ラトナ聖国編

第60話 不可思議な状況

 問題というのは、時として立て続けに発生するものである。


 サティを救出するため、急遽ラトナ聖国行きの準備を進めていた僕達だが、この忙しいタイミングで彼女が目を覚ました。


 ロロアンナを殺しに来た暗殺者――ローズ。


 全身に負った火傷による大怪我は数日前に完治したと聞いていたから、いつ目を覚ましても不思議ではなかったけど……まさかこのタイミングとはね。


 僕はマリルとシュリの案内の元、暗殺者を寝かしていた部屋に入る。

 すると、暗殺者は全身武装解除を通り超した全裸姿で僕達を出迎えた。


「おお、よく来たな我があるじ。お茶でも淹れよう」


 暗殺者は先程目を覚ましたばかりとは思えない堂々とした立ち振る舞いで、部屋に備え付けられているキッチンへと向かう。


 身長160センチ中盤でやせ型、髪は短髪。服を着ていれば男か女か見分けが付けられない中性的な容姿をしているが、生憎と暗殺者は現在全裸だ。

 その僅かに膨らんだ乳房と、股間に見慣れたアレが見受けられない点から暗殺者は女性で間違いない。


 にもかかわらず、男の僕が来ても全裸でいるのに欠片も恥じらいが無いのは何故なのか。



 ……もしかして天才には見えない服でも着てる?



「はぁ、ハルト君が来るから服を着なさいと言っておいたのに……」

「ったく、ハルトにそんな貧相な身体見せ付けんじゃないわよ」

「うるさい。こっちはあるじに気に入られるために必死なんだ。多少色仕掛けしてでもあたしは生き残って見せるぞ」


 ――と思ったが、どうやら暗殺者は意図して服を着ていないらしい。


 暗殺者は僕にその肢体を見せ付けるように、お茶を淹れた湯呑みを四つお盆に載せて目の前を通り過ぎる。そして部屋の中央にあるテーブルの上にそれを置くと、ドサっと乱暴に座り込んで足を組んだ。


 くっ、色々見えそうで見えない絶妙なラインを責めやがって! そんなちょっとおっぱいとお尻とおへそを見せびらかしたくらいで僕が簡単になびくと思うなよ! わきも見せろ腋も!


「…………あるじよ、流石にそうも熱い視線を送られてはあたしも恥ずかしいのだが……」

「……いや武器でも隠し持ってないかと思ってね」

「一応あたしは全裸だぞ?」


 さて、出来る事ならいつまでもこうして美しい光景を眺め続けていたい所だが、今は非常時。一刻も早くサティの救出に乗り出さなければならない。


 そのためには僕がこの暗殺者の危険性を見極め、その対処を決める必要があった。

 僕達は暗殺者がいつ襲って来ても対処出来るよう、最大限の注意を払いながら椅子に座る。


「それで? あるじってなに? 僕は君にそう呼ばれる覚えが無いんだけど」

「あたしはそこのシュリ様に負けた。完敗だ。さらに死ぬ寸前だったあたしを治療までしてくれた。ならばこの先は勝者に従うのがすじというものだろう。話を聞いたら主がこの集団のリーダーだと言うではないか。ならば主こそがあたしの真のご主人様だ」


「……君といい、サティといい、そんなコロコロ主人を変えて大丈夫? 組織に殺されない?」


 そして何故二人共僕を主人としてしまうのか。

 今回に関しては、倒したのも治療したのもシュリなんだからシュリがご主人様となって然るべきでは……?


 いや女の子に敬われて嫌な気はしないけど。


「サティ? あぁ、13番目サーティーンの事か。組織は当然カンカンだろうが、そもそもあたしらは組織に誘拐されて勝手に改造実験されたのだ。組織を出れて清々している。それに、あるじからはなんだか傍に居たくなるような匂いと言うか雰囲気を感じるからな。主の部下になれるなら願ったり叶ったりだ。これからよろしく頼むぞ」 


 そう言う暗殺者の顔は、暗殺者とは思えないほどに晴れやかな満面の笑みであった。……全裸のままだけど。


 事前に暗殺者と話をしていたシュリとマリルの二人がここで口を出してこないという事は、二人はこの暗殺者をニナケーゼ一家ファミリーに引き入れるのに賛成という事実に他ならない。

 しかし僕もリーダーとして、安易に首を縦に振る訳にはいかないのだ。


「そんなに組織を抜けたかったのなら、さっさと逃げ出せば良かったんじゃない? なんで命令に従って暗殺なんてしてたのさ」

「あたしら実験体にはある幹部の魔法が掛けられていてな。特に害は無いのだが、居場所を常に把握する代物で闇雲に組織を抜け出しても殺されるのが目に見えているのだ」


 それって一緒に居る僕達の情報も駄々漏れになるって事じゃない?

 現在地が分かるだけとは言え、それだけで情報戦では圧倒的に向こうが優位になる。それを承知の上でこの暗殺者を受け入れるメリットがこちらにあるのだろうか。……サティを受け入れておいて今更だけど。


「ふむ、サティちゃんの言っていた情報と同じですね」

「そうね、予めこういった場合の返答を示し合わせてでもいない限りこれは真実に違いないわ」


 いや待って? なんで二人はこの衝撃の情報をまるで既知かのように受け止めているの?

 サティの言っていた情報?



 ……うんうん、僕だけ聞いていないねそれ。



 一体いつの間にそんなやり取りがあったのか。せめて一言くらい僕に報告があっても良くない?


 僕はそんな動揺しきった内心を押し殺し、天才に相応しい余裕の笑みを作り上げて暗殺者に言う。


「でもうちに暗殺者は要らないかなー」

「そこは既にシュリ様とマリル様と話が付いている。あたしは主の馬車役だ。旨い肉さえくれれば、文字通り馬車馬のように働くのでよろしく頼む」


 馬車役。とても人の役職や職位として聞いた事の無い単語だ。

 もしや四六時中僕をおんぶでもしてくれるのだろうか。


 確かに最近、歩くのめんどくさいなとか思っていたが、まさかそんな力ずくの解決策があったとは……。


「ハルト君。なにやらトンデモない思い違いをしてそうですが、別にローズちゃんのお仕事はハルト君をおんぶする事でも抱っこする事でもありませんよ?」

「そうそう。それくらいならこんな暗殺者なんて雇わずにアタシがやってあげるって! そうじゃなくて魔法よ魔法! ローズの魔法が凄い便利なの!」


 シュリがここまで手放しで凄いと褒め称えるのは珍しい。

 もしかして馬車に変身する魔法なのかな? それとも馬の方?


 そんな想像を膨らませていると、暗殺者――ローズはイスの上で立ち上がり胸を張って言った。



「あたしの魔法。それは――転移魔法だ!」



~~~~~~



 ジュゥゥゥウ


 肉の焼ける音が部屋中に響き渡り、食欲をそそられるかぐしい香りが僕らの鼻孔を刺激する。

 網の上で焼かれた肉は、当初の赤い色味を変貌させ見慣れた茶色に。所々網目状に黒く焦げてしまっているのも焼肉ならではの魅力か。


 マリルから手渡された特製タレをそれぞれの小皿に入れ、焼けた肉をそこにサッと触れさせすぐさまホカホカの白米にぶつける。そしてタレの味が白米に染み込んだのを確認すると、すぐさま肉を頬張り白米も間髪入れずに後へ続く。


 僕達は今、最高に焼肉を楽しんでいた。……牢獄の中で。


「モグモグ。流石はご主人様です。ここに連れて来られて以来お肉を口に出来ていない美少女メイドを気遣ってこんなサプライズをしてくれるとは。モグモグ。帰ったら美少女メイドパンツを二枚進呈しましょう」 


 久しぶりに会ったサティは思いのほか元気だった。

 好物の肉が食べられず、毎日豆ばかり食事として出ると文句を言っていたがあまり痩せた様子も見受けられない。


 また、閉じ込められているこの牢獄も比較的清潔で、シャワーも毎日浴びているそうだ。

 異端者だとか言って有無を言わさず拉致した割にはかなりの厚遇。一体ラトナ聖国は何を考えているのか。


 いや、今はそんな事よりも――――


「三枚だ。持って来た肉は結構高い奴を選んできたんだよ? それにあの超希少なデリシャスオークの肉まで入ってる。これ程の働きならパンツ三枚が妥当だろう」

「んな……!? デ、デリシャスオークのお肉まで!? どれです!? どれですかご主人様!!」


「君がさっき食べた奴だよ。ちなみにもう無くなった」

「そんな馬鹿な……! くっ、ちゃんと味わって食べたかった……!」


 この無表情メイド、サティは大の肉好きだが味覚が鋭いという訳ではない。

 精々食べているのが牛か豚か鳥か判別できるくらいだ。

 だから彼女に気付かれる前に僕達はせっせと高い肉ばかり口にしていたのである。


「どうして事前に教えてくれないのですか!? これは美少女メイドポイント五万点減点でございます。美少女メイドパンツも無しです」


 五万点!? 初めて聞くポイント制度だけど、いくらなんでも五万点は減点し過ぎだろ!

 そしてパンツ無しはもっと酷い。理由なきパンツの没収は人権侵害ではなかろうか。


「ちなみにそのポイントって何に使えるの? 今のポイント残高は?」

「美少女メイドのパンチラ、美少女メイドの胸チラ、美少女メイドのわきチラ、美少女メイドの肩叩き券等と交換可能です。ちなみに今の美少女メイドポイントは三垓さんがいですね」


「肩叩き券だけなんかしょぼくない……? てか垓なんて単位を日常生活で使ってる人初めて見たよ。もはや五万ポイントとか誤差じゃん……」

「キャッ! ご主人様の初めて、頂いちゃいました! 美少女メイドポイント七穣ななじょう加算です」


 凄い、何もしていないのにポイントが凄まじい勢いでインフレしていく。


 そして肉をお腹いっぱい食べて満足したらしいサティは、未だ必死になって肉を食べているローズへと視線を向けた。


「しかし、まさか六番目シックスまでご主人様の配下になっていたとは思いませんでした。確かに貴方の転移魔法ならこの厳重な警備を楽々抜けられますね」

「ふん、今のあたしはローズだ。貴様も今更十三番目サーティーンとは呼ばれたくないだろう?」


「それは確かに。でも貴方昔はシクススと名乗ってませんでした?」

「ちっ、それは忘れろ! あたしはローズ。それ以外の何者でもない」


「ははーん、さては昔七番目セブンに言われたことを気にしていますね? 確か『シクススって名前は可愛すぎて名前負けしてるよねー』でしたっけ?」

「ぐはっ! あ、あたしの黒歴史が……」


 ローズの転移魔法には条件があった。

 一つ、視界に映っている場所、又は親しい仲の人物が居る場所にしか転移出来ない。

 二つ、転移する距離によって消費魔力が指数関数的に上昇していく。

 三つ、転移する人数が多ければ多い程、消費魔力が比例して上昇する。


 本来は国を超えて自由に好き放題移動できるような便利な魔法ではないそうだが、僕らには消費魔力問題を解決出来る素晴らしい弟子が居た。


 ミルザ。ちょっと何を言っているか分からないのが玉にきずな彼女の魔法はエネルギー魔法。

 例の如くビキニ姿に着替えて光合成を行なう事でローズへ大量の魔力を譲渡してもらい、なんとかジルユニア帝国の隣国ラトナ聖国(牢獄内)まで転移してきたのだ。


 メンバーは僕、ローズ、アインの三名のみ。

 それでもこのまま折り返すだけの魔力は残っていなかった。


 まるで僕達まで捕まってしまったような有様だが、アインに牢獄そのものを斬って貰えば即座に脱出は可能。しかし僕はこの後の行動をイマイチ決めあぐねている。


「なぁハルト。腹ごしらえも済んだし、後は敵を皆殺しにすれば良いのか?」

「うーん、それはちょっと待って欲しい。国境を越えての急な拉致にこの軟禁とも言える好待遇での拘留。どうにも違和感がぬぐえない。敵をしっかりと見定める必要がある」


 そもそもラトナ聖国の国民でもなく、国教であるラトナ正教の教徒でも無いサティが何故わざわざ帝国から拉致されたのか。そして拉致された理由と目される異教徒とはなにか。


 僕らの仲間に手を出した敵に対する報復は必ず行う。

 だがどうせやるなら敵が最もされて嫌な事をするべきだだろう。

 それこそが僕らに手を出した罰となるし、今後このような真似をされないための抑止力となる。


 ならば、やはりまず行うべきは状況の見極めだ。


「サティ、申し訳ないけど暫くはこのままここに留まってもらう。アインはその護衛で一緒に残ってくれ」

「かしこまりましたご主人様。助けに来ていただいただけで美少女メイドは感謝の気持ちでいっぱいです」

「おう任せとけ。歯向かって来た奴は斬っても良いんだろう?」


 嬉しそうにニヤつくアインの言葉に首肯して返答。

 それを見てアインはさらに笑みを深くする。


「そしてローズは僕と一緒にこの不可思議な状況の調査だ」

「承知した。元暗殺者として守りの固い部屋に潜り込むのは得意だ。任せてくれあるじ


 行動の指針は決まった。ならば後は動き出すのみ。

 僕とローズは即席焼肉セットを片付けてリュックに仕舞うなり、牢獄の檻の向こうへ残り僅かな魔力を使って転移。

 そしてそこから離れる寸前で僕はある事を思い出した。



「あぁそう言えばアイン。この国の聖騎士長はSランク冒険者でもある。第九位、あのアオムラサキよりも上だ。そいつと戦う時だけは――普通の剣、使って良いよ」



 アインの笑顔は臨界点を突破し、まるで悪魔や死神のような邪悪な表情に変わる。


 それを見たサティは……真顔のままそっとアインから距離を取った。




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最近リアルの方が忙しすぎて纏まった時間が取れていませんが、マイペースに投稿を続けていきますのでこれからも読んでいただけたら嬉しいです。

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