第36話 執事

 ヨドン男爵邸での騒動から数日が経ち、ジリマハの裏からの支配をほぼ盤石なものとした僕達は、次の行動に備える為の休息期間を取っていた。


 過ごし方は様々。

 自己鍛錬や買い物、読書、人体実験。ストレス発散がてら冒険者の依頼を受けていた者もいる。


 そうして、それぞれが思い思いの時間を満喫していた訳だが、一つだけ全員が共通して熱中している事があった。


 それは――――


「おらおら、ちゃんと避けねーとケガするぞ」

「はい腰が下がってる。三十回追加ー!」

「流石に腕がピクピクしてきたね。そろそろ限界かな」

「いいえシュカ君。まだまだこれからです。さぁヨウちゃん、これを飲んでください。疲れが完全に吹き飛ぶお薬です」

「た、助けて下さいハルトお兄様~!」


 ――ヨウの育成である。


 この前の騒動で野生に目覚めたヨウは僕達に頭を下げて頼み込んできたのだ。

 強くしてください――と。


 それを受け、僕は当初ヨウと一番仲の良いマリルに指導を頼もうと思った。

 だが、マリルに任せれば、ヨウが薬漬けのドーピング少女になってしまう恐れがある。


 次に仲の良い僕は僕で、天才的なセンスと才能に頼ったスタイルを確立しているため、指導には向かない。

 シュカは気を抜くとヨウを使った人体実験をしかねないし、シュリは超感覚派の癖に言っている事を理解してもらえないと不機嫌になるからヨウが不憫。


 アインは……普通にヨウを斬殺しそうだ。


 という事で苦肉の策ではあるが、僕達は五人全員で協力して――もとい五人全員でお互いがお互いを監視し合いながらヨウを育てるという結論に至った。


「大丈夫、この訓練を受けて死んだ人はまだいない」

「わたしが最初の一人目になっちゃいます~!」


 実はこの訓練を課したのもヨウが一人目だったりする。


「ご主人様、これは一体何をしているのですか?」


 するといつの間にやら僕の隣りにやって来ていたメイドのサティが、困惑したようにそう訊ねてきた。


 こんな真っ昼間から宿にいるのは非常に珍しいが、きっと任せた仕事の方が上手くいっているのだろう。


「見ての通り、トレーニングだよ」

「……私の知るトレーニングとは大きく異なっているのですが」


 ヨウが今やっているのは腕立て伏せだ。


 背中にシュリが乗っかる事で通常の何倍もの負荷を掛け、シュカが随所で身体のツボを刺激する事で疲労の蓄積を減らす。

 アインは腕立て伏せを行っているヨウに殺気をぶつけながら木刀を振り、それを避ける事で筋トレを行いながら最小限の動きで攻撃を躱すスキルが身に付く。

 マリルはペットの犬に餌を与える飼い主よろしく、次々とヨウに怪しげな薬を与えては、やる気を強制的に引き出したり、不自然な程早い超回復を促している。


 ――まさに完璧な布陣であった。


 僕はこの上なく効率的で効果的なトレーニングを編み出した自身の頭脳を誇るように、得意げな顔でサティに言う。


「これほど充実した訓練をしているのは世界でもヨウくらいだ。将来が楽しみだよ」

「……充実し過ぎて死ななければ良いですね」


 当初は面倒くさがっていたアイン達も、初めての弟子という事で日に日にやる気が増していき、今では自分の時間をなげうってまでヨウの育成に取り組んでいた。

 そのおかげか、訓練を始めた当初は普通の腕立て伏せや腹筋でひーひー言っていたのに、今ではスペシャルトレーニングでも軽口を叩く余裕がある。


 凄まじい成長スピードだ。これなら近い内に基礎トレーニングを卒業できるだろう。


 初めての弟子でこの成果。

 昔から優れた戦士が優れた指導者とは限らないと言うが、僕らにそれは当てはまらなかったらしい。


「それで、そっちの進捗はどう? また反乱者を潰すのに人手が欲しいの?」


 ここ数日サティには【黒の黒狼】の残党をまとめ上げニナケーゼ一家ファミリーの軍門に降らせるという重大な仕事を任せていた。


 ボスであったバロベリは死に、ナンバーツのブル、ナンバースリーのエオは幽閉され、ナンバーフォーのサティは僕らのメイド。


 だがそんな絶望的な状況でも組織の復興を諦めないという忠義者や、空いた席に自分が座ってやると企む強欲な者達は僅かながらいる。

 そんな連中を潰して反抗ムードを消そうと、何度かアイン達がサティの要請で動いていたので今回もそれかな?


「いいえご主人様。【黒狼】は完全に我らニナケーゼ一家ファミリーに取り込む事に成功しました。つきましては、そんな大仕事を果たした美少女メイドをいっぱい褒めて下さい」

「よくやったねサティ。すごいすごーい」


 サティが撫でて下さいとでも言いたげに頭をこちらに傾けて来たので、僕は優しく彼女の髪に触れ賞賛を送る。


 まさかこの短期間で仕事を終わらせてくるとは思わなかった。

 どうやらこのメイドは意外と仕事が出来るメイドのようだ。


「えへへへ」


 僕のナデナデを受けてサティは相変わらずの無表情ながら嬉しそうな声をあげる。


 それにしてもこの短期間で何故ここまで懐かれた?

 思い当たる節は、この前夕食に出てきた魚をほんの少し分けてあげた事くらいなんだが。


 …………猫かな?


「さて、そんな頼れるメイドであるサティに次の仕事だ。北地区、西地区、東地区をまとめ上げている組織も同じようにうちに取り込んできて? 大丈夫、北地区と東地区は既に大部分がこちらに恭順しているし、残すは上の決定に従わない残党と西地区のみだ」

「そんな……酷いです。乙女の純情を弄ばれました。せっかくご主人様のお世話がしたくて仕事を頑張ったというのに」


 口では僕のお世話がしたいと言うが、大方、僕の側にいればいつでも肉が食べ放題だとでも考えているのだろう。

 三食おやつ全てに肉料理を要求するほどサティの肉への愛は偏執的だ。可能性は高い。


「なんて人聞きの悪い。僕達は君をお世話係として雇っている訳じゃないんだ。メイドさんとしての役目はキッチリ果たしてもらうよ」

「メイドさんではありません。美少女メイドさんです! そして普通メイドはそんな仕事はいたしません。もっとメイドらしいエッチで卑猥な仕事を要求します!」

「君はメイドさんをなんだと思ってるんだ……」


 サティはメイド服のスカートの裾を持ち上げ、チラ、チラとパンツが見えそうで見えないラインを攻める。

 そしてさらに、推定Bカップの胸を前かがみになって二の腕で寄せ、無理矢理作った人工的な谷間を僕に見せ付けてきた。


 やれやれ、メイドに裏社会の統一を任せている僕が言えた事では無いが、サティはもう少しメイドという職業を勉強し直すべきだな。


「よしサティ。これから僕の部屋で、君の考えるメイドさんのお仕事について熱く語り合おうか」

「なんでよ!? こんな貧相な身体に釣られないでハルト!」

「そうです! にょ、女体が欲しいなら、ま、ままままずは私達に声を掛けるのがす、すじというものでしょう!?」


 いつの間にか僕らの会話は、ヨウの修行に夢中だった皆にも聞かれていたらしい。

 シュリとマリルは物凄い剣幕で僕へと食って掛かる。


 貧相な度合いで言えば、弟のシュカとほぼ同じスリーサイズのシュリの方が……いや不毛だからこの話はやめよう。


「ごめんごめん、ついガーターベルトがエロくてね」


 サティのメイド服は、足が全て隠れるほどのロングスカートである。

 そのため今の今までその存在を認知できなかったが、まさかあの可愛らしいメイド服の下にあんな刺激的なモノが隠されていようとは――。


 楚々そそとしたメイド服と、男を刺激する魅惑的なガーターベルトが見事な調和とギャップを生み出し、双方の魅力を最大限に引き出している。

 それはまさに1+1の答えが、時として2以上になる無限大の可能性を秘めている事を僕に証明しているかのよう。


 【黒狼】の隠れ家でパンツを見た時はあんなものは着けていなかった癖に、一体奴はいつの間に自身の装備をアップグレードしたのか。最高過ぎる。


「シュカ、お姉ちゃんの為に今すぐガーターベルトを買って来なさい! とびっきりエロいのよ!」

「あ、私のもお願いします。私のは透け透けで!」

「男のぼくにそんなおつかい頼まないでよ……」 


 僕は今までガーターベルトの存在意義をイマイチ図れないでいたが、今日ようやく理解した。

 そう、ガーターベルトはエロいから生み出されたのだ!


 そんな生まれて初めて見たガーターベルトに夢中になっている僕を見て、シュリとマリルはあからさまに不機嫌になる。


「くっ、あのメイドを安易に受け入れたのは失敗だったかしら」

「意外な伏兵ですね。自分の魅力をしっかり理解してやってる分たちが悪いです」


 シュリは苛立ったように腕立て伏せ中のヨウの背中をバンバン殴り、マリルは困ったよう笑みを浮かべ次々とヨウの口元に薬を持って行く。


「い、痛いですシュリお姉様。あとこんなにお薬は飲めませんマリルお姉様!」 

「お? 訓練の難易度アップか? よーし、俺も一段階ギアを上げてやるぜ!」


「い、痛っ。うぐ、アインお兄様……ぐはっ。け、剣が、ごふっ、見えません……」


 為すすべもなくボコボコにされゆくヨウに、僕とシュカ、サティが可哀想なモノでも見るような目を向ける。


 そうして遂にヨウが力尽きそうになったその時、珍しく来客が来た。


 やって来たのは老齢の男性で、のりの利いた燕尾服を身に着けている。

 整えられた白髪とピンと伸びた背筋。そして僕らに向かってする美しい礼。


 間違いない。これは――執事だ!


「お初にお目に掛かります。わたくし――」


 僕達幼馴染五人はそれを理解した瞬間、即座に戦闘態勢に入った。

 魔法を発動し、得物を取り出し、距離を空ける。


「な、何事でございますか!?」


 いきなりの僕達の対応に驚いたのだろう。執事はまるっきり身に覚えがないかのようにキョロキョロと僕らの顔を見回す。

 ふむ、あたかも一般人のような反応だ。


 だが――それが単なる演技である可能性を捨てきれない。


 僕らは村で先生に事あるごとに教えられていた。



 ――執事は最強の職業の一つだ。少しでも油断すれば、死ぬぞ――と。



 見た感じ強そうには見えないが、きっとこれは擬態。

 弱者のふりをして油断した所を一撃で――という戦闘スタイルなのだ。


「くっ、気を付けろヨウ、メイド。コイツは悪名高い執事って職業の奴だ。瞬間移動も出来るし、目からビームも放つ」

「テーブルナイフとフォークで首筋を斬りつけてきますよ。ほら、もっと距離を取ってください!」


「「なっ!?」」


 アインとマリルは無知であるがゆえに油断し切っていた二人に状況の不味さを伝える。

 そしてヨウとサティはそのあまりの怪物ぶりに目を丸くして、即座に僕らの後ろへ隠れた。


「いえ、その、わたくしは普通の執事なのですが……」


 執事がなにか言っているが聞く耳を持ってはならない。

 奴は言葉巧みに人の感情と行動をコントロールする、おとぎ話の悪魔のような存在なのだ。


「ふふ、こんな時がいつか来ると思ってた……。後は任せたわよ皆」

「お姉ちゃん、まさか!?」

「そんな、ダメですシュリちゃん!」


 こうした強敵と戦う時、真っ先に先頭で戦って相手の情報を取るのはシュリの役目だ。

 しかし、流石のシュリでも執事が相手では――!


「アタシがなんとか奴の弱点を引き出す。でも万が一、アタシが殺されたら――即座に逃げなさい」

「シュリ! 待て! 俺はそんなの認めねぇ!!」


 クソ! ただ休日を満喫していただけだというのにどうしてこうなった!?

 原因はなんだ!? 僕達は……一体何を間違えた!?


「あのー、どうすればわたくしの話を聞いていただけますでしょうか……」


「皆になら夢を託せる。――……ハルト、好きだったわよ。来世では今度こそ結婚しようね」

「シュリ、待っ――」


 僕の答えを聞けばこの世に未練が残ると考えたのかもしれない。

 返答も待たず、シュリは執事に突貫した。


 音を置き去りにした最速の攻撃。


 シュリのこれまでの集大成となる一撃を目に焼き付けるため、そして彼女の捨て身の行動を無駄にしないためにも僕達は泣きそうな目を見開いて戦いの行く末を見守る。



「死いいいねえええええッ!」  



 すると、執事はシュリの動きに最後まで反応することなく――まるで攻撃に目が追い付いていないかのように――顔面でモロにその攻撃を受け止めた。



 そして――――


 ――パタリと力無く仰向あおむけに倒れ込んだ。


 

 ……。


 …………。



 ………………。



「「「「「あれ?」」」」」




======

すみません、あんまり話が進みませんでした。

次話でこそジリマハ編終了です。

その後の話も既に考えてありますので、お楽しみに!

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