第35話 ヨドン男爵②

「全く、信じられん事をするなテメェらは。これでもしヨドン男爵が無実なら、テメェら――いやワシら全員間違いなく打ち首だぞ!?」

「ダメですよハルト君。証拠もなく、裁判もせずの勝手な私刑は」


 ガンテツ支部長とネロンさんは、豚が空を飛んだ光景を目撃したかのように暫く放心した後、こうして僕に文句を言っていた。


 行動したのはアイン達なのに、何故僕だけに注意するのだろう。

 あぁ、アイン達には何を言っても無駄だと判断したのか。正解だ。


 だが今回に関して言えば、アイン達の行動に間違いはないと僕は思う。

 だって――――


「証拠なんてお喋りしている間にどんどん処分されていくに決まってるじゃない! それに裁判官だってどうせこのデブ貴族の手の者よ! 公平さも、公正さも期待出来ないわ!!」


「うぐっ。だが法治国家においてはちゃんとルールに則ってだな――」


「ルールに則る事で、ルールを守らない人を取り逃がしてたら本末転倒だよ? それにぼくたちはお兄ちゃんの指示で動いてる。これ以上に信用できる証拠なんて他には無いよ」


 うんうん、シュカもなかなか嬉しい事を言ってくれる。


 僕はさらに上記の理由に加え、ヨドン男爵の得意げな顔を見てこう推測した。


 ――彼は本件について既に何らかの対策を講じ終えたか、もしくはその時間稼ぎのためにわざわざこうして僕達の前に姿を現したのでは――と。


 そこで僕は、このままガンテツ支部長達に任せていたら得られる成果も得られないと判断しアイン達を動かしたのだ。


 まぁ両足を斬ったのはちょっとやり過ぎな気がしないでもない。

 せめて片足だよね?


「ちっ! これじゃどっちが犯罪者か分かったもんじゃねぇな」

「ハルト君。ほんとーに、ほんっとーに男爵は無罪じゃ無いんですね? 私信じちゃいますよ?」

「大丈夫だよ。僕を信用して、ネロンさん」


 確かにここまでして男爵が無罪だったらかなりヤバいが、まぁ十中八九彼は黒だろう。


 【狂犬】所属だったグオも、ヨドン男爵と【黒狼】の癒着はほぼ間違いないと断言していたし、なによりこの僕達に対して見下した視線を向けて来たのだ。


 許されざる大罪である。

 もしこれで無罪だったら僕達の名の下に有罪にする。


 あぁ、殴りたくなるようなムカつく顔をしているという理由も付け加えておこう。


 とまぁこんな感じで、彼が有罪である根拠は数えきれないほど沢山ある。

 ネロンさんの心配は杞憂なのだ。 


「十秒以内に魔物野郎の居場所を吐かなかったら、次は右腕を切り落とすぜ? いーち、にー……」


 さて、ガンテツ支部長達のお説教も済んだ所で、僕達は天下の大罪人ヨドン男爵へと意識を向ける。

 するとそこでは、アインとマリルがなんとか情報を喋らせようと一生懸命拷問していた。


「し、知らない! 魔物野郎? 一体誰の事だ!? 私は何も知らないぞ!」

「ろーく、しーち……」

「そ、そもそも貴族の私にこんな真似をして許されるとでも――」

「……じゅう!」


 スパンッ


「ぐぁあぁぁあああ! う、腕がぁああぁぁあ。わ、私の腕……!」

「はいはい、お薬の効果で痛みは感じないんですから、そう騒がないでください」


 うーむ、情報を早く吐かせるためとは言え、精神衛生上よろしくない光景だ。

 僕は万が一にでも夕飯の親子丼を床に再召喚しないよう、まぶたを閉じて自分の世界へと入り込む。



 ――そこは海の見えるコテージ。


 白い清潔感のある部屋の中では下着姿の勇者ちゃん(大人ver.)、ニナ(大人ver.)、シュリ、マリル、ネロンさんがなまめかしいポーズを取っている。


 普段は決して拝むことのできない太もも、脇、へそ、そして谷間……おっと、下着からはみ出たお尻も忘れてはいけない。

 何故か三名ほど谷間を確認できない断崖絶壁娘がいたが、まぁそれも些細な問題だ。


 一人一人が絶世の美女と言っても差し支えの無い美しさを持ち、それと相関するように溢れ出るエロス。

 部屋にいる唯一の男である僕はそんな桃源郷の景色を眺めながら、ソファーに寝転がりキンキンに冷えたオレンジジュースを嗜む。


 あぁ、天国はここにあったんだ。

 僕は頭ではなく心でそう理解した。


 さぁ、次は先生に教えてもらった『よいではないかごっこ』をしよう!

 皆! 裸になってバスローブを巻いて! そうそう、それで――……


「容赦なく足や腕を切り落とすアイン達も怖いが、ワシはなによりこの光景を見てニヤついているハルトが一番怖いぞ……」

「ま、まぁまぁ支部長。ハルト君もきっとリーダーとして色々大変なんですよ」


 さて、幼馴染達が頑張っているのに、リーダーの僕がいつまでも現実から目を逸らし続けるわけにはいかない。

 名残惜しくはあったが、僕は再びヨドン男爵へと意識を戻す。 


「性根の腐った悪党の癖に、なかなか根性あるじゃねーか。だが残すは左腕と首のみ。お楽しみは最後に取っておくとして、次は左腕だ。いーち、にい、さーん……」

「キッチンです! キッチンにバロベリの奴はいます! 何でも喋りますから殺さないでください!」


 と、ここでようやくヨドン男爵は降参。

 ヨドン男爵はボロボロと涙を溢しながら過去に犯した罪を告白し始めた。


「うぅ……。わ、私は遠い親戚であるバロベリと結託して、表から裏から好き放題やって来ました。ぐす……。具体的には――……」


 ネロンさんはそれを真剣に聞きながら必死にメモ帳の上にペンを走らす。


「よしよし。なぁハルト、これ全部喋り終わったら殺していいのか?」

「いや駄目だから。彼には法の下での裁きが待っている」


 少し聞いただけでも税金の私的利用。学校や孤児院へ送られるはずだった予算の着服、横流し。お抱えの会計士とぐるになっての二重帳簿、不正会計。市民の殺害、誘拐、強姦と盛りだくさんだ。


 まず間違いなく死刑になるとは思うが、だからと言ってアインが殺しても良いハズがない。

 法を犯した者は、法に従って罰する。それが法治国家のあるべき姿だ。


 それになりより、僕は親友としてアインにこんな事で手を汚して欲しくない。……もう今更って気もするが。


 しかしどうしてアインはこうも殺したがるのか。

 彼のブレーキ役を自認する僕としては、そろそろ荷が重いと感じ始めてきたよ。

 どこかにアインの暴走を止めてくれる頼れる熟女はいないかな。


「法だと? ハルト、テメェここまで好き放題やっといてよくもそんな口が聞けたもんだな」  

「ん? あぁ大丈夫だよ支部長。切断した足と腕はシュリとシュカが完璧に治療する。現代技術では僕達がなにかしたという証拠は見付けられないだろうね」


「アタシらに任せなさい!」 

「斬りたてほやほやの新鮮素材だから、きっと完璧にくっつくよ!」


 そんな僕達の言葉を聞いても、ガンテツ支部長はどこか不満があるようで目元をピクピクとひくつかせる。


「ま、まぁまぁ支部長。変にここで殺されなくて良かったじゃないですか」


 ネロンさんがそう宥めている時だった。



「キャー――ーーッ!!!」



 遠くの部屋からマリルの叫び声が聞こえた。



~~~~~~



 叫び声が聞こえた部屋に駆け込むと、そこはキッチンだった。

 恐らくバロベリの居場所を聞いてマリルが一足先に向かったのだろう。


 マリルを心配したガンテツ支部長とネロンさんが焦ったように叫ぶ。


「大丈夫かマリル!?」

「何があったんですかマリルちゃん!」


 だが長年の付き合いである僕らは誰一人マリルの事を心配していなかった。

 何故なら先程のキャーは悲鳴ではなく歓喜のキャーだったからだ。


 すると予想通り、マリルは僕達の姿を確認するなり満面の笑みでこちらに近寄ってくる。


「みんな見て下さい! なんとバロベリの下半身が完全に復活してるんです! これならどんな無茶な実験も可能ですし、無限に肉体を再生させる事で膨大な薬の素材が手に入ります!!」


 その言葉通り、天井にも届きそうな巨大な冷蔵庫の前で何かを貪っているバロベリは五体満足の姿だ。心なしか身体が二回りほど大きくなっている気がする。

 情報ではテゾン達の元から逃げ出した時点では上半身のみだったため、ここに来てから再生を果たしたのだろう。


 僕は皆を代表して健康体となったバロベリに話し掛けた。


「やぁバロベリ。元気?」

「グゥゥウウウウ。グワォオオオーーーン!!」


「うんうん、元気そうだね。一体どうやってそんな短時間で復活したの?」

「グルルルル。グルラァァァ!!」


「へー。夕飯は美味しかった?」

「ギャオオオオ! ガルルルゥ」

「…………なるほど」


 なに言ってるかさっぱり分からん。

 バロベリって元々こんな感じだっけ?


 あまり記憶に無いけど、もう少し人間っぽかった気がするのだが……。

 夜も遅い時間だし、寝ぼけてるのかもしれない。


「バロベリはなんて言ってるの、お兄ちゃん?」

「グルルルル。グルラァァァ!! ……だったと思う」

「いや再現じゃなくて翻訳をして欲しかったんだけど……」


 そんなの僕に聞かれても困る。

 いくら天才でも魔物の言葉なんて学んだ事ないからまるっきり理解不能だ。


 そもそも、これは本当に言葉なのだろうか?

 ただ単にテリトリーを侵害された獣のように唸り声をあげているだけなんじゃ……。


 だがまぁ僕に分からないのなら皆も分からないだろう。

 なので、僕はテキトーにバロベリが喋っていそうな事を想像して通訳する。


「やぁ僕はトム。今日から皆のクラスメートになるよ。趣味はヴァイオリン。これからよろしくね――って言ってると思う」

「名前変わっちゃってるじゃない! あとなんでいきなりアタシらのクラスメートになってんのよ!? こんな同級生嫌よアタシ!」

「あの太い指でヴァイオリン出来んのか! めちゃくちゃ器用なんだなー」


 シュリは僕の翻訳を信用することなく鋭いツッコミを入れてくるが、人を疑うことを知らないアインはその戯言を完全に信じ切っていた。  


 アインはいつか詐欺に引っ掛かりそうだな。


「そもそもお兄ちゃんとの会話が全く成立してないよね」


 ……それは盲点だった。

 確かに『夕飯は美味しかった?』と聞かれて『やぁ僕はトム――』なんて返答は気でも触れてなきゃそうそう出来る事じゃない。


 とまぁ、そんな緊張感の欠片もない雑談をしていたら、バロベリをじっと観察していたマリルがバロベリの変化の理由について結論を出した。 


「――……ッ、分かりました! 恐らくですが、あの冷蔵庫から大量になだれ落ちている魔物の核を食べたんだと思います。核は濃縮された魔力の塊ですから、半分魔物の身体であるバロベリにとっては最高の栄養源なのでしょう」


 通常、魔物の核は食用に適さない。

 一般人の保有する何百倍もの濃密な魔力を含有するそれは、食べるとまず間違いなく体調を崩し最悪の場合は死に至る。

 さらに魔物の核は、魔力の少ない一般人が魔道具を使う上で欠かせない物でもあるため、こうしてわざわざ冷蔵庫に大量に保管しているというのは不自然なのだ。


 たぶんバロベリが日常的に魔物の核を食べていた事を知るからこそ、ヨドン男爵がこうしてわざわざ用意していたのだろう。 


「半分魔物だと……? おい、一体どういうことだ?」


 マリルの言葉に、事情を知らないガンテツ支部長が反応する。が、今は詳しい説明をしている暇はない。


「支部長さん、それは後でちゃんと話します。ですが今はコレをどうするか、の方が重要です」

「――……支部長とネロンさん、あと護衛の人達はキッチンから出て行ってくれ。後は僕達がなんとかする。支部長達はヨドン男爵の方を頼むよ」


 マリルが、どうします?というアイコンタクトを送って来たので、僕は人払いを行う。


「……分かった。可能なら生け捕りにしろよ?」

「あぁ、勿論さ。僕達だって出来る事なら人だったものを殺めたくない」


 支部長達もバロベリが凄まじい力を秘めているのを肌で感じていたのだろう。

 僕の提案を素直に受け、ぞろぞろと逃げるようにキッチンから姿を消して行った。  


「さて、どうすんだハルト。この魔物野郎は」

「そうだね……バロベリの意識は戻りそうにないかな、マリル?」

「無理だと思います。いくら魔物の身体とは言え、魔力を取り込み過ぎです。肉体が完全に変質してしまって、今の彼は極めて魔物に近い別のナニカです」


 人間と魔物のハイブリッドであったバロベリだが、今は見た感じ九割九分魔物だ。

 極度に肥大化した筋肉と肌を隠すほど濃い体毛。口からは涎を垂れ流しているし、会話も不可能。


 こうしていつまでも動きを見せないのは、恐らく魔物化した影響でこちらとの実力差を察し、戦う事も逃げる事も出来なくなったのだと思う。


 僕はそんな蛇に睨まれた蛙が如き、バロベリだったナニカに語り掛けた。


「バロベリ、僕はもし君が僕達に素直に協力してくれるのなら命は助けてあげようと思っていた。君を生かす事で僕らにもメリットがあったからね。――でも君は最後まで僕らに抗った。その代価は受けてもらう」


 このままコイツを生かしておいても、ガンテツ支部長達では間違いなくコレを持て余すだろう。

 殺す事はおろか、対等な戦いにすらならない。


 コレに対処するには、Sランク冒険者並みの実力が必要だ。

 そしてコレには、それ程の戦力を動かす労力に見合う価値はない。


 研究や実験に使う素材なら残りの二人がいる。シュカとマリルもそれで納得するハズだ。


 だから――――



 ――ここで終わりにしよう。



「塵も残さないつもりでやってくれ」


「おう!」

「任せなさい!」

「うん、頑張る!」

「分かりました!」



~~~~~~



 事が終わり、焼け焦げた床を一人ぼーっと眺めていたら、シュカがそれに気付きトコトコとこちらへやって来た。


「お兄ちゃん、衛兵隊が来たからもう撤収した方が良いって支部長さんが言ってたよ?」

「分かった。もう眠いし、そろそろ帰ろうか」


 シュカはそんな少しだけ元気の無い僕を見て不思議そうな顔をしていたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんが一人で背負うこと無いのに」

「ははは。違うよ、これは背負ってるんじゃない。夢に近付いているのを噛み締めてるんだ」


 僕達は無駄な殺しはしない。(アイン辺りは怪しいが僕がさせない)

 殺すのはその選択が最善である場合のみだ。

 だから殺したという事は、必然的に目標に近付いていたという事でもある。


 僕の答えを聞いたシュカは、そっか、と一言呟くとキッチンから外のホールへ出ようと歩き出す。

 そして扉の前で立ち止まり、僕に訊ねた。


「最後、アイツは叫びながら逝ったけど、あれはなんて言っていたの?」


「――そうだね、ありがとう……いや、地獄で会おう、かな?」



 こうして、僕は初めて目の前で人を殺した。




======

ハルトは自分の指示でアイン達が人を殺しても、それは自分が殺したのと同義だと考えています。

なので今回も、ハルトは最後の攻撃には参加しませんでしたが、バロベリを殺したのはその決断をした自分という認識です。(でもメンタル最強なので、たとえ百人殺しても五分で完全復活します)


ちなみにもしハルトが最後の攻撃に参加していた場合、鋼のように固い筋肉を殴ったことにより骨折してました。相手へのダメージもゼロです。

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