第37話 謝罪と提案

 悪い事をしたら頭を下げて謝る。


 これは子供でも知っている世の常識であり、賢い世渡り方法であり、人として最低限備えているべきマナーだ。


 宿題をサボったら先生に謝るし、洞窟を爆破したら一晩中大人達に頭を下げる。

 誤って人を殺しかけたりなんてしたら、相手が納得するまで謝罪を続けなければならないだろう。


 という事で、


「すいっませっんしたぁーーーッ!!!」


 僕はふかふかの絨毯に頭をこすり付け、それはもう見事な土下座を決めていた。


 突然の僕の行動に意表を突かれたのか。被害者とその主は後頭部越しでもハッキリと分かるくらいに狼狽うろたえる。


「い、いえ、わたくしは見ての通りピンピンしておりますから、どうか頭をお上げください」

「は、ははは。良かったじゃないかクロード。Aランク冒険者に頭を下げられるなんて滅多にない経験だぞ?」

「そ、そうでございますね。孫娘への良い土産話が出来ました」


 執事は死んでいなかった。


 決死の攻撃を行ったシュリだったが、最後の最後まで自身を目で捉え切れていなかった執事に違和感を覚えたらしい。

 ギリギリのタイミングで拳に纏っていた炎魔法の霧散と手加減が間に合い、奇跡的に軽い脳震盪と気絶のみで済んだのだ。


 まさかこの執事が弱執事よわしつじだったとは……。


 先生は執事という職業そのものが最強の証だと口を酸っぱくして言っていたから、強くない執事が存在するとは夢にも思っていなかった。


 クソ、あの嘘つきシスターめ。本当にいい加減な事しか僕達に教えていない。


「ちょっとした行き違いはあったが、大事は無かったのだ。ハルト殿、過去の事よりも未来について語り合おう」


 僕は執事とその主――ロンドル子爵の双方から許しを得た事でようやく土下座をやめる。


 ここに来る前に執事から話を伺ったところ、彼はジリマハの領主であるロンドル子爵家に仕えており、僕がガンテツ支部長に頼んでいた面会の迎えのために宿を訪れたんだそうだ。


 アオムラサキとの模擬戦で勝ったこの報酬を僕は完全に忘却していたし、事前連絡もなしでいきなり面会かよ、と僕はこの執事と領主の常識を疑った。

 だが更に話を聞くと、ちゃんとガンテツ支部長を通してこちらに日程の連絡はしていたらしい――アインに。


 これには幼馴染達だけでなく、まだ出会って日が浅いヨウやサティも「それは連絡をした内に入らないよ……」と絶望したものだ。


 そんな事を思い返しながら、僕は久し振りの土下座により凝り固まった身体で大きく伸びをする。

 そしてソファーにドカッと座り偉そうに足組みをした。


「いやー助かったよ。今回ばかりはこっちが百パーセント悪かったからね。あっさり許して貰えてラッキー」  

「んなっ……!?」


 僕の急変した態度に驚きを見せるロンドル子爵。

 声にこそ出していないが執事のクロードも目を丸くしている。


「良かったですねハルト君」

「流石はご主人様。見事な土下座でございました。九十七点です!」


 そして一緒に連いて来てもらっていたマリルはまるで他人事ひとごとのように微笑み、サティは僕の土下座を勝手に採点していた。


 失敬な! 僕の土下座はいつも百点満点だ!


 まぁ結果を見ると執事は死んでいないんだし、ぶっちゃけ土下座するほどの事では無いと僕も思ってる。

 だが、そのオーバーな謝罪が逆にこちらへチャンスを呼び寄せるのだ。


 先生も言っていた。


 ――謝る時は誠意を伝えるのではなく、相手を呆れさせた方が手っ取り早い――と。


 村を出てから信頼度が著しく低下している先生の言葉だが、今回は虚言ではなかったらしい。

 おかげで動揺した相手は謝罪を無条件で受け入れてくれて、これからの交渉がしやすくなった。


「それで――未来の話だったよね。でも君達は本当に未来を見据えているのかな?」

「それは……どういう事だい?」


 少し挑発するような物言いをする僕に、苛立ちを隠せないロンドル子爵。


 子爵はネロンさんのパパという事もあり、五十代前半という年齢の割にはなかなか整った容姿をしている。

 こうして眉を顰めて眼光を鋭くしても、とても絵になる光景だ。


「僕はこの街に来て驚いたよ。あんなにも無法者達が堂々と徒党を組んで、お天道様てんとさまの下を練り歩いてるんだから」

「……為政者ではないハルト殿には理解出来ないかも知れないが、あれらも街の運営には欠かせない存在なのだ」


 それはそうだろう。

 どんなに優れた街にも、あぶれる者というのは存在する。

 そういった連中を一つの場所に留めるのも、効率的な領地の運用方法の一つだ。


「その通りだ子爵! 今回は馬鹿な貴族と愚かなトップのせいで残念な結果になってしまったけど、ああいった正道を外れた者達の受け皿は必ず必要となる」


 僕があっさりとそれを肯定したのが意外だったのか。

 ロンドル子爵は不愉快そうな表情から一転、僕がどんな意図を持ってこんな話をしているのかと思案し始める。


「分かっていただけたか」


 あぁ分かった。だから――――


「だからこれからはそいつらの管理を僕らに任せてもらう」

「!?」


 貴族とは言え、帝都から遠く離れた辺境の領主をしているロンドル子爵は腹芸があまり得意ではないらしい。

 大きく表情を崩し、数秒程時が止まったように動きを止める。

 そしてようやく再起動した。 


「な、なにを言うかと思えば……。確かに今回の件で【狂犬】はハルト殿達に潰され、【黒狼】のトップも死んだ。だがそれだけだ。頭を変えれば奴らは以前と同じようにまた動きだす! 連中の中には我々の手の者も紛れ込んでいる。そうそうおかしな事には――」


「そうしてまた【混沌の牙】の介入を許して、危険な魔物を生み出させるの?」


 【混沌の牙】について、現状僕はほとんど何も知らない。ていうか調べるのが面倒だから知るつもりがない。

 だがサティのように、一般人を誘拐し改造手術を施す腐った組織など僕らの支配する世界には必要ないのだ。


 このジリマハは僕らの最初の支配地となる。

 ならそこにムカつく組織や人物からのちょっかいを出されたくないと思うのは当然だろう。


「そ、それは!? 今後はしっかりと対策を取り――」

「勘違いしているようだけど、これはお願いじゃない。決定事項だ。既に大部分が僕達ニナケーゼ一家ファミリーに恭順し忠誠を誓っている。そして現状、それをまとめ上げているのが――」


 使用人兼護衛として僕の後ろに控えているサティに目を向ける。

 するとサティは綺麗に一礼すると、こう言った。



「キャハッ! 美少女メイド、サティだよ☆ 悪い奴は、星に代わって~皆殺し☆」




 …………空気が凍った。




 結構真面目な話をしていたと思うのだが、まさかここでふざけるとは……。


 サティはいつもの無表情のまま、クルリと一回転。そして腰を突き出して顔の前にピースを作ると、その態勢のまま固まった。


 暫くこの場にいる全員が呆然とそれを眺めていると、スッと直立姿勢に戻ったサティが何故か僕にジト目を向けて苦言を呈する。


「やれやれ、またご主人様の悪い癖が出ましたか……。裸踊りは自室か公園でやってくださいとお伝えしたのに」

「この最悪な空気を人のせいにするんじゃない。僕はそんな奇行したことないからね?」


 そして何気に公園に誘導して僕を牢獄送りにしようとするな。


「あぁ、申し訳ございません。てぃんてぃん体操と呼べとのご命令でしたね」

「そんな命令も出してない」


 そもそもてぃんてぃん体操ってなんだよ。もうそれただのセクハラじゃんか。

 ほら、そういった話に弱いマリルが横で顔を真っ赤にして恥ずかしがってる。


「ぷふっ。てぃ、てぃんてぃん体操……」


 と思ったが、どうやら笑いを堪えていただけみたいだ。

 マリルの笑いのツボが未だに分からない……。


「まぁ子爵も知っていると思うけど、そもそも僕達が動いたのは仲間が誘拐されたからだ。そんな組織を今の状態のまま放置しておくなんて、Aランク冒険者として見過ごせない」

「……裏社会の実権を握るAランク冒険者なんて聞いたこと無いがね」


 ロンドル子爵は苦し紛れに皮肉を口にするも、それもどこか弱弱しい。

 執事のクロードは小さくため息を吐き、主人に進言する。


「ハルト様があれ程頭を下げて謝られたのに、こちらの非だけ何も無しというのは都合が良すぎるでしょう。旦那様が譲られるべきかと」

「――……くっ、分かった。ハルト殿、サティ殿、よろしく頼む」


 悔しそうにこちらに向かって頭を下げるロンドル子爵。


 部下の言葉を素直に聞き入れるとは、意外と柔軟な考えを持っているらしい。

 大犯罪者ヨドン男爵を重用し続けた愚か者と街では評判だけど、意外に仕事が出来るタイプなのでは?


「そもそも先代のヨドン男爵からの恩を返すためとは言え、フォード男爵よりも当代のヨドン男爵を優遇したのが過ちであった。今回の件、ハルト殿やマリル殿達の活躍のおかげで本当に助かった。感謝する」


 ロンドル子爵はそう言って先程よりもさらに深々と頭を下げた。

 なるほど、そうした事情があったのか。


 まぁどんな理由があろうと、領地を危険にさらした事に変わりはないから同情する気は起きないけどね。

 貴族で領主という特段の権力を握っていても、感情一つで破滅へと近付くのだから世の中は怖い。 


「さて、ここからは提案だ。受けるも断るもそっちの自由。話を受けてくれたら、そっちにも利を与えよう」

「ほぉ、まずはその利とやらを聞いても?」


「ロンドル子爵。君は今苦境に立たされている。部下だったヨドン男爵があろうことか国家反逆罪を犯し、それにより君も上役としての責任を追及する声からのがれられない」

「……その通りだ」


 まずは前提条件の確認だ。

 ロンドル子爵は今、貴族として非常に不利な状況にいる。


 だからこそ、僕達はそこに付け入る隙があると考えた。

 僕は予定通りマリルへと視線を向ける。


「はい、お話の続きは私が担当します。我々ニナケーゼ一家ファミリーとしては、せっかくロンドル子爵と良い関係を築けそうなのに、ここでこの地の領主が他人に変わっても困る訳です」

「ふん、先程の条件を新たな領主にもう一度吞ませるのが面倒なだけだろう」

「いえいえそんな。子爵の辣腕ぶりを買っているのですよ」


 マリルの言う、良い関係とは、当然僕達・・にとって都合・・が良い関係である。


 領内でこれほどの事態を引き起こしたというのに、フォード男爵は相変わらずロンドル子爵を支持していると聞くし、カリスマ性はあるのだろう。

 そして、あのヨドン男爵を実務面のトップに添えても、領地運営に支障をきたさなかったのだ。能力面も充分に期待できる。


 子爵は間違いなく、こちらに引き込む価値のある男だ。


「それで利についてですが……実を言うと私達は【黒狼】のナンバーツーとナンバースリーを二人共生け捕りで確保しております。ですので、その片方を子爵に差し上げましょう!」

「んなッ!? 死んだと聞いていたぞ!?」

「えー? 誰ですかそんな嘘情報を流したのは。私はちゃんと確保したと伝えましたよ、子爵の手の者には・・。あぁ、そう言えば何度か二人の元に殺し屋が送り込まれましたね。全て防ぎましたけど」


 マリルの言葉を聞き、子爵と執事が極めて深刻そうな表情を作る。

 そして僕も同じく深刻な顔。


 ……それ初耳なんだけど!?

 殺し屋が来たの!? 何度も!? 怖すぎだわ!!


 そんなリスクを抱えた事故物件だと知っていたらテゾン達に二人を任せなかったよ。

 テゾンには申し訳ない事をした。今度会ったらお団子でも奢ってあげよう。


「それはつまり、こちらの内部に情報を改竄し証拠の隠滅を図った者がいると……?」

「さぁ、私もそこまでは」


「……すぐにでも調べさせよう。クロード、この件は任せたぞ」

「承知いたしました。この会談が終わり次第動きます」

「マリル殿。そちらが提供する利は、私としても喉から手が出るほど欲しいものだ。だから早く提案とやらの具体的な内容を教えてくれ」


 マリルは気がいている子爵を落ち着ける為か、子爵の問いにすぐには答えずゆっくりと紅茶を飲む。

 そして焦らしに焦らして、ようやくその内容を口にした。


「提案は二点です。一つは子爵が私達のパトロンとなる事。私達はこれから様々な土地に冒険者として赴きます。そのための活動資金を継続的に頂きたいのです。他にも貴族の権力を使って色々と便宜を図って欲しいですね。見返りは、私達が活躍した際子爵の名前を必ず出す事。さらに希少な魔物を討伐した際、素材を格安で提供するのも約束しましょう」


 冒険者としてというよりも、どっちかといえば侵略者として様々な土地に赴くつもりなのだが……。

 まぁそれはまだ秘密にしておいた方が双方にとって良いだろう。


「ふむ、それはこちらとしてもありがたい申し出だな。通常有力な冒険者は貴族の奪い合いになる。今の内から将来有望な君達と関係を持てるのはメリットしかない」


 なかなか前向きな返答だ。

 だが僕達が碌に冒険者として活動する気が無く、それどころか世界征服を目標に活動していると知ったらどんな顔をするか。

 我ながらここまでリスクの高い人材はいないと思う。


「もう一つは、ジリマハにおける学校運営を私達ニナケーゼ一家ファミリーに一任する事。当然、その運営資金は税金から捻出してもらいます」

「む、学校か。しかし今あるものに変化があると領民に受け入れられないのでは……」


「現時点で学校はほとんど運営されていないに等しいではありませんか。平日なのに当然のように子供が働いています。初めてそれを見た時は驚きましたよ。思わずジェノサイドをしてしまいそうになるくらいに」

「そ、それは勘弁して欲しいな」 


 あれは確か僕とシュリがデートに行った日だったと思う。

 僕達が宿に戻ると、平日の日中であるにもかかわらずヨウはせっせと働いていた。

 その姿を見てマリルは、ジリマハの学校がまともに機能していないと非常に憤っていたのだ。


 帝国では百年程前から義務教育制度というものが取られており、未成年の子供は学校に通う権利と義務がある。


 国民全体が知恵を付ける事で生じる生産力の向上。学校に通う事で未成年の強制的な労働を防ぐ、等々。 

 そういった理由が義務教育にはあるのだが、実際の所それが順守されているのは帝都など一部の裕福な都市のみ。


 それでも子供が大好きで、未来を作るのは子供達であると信じて疑わないマリルは、子供が蔑ろにされている事実だけで怒髪天を衝く。

 だから幼馴染思いの僕は思い付いたのだ。自分達で学校を作ろうと。


「だが現状使えている労働力を奪うと間違いなく反感を買うぞ……」

「それは仕方ありません。一般人は今を生きるので精一杯なのですから。だからこそ、領主の子爵が決断するのです」


 難しい顔をして唸る子爵は、一人では決められないと判断したのだろう。

 執事のクロードと耳元でコソコソと相談を始める。

 そしてたっぷり話し合った末に結論を出した。


「分かった。その提案をどちらも呑もう」

「ありがとうございます」


 あー、ようやく小難しい話が終わったか。

 そんなに時間は経っていないハズだが、頭の使い過ぎで五キロくらい痩せたかもしれない。


 ハッキリ言って半分も内容を理解出来なかった。

 天才の僕がそうなのだ。恐らく領主なんか一割も理解出来ていないだろう。


「汗をお拭きします、ご主人様」

「ん? ありがとう」


 疲労からか。いつの間にやら額と頬に汗が伝っていたらしく、サティがハンカチでそれを甲斐甲斐かいがいしくぬぐってくれる。


 だが肌触りがどうにも普通のハンカチと違うような……。


 僕が違和感を覚えたのに勘付いたサティは無愛想な顔のまま、黒のハンカチ――否、黒のパンティを広げて答え合わせ。


 な、なんてもので僕の汗を拭いてるんだこのエロメイド!?


 サティは僕の耳元に顔を近付けてボソっと呟く。


「ハンカチを忘れてしまったので応急処置です」


 応急処置にしても、もうちょっとましなものがあっただろ!?

 人の顔をなんだと思ってるんだ、ありがとうございます!!


 僕ら主従がそんなふざけたやり取りをするも、依然話し合いは終わっていなかったらしい。

 子爵は先程の言葉に付け足すように言う。


「だが一つだけ条件を付ける」

「条件、ですか?」


 マリルが困ったように僕へと視線を送って来るので、僕はパンツの件を一旦横に置いて彼女に頷いて返答。


 ロンドル子爵は領主として、そして貴族としての命運を僕達に握られている。 

 だからこちらに条件を追加出来るような立場には無いはずだが……まぁ聞くだけ聞いてあげようじゃないか。


「学校を運営するからには最低限の知識を身に着ける必要がある。そこで、ハルト殿達にはそれを学ぶために、学術都市ニノのアーレスティ魔術学院へ行ってもらいたい。それがこちらからの唯一の条件だ」


 ……なんてめんどくさい。


 学校と聞くと、教会であの暴力シスターに殴られながら勉強した辛く悲しい思い出がフラッシュバックするからかなり鬱だ。

 マリルも同じような記憶が脳裏をよぎっているのか、とても嫌そうな顔。


 だが子爵の次の言葉で、僕はその条件を受け入れる事を即決した。



「学院には当代の勇者も在籍している。きっと君達にとっても良い経験となるだろう」




辺境都市ジリマハ編 完





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という事でジリマハ編完結です!

まだまだジリマハに関する話はしていくつもりですが、一旦はここで区切りとなります。

次章からは学術都市編!

勇者ちゃんも大きく話に関わって来るのでお楽しみに!


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