 穴の底には人工太陽の光も届いていない。

 だから先輩とヨウ二人の姿も、そして穴の底も、穴の上にいる僕からではまるっきり視認出来ていなかった。


 僕の位置から穴を覗き込んで見えるのは真っ暗な闇だけ。

 先輩の声もやまびこのように反響しているし、まるで異世界と交信しているような気持ちにさせられる。


 その深淵の先から掘り出した大量の土を操作魔法で運んでくれるロロアンナが居なければ、短時間でここまでの作業効率は見込めなかっただろう。


 シーナの反対を押し切ってロロアンナを無理矢理連れて来た僕の采配見事過ぎ。


 しかしそろそろ方針を変更した方が良いかもしれない。


「せんぱーい! 深さはその辺で良いから次は北に掘り進めてー!」

「北? 北ってどっちだ? ……おーい、こっちで合ってるかー?」


 こっちって言われても、生憎と僕の位置からは影が差しているせいで先輩の姿が一切見えない。

 恐らく指でも差しているんだろうが、なんと説明すべきだろう……。


「――……えーと、そうそう! 合ってるよ! そっちだ!!」

「嘘吐けー! テメェこっちの姿見えてねーだろー! テキトー言うな―!」


 それが分かってるならもう少し聞き方を考えてくれよ……。

 どうして無駄にトラップを仕掛けるのか。


「てかリセア達も早くその無駄にピカピカしてるスコップを持って穴に降りてこーい! 休憩が長すぎるぞー!!」

「……なんて失礼な。これはスコップではなく聖剣。聖剣だから神々しいのは当たり前」


 僕達が一人一本持っているスコップ。

 これはリセアが創造魔法で創り出した代物だった。


 形状、重さ、質感、材質、性能。

 それら全てを頭で思い浮かべて初めて成功するその超高難度の魔法は、まさに勇者が持つに相応しい神の御業だ。


 リセアの話によると、スコップの他にもナイフやコップ、小さな家など、創り出せるものは様々。

 しかし幼い頃から聖剣(本物)と一緒に過ごしていたリセアは、何故か創り出すもの全てを聖剣化してしまうらしい。

 おかげでここには世にも珍しいスコップ型聖剣が九本もある。


「どうせリセアが『……これは聖剣』なんて言ってると思うが、どっからどう見てもスコップだろー! 剣じゃねー!」


 流石親友。リセアの声は聞こえていないだろうに、リアクションもお見通しだ。


「それとアタイをこんな体力馬鹿と二人きりにするなー! 死んじまうだろー!」

「そんな酷いですユノお姉様!? わたしは一生懸命やっているだけなのに……!」

「一生懸命やり過ぎなんだよ! この三時間休むことなくずっとスコップを動かし続けやがって! アタイが休むに休めねーだろ!」


 この様子から察するに、どうやら先輩は心も身体も限界に来てるっぽい。

 それをすぐさま感じ取ったシュカは、スコップを手に持ち笑顔で穴に向かう。


「よーし、それじゃぼくが行くよ! 交代だヨウちゃん」

「ありがとうございますシュカお兄様。やっと日課の筋トレが出来ます」

「いや交代する必要ねーだろ、こんなに元気なんだから! アタイと二人きりになりたいがために戦力を低下させるな!」


 そしてシュカに続いてアインもスコップを手に持ち穴へ向かう……かに思えたが、立ち上がるなりリセアに話し掛けた。


「なぁ勇者、暇だから俺と模擬戦しようぜ! ヤバい敵と戦う前の準備運動だ!」

「はいはいはい! アタシもやりたい! いっぺん勇者と戦ってみたかったのよね!」

「……今は穴を掘るのが最優先。でも、ハルトが許可をくれるならやっていい」


 リセアがそう返答するなり、期待したような眼差しをこちらに向けてくる戦闘狂二名。

 ……いや、リセアもちょっぴり戦いたそうにうずうずしているから戦闘狂は三名か。


 穴掘りの手伝いを求めている先輩がこの会話を知ったら確実にブチギレるな……。


「不許可」

「「えぇー!? なんで(だ)よー!!」」

「……そう、分かった。どうせこれからとんでもない強敵が現れるからそれを待つ」


 だからドラゴン以上の強敵なんていないって!

 どうしてアインもリセアもヤバい敵が出てくると、ここまで固く信じ込んでいるのだろう。


 普通の迷宮にはあんな大物いないよ?

 普通に生きていればあれ以上の怪物には出会えないよ?


 ……もしかしたら彼らも想像以上にストレスが溜まっているのかもしれない……。


「やれやれ、仕方ないな。それじゃあ三人には穴掘り以外の身体を動かす仕事を与えよう。君達の大好きな破壊活動だ」



~~~~~~



 人は閉鎖的な空間に長時間いると、知らず知らずのうちにストレスを抱え込んでしまうという。

 ならば、そのストレスを吐き出す場面を提供してあげるのが、探索隊暫定リーダーの僕の役目ではなかろうか。


 睡眠、食事、趣味、運動……。

 ストレスの発散方法は人それぞれ。


 しかし地下空間にいる現状では、そのほとんどが封じられている。

 だからこそ、ストレスを溜め込んで爆発したら危なそうな三名――アイン、シュリ、リセアに僕は命じた。



 ――好きに暴れると良い。ただし一秒だけ――



 その言葉を受け、嬉々として彼らは各々好きなポジションに付く。


 アインは古代都市の中央にある一番大きな議事堂らしき建物。

 シュリは古代都市の中で最も高さのある時計塔。

 リセアは先輩達が掘り進めていた穴の最深部。


 僕が一言やれと発するだけで、歴史的価値のある建造物達が瓦礫と化す。

 ストレスを解消させるにしてはいささか大きすぎる犠牲だが、彼らを野放しにしたらもっと酷い事になると僕は確信していた。


 むしゃくしゃして暴れたら地下遺跡が崩落しました、なんてシャレにならないからね。


「準備は整った。後はアイン達が暴れるだけ……」


 アイン達も一度暴れればスッキリして掘削作業に集中してくれるだろうし、なによりその破壊活動が真の迷宮の主・・・・・・を呼び寄せるかもしれない。


 すると、安全のため僕の隣りに避難していた先輩が口を開く。


「……おい、新入り。迷宮の次は遺跡そのものを潰す気か?」

「残念ながらこれがベストな選択だ。それとも先輩は、あのまま放置しておいてアイン達が暴れ出さないと思う?」

「それは……思わねーが……」


 まだまだお宝も人工太陽しか発見出来ていないし、殺した魔物の素材の回収もある。この遺跡内での探索は暫く続くのだ。

 ならば、ここで問題児達のガス抜きを行うのが僕達にとって最善。


 それにこれは、どんなに穴を掘っても古代遺跡どころか温泉すら出て来ない世の不条理に対する僕の八つ当たりでもあった。

 いい加減出てこいよ温泉!


「安心してよユノちゃん。お兄ちゃんの指示は時折、一見無駄で無意味に見えるけど、全てが終わった後に振り返ったらそれが最善だった事がよくある」

「……よくあるって、そうじゃねー時もあるのか?」


「………………たまにね」

「ダメじゃねーか! もしこの三時間の穴掘りが完全に無駄だったらアタイは泣くぞ!?」


「まぁまぁ、安心してよ先輩。そもそも先輩の心配している事は全て杞憂だ。迷宮の主はまだ倒していないし、迷宮も潰れていない……たぶん」

「最後の単語不穏過ぎだろ! てか一体それはどういう……!?」


 見える範囲に居る魔物を全て駆逐したから分かりにくいが、今も迷宮は生きているハズなのだ。

 そしてあのドラゴン――ヴァンを隠れ蓑にして、僕達から姿を隠している小賢しい存在が確かに居る。


 自分の血を引く魔物達がアイン達に蹂躙されても、姿を見せなかった我慢強さは認めよう。

 でも、その程度で天才である僕は欺けない。


 僕はソイツが姿を現してくれることを祈って叫ぶ。



「やっていーよー!」



 ズドドドォオオオオオン!



~~~~~~



 アイン達によるストレス発散の一撃が街を襲う。


 攻撃の対象となった建物はあっけなく崩れ、付近の道は陥没し、地割れが起きた。

 長年放置され風化していた遺跡は、ドミノ倒しのように大きな音を立てて次々と崩落していき、街は一気に瓦礫の山となる。


 そしてその瓦礫の下から、ソイツは這い出てきた。


「こぉおおんのクソガキ共ぉお!! 俺様の部下を皆殺しにしたばかりか家まで破壊し尽くしやがって!! もう隠れてるのはやめだ! ぶち殺してやる!」


 ゴツゴツとした岩のような黒い肌。四本の腕に六本の脚。目も三つ付いておりつのまで生えている。

 そんな見た事もないような怪物が、見ただけで分かるくらい怒り狂っていた。


「な、なななんだアイツ……!? おい、新入り! 一体アレはなんだ!?」

「………………なんだろう」

「テメェの作戦で呼び出したんだろ!? なんで分かんねーんだよ!」


 なんでと言われても僕だってあんな人間離れした化け物は見た事が無い。

 流暢に喋っているから高度な知性を有しているのは間違いないと思うが……。


 そんな先輩の疑問に答えたのはマリルだった。


「あれは恐らく悪魔でしょうね。魔王の部下にそんな種族がいると本で読みました。特徴もピッタリなので間違いないでしょう」

「なんだって!? ちっ、なんでそんなヤバい奴がこんな所に!?」


 僕達人間族の住む大陸と魔王が治める魔族が住む大陸は広い海で隔たれている。

 そのため、ここに悪魔が居るという状況は不自然極まりない。

 もしや人間を抹殺する作戦でも進行中なのだろうか。


「あのクソドラゴンを殺して大人しく帰れば良かったものを! 何故迷宮の主が他に居ると見抜いた? 何故俺様が自身の心臓を三つに砕いて遺跡内に隠していると見抜いた!?」


 そりゃドラゴンが迷宮の主になるなんて有り得ないからである。


 ドラゴンは生まれながらの強者であり、極めてプライドの高い生き物だ。

 当然つがいにも自身と釣り合うだけのスペックを求める。


 しかし迷宮の主とその番の血を受け継いでいるハズの魔物達はどれも自我が無く強さもそこそこと、普通の魔物の域を出ていなかった。

 つまり本来の迷宮の主はドラゴンとは別にいると簡単に推測を立てられる訳だ。


 隠された心臓に関しては――――


「まさか新入り……!? さっきリセア達に攻撃させたポイントにあの悪魔の心臓が……!?」


 ――僕が知ったこっちゃない。


 ヒントもなにも無かったんだから、それを僕が知っている方が違和感あるよ。むしろ知ってたら敵への内通が疑われるまである。


 だが僕はいつもの天才ムーブの癖で、先輩の言葉に対し意味ありげにニヤっと笑って返した。

 そんな僕の不敵な笑みを見た先輩は……なんだかとても感動していた。 


「新入り……! てっきりまた馬鹿な事でも考えてなんとなく穴を掘らせていると思ったが、そういう事情だったのか! 見直したぜ!!」

「流石はハルト君! ちょうど悪魔の血とか欲しいなって思ってたんです!」


 こうして謎に急上昇した僕の株価は、悪魔の次の一言で普通に大暴落する。


「しかし残念だったな! 全てハズレだ! 心臓は一つも破壊出来ていないぞ!」

「「……………………」」


 頬を膨らませて僕にジト目を向けてくる先輩とマリル。

 なんだかリスみたいでちょっと可愛らしいが、僕はもっともな正論を述べる。


「いや、もし心臓を全て破壊してたらあの悪魔は今頃死んでるよ?」

「「じゃあ紛らわしい顔をすんな(しないでください)!!」」 


 それは仕方ない。

 だってああいう意味深な顔を浮かべたり、明らかに何か事情を知ってる風を装った方がデキる男みたいでカッコ良いんだから。


「はぁ、それで? あの悪魔の対処はどうすんだ? 新入りの事だから何か策を練ってあるんだろ?」

「策? そんなの必要無いよ。だって――――」


 そこで言葉を止めると、三つの地点で瓦礫の山がグラグラと震え出した。

 そしてその下から彼らが飛び出てくる。


「うおおおお! デカブツ! 俺の聖剣の錆になりやがれぇええええ!!」

「アタシの獲物ぉおお! 狩ってハルトに褒めてもらうぅうううう!!」

「……こんな所で何をしている悪魔。勇者として見過ごせない」


 スコップ型聖剣を構え、全力疾走で悪魔へと突貫するアイン、シュリ、リセア。

 それを見ながら僕は先程の言葉の続きを口にする。


「――うちの前衛達がじっとしてる訳無いからね」

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