第30話 黒の黒狼①
「ハルトさん、あんたには二度と反抗的な態度を取らねぇ。この命、ハルトさん達に捧げます」
人間としての尊厳を一瞬にして喪失したグオは、先程までの反抗的な態度からは考えられないほど、それはもう従順になった。
僕らに対して凄いペコペコするし、テゾンと同じように忠誠の証として片腕を捧げるとまで言いだしたくらいである。
だが、忠誠の証は既にテゾンの左腕を受け取り済み。
これ以上冷凍腕が増えても扱いに困ってしまうので、忠誠は行動で示せと言って丁重にお断りした。
僕は別に腕コレクターとかではないのだ。
そしてそんなグオの様子を見て、マリルは嬉しそうにうんうんと頷く。
「最初からそういう態度を取っていれば良かったんです。私達のリーダーは時に未来さえ見通します。反抗の代償は高くつきましたね、うんこ野郎?」
「すげえ。流石はハルトさんです!」
いや、そんな訳ないよね。
五分後に自分が何をしているのかすら予測できない僕が、未来なんて見通せるハズが無い。いくら天才な僕にも出来ない事くらいある。
だが今のグオには何を言っても無駄か……。
うんこ野郎という蔑称すら笑顔で受け入れる彼を説得する言葉など僕は持ち合わせていない。
「一生付いて行きますハルトお兄様」
ほら、純真な子供であるヨウまで本気にしちゃったじゃないか。
僕は世界征服をしたら勇者ちゃんとの甘い蜜月の日々を送るという素敵なライフプランを立てているんだぞ。一生付いて来られてもちょっと困る……。
「それでは新たなボス、ハルト様。我らに新たな命令をお与えください」
テゾンがそう口にすると、グオも含め屋敷内にいた全員が僕らに向かって綺麗に頭を下げてきた。
なかなかに絶景だが、一つ訂正しておく必要がある。
「僕はボスじゃない。リーダーだ。君達が僕らを何と呼ぼうが大概は気にしないが、ボスだけは却下する」
「では親分と呼ばせていただきます」
ふむ、まぁそれなら良いかな。
「じゃあアタシは奥様で!」
「私は正妻様でお願いします!」
「は? ちょっとマリル! それじゃアタシが側室みたいになるじゃん!」
「えー? でもハルト君が心から愛しているのは私一人ですし……」
「んなわけないでしょ! ハルトと最初に手を繋いだのはアタシよ!」
「でも同じベッドで一緒に寝たのは私が先ですよ?」
「それはアンタがハルトのベッドの下に一晩中隠れてただけでしょ!!」
あーあ、いつもの言い争いが始まっちゃったよ。
ていうか僕が心から愛しているのは勇者ちゃんである。
二人の事も勿論好きだが、勇者ちゃんはそれを上回っているのだ。
「俺はソードマスターで頼む!」
「ぼくはビッグボーイでいいよ」
君達は君達で本当に呼ばれる時の事考えてる?
『おはようございますソードマスター!』とか『お昼ご飯の時間ですビッグボーイ!』って違和感しか感じないんだけど……。
どちらかと言えば、二人のはコードネームとか二つ名とかそんな分類ではないだろうか。
テゾンもアイン達の言葉に耳を傾けて必死にメモを取っているが、少し困り顔だ。
「まぁ呼び方は
~~~~~~
「――――とまぁ、こんな所でしょうか。しかし父もあれで慎重な性格ですから、恐らく皆様が我々の拠点に襲撃を仕掛けた話を聞き、居を構えている本部から私も知らない隠れ家に移動していると思われます」
テゾンや幹部達からの情報提供は凡そ一時間近くにも渡った。
僕は最初の五分でとっくに飽きてうんうんと頷く首振りマシーンになってしまったし、アイン、シュリ、シュカは当然のように床に寝転がり爆睡中。ヨウに至っては自分が聞いたらマズい話だと判断したのか、開始からずっと両耳を塞いで『ああああーー』っと叫んでいるためとてもうるさい。
まぁこういう話はマリルがちゃんと聞いているから問題はないだろう。
「隠れ家ですか……少し面倒ですね。どうしますハルト君? 向こうが顔を出さざるを得ないほど虐殺しますか? それとも――」
「トップを狙い撃ちするよ。大丈夫、隠れ家を探す目途は付いている」
相変わらず僕の幼馴染は発想が怖い。
引き篭もっている相手が出て来ざるを得ないほどの虐殺って何百人殺すつもりだよ……。
いくら無法者が相手だろうと、極力ジェノサイドなんてしたくない平和主義の僕は、マリルの溢れんばかりの殺意を抑えるためにボス一点狙いの作戦を提示する。
リーダーである僕の意見ならマリルも嫌とは言うまい。
まさかリーダーの決定に逆らうまでの強烈な殺戮衝動は芽生えていないだろうし。
問題はボスがどこに隠れているかだが、まぁすぐに見付かるだろう。
金持ちと悪者は、大概高い所か薄暗い地下にいると相場は決まっている。
テキトーにそれっぽい所を探せば、そう時間は掛からないハズだ。
「なんと……!? やはり親分は底が知れませんね」
「素敵です、ハルト君! 惚れ直しちゃいます!!」
「あああああ~~! あああああーー!! あーあーあああーああ~~♪」
ふっふっふ、二人共こんな簡単な事も思い付かないなんてね。
まぁ僕は天才的頭脳の持ち主だから、同じ思考に至れと言うのは少し無理があるかな?
……ていうかヨウはいつまで耳を塞いでいるつもりなのか。
少しずつリズムに乗り始めていてちょっと楽しそうなんだが……。
「それじゃ【黒狼】の件はこっちに任せてよ。そしてその間、テゾン達にはある事をやってもらいたい」
「はい、何なりとお申し付けください」
「僕達の屋敷を建てる土地探しと学校を建てる土地探しだ。どちらもとびっきり広い場所を頼むよ」
~~~~~~
ジリマハは広い。
総人口三十万を超える大都市であり、食料自給率70%超という驚異の数字を叩きだす広大な農地も有している。
他の都市のような目立った特色こそ無いが、ジルユニア帝国建国以来一度も戦争に巻き込まれたことの無い唯一の都市でもあるジリマハは平和都市としても有名だ。
そんなジリマハは、大きく北地区、西地区、南地区、東地区、そして中央地区と五つのエリアに分かれている。
そして庁舎や大企業の本社、衛兵所本舎と言った都市機能が集中している中央地区、その地下深くにそれはあった。
ジリマハにおいてその名を知らぬ者はいない、泣く子も黙る【黒の黒狼】の極秘アジト。
【黒の黒狼】五代目ボスであるジンバルは、苛立ったように貧乏ゆすりをしながら酒を飲んでいた。
「クソッ! いつになったら生意気な反抗者共の首を持って来るんだ! もう事が起きてから丸一日は過ぎたぞ!」
「申し訳ありません。なにぶん目撃者のほとんどは殺されたか、喋る事すら出来ない状態でして。南地区を中心に必死で探してはいるのですが……」
「言い訳なんぞいらん! 必ず今日中に片を付けろ! いつまでワシをこんな薄暗い場所に閉じ込めておく気だ!!」
ジンバルがここまで苛立っている原因は、今朝突如としてもたらされた【狂った狂犬】壊滅の知らせに起因する。
【狂った狂犬】はジンバルの息子であるテゾンがボスを務める、【黒の黒狼】の下部組織だ。
現在は南地区全域の支配を任せていて、一般人はおろか貴族でさえ容易には手出しできない。
にもかかわらず、昨日のお昼以降突如として定期連絡が途絶えた。
ジンバルの遠い親戚であり協力者でもあるヨドン男爵から先程もたらされた情報によると、今朝【狂犬】の拠点がことごとく破壊され、構成員もかなりの数が殺されているのが衛兵隊によって発見されたと言う。
身内である【狂犬】に手出しをされたのにも腹が立つし、わざわざこんな隠れ家に避難しなければいけない現状にも苛立つ。
そしてもっとも不愉快なのが無能な衛兵共だ。
【狂犬】の拠点は数多くあるし、中には人通りの多い場所にあるものもある。
なのに何故こうも事態の発覚が遅れたのか。
昨日の時点で分かっていれば色々と取れる手段は多かったのに……。
さらにジンバルの腹の虫がおさまらない理由がもう一つ。それが――――
「ワシの嫁を寝取りやがったクソ冒険者はまだ連れて来れないのか!」
「ご安心ください。そちらは既に発見済みで、今連行している最中です」
つい先日、馬鹿な冒険者がジンバルの嫁に手を出したのだ。
ジンバルには嫁が三人と、愛人が十一人いる。
最近は若い愛人ばかりを構っていて嫁には一切手を付けていなかったが、それでも自分の所有物でありコレクションでもある女の浮気というのはジンバルにとって許す事など出来ない最悪の裏切り行為だ。
本来であれば命の危険が迫っている今、この隠れ家に人を呼ぶのは少なくないリスクが生じる。しかし、人様の妻に手を出したクソ男に一刻も早く落とし前を付けさせたいジンバルは部下にその男を連れて来いと命令していた。
クソ野郎を部下が連れて来たら、嫁の目の前でアソコをちょん切って自身のナニを自分で食わせてやる。そして全身の皮を剥いで拷問の末に殺す。
人の嫁に手を出したことを……いや生まれた事すら後悔させてやると、ジンバルは鼻息を荒くしながらあらゆる拷問手段を思索していく。
そうして暫く経つと、最も信頼を置いている部下の一人が部屋に入って来た。
「ボス、例の冒険者を拷問部屋に案内しました。パーティーメンバーも一緒です」
ジンバルが拷問部屋に行くと、そこでは若い男女五名が楽しそうに歓談していた。
年齢の割に冒険者としての実力もそれなりにあるのだろう。
中央に座っている少年以外からは強者特有のオーラのようなものをひしひしと感じる。
ふん、呑気に笑ってられるのは今の内だ。
ジンバルはクソ男を自分の目の前で絶望の淵に叩き落としたいと考えていたため、部下には事情説明無しで無理矢理連れて来いと命令していた。
しかしどうやら大した抵抗もなく、すんなりとここまでやって来た冒険者達は、未だ事の重大さと命の危機を理解していない様子。
何故クソ男だけでなくパーティーメンバーまで一緒に付いてきたのかは知らないが、連帯責任でこいつらも全員殺す。
心にそう決めたジンバルは、彼らの目の前のイスに深く腰掛け、テーブルの上にドンっと足を置く。
そしてそれを見た腹心の一人は、拷問部屋の扉に鍵を掛けて少年達に話し掛ける。
「ガキ共。楽しいお喋りの時間はここまでだ。テメェらにはこれから地獄を見てもらう。あぁ、その前にこのお方を紹介しておこう。【黒の黒狼】五代目ボス、ジンバル様だ。そこの金髪のクソガキが先日関係を持った女性の旦那様でもある」
自分が何をしたのか、自分達が何故こんな場所に連れて来られたのか。
理解したガキ共は絶望して泣き叫ぶだろう。そして何でもするから許してくれと必死に懇願するに違いない。
腹心の男とジンバルはこれまでの経験からそう確信していた。
しかし少年達の反応はどうにもおかしい。
「あぁ、ネルトはジイさんの嫁だったのか。いやー、良い趣味してるぜ。ごちそうさん」
「アインってばまた人妻に手を出したの? ホント好きねー。この前の宿に帰って来なかった日でしょ?」
「そうそう。いやー、一目見た瞬間ビビッと来たんだよ。この熟女を抱きてーって! 胸や尻の垂れ具合なんてもう最高だったぜ」
「アイン君、説明しなくても良いから……」
【黒狼】のボスをジイさん呼ばわり。さらには人の嫁に手を出しておいてごちそうさんだと……?
あまりにも舐め腐った少年達の態度に、ジンバルはこれまでの人生で抱いたことが無いほどの強烈な怒りを覚える。
こいつら……楽に死ねるとは思うなよ……。
そんなジンバルの感情とは裏腹に、それまで口を開いていなかった少女の一人はどこか得心が行ったいうように笑顔で何度も頷いていた。
「なるほど、探す目途が付いているとはこの事でしたか。流石はハルト君、私には想像も付かない方法でした」
そう言うなり、少女は覇気のない少年に抱き着きぐりぐりと顔を擦り付ける。
少年は少しだけ困ったような表情を浮かべるも、すぐに不敵な笑みを浮かべ彼女の肩を抱く。
そして得意げに言った。
「………………計算通りだ」
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