学術都市ニノ編
第38話 誘拐
わたしはヨウ。ぴっちぴちの九才だ。
お父さんよりもお母さんの遺伝子を色濃く受け継いでいるのか、平均よりは顔が整っている……と思う。
よく近所の人や商店街の人から可愛いねって褒められるし。
生まれ育った町で、お父さんの経営する宿屋の看板娘として働いている。
いや……働いていた、かな? そう、過去形。
借金の問題で色々あって、現在は営業を完全に停止中だ。
たまたまうちに泊まっていたハルトお兄様達のおかげで大事には至っていないけど、それでもこれ以上の経営は難しいとお父さんは判断しているみたい。
まぁ、娘のわたしから見ても、お父さんにそういった才能が無いのは分かってたし、しょうがない事だと思う。
だけどお父さんの料理の腕を見込んだハルトお兄様達は、お父さんを自分達の組織に引き入れた。
なんでも世界征服をするためにはお父さんの美味しいご飯が欠かせないらしい。
お父さんをそれだけ評価してくれているのも嬉しいし、なにより世界征服を目指しているなんてとってもカッコいい。
当然、わたしもお兄様達の組織――ニナケーゼ
さらに幸運な事に、わたしのわがままである弟子入りまで認めてもらい、最近は毎日辛く厳しい訓練をして日々を過ごしている。
所詮この世は弱肉強食。
まだまだ子供であるわたしは食われる側だが、強くなって自分とお父さんを守れる存在に、そして自分の我を通せるマリルお姉様のようにカッコいい女性になってみせるのだ。
さて、そんな強くて頼もしい我が師匠達。
今はそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。
アインお兄様はいびきをかきながら爆睡しているし、シュリお姉様はお弁当を食べている。
シュカお兄様はシュリお姉様の肩もみをさせられているし、マリルお姉様は読書中。
そしてリーダーであるハルトお兄様は――――
「おろろろろろろ」
――絶賛嘔吐中であった。
「大丈夫ですか、ハルトお兄様?」
ハルトお兄様達五人とわたしは、現在馬車に揺られながら学術都市ニノに向けて移動中。
ジリマハを出発したのは一週間も前の事だが、ハルトお兄様は馬車酔いでずっとこの調子だ。
馬車から顔を出して外に吐いているため顔色は伺えないが、きっと死人のように真っ青になっていると思う。
「だ、大丈夫だよ。馬車酔いで死んだ人はいない。もしこれで死んだら、それはそれで伝説になれる……」
「さ、流石ですハルトお兄様」
こんなに苦しそうなのに、弱音を吐くどころかむしろポジティブな返答。
やはりハルトお兄様はそんじょそこらの凡人とはモノが違う。
「それにね? 僕はただ吐いているんじゃない。もしここで馬車を失ってもちゃんとジリマハに戻れるよう地面に目印を付けているんだ。おえっ」
「汚い目印ですね……。そもそも私がちゃんと道を覚えているのでそんなもの必要無いんですけど」
ハルトお兄様大好きなマリルお姉様も、流石にこの言い分には顔をしかめる。
だが同じくハルトお兄様ラブなシュリお姉様は、隣りが盛大にゲロゲロしている中、何故そこまで美味しそうにお弁当を食べられるのか。
わたしのそんな考えが顔に出てしまったのだろう。
シュリお姉様はご飯を食べる手を止めてわたしに言う。
「あのね、愛する人の汚い部分も含めて愛するのが本当の愛なの。愛する人のゲロをおかずにご飯を食べるくらいできなくてどうするのよ」
「それはなにか違う気がします、シュリお姉様……」
普段はお姉様達の言葉に全面服従のわたしだが、これに「わぁ、素晴らしい愛ですね、尊敬しますシュリお姉様」と返せるほど人間性を失っちゃいない。
「お姉ちゃん、ぼくはいつまでお姉ちゃんの肩をもんでれば良いの? 疲れたからいい加減やめて良い?」
「良いわけないでしょ! こんな美少女の身体を揉めるなんてご褒美よ、ご褒美! 分かったら、もう少し力を強めなさい」
「モノは良いようだね……」
そんな平和(?)な会話をしていると、馬車が急に止まった。
まだ休憩の時間では無いハズだが、何かあったのだろうか。
気になったわたしはハルトお兄様が出しているのと反対側から顔を外に出す。
すると、馬車の前方に十名ほどの盗賊の姿が見えた。
よく見ると、隠れているが馬車の周囲にも大勢の盗賊の姿があり、こちらを舌なめずりしながら襲い掛かる時を今か今かと待ち望んでいる。
「た、たたた大変です!」
突然の出来事にわたしが顔を青褪めさせて焦っていると、ハルトお兄様がふらりと馬車から降りた。
そしてそのまま何も言わずに前方の盗賊達の元へと向かって行く。
「マリルお姉様! ハルトお兄様が一人で盗賊の元に!!」
わたし達も急いで救援に駆け付けなければ!
そう思い自身も馬車から出ようとするが、マリルお姉様はそれを止める。
「はぁ、ヨウちゃん。心配ありません。ハルト君があんな雑魚共にやられるハズないじゃないですか」
「ハルトが俺達に任せず一人で向かったって事は、それが最善の選択だって事だ。なら俺達は状況を見守っていれば良い」
マリルお姉様だけでなく、いつの間にか目を覚ましていたアインお兄様もまるで心配した様子が無い。
シュリお姉様も相変わらずお弁当(三個目)を食べているし、シュカお兄様も相変わらず肩をもまされている。
どうやら焦っていたのはわたしだけみたい。
なんだかわたし一人がハルトお兄様を信用していないみたいな雰囲気になってしまったので、わたしは自分が恥ずかしくて赤面しながら席へと戻る。
「殺して小銭を稼ぐ以上のナニかをハルト君が感じ取ったのです。ならば私達はハルト君の動きに合わせるだけ。いつも通りですよ」
わたしはその言葉を受け、声も聞こえないほど遠くで盗賊達となにやら会話しているハルトお兄様を見つめた。
~~~~~~
し、死ぬ。死んでしまう……。
昔から乗り物酔いをしやすいタチではあるが、ここまで酷いのは初めてだ。
先生の友達のドラゴンに乗った時も、当たり前のように吐いたがこれ程の苦しみと絶望感は無かった。
ていうかいつになったらニノに辿り着くんだよ。
一週間も馬車を走らせてまだ着かないなんて、一体ジルユニア帝国はどれだけ広いのだろう。
いつものようにゲロを吐きながら「早く着け、早く着け」と祈りを捧げていたら、急に馬車が止まった。
馬車の進路を塞ぐ集団が居たのだ。
全く、ようやく目的地に到着したかと一瞬でも期待した僕の気持ちを返して欲しい。
だが天才である僕は、すぐさま気持ちを切り替えその集団の正体を看破する事に成功した。
そう、彼らは僕達を迎えに来たアーレスティ魔術学院の先生なのだ。
そろそろニノに到着すると聞いていたし、なにより僕達は貴族のロンドル子爵のお願いで学院に向かう。さらに僕達はAランク冒険者と言う肩書きまで持っている。
これはお迎えの人間を寄越しに来ない方がおかしい。
迎えの男達はどこか汚らしい服装と伸びきった無精髭のせいで浮浪者のようにも見えるが、帝国一の名門校の教師ともなると生徒たちの授業やその準備、そして自身の研究と大忙しの日々を送っているに違いない。
少しくらい不格好でもなんら不思議は無いという訳だ。
という事で、僕はリーダーとして、そして散々ゲロを吐いた気分転換として教師達の元へと向かう。
「やぁ、待ってたよ。もう少し早く来るかと思ったけど、案外遅かったね」
迎えが来るだなんて聞いていなかったし、まるっきり待ってもいなかったが、僕はいつものように無駄に知ったかぶりをしながら話し掛ける。
「待っていた……だと? 俺達がこうしてここに居るのを知ってやがったとでも言うのか?」
男達の一人が言う。
「当然さ。君達がここで僕達を待っていたように、僕も君達を待っていた」
僕はそう口にして懐に入れておいた冒険者証を取り出し、男達に見せ付ける。
ようやく完成した僕達の冒険者証は無駄にピカピカと輝いていた。
どうやらランクが上がるごとにより派手になっていくらしく、Aランク以上の冒険者証は希少な金属でコーティングされ、売るだけで暫く遊んで暮らせるらしい。
男達はそんな冒険者証をまじまじと見て、呟く。
「本物だ」「情報通りだな」「初めて見た……」「これが金貨数百枚の価値……ごくり」
名門校の教師にとっても、Aランクの冒険者証というのは珍しいもののようだ。
男達は冒険者証を確認した事で、僕達が事前連絡であった当人で間違いないと認識。
すると彼らはひそひそと内緒話を始めた。
「(親分、本当に大丈夫なんですかAランク相手にこんな真似して)」
「(確かに金は持ってそうですけど、奴は俺達が居るのを分かっていたみたいっすよ? 危険なんじゃ……)」
「(やかましい! やらなきゃ飢えて死ぬだけだ。テメェらにも食わせなきゃいけねぇ家族がいるんだろうが!)」
何を話しているのか気になる所だが、
やれやれ、僕ほどの男になると、どこに行っても騒がれてしまうな。
「落ち着いてくれ。大丈夫、君達の言う事には素直に従う。君達の仕事の邪魔をしたりなんてしないよ」
アイン達が黙って歓待を受けるとはとても思えないが、僕は出来るだけ君達の邪魔はしないと誓おうじゃないか。
せっかく仕事の合間を縫ってここまで迎えに来てくれているのだし、僕達を精一杯もてなす準備もしているに決まってる。
さらにこの男達は、僕の愛する勇者ちゃんの先生。
彼らに気に入れられれば、勇者ちゃんからの評価も上がるかもしれない。
「(俺達に従うだと……? この男、一体なにを考えているんだ)」
「(でも親分、こっちとしちゃありがたいっすよ。抵抗する素振りもないし、サッサと仕事を済ませちゃいましょう)」
「(でも、相手はAランク冒険者。親分、念のためこの男を人質に取ってから馬車の連中を襲った方が良いのでは?)」
「(ふむ、それくらいの保険は必要か。分かった、まずはこの男を牢屋にぶち込むぞ)」
僕が勇者ちゃんをどう落とすか、そして落とした後どういう新婚生活を送るか。これからの事について考えを巡らせていると、男達の密談が終わったらしい。
責任者らしき男が僕に向かって言う。
「では俺達の拠点に来てもらおう。安心しろ、最初にお前一人を連れて行くが、用が済んだらすぐにお前の仲間も案内してやる」
「そう? じゃ頼むよ。いい加減馬車での生活にはうんざりしてたんだ」
こうして僕は誘拐された。
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久し振りの投稿となります!
ここまで間が開いたのは、ひとえに『エルデンリング』『ディアブロイモータル』『ディアブロ3』『ヴァロラント』『ロストアーク』のせい。
私は悪くない。
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