第32話 黒の黒狼③

「かしこまりましたご主人様。敵を殲滅します」


 そう口にして見事なカーテシーを決めるのは、僕らと同い年くらいのメイドさん。

 身長百五十センチ程度と小柄ながら、きめ細かな白い肌と白黒のメイド服がとても良くマッチして似合っている。


 しかし不気味なのは、バロベリ達の真っ二つになった胴体や首、えぐられた心臓といった殺戮現場を見ても表情一つ変えること無く、無表情を保っている点だ。

 これだけでも彼女が普通のメイドさんではない事が分かる。


 さらに、アイン達に瞬殺されたバロベリが彼女に僕達の皆殺し命令を出したという事は、その実力もピカイチなのだろう。


 僕達は最大限の警戒をメイド――サティに対してしていると、彼女はこちらを一瞥しながらスカートの中に手を入れナイフを取り出す。


 チラッと見えたが、パンツは紫!


 可愛い顔して中身は意外と大人びてるんだなぁと一人僕は感心していると、紫パンツの穿き主がキッと視線を鋭くして睨み付けてくる。


 ……いや、確かにパンツ見えないかなーってガン見してた僕も悪いけど、そんな所に武器を仕舞ってる君も悪いよね?


 パンツを見られたことがよっぽど癪にさわったのか。

 サティは逆手に持ったナイフを両手に構え、予備動作無しでこちらに向かって飛びこんで来た。


 キィーン


「へっ、ナイフも剣の一種だ。なら俺が相手してやるよ」


 アインは護衛が落とした剣をいつの間にか拾い上げ、それを武器として僕を殺しに来たサティに飛び掛かる。


「ふむ、こんな美少女メイド相手に油断ゼロですか。普通はこちらを過小評価してくれるものだと思いますけどね」

「残念でした。私達は地元の先生にメイドさんは強キャラが常識だから、メイドを見たら絶対に気を抜くなと指導されてるんです。メイド服が仇になりましたね」

「くっ、一体どこにそんなとち狂った常識があるというのですか!」


 サティはそう苦言を呈しながらも、ナイフを振るう勢いは益々と増していく。

 しかし相変わらず表情に変化がないな。

 笑えばもっと可愛いだろうに。


「フハハハハハ! サティは我々よりもさらに魔物に近い存在だ。才能もセンスも無く、ただ攫ってきただけの小娘がこの戦闘力。やはり素晴らしい……!」


 そう言って恍惚とした表情を浮かべるバロベリ。

 ……上半身だけの血まみれの姿で、そんな三下マッドサイエンティストみたいなセリフを言われても、どうにも締まらない。


 しかし少女を誘拐してさらには改造まで施すとは酷い事をする。

 もしかしたらサティの表情が一切変わらないのは、その悲惨な過去が原因なのかも。


「へぇ……他にもこんな子がいっぱいいるんですか?」

「ああ。ワシが【混沌の牙】本部から受け取ったのはサティのみだが、同じような物は帝国中にバラまかれている。だからワシらに手を出した貴様らにもう逃げ場所は――ぐひゅ」


 多くの幼い子を攫って好き放題改造していると知り、子供大好きなマリルはブチギレ寸前。

 ――いや、我慢できなくなって指をバロベリの右目に突っ込んだ。


 あーあ、あれは失明確実だな。


「あ、すいませーん。つい手が滑っちゃいました。今抜きますね? ――……あれ、抜けない。うーん、こういう時は引いて駄目なら押してみろ、ですよね!」


 ブチャッ ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ


 なんだかとっても不快な音と大きな悲鳴が聞こえてくるが一切無視。

 もっと酷い事をされても文句は言えないくらいの悪行を奴らは重ねているので、僕も助ける気が起きない。


「このメイドさんはどうするの、お兄ちゃん?」

「うん、僕調べ『美少女ランキング』Aティア入りは固いかな? 笑顔次第ではSティアもあり得る」

「いや誰もそんな情報は聞いてないわよ」


 あぁ、てっきり僕なりの美少女評定が気になったのかと思ったが、そっちじゃなかったか。


「ちょっと考え中かな。すぐに考えをまとめるよ。取り敢えず殺さないで欲しい」


 いつまでも聞こえてくる、ぐちゃぐちゃという音のせいで、少しだけ気持ち悪くなってしまった僕は、気分転換に目の前で行われているアインVSサティの戦いに目を向ける。


 すると、アインは迫りくる二振りのナイフを自身の持つ一本の剣のみで巧みに捌いていた。

 剣の腹で、つばで、時にはつかで。


 そんな剣戟けんげきが暫く続いた事で、ナイフだけでは殺しきれないと判断したのか。サティは足技も繰り出し始めた。


「うおおおお! 足も剣の一種! 足も剣の一種!! つまり足技は剣技! だよなハルト!?」

「…………それは違うと思う」

「 !? 」


 いくらなんでも蹴りと剣技は全くの別物だよね。


 そんな僕の言葉に、まさか自分の考えが否定されるとは夢にも思っていなかったアインは、強い衝撃を受ける。

 それにより、剣を振るう手が一瞬止まり、視線も思わず僕へと吸い寄せられてしまった。


「あ!? アインの馬鹿!」   

「余所見とは余裕ですね」


 シュリの叫びを聞き我に返ったアインは咄嗟にサティとの距離を空けようと全身のバネを使ってバックステップ。

 しかし相手は僅かな隙だろうが、簡単に見逃してくれる生易しい敵ではない。


 サティは口をすぼめ、フッと吐息の勢いを使って、か細い針のようなものを凄い勢いで吐き出した。

 その針は必死に回避行動を取るアインの首筋にあっけなく突き刺さり、アインは力が抜けたようにガクっと膝から崩れ落ちる。


「ふぅ、まずは一人目。やれやれ、あと四人もいるのですか。これは今日の夕飯にお肉を出してもらわなければ割に合いませんね」


 アインが負けた……。 


 これまで先生と幼馴染のメンバー以外には一度も負けたことが無いアインの初めての敗北。

 それは僕達に少なからず危機感を与えた。


「ちょ~っと本気出さなきゃヤバいみたいね。マリル! シュカ! 手伝いなさい!」

「任せて下さーい」

「アイン君の仇!」


 いやまだアイン死んでないから……。


「ぐっ、優れた剣士は……毒も無効化する……」


 それは剣士の領分ではないのでは……?


 必死になって起き上がろうとするも、どうしても力が入らず倒れ込んでしまうアイン。

 それを見て、サティは無表情のまま驚く。


「……信じられません。キングエレファントでも即死する毒を受けて何故生きてるのですか? もしや私と同類?」


 信じられない生命力をの当たりにしたサティは、自分と同じようにアインも魔物の因子を埋め込まれてるのではと疑い始める。


 まぁ種明かしをすると、マリルが作ったあらゆる種類の毒を小さい頃から毎日少量ずつ飲んで抗体を作っていただけなんだけどね。


「へへ。魔物の力を使うってのもなかなかカッコいいが、生憎と俺にはこいつしか才能がねーんだ。ソードマスターとして、毒程度に後れを取る訳にはいかねぇ」

「大丈夫。アインは熟女キラーっていう特技も持ってるよ」

「は、ははは確かにな。今度ハルトにも熟女の堕とし方を教えてや――」


 ゴキッ


「なんてことを言うんですか。ハルト君には既に私達という絶世の美女がいると言うのに」

「そーそー。ハルトは今のままでもう満足してるの! これ以上女を堕としてる暇なんて無いの!」


 マリルとシュリは余計な事を口走ったアインを拳で黙らせた。

 毒でも意識を失わなかったアインが簡単にぽっくりと気絶し、白目を剝きながら倒れ込む。


 ちくしょう、僕も熟女の堕とし方は知りたかったのに!


 今は全く興味ないが、成長しておじさんになれば自然と熟女にも興味が湧くハズ。

 その時を見越して今からアインに極意を聞いておくのも悪くない考えだ。


 よし、後でこっそりアインに教えて貰おう。


 そんな事を考えていたらそれが顔に出ていたらしい。


「ハルト君? 何か不満でも?」

「ハルト? アタシ達というものがありながら浮気?」


 浮気もなにも、僕ら付き合ってすらいないじゃないか! それに僕の本命は勇者ちゃんただ一人だ!


 ……なんて事をマリル達に面と向かって言えるはずも無く、僕はただニコニコと笑顔を作り笑って誤魔化す。


「まぁまぁ。アインも悪気があった訳じゃ無いんだ。許してあげなよ。それよりも、そこのメイド――サティを確保してくれないかな? 五体満足で」

「こ、このレベルの相手を無傷で確保!? さ、流石はお兄ちゃん。スパルタだね」

「……その条件ですと、私も使える薬がかなり限定されてしまいます。弓もありませんし……困りました」

「うーん……アタシも炎魔法は使わない方が良いかも。てか、その縛りキツすぎない?」


 僕はサティがこの部屋に乱入してから戦闘にも参加せず、ずっと考え続けていた。

 彼女をどうするか。


 いくら美少女メイドとは言え、敵ならば容赦なく踏みつぶすべきだだう。


 世界征服を目指す組織のリーダーであるこの僕が、今回の敵は可愛いから助けてあげようなんて甘っちょろい考えを持つわけにはいかない。

 僕もその辺はわきまえているつもりである。


 しかし話を聞くに彼女は、無理矢理攫われて無理矢理改造され、ご主人様であるバロベリの命令を順守して僕達を殺しに掛かっているだけだ。

 果たしてこれを明確な敵と言えるだろうか。


 彼女の真意を聞かなければ答えは出せないが、だからこそ彼女の処遇はそれを聞きだしてからで構わないのでは?


 心の底から僕らに殺意を持っていたのであればその時こそ殺せばいいし、もしそうでないのならメイドさんとして僕らの下で働いてくれたら良い。


 ちょうどニナケーゼ一家ファミリーも大所帯になって来た所だ。

 メイドさんも一人くらい必要だろう。


 という事で、僕はこの場ではサティを確保せよという指示を送る。


「大丈夫、三人なら出来るよ! 頑張れー!」


 僕は戦いに巻き込まれないよう、離れて応援係だ。


 何故かって?


 僕は毒の抗体作りをサボっていたから、万が一毒にれれば死んじゃうからだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る