第67話 裏切り者は誰だ

 サンタンジェラ城。

 世にも珍しい円柱型のこのお城は、歴代の聖王が居住し国家機能の中枢を担っている。

 お城の外周には正方形型の高い塀が立てられ、緊急時は要塞としても機能する優れモノだ。


 安全管理と国家機密という観点から限られた人間しか足を踏み入れる事は叶わないが、それでも毎日多くの観光客が足を運ぶ。

 とは言え、数時間前の聖王(偽)の演説により一気に戦争ムードになった今は観光客の姿がほとんど見られなかった。


 ララが城内に向かいながら天使像の解説や増設工事の歴史などをガイドさんよろしく事細かく丁寧に語ってくれるので、僕もなんだか観光気分になって来る。


 おまけにラトナ聖国は他国に比べ男尊女卑の意識が薄く、付近を歩くエリートにも美人さんが多い。

 だから美人と美少女には目が無い僕はついあっちこっちに目を奪われてしまいキョロキョロしちゃう。


 やれやれ、これじゃまるで田舎者だよ。……いやよく考えたら僕、バリバリの田舎者だったわ。


「ここの最上階に私の執務室があります。この先は何が起きてもおかしくありませんから、護衛よろしくお願いしますね、ハルトさん」

「任せてよ。ララこそ平常心を忘れずにね」


 僕の言葉にララはニッコリと微笑んで返す。

 サンタンジェラ城にやって来たのは僕とララだけだった。


 ララにはドッペルゲンガー聖王の演技をしてもらい、僕が万が一の護衛役。

 演技と言ってもドッペルゲンガーはまさに本物のララと相違ない動きをしていたので、普段通りにしていれば問題ないだろう。


 今回の件に内部の者が関わっていないとはとても思えない。

 本物の聖王であるララを連れ去り、代わりのドッペル聖王に入れ替わる流れがあまりにもスムーズすぎるからだ。


 普通ならば入れ替わりのタイムラグが発生し、その間のスケジュールに関わる者が違和感を持つ。というかそもそも転移魔法みたいなチートも無しに、聖王のララが攫われて誰一人事態に気付けないなんてのは不自然極まりない。


 このままララが城に入れば、ドッペル聖王の存在を知っている者が必ず普段とは違う反応を示す。

 ただ一つの懸念点は、その内部の裏切り者が本物のララ脱走の情報を既に握っていた場合か。


 アイン達が目撃者と増援を皆殺しにしたが、現場の死体の山を調べればそこにララの死体が無い事はすぐに分かる。

 そうなれば裏切り者も、もしかしたらこれは本物の聖王かもしれないと疑って尻尾を見せないかもしれない。


 まぁ世の中に完璧なものなど一つも無いのだ。だから天才の僕が考えた作戦に穴があるのも必然。誰一人計画に異論を唱えなかったし、なんとかなるよね!


「あそこに見えるのが執務室です。一旦紅茶でも飲んで落ち着いてから捜査に乗り出しましょうか」


 そうしてララの執務室に入ろうとしたところで、男がドタドタと重い足音を立てて走り込んで来た。

 その小太りで立派なあごひげを蓄えた中年男は、ララの目の前で立ち止まると大声で叫ぶ。


「せ、聖王様! ご無事でしたか!? いきなり失踪したと聞いた時は肝が冷えましたぞ!!」

「サバイアさん、ご心配をお掛けしましたね。人込みで迷子になっている子供を見掛けたのでつい。なかなか親御さんが見付からなくてこんな時間になっちゃいました!」


 まるで本当にあった出来事かのようにララは言う。

 迷子の男の子の名前や探したお店、両親と再会できた時の様子を笑顔で語るララを見て中年男――サバイアの表情も自然と緩んでいった。


「まったく貴方という人は……。そういう事は聖騎士にお任せ下さいといつも言っているではありませんか。何かが起きてからでは遅いのですぞ?」

「すいません、次から気を付けます! それでなにか書類を持ってますけど、お仕事ですか?」


「あぁそうでした。明日のテロリストの処刑について詳細を詰めたいと思いまして聖騎士長殿を尋ねようかと。聖王様にも相談したいのですが今お時間はありますか?」

「勿論です。執務室で話しましょう」


 ララの執務室に入ると、そこは思ったよりもこざっぱりした空間だった。

 比較的広い部屋であるにもかかわらず、置いてあるのは執務机と面会用のソファーが二つ。そしてその間に置かれているテーブルのみ。


 サバイアは慣れた様子でソファーに座り込むなり僕に視線を向けて来る。


「それで、君は? 来客があるとは聞いていないが」

「やぁ、僕はハルト。見ての通り天才だ」

「いや見て分かるもんじゃ無いだろうそれは……」


 この溢れ出る知性と才能を感じ取れないとは、このおじさん人を見る目が無いな。

 もしかしたらコイツが裏切り者なのかも。


「彼はヴィリアンが私の護衛にと付けたんです。単独行動が多くて危ないからって」

「ほぉー、聖騎士長殿の推薦とは大したもんですな」


 ヴィリアンの名前が出ると、サバイアの僕を見る目は一気に尊敬の眼差しに代わった。

 あぁ……気持ちいい視線だ。これは裏切り者じゃないな。


「まぁね、ヴィリアンとは一緒に食事をして宿の部屋でくつろいだ仲だ」

「なんと!? あの聖騎士長殿にも春が!?」

「ハルトさん!?」


「ちなみにその時ララも一緒に居た」

「さ、さささ三人でですと!?」

「違いますからね!!?」


「とは言えやる事をやって話す事を話したらすぐに部屋を出たよ。皆忙しいから」

「聖王様おめでとうございます!」

「ハルトさんはしばらく黙ってて!」


 なんと我らが聖王様にお口チャックを命じられてしまった。

 せっかく場のムードを盛り上げてあげようと思ったのに。


「今の話は忘れて下さい! それでサバイアさん、相談とは?」


 ララが話を切り替え本題に入ると、サバイアの雰囲気も一気に仕事モードへ変わる。

 そして少し言いにくそうにしながらもこう切り出した。


「聖王様、宰相として進言いたします。明日の処刑は見送りませんか?」


 それに対するララの返答はこう。



「いいえ、聖王の威信にかけて必ず行います」




~~~~~~



 サバイアが部屋を離れるとドッと疲れたようにララがソファーに横たわり伸びをする。


「はぁ~! 敵かどうか見極めながら話をするの凄い疲れます~!」


 ソファーにその巨大な右乳が思いっきり押し付けられ、おっぱいの位置がむにょんと変わっていく。

 ララは僕の熱視線にも気付かずソファーでゴロゴロするので、その度に色んなおっぱいの動きが見れて大変眼福だ。


 あぁ、今だけはソファーになってあの感触を味わいたい! そして押し潰されたい!


「それでハルトさんの見立てはどうですか? 処刑の延期を申し出たくらいですからやっぱり白?」

「さぁどうだろうね。ララが本物である可能性や僕という存在を考慮してあんなことを言い出したとも考えられる」

「そう~ですよね~! 私の誘拐に関与できそうな重鎮はサバイアを含めて全部で五名。時間もありませんし、あと四名にも話をしに行きましょうか~」




 早速訪れたのはヴェスコンティという男の仕事場だ。

 この男は主に法律関係の業務を総括しているらしく、部屋は大量の本と書類でいっぱいであった。


「おや聖王様。いかがなされた? 仕事が忙しい時に上司が来ること程面倒な事はありませんよ?」


 どうやら会って早々毒を吐くこの細身の眼鏡男こそがヴェスコンティであるらしい。

 ララが口を開こうとするが、その前に僕が先に話し掛ける。


「やぁ、この国の法律上十五歳の僕と聖王が結婚しても問題無いか気になってね。それでプロの君を尋ねたんだ」

「ほぉ、外では聖戦だなんだと騒ぎになっているのに、聖王様本人はご結婚ですか。それはおめでたい」

「ち、違います! もうなんでハルトさんはその話題ばっかりなんですか!」


 ヴェスコンティは面倒そうに戸棚の上の方にある分厚い冊子を手に取ると、それをパラパラとめくり始める。


「十五歳との婚姻は法律上問題ありませんが、現役の聖王様のご結婚となると話は変わるでしょう。確か色々と満たさねばならぬ条件があったはず――」


 そう言ってヴェスコンティは本から視線を上げ、僕の全身をくまなくチェックする。


「ふむ、この男に全ての条件が満たせるとはとても思えませんが――」

「大丈夫。僕って天才でイケメンだから」

「――そうですか、なら問題無いでしょう。聖王様、せめてお子様は聖戦とやらが終わってからで頼みますよ?」

「もう! だから違いますってばぁッ!」




 次に向かったのはスフォルという女の場所。

 この中肉中背の人の好さそうな女は交易など経済面の仕事を担当しているそうだ。元々は宝石店を営んでいたらしく、部屋にはギラギラとした宝石が大量に飾られている。


「あらあらあら~! 聖王様ったらこの男性は? もしかして彼氏!? んもう、良かったわ~! 全然男っ気が無いから心配してたのよ~! という事は私に会いに来たのは恋愛相談!? それとも結婚相談ッ!?」


 両手の指全てに指輪を嵌め、イヤリング、ピヤス、ネックレスと宝石だらけ。

 見ているだけで目がチカチカしてくる。 


「いや今日はララの下着選びの相談なんだ。ララったらいっつも黒のTバックばかりでね」

「そんな訳ないでしょ!!」


 ララが顔を真っ赤にして僕の頭をスパーンとはたく。

 段々遠慮が無くなって来たなララも。まぁ好き放題テキトー言ってる僕が悪いんだけど。


「んまぁ~!! それはいけないわ! 女は見えない所までオシャレしてナンボよ! ってあ! 彼には見られてるんだったわね。おほほほほほ!」


 なにが面白かったのかスフォルは大爆笑。僕とララはちょっと引き気味だ。


「それで彼氏君? 貴方はどんなのが好みなの? 聖王様もどうせなら好きな男の趣味に合わせたいわよね?」

「ふっ愚問だね。美女や美少女のパンツなら僕は全部好きだ!」

「良いわ良いわぁ~! バリエーション豊かにって事ね~!! 任せて頂戴! きっとあたしが二人に熱い夜を提供してあげるから!!」


 凄い、なんだこの威圧感すら感じさせる喋りは。この僕が会話の主導権を握られかけているだと!?

 これがデキる商人のセールストークって奴なのか……。


「それじゃ聖王様、試着室にご案内~!」

「もう、好きにしてください……」




 続いてはメディチという女だ。

 この瘦せ型の中年女はラトナ正教内部において、聖王であるララの次に偉い地位である大司教に就いている。ララが国の統治や教会の顔として動き回る中、実務を担っているのが彼女であるらしい。


 そんなメディチは他とは違い、顔を合わせるなりいきなり喧嘩腰。


「聖王様! やっと帰って来ましたか! 先程の演説の説明をしてください!! ラトナ正教では争いは禁忌! それが聖戦とは正気の沙汰ではありませんよ!?」


 そりゃそうだ。教義に反する事をトップが言い出すなんて前代未聞だろう。

 聖戦だと言って盛り上がっている教徒達も今は雰囲気に酔っているだけ。明日予定されているサティの怪物性を見せる処刑ショーが無ければすぐに疑念を抱くに違いない。


 流石に僕もこれほどの剣幕で怒っている人の会話に割って入る気はしないので、大人しくララの反応を伺う。

 すると、ララは自身と関係ないドッペル聖王の発言で怒鳴られているというのに嫌な顔一つせず当たり前の事のように言った。


「聖戦は聖戦です。敵は聖国を相手取ったテロを画策しているのですよ? それをただ黙って見過ごせとでも?」

「だとしてもいきなり戦争はないでしょう!? それにテロがジルユニア帝国の仕業というのは確かなのですか!?」


「ある情報筋からのタレコミです。信頼出来ます」

「ならばその情報源を明かしてください!」

「それは出来ません。重要機密ですので」

「私にも明かせない機密とはなんですか!?」


 次第にヒートアップして白熱する言い争いに僕の入り込む余地がない。

 ジッと黙っているのも暇だから話し掛けたいんだけど、なにを話そう。


 今日の昼御飯はなんだった、とか……? 絶対にキレられる気がする。 


 そんな事を考えていたら幸運にも向こうから話し掛けて来てくれた。 


「というか貴方は誰ですか!? さっきから当たり前のようにいる貴方! 不審者なら聖騎士を呼びますよ!?」


「やっほー! 僕はハルト。ララの婚約者――」

「嘘おっしゃい! 聖王様に男なんてデキるはずが無いでしょう!? 若い男が近付くだけで緊張する処女オブ処女なんだから!」

「いくらなんでも酷すぎません!?」

「その癖、この肉体で身体目当ての男は生理的に無理って言うし、一生処女確定なんですよ聖王様は!」

「私泣いて良いですよね!?」


 なるほど、身体目当ては生理的に無理か……。

 僕は顔とおっぱい目当てだけど天才だし大丈夫だよね?


 メディチにこの手の嘘は通じないと悟った僕は、大袈裟に両手を上げ首を左右に振る事でやれやれというジェスチャーを取る。


「仕方ない。君にだけ本当の正体を明かそう」


 そうして先程までの笑顔を引っ込め、威厳のある声を出す。



「僕は――――ジルユニア帝国から第三皇女殿下の使いで来た者だ」






 最後はモンテフェルトという男。

 この大柄な筋肉質の男は軍事を任されており、日も暮れたというのにまだ練兵場で剣を振っていた。


 アインがいたらきっと戦いたがったであろうが、幸いにも彼は今いない。サッサと話してサッサと犯人捜しの仕事を終わらせてしまおう。


「おや、聖王様がこのような場所に足を運ぶとは珍しい。今日の演説が関係しているのですかな?」

「えぇ、そんな所です。いつもこのような時間まで訓練を?」

「無論です。我々が弱ければ国の平和は守れませんから。それと聖王様、護衛の聖騎士がまた今日も撒かれたと泣いておりましたぞ? お転婆もほどほどに頼みます」


 モンテフェルトはそう言うと、ララに視線を合わせたまま僕目掛けて剣を下から上へ振りぬいて来た。


 よく見ると刃を立てている。


 コイツ僕を殺す気かッ!?


 突然の奇襲に驚きながらも左足を一歩引き、上半身を反らしながら半身になって躱す。


「これを完全に避けるとは……やはり牙を隠していたか。弱者を装ってなんのつもりだ小僧。死臭がするぞ。今日、人でも殺したか?」


 弱者を装ったつもりなど一ミリたりともないのだが……。僕はいつだって自然体だ。


「人を? ふっ、残念ながらハズレだ。魔物なら一匹殺したけどね」

「だ、大丈夫ですよモンテフェルトさん! 彼はヴィリアンからの推薦で私のお付きとなったんです。信頼できますから剣を仕舞ってください!」


「そうだそうだ! 僕はララのお付き……兼、男妾でもある!」

「ハルトさん!?」


 もう! もう! と言いながら僕をポカポカ叩いて来るララと、その反動でぶわんぶわん揺れるおっぱいを見て、つい笑顔になる僕。


 そんな僕らの気安いやり取りを見たモンテフェルトをすぐさま臨戦態勢を解き、顔を真っ青にして少し涙目になりながら頭を下げる。


「た、たた大変申し訳ございません! まさか聖王様の良い人だったとは! なんとお詫びしてよいやら……」


 そんなモンテフェルトの様子を見てララは悟ったような顔をする。



「あぁ、結局そうなっちゃうんですね……」 



 こうして容疑者五名とのやり取りが終わった。

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