第31話 黒の黒狼②

 何だかよく分からないが、僕達は【黒狼】の隠れ家に辿り着いたらしい。

 まさかアインが手を出したのが、ここのボスの奥さんだったとはね。


 昔から熟女――特に人妻――が大好きな彼ならではのトラブルだが、今回は僕らにとっては好都合。隠れ家を探す手間が省けた。


 さて、このボスをどう料理してやろうか。

 そんな事を考えていると、目の前のボスはどこか気分でも害したのか、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「舐めてんじゃねーぞクソガキ共! そのへらへらしたつらを二度と拝めないようにしてやるッ!!」


 そんなボスの言葉を皮切りに、ボスの両脇を固めていた護衛の男達二人は懐から折り畳み式のナイフを取り出した。

 そしてはそれらを僕へ向かって同時に投擲。


 ……どうして五人もいるのにいつも僕だけが標的に選ばれてしまうんだろう。元はと言えばアインが元凶だよね?


 頭の中でそう愚痴りながら、首を振ってナイフを躱す。


 ガシャーン


「ワ、ワシの大切な花が……!?」


 僕がナイフを躱したことで、僕の背後にあった高そうな花瓶が割れた。


「も、申し訳ありませんボス!」

「おのれ! 貴様のせいでボスの大事な花が!」


 え、これ僕の責任なの?

 社会に出たら理不尽な事だらけだと村の大人達は言っていたが、まさかここまで理不尽だとは……。


 向こうが先制攻撃を仕掛けてきた事で、アイン達もすぐさま戦闘態勢を取り僕へと指示を仰ぐ。


「どうするお兄ちゃん。皆殺しはマズいんだよね?」


 その通り。

 ここでボスと護衛を皆殺しにしてしまうと、【黒狼】としても後に引けなくなって徹底抗戦となる未来が容易に想像できる。

 そんな展開は僕達も望まないし、なによりグロい光景を見た僕が吐く。


「落ち着いてまずは対話を試みよう。大丈夫、相手だって猿や原始人じゃ無いんだ。話せばきっと分かってくれるさ」


 文明人として、戦争なんてものはナンセンスだ。

 敵を皆殺しにした所で僕達が得られるものは何も無いし、ただ労力と時間だけが消費される。


 だからこそ、理想は血を流さずに敵を降伏させ、服従させ、隷属させ、花瓶と花の弁償を諦めさせるのだ。


「あー……こちらに殺意はない。まずはお茶でも飲みながら冷静に話し合おうじゃないか」

「自分達が命の危機と分かるや否や話し合おう、か。はっ! 一体何を話し合うってんだ! ワシは貴様らを殺さなければ気が済まんぞ!! あぁ、遺体をヨドン川に沈めるか、魔物の餌にするかぐらいは選ばせてやっても構わんがな!」


 物騒なジイさんだな。

 これで本当にテゾンの父親なの?

 僕達を間近で見てもただの冒険者と侮るなんて、目が節穴にも程がある。


「こちらからの要求はただ一つ。僕達に全面降伏しろ、だ。そうすれば命だけは保証する」

「全面降伏? ワシらが? はーっはっはっはっは! 頭でも打ったのかガキ。どうして圧倒的優位に立ち、貴様らをいつでも殺せるワシらが降伏するのだ」


 心底おかしそうに笑ったと思いきや、スッと顔を強張こわばらせ凄むボス。


 うーむ、今鼻の穴に割り箸を突っ込んだらとても愉快な絵面になりそうだ。

 しかし生憎と目に見える範囲に割り箸は見当たらない。

 ……残念だが、またの機会にしよう。流石の僕もジイさんの鼻の穴に指は突っ込みたくない。


 気を取り直して、僕は努めて相手を見下しながらボスの疑問に素直に答える。


「どうしてって、それは……僕らがいつでも君達を殺せるからかな」


 ――その瞬間、アイン達はボスと護衛へ向けて一斉に殺気を飛ばす。


「「ッ!?」」


 それをモロに受けた護衛の二人は思わず後ずさり。

 冷や汗を垂らしながら、僕達に化け物でも見るような目を向けてくる。

 しかしそんな護衛達とは対称に、鈍感なボスは全く気付いた様子が無い。


「はぁ~全く、冗談も休み休み言え。どうすれば組織でもトップクラスの実力を持つこいつらにガキの貴様らが勝てるのだ。狂人の戯言に付き合うのも疲れる。――さぁ、人生最後の談笑はここまでだ。お前達、やれ」

「「へ、へい!」」


 ボスの指示には逆らえないのか。

 護衛の男二人は腰が引けているのにもかかわらず、びくびくとこちらへと剣を向けてくる。


 あーあ、結局こうなるのか。

 僕は精一杯平和的に解決するように努力したのに、一体何がいけなかったのだろう。


 いや、天才である僕にダメだった点なんて無いに決まってる。

 きっと向こうが悪いんだ。


 どれだけ言葉を重ねてもこちらの話を全く理解しようとしないし、いつまでも自分が優位で、なんでも思い通りになると信じ切っている。碌に状況も把握できなければ空気も読めない。


 確かに言葉を話すから猿や原始人ではないかもしれないが、これではまるで――


「魔物みたいだな」

「「「 !? 」」」


 突如降って湧いたこいつら魔物なんじゃない?説に、僕以外の皆は驚きを隠せない。

 特に僕がジト目を向けているボスと護衛の三人なんて目ん玉が飛び出るんじゃないかと思うほどの衝撃を受けている。


「き、貴様! 何故それを知っている!?」

「信じられん」

「何者なんだお前は……!?」


 魔物の中には小動物や花など可愛らしい容姿で人間の言葉を話し、人を自分達の縄張りに誘い込んで襲うというタイプがいくつか存在する。


 しかしそれに引っ掛かる者はほとんどいない。

 何故ならその手の魔物は人間の言葉こそ話すが、言葉の意味をまるで理解しておらず大抵会話が成り立たないから、幼い子供以外はすぐに違和感に気付いてしまうのだ。


 おかげで年々そのタイプの魔物は減少傾向にあり、近い将来に絶滅するのではと専門家の間では囁かれているらしい。


 しかしその魔物が何故か目の前にいる。

 特徴が似ているからまさかとは思ったが、この反応を見るに僕の推測は大正解だったようだ。


 人間の姿をして会話も成り立つタイプなんて聞いたことが無いが、魔物の進化スピードは凄まじい。きっと絶滅を回避するためにたくさん頑張ったのだろう。


「そりゃはなしていれば気付くよ。ほんの些細な違和感だけど……僕は見逃さない」


 そう、天才である僕の交渉が成功しないという違和感に僕が気付かないハズがない。

 もし僕の思い通りにいかない事があれば、それは必ず僕以外の外的要因に起因しているに違いないのだ。


「化け物か……」

「化け物はアンタ達の方でしょ?」

「まさかこの三人が魔物だったなんてね……」

「私もハルト君が言うまで全く分かりませんでした」 


 そうして激しく動揺していたボスだったが、どこか開き直ったのか。

 脂肪で膨らんだお腹を張って堂々と宣言する。


「ふん、まぁいい! 改めて自己紹介しよう。ワシは【黒の黒狼】五代目ボスにして、【混沌の牙】第十二席のバロベリ! 魔物の因子を埋め込んだ次世代の生命体であるッ!!」

「同じく第五十七席ブル」

「第七十二席エオ」


 …………魔物の因子を埋め込んだ?

 彼は一体何を言ってるのだろう。

 君達ってヨウセイモドキとか、オシャベリバナの親戚的存在なんじゃないの? 


「【混沌の牙】……これは大物が出て来ましたね」

「多分だけど【狂犬】が違法な魔物の実験をしてたのはこいつらの指示なんじゃないかな? 魔物と人の融合で新人類を!とかそんな感じでしょ?」

「ふ、ふふ。だ、大体その通りだ」


 シュカにズバッと言い当てられて言葉に詰まるボス――もといバロベリ。


「魔物の因子を埋め込めば、人は何百倍もの能力を手に入れられる。これで貴様らの助かる道は万に一つも無いと気付いただろう。極秘情報の口封じのためにも、妻を寝取られた報復のためにも、大切な花を潰された復讐のためにも、貴様らは必ず殺す」


 奥さんを寝取った事に関しては全面的にこちらが悪いけど、それ以外は僕達に非は無いよね。

 極秘情報をべらべら勝手に喋ったのもそっちだし。


「バッカじゃないの? ハルトはそれも考慮した上で、アタシ達がいつでもアンタ達を殺せるって言ってたのよ? それなのに救いの手を自分で払いのけるなんて、やっぱ魔物って頭悪ーい!」 


 そんな特殊な事情は勿論考慮していなかった訳だが、まぁアイン達なら瞬殺できるだろうという僕の考えは揺るがない。


 この部屋に通される前に武器を使用人に預けたため全員無手での戦闘になるが、僕達は無手でも強い。

 アインなんて手刀も剣の一つだと言って、素手で剣術(?)を使うからね。


「ハルト、剣を向けられて俺はひじょーっにうずうずしてる。殺さないから半殺しの許可をくれ」

「駄目だよアイン君。殺しは必要最低限にって昨日言われたでしょ?」


 どうやらアイン達はもう我慢の限界らしい。

 彼らは殺気を向けられたら即反撃という習性が肌に染みついているからきっとこの状況はストレスなのだ。


 だがそれもここまで。


「確かに僕はそう言った。でもね? それは人に限った話だ。魔物に手加減なんて要らないと思わない?」

「ッ!! 思う。思うぜ!」

「え? てことはやって良いのハルト!?」


 僕の言葉に幼馴染の中でも特に好戦的なアインとシュリが気色立つ。


「あぁ。勘違いしている三人に現実を思い知らせてやるんだ」

「ふん、雑魚が吠えおって。貴様らを後で拷問する時が今から楽しみだ」


 バロベリはそう言うが、横の護衛二人は顔を真っ青にしている。

 恐らく負けるのが――死ぬのが自分達の方だと本能で察しているのだろう。


「でも三人ですか。二人余りますね」

「誰が誰をればいいの、お兄ちゃん?」


 そうだね……考えるのが面倒だし――――


「早い者勝ち――」


 だ、と言い終わる前にアイン達は動き出した。


 アインはブルと名乗った護衛の男の首を手刀で切り落とし、シュリはエオと名乗った護衛の男の腹を炎魔法で焼き尽くして心臓をえぐり取る。


 シュカはバロベリの腰から下を氷魔法で凍らせ、それに続いてマリルが腰の部分に怪しげな薬を投入。

 するとジュワァアアと人体から出てはいけない音を鳴らして腹部が凄まじい勢いで溶けていく。

 数秒もする頃にはバロベリは上半身と下半身が綺麗に分断されてしまった。


「ぐはっ。な、なにが起きたのだ……」

「く、首が……! ああああああああ! お、俺の身体が……!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――」

「返して……俺の心臓返して……」


 普通ならば致命傷であろうに、意外と元気そうだ。

 魔物の因子を埋め込んだことで生命力もアップしているのかもしれない。


 そんな事をぼけーっと考えていたら僕はある事を思い出した。


 あれ? そう言えばこの三人を殺したら面倒になるから殺さないようにしようって自分で言ってなかったっけ?


 ヤバい、ついノリと勢いで殺害命令を出してしまった。

 純粋な人間相手ではないため、この血みどろの光景を見ても僕の吐き気ゲージが上昇しないのが幸いだが、何とかしてこの三人が死ぬのだけは回避しなければならない。


 それに加え、僕は天才として、そして皆の頼れるリーダーとして誤った指示を出した事実は揉み消す必要がある。

 ここは言葉のチョイスを慎重に選ばなければ――!


「はは、僕の想像通り君達の生命力はゴキブリ並みたいだね。よし、実験はここまでだ」

「実験? やっぱこいつらを殺す気は無かったのかよハルト」

「ふふふ、私はちゃんと気付いてましたよ。なにせこんな貴重な素材には滅多に出会えませんからね。殺すのは勿体無いです」


 よしよし。

 まぁアイン達相手ならば別に僕のミスがバレたって一向に構わないのだが、ここには部外者もいる。

 僕は幼馴染以外には完璧な天才と思われたいのだ。


「シュカとマリルに三人を預けるよ。あぁ、【黒狼】を乗っ取るのに使うから会話は出来るようにしておいてね?」

「いいの!? わぁ、嬉しいなぁ。これならちょっと無理のある実験でも耐えられそう」

「素敵ですハルト君! 私も三人の血液とか細胞とか分析してみたいと思ってたんです!」


 シュカとマリルの言葉から、自分達の悲惨な未来を想像したのだろう。

 バロベリ達は顔を青ざめさせ、パニック状態に陥る。


「サ、サティ! サティはいるか!? こいつらを皆殺しにしろ! 命令だ! 早く来い!!」


 サティ? もう一人魔物モドキがいるのかな?


 実験体がさらに一人加わるんじゃないかとシュカとマリルは期待に満ちた、それはもうワクワクした表情を浮かべる。

 しかし部屋の扉を開けて出て来たのは――


「かしこまりましたご主人様。敵を殲滅します」


 ――可愛らしいメイドさんであった。

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