第34話 ヨドン男爵①

 辺境都市ジリマハには三つの貴族家がある。


 一つは代々ジリマハの領主を務め、ジリマハの発展に多大な貢献をしてきたロンドル子爵家。

 一つは代々領主の側近を務め、実務面でのトップを担うフォード男爵家。

 一つはジリマハ近郊を流れる大河ヨドン川の整備という大工事を成し遂げ、近年爵位を与えられたばかりのヨドン男爵家。


 五十年前にヨドン家が王家から爵位を貰ってからは、特に大きな変化もなく平穏無事にジリマハは運営されてきた。

 しかしここ数年、当代のロンドル子爵はフォード男爵を冷遇。その後釜に黒い噂の絶えないヨドン男爵を置き、貴族間のバランスが崩れた。


 さらに領地の運営にも影響が出始め、市民にも不満を抱く人々が増えてきている。


 ヨドン男爵が実務を握ってから何故か急増した税収。

 それに伴い何十倍にも膨れ上がった使途不明金。

 相次ぐ孤児院、学校、病院の閉鎖。

 衛兵隊の傲慢化、裏金問題


 数え出したらキリがない。


 そんなヨドン男爵は、【黒の黒狼】ボスのバロベリと遠い親戚であるらしく、前々から一緒に悪事を働いていると噂されていた。

 だからこそ、テゾン達は上半身一つで逃げ出したバロベリがヨドン男爵邸に逃げ込んだと推測したわけだ。


 とまぁこんな話を移動中の暇つぶしがてらマリルに教えてもらっていたら、ようやくヨドン男爵邸が見えて来た。


 とにかく広い敷地とそれを囲う高い柵。屋敷は広い三階建てで外にはプールまである。

 そして特に目を惹くのが、門から玄関までの道中にいくつか設置されている不気味な銅像。


 金メッキでの加工がされているせいか、夜中なのにどれもピカピカ輝いていてとても不快感を煽られる。

 銅像のモデルはどれも同一人物で、偉そうなポーズと偉そうな口ひげが特徴的だ。


 どうやらこれが悪名高いヨドン男爵の姿らしい。

 僕達はそんなアホ貴族特有の絶望的なセンスの無さに辟易としていると、門の前で見知った顔を見付けた。


「やぁ奇遇だね」 

「んなっ……!?」

「ハルト君!? それにシュリちゃん、マリルちゃん、シュカ君、アイン君も!?」


 そこには冒険者協会ジリマハ支部支部長のガンテツとその秘書ネロンさんが居た。

 護衛らしき屈強な男達を十名ほど引き連れ、今にもカチコミを仕掛けるのではと思わせる殺気を漂わせている。


 てっきりガンテツ支部長はお堅い頑固オヤジと思い込んでいたが、この状況を見るにどうやら権力に抗うユーモアさも持ち合わせていたらしい。


「やれやれ、貴族の屋敷に殴り込みとは物騒だな。自殺願望でもあるの?」

「やかましい! ハルト、テメェがワシらを炊き付けたんだろうが!」

「【黒狼】がハルト君達への対処でいっぱいっぱいになっている今が最大の好機なんです。止めないでください」


 止めるもなにも、僕達も似たような真似をする予定なのだが……。


 まぁ決意の表情を浮かべてるネロンさんも相変わらず可愛いので、いざとなったら彼女だけは助けてあげよう。


 え、ガンテツ支部長……?

 この人ならマグマに落ちても普通に這い上がって来るから大丈夫だよ、たぶん。


「せっかくワシらがハルトの要求通り冒険者や衛兵隊の動きを止めて、【狂犬】【黒狼】をいっぺんに相手取らなくても良いようにしてやったってのに、揃いも揃ってどうしてこんな所にいる? 【黒狼】との戦争真っ最中だろ!?」

「そうです! 今日は朝から【黒狼】の構成員が血眼ちまなこになってハルト君達を探し回ってましたよ?」 


 そんなガンテツ支部長達の疑問に答えたのはシュリとシュカだった。


「あんな雑魚共なら、もう潰したに決まってるでしょ? アタシらを舐めてるの?」

「ぼくたちがここに来たのは最後の仕上げってやつだよ。ね、お兄ちゃん?」


 最後の仕上げかどうかは知らないが、潰したのは本当なので僕は得意げに頷く。


「嘘だろ……!? 昨日の今日だぞ? たった二日で【狂犬】と【黒狼】を潰したってのか!?」

「強いのは理解していましたが、まさかここまで早く事が済むとは……」


 ……それにしても、衛兵隊の動きを止めたってなに?

 冒険者の件は僕が頼んだから理解できる。でも衛兵隊ってどこから出て来たの?

 そして一体なにをどうやったら冒険者ギルドの人間が公僕の動きをコントロール出来るというのか。


 …………はっ!?

 まさかネロンさん、自身の魅力溢れる大人な肉体ボディーを使って、衛兵隊の偉い人とあんな事やこんな事をしたんじゃ……!?


「そんな!? もっと自分の身体を大事にしてよネロンさん! そうじゃなきゃ僕が悲しい!!」


 そりゃネロンさんのような美人さんにそんな事をされたら、部下の動きの一つや二つ喜んで止めてしまう訳である。


 僕は理解は出来ても納得は出来ないというという複雑な表情を浮かべ、ネロンさんに訴えた。

 するとネロンさんはこの反応。


「えぇ、流石に衛兵隊の動きを止めるのは一筋縄ではいかず、私もそれなりの条件を呑みました。ですが、これもジリマハの未来の為! ロンドル家の女としてこの程度で泣き言は言っていられません!」


 なんてこった!? まさか僕のお願いのせいで、ネロンさんにそこまでの決断をさせる事になっていただなんて……!


 クソ! 天才止まりの自分が憎い!

 もし僕が天才を超えた超天才であったならば、ネロンさんはその純潔を散らさずに済んだだろう。


 自身の迂闊な発言による大きすぎた犠牲を知り、僕はあまりのショックで周囲の声も聞こえなくなる。


「いやネロンもハルトも大袈裟過ぎだろ。たかが一週間、仕事終わりに実家の手伝いをするってだけだぞ?」


 ガンテツ支部長が何か言っている気がするが、それもまるで聞こえない。


「はいはい、皆さんお喋りはここまでですよ! 支部長、ハルト君が言いたいのは、何故大した証拠や根拠もなくイチかバチかの強制捜査を行おうとしているのか、という事です」

「……だが、これ以上時間を掛けても証拠を隠滅されるだけだ」

「いいえ違います。実はハルト君の策略により、この屋敷には現在【黒の黒狼】ボスのバロベリが逃げ込んでいます」


「「なッ!?」」


「さらに彼があの悪名高き【混沌の牙】メンバーである事。そして違法な人体実験の動かぬ証拠も彼を捕まえれば彼自身の身体で証明してくれているというおまけ付き。どうです? これが私達のリーダーです。凄いでしょ?」


 なんだかガンテツ支部長とネロンさんが恐ろしい物でも見るような目で僕を見ている。

 やめて! こんな一人のお姉さんの貞操さえ守れない僕を見ないで!


「無論、貴族のお二人の動きも全てハルト君の手のひらの上です。さて、支部長達も状況を正しく理解出来た所で、早速行きましょうか。――戦争をしに」



~~~~~~



「ネロンさん大丈夫? 痛みとかない? 足元に気を付けて」

「はい、問題ありません。ハルト君ってとっても紳士なんですね」


 純潔を散らした後は暫く痛みが続くと聞く。

 だから僕は、せめてもの贖罪として人一倍ネロンさんを気に掛けていた。


「石畳の地面と芝生の間にちょっと段差があるだけじゃねぇか。紳士と言うより過保護だぞ」


 女性に気を配るという事を知らないガンテツ支部長の言葉は当然無視。

 くっ、純潔を奪われたのがこのオッサンだったら良かったのに!

 いや、それはそれで気持ち悪いな……。


「お待ちを。本日面会の予定は聞いておりません。お引き取り下さい」


 剣を提げ、玄関の扉の前に立っていた二人の警備員が僕達の行く手を遮る。

 それを受けて、ネロンさんが堂々と前に出た。


「ジリマハ特別監察官のネロン・ロンドルです。ヨドン男爵に国家反逆罪、贈収賄等複数の嫌疑が掛けられています。大人しく扉を開けなさい」


 ロンドル……? それって領主の家名じゃなかった?


 なんてこった! 

 僕はそんなロイヤルお姉さんをキズものにしてしまったのか!?


 ヤバい、僕の罪がどんどんと重くなっていく。


「し、しかし現在当主様は大事なお客様を迎え入れています。誰も通すなと厳命されているので私共もここを通すわけには……」

「この非常時に何を言っているのです! 状況を見てものを言いなさい! それともロンドル子爵家三女のこの私とフォード男爵の弟ガンテツ、そしてAランク冒険者五名よりも大事な客なのですか?」  


 いつものふわふわとした優しいネロンさんからは想像も付かない厳格な態度に、僕達は驚きを隠せない。

 やはり貴族の人間として、こういった態度や話し方も教養として身に着けているのだろう。


 にしてもまさかガンテツ支部長まで貴族の家出身だったとはね……。

 もしかして貴族って街中にうじゃうじゃいるものなの? 


「め、滅相もございません。ですが私の一存では――」



 ドォオオオオオンッ



「よし、開いたぜ?」


 まるで話にならない警備員の態度に業を煮やしたのか。アインは常人では目にも止まらない速度で短剣をぶん投げ、固く閉ざされていた扉をぶち壊した。


 ガンテツ支部長やネロンさんとその護衛、警備員はアインの突然の凶行に言葉も出ない。


 そして自身に注目が集まっているのをこれ幸いと、アインは決めポーズを取りながらカッコよく呟く。


「アイン流剣術――投剣」


 昔から思っていたが、剣を力任せに投げるだけの技を剣術と呼んでも良いのかな。

 なんだか剣の道を必死に修行している偉い人とかに怒られそうだ。


 だがまぁアインのおかげでようやく屋敷内に入れる。

 僕達五人は固まる面々を置いて、次々と屋敷内へ足を踏み入れていく。


「来ないなら置いて行くわよ?」 


 そんなシュリの言葉で、長かった金縛りがようやく解けた。


「テ、テメェらいつもこんな真似してやがんのか!? 近い内に捕まるぞ!?」



~~~~~~



 屋敷に入るとそこには広いホールのような空間が広がっていた。


 三階までの吹き抜けとなった開放的なデザイン。

 高い高い天井には豪華なシャンデリアが提げられて、そこから発せられるギラギラとした光はとても目に悪そう。

 部屋の両脇にある階段の手すりも凝った意匠で、如何にもお金が掛かっていそうな造りをしている。


 そしてそんな部屋の中央。

 そこには、屋敷前の銅像と比べてだいぶ太ったヨドン男爵の姿があった。


 ヨドン男爵は、僕らの訪問にまるで身に覚えがないかのように、わざとらしい演技で言う。


「ようこそ皆さん、お揃いで。こんな夜更けに事前連絡もなしでお越しになるとは少し常識を疑いますが、本日は当家にどういった御用件でしょうか?」


「ヨドン男爵。貴方には計二十四もの違法行為の嫌疑が掛けられて――」


 ネロンさんがいちから事情を説明し始めるが、僕らはそれを無視して行動を起こす。



「ぎぃゃぁあああああああッ!!!」



 アインは一目散に駆けてヨドン男爵の両足を膝部分で切断。

 シュリは部屋にいた使用人を次々と昏倒させていき、シュカは出入り口と窓を魔法で凍結して脱出手段を潰していく。 

 マリルは、悲痛な叫び声をあげ大きく開いたヨドン男爵の口に特製の薬を放り込む。


「男爵。あなたは一時間後に胃が内側から破裂して死にます。助かりたかったら知っている事を全て吐きなさい。あぁ、嘘を吐いても無駄ですよ。こちらは全てを知っています――ハルト君が」


 そんな僕達(僕以外)の鮮やかな交渉術を目にしたガンテツ支部長は――


「な、なにやってんだテメェらぁぁあああ!?」


 ――今までに無い大声で叫びをあげるほど感動していた。




======

ハルト達の容赦のなさを描写するために、もっとヨドン男爵をギタンギタンにしようかと思いましたが、グロや生々しい文章を望んでいる人はここにいないと思い直し、あっさりとしたものにしました。(これからもそうする予定です)


そしてジリマハ編はあと二話か三話くらいで終わる予定となります。

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