第68話 裏切り者はコイツだ!

 夜も更け、街全体が魔道具の明かりで照らされる。その光源は水路の水面に幾つも反射して、見る者の心を揺さぶる幻想的な光景を作り出していた。


 昼間は賑やかだったメインストリートも店が閉まると閑散として見える。

 それと入れ替わるように、路地に入った所ではいくつもの酒場から楽しそうな乾杯の音や話し声が鳴り響く。


 僕はそんな光景を眺めながら、可愛い女の子がお酌してくれる店を探索中。

 ララがヴィリアンと一緒に入浴しているこの一時間が僕に与えられたタイムリミット。なんとか地元の美少女とお近付きになり、地酒ならぬ地パンツをもらいたい所だ。


「あらそこのカッコいいお兄さん! うちで飲んでいかない?」


 小さな屋台ののれんの奥から、若い女の声が僕にそう呼び掛ける。

 ここから顔は確認できないが、僕の美少女センサーは言う。


 ――この子は絶対に可愛い――


 そうと決まれば話は早い。ちょうど屋台には同じく若い女の子一人しか席にいないようだし、気兼ねなくパンツを貰いに行くとしよう。


 一目散に屋台の席に座り口を開く。


「いやーどのお店に行こうか悩んでたんだよねー! 取り敢えずリンゴジュースを一つ――……ってなにしてんのローズ?」


 そこにいた店主は間違いなくローズ。ついでに客として座っていたのはココだった。


「なにしてんのとは酷いなあるじよ。現時点での調査結果を報告しに来たに決まっているだろう?」

「言っとくけど私もだからね? 変態のためにお姉様とのお風呂まで我慢して一時間も待っていた事に感謝しなさい?」


 今回の作戦におけるララとココの役割は城内での密偵。

 僕とララが表から探り、ローズとココが裏から探るという計画であった。


 ローズは元暗殺者としてこの手の仕事に慣れている。そしてココはララを守る私設親衛隊【昼の姉妹団】の団長で、裏切りの心配がない部下を自由に使えると聞いたから適任だと思いこの配置にしたのだ。


 一つ懸念点はローズにかけられた【混沌の牙】幹部の追跡魔法だったが、サティを救出しても一向に追手が現れない点。そしてドッペル聖王を殺した宿にサティ、ローズ両名と留まっていても一向に敵に見付かる気配が無い点から、その幹部は聖国にいないと判断した。


「ココ、君だけがララとのお風呂を我慢したとは思わない事だね。ヴィリアンが来なければ僕が一緒に入っていたんだ」

「そんな訳があるか! もしそうなってたらあるじはシュリ様とマリル様に殺されるぞ」

「防犯上仕方がないんだからあの二人も分かってくれるさ」

「一番危険なのはアンタよ、この変態!!」


 さて、二人がわざわざ報告に来たという事はなにか進捗があったのだろう。

 仕方ない、今日はパンツを諦めて真面目に仕事しますか。


「でもなんで屋台なんてやってんの? 趣味?」

「うちの団員の子が店主やってるから少し借りたのよ。これなら自然に話が出来るでしょ?」

「へぇ、でも普通のお客さんとか来なかった?」

「無論来た。殺すぞと言って追い払ったがな」

「なんて不憫な……」


 屋台を訪れただけでそれはトラウマものだろ。


「私は変態がこんな屋台に気付く訳ないって言ったんだけど、ローズったら『あるじなら来る』って聞かなくてね」 

「だが案の定、主は来ただろう?」


 ドヤ顔のローズを見て悔しそうに焼き鳥を頬張るココ。

 ここで僕が情報ではなくパンツを求めてこの屋台を訪れたと言ったら二人はどんな顔をするだろう。


「それで? 調査結果は?」

「その前に主の考えを聞きたい。答え合わせといこうじゃないか」


 ふむ、ここまで自信があるという事は二人はかなり深いところまで今回の事件の真相が見えているらしい。

 だが僕の方はさっぱりだ。調査だって僕がテキトー言ってララと容疑者を困らせてただけだし。


 天才として分からなかったとは口が裂けても言えない僕は、考える事を諦めて当てずっぽうで答える。


「サバイアだね。あの宰相は怪しかった」


 発言から犯人を見付けられなかった以上、残された手掛かりは外見だけだ。

 眼鏡をしていたヴェスコンティもなかなか悪人っぽい気配が漂っていたが、それ以上にデブであごひげを蓄えたサバイアはもっと悪どい事してそう。


 そんな僕の偏見百パーセントの予想を聞いたローズは感心したようにヒューと口笛を吹く。


「流石は主! 大正解だ!」

「信じらんない。アンタってただ変態なだけじゃなかったのね……」


 良かった、これで天才の面目は保たれた。

 しかしココよ。君は僕の事を今の今まで、ただ変態なだけな男だと思っていたのか? なんて見る目の無い可哀想な子なんだ……。


「計画通り、あたし達は容疑者五人が主たちと別れた後の反応を調べた」

「城内には【昼の姉妹団】のメンバーが多いの。だから調査は容易だったわ」

「計画通り? ちょっと待って。僕の計画では僕らは僕らで怪しい人物を調べ、ローズ達はローズ達で独立して調べるみたいな話だったはずだけど?」


 ローズの言葉を聞いて感じた疑問を素直に口にすると、ローズとココは呆れたように口を開く。


「やれやれ、それはいくらなんでもあたし達を馬鹿にし過ぎだぞ?」

「外部者の変態が護衛に就く時点で、裏切り者が堂々と尻尾を見せるわけないじゃない。変態とお姉様を囮にしてその反応を伺う。この計画の真の狙いを理解出来なかった愚か者なんてあの中に一人もいないわよ?」



 なるほど………………確かに!



 僕の想像では『どこに行ってたんだ聖王。今回の計画が破綻するかとドキドキしたぞ。早く戦争になぁーれ!』みたいに、堂々と馬鹿が自白するのを期待した計画だったのだが、僕という存在が邪魔だったか。


 これは一本取られたな。


「話を戻すわよ? 変態が上手い事容疑者それぞれに気になる情報を与えた結果、全員がその後の予定を変更したわ」


「法務大臣のヴェスコンティは『くだらん雑事を増やしおって』なんて毒を吐きながらも嬉しそうに過去の聖王の結婚式の情報を集めていた」


 あんだけ口悪くて実は良い人なのかよ……。おじさんのツンデレに需要はないというのに。


「経済大臣のスフォルはお姉様の結婚という商機を逃さないよう、急いで結婚や食品、グッズ、服飾関係の会社の役員を集めてたわ。……てか情報を集めるためとは言え結婚とかふざけんなこの変態!」


 ララや容疑者達の反応が面白くてついね。でも安心して欲しい。僕が結婚するのは後にも先にも世界中でリセアただ一人さ。


「ラトナ正教大司教のメディチはあるじの素性を知り、聖王がラトナ正教を裏切った訳ではないと確信して腹心の部下を集めた。明日の処刑でひと悶着あると睨み、水面下で教会子飼いの守護騎士を動かして国民の保護に動くらしい」


 メディチにだけはララの恋人や婚約者としてではなく、ジルユニア帝国第三皇女の使者として接した。

 あそこまで戦争に反対していたのは彼女だけだったし、より強いインパクトを与えなければ尻尾を出さない気がしたのだ。


 まぁ、ララを信じて国民の保護に動く当たり、彼女は根っからの善人だったのだろう。


 ちなみに当然ながら使者を名乗る許可なんて取ってない。


「ラトナ軍元帥のモンテフェルトはすぐに街のパブに向かったわ。店主がちょうど【昼の姉妹団】のメンバーだったんだけど、どうやらお姉様に恋人が出来たと勘違いして泣きながら愚痴ってたみたい」


 あいつララの事好きだったのかよ。なんかごめん……! でもララに彼氏ができたらちょっと悔しいから訂正はしない。


「そして最後。宰相のサバイアだが、あいつは間違いなく黒だ。そもそもあいつが主達あるじたちと会った時、処刑についての書類を持っていたのは聖騎士長への相談などが目的ではなく、怪しげな連中に情報を横流しするためだったんだ」 

「これまでお姉様に影も形もなかった恋人を、魔物であるドッペルが急に連れて来た事で混乱したみたい。その怪しげな連中にアイツはなんだ!あの聖王は本当に偽物なのかって焦って聞いていたわ」


 裏切り者は宰相サバイアで確定か。

 ララに自発的に会いに来たのも奴一人だけだったし、恐らくドッペルの失踪というイレギュラーで焦っていた所に、帰って来たドッペルを見て安堵。しかし隣りにいる僕の存在で不安に駆られて尻尾を出したという所だろう。


「それで? その怪しげな連中の正体は?」


「繁華街をナワバリにするマフィア……って話だが、あれは【混沌の牙】だな。長年組織にいたあたしの目は誤魔化せない。いわゆる混ざりものって奴が大勢いた」

「その【混沌の牙】ってのは私も名前しか聞いた事ないけど、アイツらがそんじょそこらのゴロツキとはわけが違うっていうのは分かる。一人一人が凄く強そうだったわ」


 ようやく明らかになる敵の姿。それは当初の想定通り、馴染みの敵であった。

 ここで会ったが百年目。サティの誘拐含め、これまで散々迷惑を掛けられた分徹底的にボコボコにしてやろう。


「奴らのアジトは合計五つ。それぞれのアジトの金庫から転移魔法で書類を抜き取って調べたから間違いない。テロの予定場所、予定時刻までバッチリだ」


 ローズは数枚の紙切れを僕に見せる。

 そこには確かに五つのテロ計画の詳細が記されていた。


 こんなもん持ってる所を誰かに見られたら、僕らの方こそがテロリストとしてしょっ引かれそうである。


「一応言っておくけどそれは写しよ。本物は元の場所に戻したわ。明日はナブーナ広場以外の四カ所に【昼の姉妹団】のメンバーを派遣するから、広場の方は頼んだわね?」


 これで情報戦においてはこちらが圧倒的に優位。

 僕やアイン、ヴィリアンのいない場所で【混沌の牙】幹部が現れたら打つ手が無いが……ぶっちゃけテロが成功してもそれはそれでやりようはあるし、僕の真の計画の筋書きは揺るがない。


 僕の名推理によるとテロの本命は人の集まるナブーナ広場。

 【昼の姉妹団】は精々国民に被害が出ないよう頑張るんだね。 


「それにしてもローズの転移魔法って目に見える範囲か親しい人のいる場所にしか飛べないんじゃなかった? 金庫の中に知り合いでも居たの?」

「いるわけないだろう……。主のためにどうしても情報が欲しいと思ってな。ちょっと裏技を使ったんだ」


 そんな便利な技があるならもっと早く教えて欲しかった。

 女湯とか女子更衣室に行くのに凄い便利そう。


あるじ、絶対今エロい事考えてるだろ」

「まさかそんな。僕は地球の平和と子供達の未来について思いを馳せていただけだ」

「……言っておくが、裏技と言ってもあたしの特有を使った応用技ってだけだからな? トンデモない魔力量を使うから常用は不可能だぞ」


 今日学術都市から転移して来て魔力がすっからかんだったというのに、その魔力は一体どこから?

 そんな僕の疑問を表情から察したローズは先んじて答えを与えてくれる。


「ちょうど宿に希少なドッペルゲンガーの死体があったからな。そのデカい魔核を食って補充した」

「……ちゃんと焼いた? お腹痛くない?」

あるじはあたしのお母さんか! 知ってると思うが、焼けば良いってもんでも無いからな? 塩はかけたけど」


 魔物の核――魔核は濃縮された魔力の塊だ。

 人間が口にすれば最悪死に至る劇物でありながら、手軽に魔道具に魔力を提供出来る便利なアイテムでもある。


 恐らく魔物に極めて近い人間として改造されたローズだからこそ許される魔力の補充方法であろう。少なくないリスクもあっただろうに本当にありがたい。この件が片付いたら、彼女には素敵なパンツと黒ストッキングをプレゼントしてその働きに報いる事にしよう。


「それじゃここから二人にはサバイア裏切りの証拠集めを頼むよ。それ次第で明日の結果が大きく変わる。しっかりね?」

「ああ。任せておけあるじよ」

「私もお姉様のこの国で敵にこれ以上好きになんてさせない!」 


 既に充分すぎるほどの働きを見せてくれた二人だが、まだまだやる気に満ちている。

 聖国は別にララの所有物では無い、というツッコミは面倒だからしなくていいや。




 僕はとココはローズが焼いてくれた焼き鳥をよく味わって食べる。

 その間も今分かっている【混沌の牙】の明日の計画についてや、城内にどれだけ宰相サバイアの息が掛かった者がいるか、他にも今日一日で遭遇した面白かった事なんかを話した。


 そしてヴィリアンとの護衛の交代時間が近付いて来た僕は名残惜しくはあるが席を立つ。


「それじゃ僕はララの寝室に行くとするよ。いやー、ヴィリアンがこの後用事があってくれて良かった!」


 危険な敵がうろついている今の聖国でララを一人には出来ない。つまり護衛役として僕はララと一緒の寝室で共に夜を明かす義務があるのだ!!


 これからの事を思うとテンションが上がる。そんなウキウキの僕の服の裾をココがガシッと掴む。


「ちょぉーっと待ちなさい変態。変態で男のアンタが誰の寝室に行くってぇ~?」

「ララだよ。ラ、ラ! 君の愛するお姉様だ! お姉様の護衛はちゃんとするからココは証拠集め頑張ってねー!」

「ふざっけんなーッ! お姉様との同衾とか、ななななななんて羨ましい! 私だってここ一年はしてもらってないのに!! アンタからお姉様を守る護衛が必要よ! という事で私も一緒に行くわ!」


 一緒にララと布団に入るシーンを想像でもしたのか。ココは顔を真っ赤にしてニヤつきながらそう口走る。


「ふざけんなはお前だココ! なに調査をあたしにぶん投げようとしてやがる! そもそもお前は今城にいちゃいけない人間なんだから、いくら寝室とはいえ護衛なんて出来る訳ないだろう!」


 うんうんその通り! ララとココに挟まれて眠るというのもとても魅力的だが、今日はララと二人きりがベストだ。


 軟禁されていた場所から救出され、命の危機を脱したと思ったら、近くに居る裏切り者の存在に怯え、明日が不安で夜も眠れない。


 そんな時に隣りにいるのは、天才でイケメンで頼れるこの僕。これはもう大人の階段を上らずにはいられないシチュエーションだろう。


 ハルト十五歳。僕は今日、おとこになります!


「あとあるじ、言っておくが妙な真似はするなよ? あたしはシュリ様とマリル様からもし主が浮気したらその女を磔にして連れて来いと言われているんだ。聖国と全面戦争になるぞ?」

「付き合ってもないのに浮気ってなんだよ……」


 そして僕じゃなくて浮気相手の方をボコボコにするんだねシュリ達ったら。確かに僕的にはそっちのほうが嫌だけどさ。


 少しブルーな気持ちになりながらも今度こそ屋台を離れようとする僕。そんな僕の服の袖を今度はローズが掴む。


「ん? まだなにかあるの?」

「いや主、お代をまだ頂いていないのだが?」 

「………………サービスなのでは?」

「そんな訳あるか。言っただろう、この屋台は借りているだけだと。料金はしっかり発生する」


 僕は泣く泣く焼き鳥の代金を支払った。屋台の焼き鳥って意外と割高なんだね……。


 そしてその隣りではココも泣きながら銀貨を支払っていた。約二時間に渡り飲み食いしていたココのお代はそれはもう高かった。 

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