第4話 歓迎の挨拶

「うおおおおおおお! 建物でけえええええ!!!」

「人いっぱあああああい!!!」

「アイン君、お姉ちゃんあんまり叫ばないでよ。皆ぼくたちを見てるじゃないか……」

「で、伝説の、本屋さんというお店はこの街に存在するのでしょうか……? あぁ我慢できません! 本! 本はどこに!?」

「マリルちゃんまで……」


 馬車で三日掛かってようやく辿り着いた辺境都市ジリマハ。

 そこは都会から遠く離れた寂れた村出身の僕らには想像も付かないほどの大都会であった。


 どこを見回しても目に入る人の大群に、村では見たことの無かった三階建て以上の建物。

 まさに僕らにとっては異世界に迷い込んでしまったかのよう。

 僕達はそんな新鮮過ぎる光景を目の当たりにして絶賛テンション爆上げ中だ。


「うーん、こんな凄い都市もいずれは僕らの支配下に収まると思うと感慨深いな」

「そうね! ハルト、ケーキ一杯作らせよ? あと肉!!」

「私は市民全員にひたすら本を書かせ続けたいです!!」

「ぼ、ぼくはいくつか実験体を貰えればそれで良いかな……」

「おいお前ら! 熟女だけは絶対に譲らねぇからな!!」


 村から一番近い都市に来ただけだと言うのに、僕達の夢と想像がどんどん膨らんでいく。

 いやー、これは益々世界征服を成し遂げなきゃならないな。


「さて、予定通りまずは冒険者協会に行こう。マリルの話では新人はかなりの高確率で先輩冒険者に絡まれるから、そこで先輩方を半殺しにするのが礼儀らしい。あぁ、面倒だけど殺しちゃダメだよ? 自分の実力も知らずに国家と敵対するのは愚か者のする事だ」


 夢も叶わず、そして勇者と付き合う事も無く死ぬわけには絶対にいかない。

 他の皆が脳筋に育ってしまった現状、リーダーで唯一の常識人である僕が慎重に状況を見極めていかないと。


「おう、任せとけ! 半殺しって事は腕の一本や二本は吹っ飛ばしても構わねぇんだろ? じゃあ大丈夫だ!」

「失血死しそうな奴がいたらアタシに言ってね? 傷口を焼いて止血することで半殺し状態をいつまでも保ってみせるから!」

「先生の話によると、可愛い女の子がいるとまず間違いなく絡まれるそうなので、可愛い女の子が三人もいる私達は安心ですね!」

「え、三人……? それってぼくも含まれてるんじゃ……」


 まぁシュカは男だけど双子なだけあって美少女のシュリと瓜二つだからね。

 シュリも僕調べ『美少女ランキング』でSティアにランクインするほどの可愛さだし、それと同じ美貌を持つシュカは実質女の子と言っても過言ではない。 


「あ! あそこじゃない!? ほら! 冒険者協会ジリマハ支部って書いてある!」


 そうして村にいた時以上に賑やかに喋りながら道を歩いていると、早速最初の目的地であった冒険者協会が見えてきた。


「二、三、四……うげ、六階建てかよ。都会はやっぱすげえな!」

「先生から聞いた話によると、冒険者協会は中に大きな訓練場があるのが普通らしいですよ? 何でも、そこで気に入らない方をボコボコにするのが流儀だとか」


 冒険者ってのも中々物騒だな。

 だが、これから覇道を行く僕らの始まりとしてはピッタリの場所とも言えるだろう。


 僕らは冒険者協会の建物前で一度立ち止まり、お互いに目を見合わせる。


 ――ここからが僕達の伝説の始まりだ!


 自然とリーダーである僕が先頭を切り建物に入ると、中に居た屈強な男達や目付きの悪い女達がこちらへ一斉に視線を向けて来る。


 つ、強そうだなぁ……。


 おっと、いかんいかん。僕らは世界征服を為すためにここにやって来たんだ。こんなカス共にビビっている場合では無い。

 今一度気を引き締め、僕達は受付カウンターへと向かう。


「ようこそ冒険者協会へ! ご依頼でしょうか? それとも苦情でしょうか?」


 依頼は分かるが……苦情?

 こんな挨拶と同時に苦情の受付をしなくちゃいけないくらい冒険者協会には苦情が来るのか?


「いや、登録をしたい。僕達五人全員だ」


 登録、その言葉を放ったと同時に背後から急に圧倒的なプレッシャーを感じた。


 怖ッ!!


 勿論八年間努力した僕の力ではアイツら如き簡単に殺せるというのは分かっている。分かってはいるが、何故だが遥か格上の相手から殺意をぶつけられているような、そんな不思議な感覚が僕を襲う。


 しかしここでリーダーの僕が無様な真似を見せる訳にはいかない。

 僕は必死になってまるで気にしていない風を装い、ポケットから銅貨を取り出す。


「登録料はこれで足りるはずだ」


 そう口にした瞬間、後ろから肩を掴まれた。


「おいおいボクぅ~? ここは幼稚園じゃありませんよお~? こうして怖ーいおじさんに話し掛けられたくなかったら、その金は勉強代としてここに置いてとっととママの元に返りなぁー?」


 ガハハハハハハハハッ!!


 なるほど、これがマリルの言っていた新人歓迎の挨拶か。

 皆大爆笑して盛り上がっているしまず間違いないだろう。

 よし、それなら……!


「アイン」

「おうッ!!」


 アインへと呼び掛けると、流石は幼馴染。彼は僕の言いたい事を瞬時に察してくれた。


 シュンッ


「あ? 一体何の相談だぁ~?」

「おいおっさん。もう……切れてるぜ?」


 何をされたのか全く気付いていない様子のおっさんへアインがそう言う。

 すると同時に、僕の肩を掴んでいたおっさんの右腕半分――肘から先の部分がストンと床に落ちた。


 そして一拍遅れて悲鳴。


「ぎゃあああああああああああああああああああああッ!!!!! 腕ッ!! お、俺の腕がぁぁあああああああッ!!!」


 おっさんの叫びを聞き、周囲もようやくおっさんが何をされたのか気付く。冒険者協会内が一気に騒然となった。

 何人かの先輩冒険者は顔を背けている。


 ………………?


 後輩から先輩への可愛い挨拶だと言うのに何をそんなに騒いでいるのだろう。

 今回の新人は中々やるじゃねぇかくらいの賞賛は期待していたのだが。


「あ、なるほど。おっさんの血で床が汚れるのを心配していたのか。僕としたことが後始末を完全に失念してたよ。シュリ、頼む」

「そっかー! さっすがハルトね! 優しいー!!」


 ジュゥゥゥウ


「あああああ熱ぢいいいいいいいいいいッ!!!」


 今度は手のひらに灼熱の炎を纏わせたシュリがおっさんの腕の切断面に手を当てて焼く。

 広い室内に人の肉が焼ける嫌な臭いがむわっと充満し、その匂いに耐え切れなくなった者が数名嘔吐。冒険者協会内は軽いパニック状態だ。


 ついでに僕もちょっと気持ち悪い。


「ちょっとー! お礼くらい言えないのー? せっかくアタシが止血してあげたのに」

「あー! 今度は私も分かっちゃいました! きっと痛み止めをおまけで欲しいんですよね? シュリちゃんの魔法は強烈ですもん。任せて下さい、私特製の痛みが完全にゼロになる最高の薬があります!」

「な、何をする。や、やめろ、や、やめ――も、うやめて、くださ――」


 プシュ


「――い…………うこ、け、ない……?」

「もう! 暴れるから鎮静剤打つ羽目になったじゃないですか。せっかく人が善意でやってるのに! まぁこれも鎮痛効果があるからいっか。一週間は立てないと思いますが自業自得ですからね?」  


 心からの善意で薬を飲ませようとするマリルと抗うおっさん。


 この八年で色々と成長しセクシーになったマリルが頭頂部の薄いおっさんに執拗に迫る様は実にアブノーマルな光景で面白かったが、抵抗し続けるおっさんにいい加減嫌気が差したのだろう。


 マリルは背中に背負ったリュックから注射器を取り出し、そこに薬を入れるとおっさんの首元に無理矢理注入した。


 すると次の瞬間、おっさんは急に眠ったように床に倒れ込み、碌に動かない唇と舌を精一杯動かして『動けない動けない』と小さく呟く。


 ふむ、マリルめ。こんな危なそうな薬を完成させていたとは。

 間違っても僕に打たないように後でキツく言っておかないと。


「よーし、次はぼくの番だね?」


 そしてようやく出番かと言わんばかりにシュカが腕まくりする。 


「どうせ腕をくっつけてあげるなら新しい機能が欲しい所だよね。うーん…………そうだ! 指の数を倍に増やすとかどうかな? きっと日常生活でも戦闘でも最高に便利だよ!」  


 自分のリュックから取り出した手術道具をカチャカチャと手慰みにいじりながら、シュカは呟く。


 ……右手だけ指が十本って、それ本当に便利なの?

 あやとりをする時くらいしか有効活用出来る場面が思い浮かばない。


 というかシュカ自身の指が未だ五本ずつである所を見るに、本心からそう言っているのかは怪しい所である。


「さて、それじゃあ早速手術開始――ってあぁ。おじさん気絶しちゃった」


 シュカの発言が余程恐ろしかったのだろう。

 気が付くとおっさんは口から泡を吹きだして完全に気を失ってしまっていた。


 それを見て、幼馴染随一の常識人であり、村でもやる気だけはあると皆から評判だった僕は瞬時に察する。



 …………これはもしや、やり過ぎたのでは?

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