第33話 メイドさんGET
戦いは壮絶を極めた。
サティが魔物の因子をより強く持っているというのは真実であったらしい。
シュリにどれだけ頭を強く殴られても、シュカにどれだけ冷気を送られても、マリルにどれだけ怪しげな薬を盛られても彼女は気を失うことなくピンピンしていた。
シュリ達はあらゆる手段を試みては失敗し、その度にまた新たな策を練る。
アインが倒されたことで油断の全くなくなったシュリ達相手では、サティは攻撃をかすらせる事すら不可能。
だが僕の指示という名の縛りプレイを強要されているシュリ達もどこか決め手に欠けていて、勝負を決めきれない。
最初は自分の上着を転がっていた剣で突き刺し、応援旗の要領でブンブンと振り回して声援を送っていた僕だったが、それも開始五分で飽きた。
あれからどれほどの時間が経ったかは分からないけど、お腹が空いてきたのでそろそろ夕食の時間だと思う。
「はぁはぁはぁ。どんだけ頑丈なのよアンタ……」
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…。み、皆様はこんな可憐な美少女メイドを三人掛かりで痛めつけて、心が痛まないのですか」
「痛まないよ。だってぼくは自分より背の低い女の子しか興味ないし」
「私も特には。ハルト君がやれと言ったらやるだけです」
「くっ、しつこい人は美少女メイドに嫌われますよ!」
相変わらず無表情のままのサティだが、疲労感からか少しずつ感情を
どうやら自分のルックスに絶対の自信を持っているようで、自身を美少女メイドと言って憚らない。
まぁ僕も彼女は美少女メイドだと思うけど、それを自分で言っちゃうのはどうなんだろう……。
そしてこの一向に終わらない戦いの横で、僕はぼけーっと傍観する事しか出来ない。
アインもとっくに気絶から復活していて、僕と一緒に観戦を楽しんでいた。
なんでもソードマスターは一度負けたら簡単には再戦を申し込んだりしないのだそうだ。
【黒狼】のボスであるバロベリとその護衛ブル、エオも流石の生命力で、一刀両断された胴体や生首が自然治癒でくっついてしまったり、もぎ取られた心臓が再生し始めたりした。
だがその度にアインが殺気全開で斬り直すという作業を繰り返したおかげで、今では心を折られ、とても静かに涙を流している。
「ハルト君、これはどうするのが正解なんですか? 今回の条件で使える薬では効く気がまるでしません」
「ぼくも降参かな。このメイドさんを五体満足で気絶させるなんて不可能だよ……」
「うーん、ハルトがアタシ達に任せたって事は、アタシ達だけでクリア出来る条件なのは間違い無いのよね……」
いや正解なんて僕が知ってる訳ない。
ただ単に皆ならうまくやってくれると信じて送り出しただけだ。
そこに思惑や策略なんてものは一切存在しない。
「ふっふっふ……さぁどうだろうね」
しかしいつもの癖で、どこか含みを持たせた意味深な返答をしてしまう僕。
だってこの方が天才軍師っぽくてなんだかカッコいい気がするし……。
「あぁ、もう! このクソメイド! ちょこまかと鬱陶しいのよ!」
僕達が意味がありそうで全くない空虚な会話をしている間も、サティは攻撃の手を一切緩めない。
マリルとシュカは基本的に後衛なので、サティの攻撃を引き受けるのは主にシュリだ。
そのシュリも流石にこの長時間の戦闘で疲労が溜まっているのか。苛立たしげに攻撃を受け流し、カウンターでひときわ強く頭を殴る。
「
「大丈夫だよ。もう君は色々と残念だから……」
両手で頭を押さえ、痛がる素振りを見せるサティの首から下を、シュカが氷魔法で凍結し一瞬だけ身動きを封じる。
その隙を突き、マリルはスポイトに入った薬をサティの両目に注入した。
なるほど。
直接口に入れても効果なし。腕に注射器を刺したら注射針が折れる。ならば今度は眼球からのアプローチを試してみようという訳か。
「ぐおおお! 染みる! 染みるうう!!」
サティはやはり表情を変えることなく、投薬された両目を押さえながら天を仰いで叫ぶ。
目薬程度でオーバーなリアクションだなぁ。
目薬ってそういうものだよ?
「あ、すいません。間違えて右目の方に唐辛子ジュースを注入しちゃいました」
「頭おかしいのですか貴方は!? 一体何を考えて生きてたら唐辛子ジュースをスポイトの中に入れて持ち歩くのです!?」
……うん、これはわざとだな。
どうやらシュリだけでなくマリルも相当疲労とストレスが溜まっているらしい。
まぁ人間空腹になるとイライラするしね。
しょうがない、今日はこの辺にして明日またサティの確保作戦を実行しよう。
僕は長らく座っていたため重くなった足腰を叱咤して立ち上がる。
そして皆の注目を集める為にパンパンと手を叩いた。
「よし、今日はここまでだ。夕飯はヨランの得意料理である親子丼らしいから、サッサと宿に戻ろう! きっと絶品だよ!」
~~~~~~
柔らかな卵を箸で搔き分けると、そこは穢れなき銀世界。
ほっかほかのご飯の湯気と香りがむわっと周囲に漂い、自然と口内に唾液が分泌される。
僕達が食べ盛りという事で通常よりも多めに配置された鶏肉は、濃くて旨味のあるつゆと絶妙にマッチ。
とは言えしつこすぎるという訳でもなく、玉ねぎのシャキシャキとした食感とあっさりとした味わいとのアクセントがまた
食べても食べても手に持った箸は生きているかのように自然とどんぶりへ向かい、そして口元へと幸せを運ぶ。
僕達は今日、間違いなく世界一最高の夕食を味わっている。
やはり世界征服を成し遂げるには、ヨランの料理は欠かせない。
彼をニナケーゼ
そんな事を考えている間にも、おかわりを要求する者が一名。
「すいませーん、おかわりをお願いします! お肉多めのつゆだくで! あ、あとお水も頂けますでしょうか。――……ごくごくごく、ぷはーっ! 美少女メイドの目にも涙!
「……今更だけど、なんでアンタも付いて来てんのよ?」
ある程度空腹も薄れ、心に余裕が出て来たのか。
シュリはこの場にいる誰もが思っていた事をサティに訊ねる。
「ご主人様がいる所、美少女メイドあり――でございます」
「メイドさんのご主人様は【黒狼】のボスだよね……?」
【黒の黒狼】のボス――バロベリとその護衛――ブル、エオは、旧【狂った狂犬】のボス――テゾンとその配下に任せて来た。
彼らの拠点なら人を閉じ込めるのに適した施設があるとマリルが言っていたので、呼んでみたら喜んで引き受けてくれたのだ。
どうやら彼らの中にもバロベリ達に恨みを持つ者が多くいたらしい。
別れ際、バロベリ達の悲痛な叫びと怨嗟の声が聞こえたが、まぁ自業自得だと思う。
息子のテゾンにすら何度も顔を蹴られてたし、これまでよっぽど酷い事をしてきたに違いない。
念のため、分離させた胴体や生首、心臓は分けて閉じ込めておいてと指示したのでそうそう問題は起きないハズだ。
「シュカ様。メイドさん、ではなくどうか私の事は美少女メイドさん……と」
「なかなか図々しいですねこのメイド」
そう言ってマリルは呆れたように、相も変わらず無愛想なメイドを見つめる。
「――あぁ、美少女メイドが何故皆様に付いて来たか、という話でございましたね」
「そーそー。俺はてっきり明日また仕切り直しになると思ってたぜ?」
「理由はシンプルです。皆様に付いて行けば、美味しい料理を頂けると思ったからでございます」
……そんな理由で殺害命令を受けていた僕達にノコノコと付いて来たの?
いや、確かに食事は重要だけどさ。
サティの発言を受け、マリルは合点がいったというように頷いた。
「――……なるほど。思い返せばハルト君はメイドを五体満足で確保しろ、としか言っていませんでしたね」
「え、なに!? じゃあ戦って気絶させなきゃいけないと思い込んでたのはアタシらの勘違い!?」
「……そう言えばこのメイドさん、『今日の夕飯にはお肉を出してもらわなければ割に合いませんね』って言ってた。そうか、お兄ちゃんは彼女が食事に不満がある事をその発言から即座に見抜いて、こうして無傷で確保する作戦を思い付いたんだ」
「ハルトすげぇええ! やっぱ天才だお前!!」
ふむ、なんだか僕の理解の及ばない所で僕が賞賛されているが、天才と言われて嫌な気はしない。
何を隠そう、僕は誰よりも幼馴染達に褒められるのが一番嬉しいのだ。
「でも勝手にアタシらに付いて来て良いわけ? あのクソジジイ絶対ブチギレてるわよ?」
「元ご主人様の事でしたら心配ありません。私も生きる為に嫌々お仕えしていただけですから。ハルト様という真のご主人様を得た美少女メイドは無敵です」
「はぁ!? なんでそこでいきなりハルトがアンタのご主人様になんのよ!?」
「ふふふ、ハルト君に近付くメス豚には、お仕置きが必要ですね」
「あぁ、それでさっきのご主人様がいる所――って発言に繋がるんだね」
かつてないほど自由奔放なメイドがそこにはいた。
そんな勝手にご主人様をチェンジしても大丈夫なのだろうか。……大丈夫じゃないだろうなぁ。
「ご安心ください奥様方。私はご主人様の隣りは目指しておりません。私はただ……ただご主人様の後ろでパンツを脱いで、それがバレるかバレないかの瀬戸際を楽しみたいだけなのです」
「「奥様……!」」
ちょっと待って!?
奥様という響きにほわわーんとしてるとこ悪いけど、その後の発言は到底看過できないよ!?
無愛想な顔してなんて事言うんだこのメイドは!
パンツを脱ぐなら堂々と僕の前で脱げ!
「それに……ご主人様に私のファーストパンツを奪われましたから、もう他のご主人様の元へは行けません」
「ハルト、男ならちゃんと責任取りなさい」
「そんな大事なものを既に捧げていただなんて……」
ヤバい、いつの間にかシュリとマリルが敵の手に落ちている。
完全にメイドとして認めてあげろという流れだ。
てかなんだよファーストパンツって。ただパンツ見ただけじゃないか……。
「それを言うならシュカやアインだってあの時見たよね?」
「え? ぼくは見てないよ? バロベリ達の身体を観察してたし」
「俺もこんなお子様のなんて興味ねーからな。そこらに落ちてる石ころの方がまだマシだ」
クソ、うちの男共の嗜好が一般的な感性とかけ離れ過ぎている。
「それに私は【黒狼】内きっての実力者として幹部達にも顔を知られています。上三人が居なくなった現状、私に逆らえる者はまずいないでしょう。きっとお役に立てますよ?」
【黒の黒狼】がジリマハにおける反社会的勢力の一番手である事は言うまでも無いが、二番手は旧【狂った狂犬】である。
つまり、ここでサティを仲間に加えれば、未だ手付かずの北地区、西地区、東地区の組織も自然と僕達の支配下に加わると予想され、一気にジリマハ征服が見えてくるという訳だ。
感覚の鋭いアイン達が何も言って来ないという事は、僕達に悪意は抱いていないのだろうし、今後の事を考えれば仲間にするのが最善か……。
一通り考えをまとめ結論を出した僕は、必死に親子丼を掻き込む無愛想なメイドに向かって言う。
「よし、採用!」
「あ、
そうしてニナケーゼ
~~~~~~
何か悪い事があったら、その後は必ず良い事が起きる。
ならば、その逆も考えられないだろうか。
良い事があったら、必ず悪い事が起きる。
夕食が終わり、そのまま食堂で
「た、たたたた大変ですぜハルトさん!」
僕達に喧嘩を売るほど気合の入った彼がここまで慌てるとはよっぽどの何かがあったのだろう。
僕はここまで走って来たであろう彼を労わるために、水を差しだす。
「あ、ありがとうございます」
ごくごくごくごく
コップいっぱいに入っていた水を一気飲みして少しだけ落ち着いた様子のグオに、改めて僕は訊ねる
「それで? 何が大変なんだい?」
「バロベリが脱走したんだ! 上半身だけで!」
それは…………マズいな。
上半身だけで一体どうやって脱走したのだろう。
腕を足みたいにちょこまか動かして移動するのかな?
……そんな光景を夜中に一人で見たら気絶してしまいそうだ。
「今テゾン達が必死になって探してるが、見付からねーんだ! 一応ここじゃねーかって見当は付いてるんだが、場所が厄介で……」
「まぁまぁ落ち着いてくださいグオさん。大丈夫、これもハルト君の計画の内です」
話している内にまたヒートアップし始めたグオを宥めるマリル。
しかし僕の計画とはなんだろう。
まるで心当たりが無いのだが?
「そ、そうなのか? しかしアイツの脱走を許したのは俺達のミス――」
「いいえ違います。あなた達はハルト君の言いつけ通りに上半身と下半身を分けて閉じ込めていたんですよね? ――うん、なら上半身だけが逃げ出したのもハルト君の策略です。予定通りと言えるでしょう」
「本当ですか、ハルトさん!?」
マリルが私はちゃんと分かってますよとでも言いたげな訳知り顔で微笑んでくるが、
だがここで僕がマリルの話を否定すると、テゾン達に出した僕の指示そのものが悪かったと思われかねない。
なので仕方無く僕は、冤罪を泣く泣く受け入れる被疑者のように、ゆっくりと首を縦に振る。
「良かった! 流石はハルトさんだ! じゃあ後の処理はお願いしても良いですか!?」
「まっかせなさい! 何のためにアタシ達がこんな時間まで食堂に居たと思ってるの? ね、ハルト?」
「うおおおお! 夜は暗いからどれだけ殺しても壊してもバレねぇ! 楽しみだぁああ!!」
脱走が自分達のミスではなく計画の一環だった事を知り、グオはどこかホッとした様子。
アイン達も初めての夜間の実践でテンション爆上げだ。
「それでグオさん。念のため聞きたいんだけど、バロベリはどこに逃げ込んだと考えられてるの?」
シュカの質問を受け、グオは周囲に音が漏れないよう小さな声で言った。
「ヨドン男爵邸です」
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