第3話 旅立ち

 好きの反対は無関心。だからお前は嫌われても良いから、自信を持って自分らしく生きていきなさい。

 僕はそう両親に育てられた。


 あの超絶可愛い天使な勇者ちゃんに好かれるためには、なによりもまず僕自身に興味を持ってもらう事から始めなければならない。

 好感情であれ悪感情であれ、彼女の記憶に僕という存在を刻み付ける必要がある。

 それに例え嫌われても、僕ほどの天才でイケメンならばすぐに好きになってくれるに違いない。


 勇者ともなれば馬鹿みたいに多くの人と関り、その分馬鹿みたいに多くの人が記憶の彼方へと消えていくことだろう。

 きっとあの時仲間にしてくれと頼み込んで来た僕達の存在はもう勇者ちゃんの中には無い。

 でもまだ大丈夫。

 あの日から八年が経った今でも、勇者ちゃんには未だ仲間が聖女一人しかいないらしい。当然男の影も無い。


 あの日皆で誓った世界征服という目標を果たし、僕達は歴史に名を刻む。そしてそれと同時に僕は勇者ちゃんとラブラブになって結婚するのだ。


「いやー、ようやく村を出発できたな! この八年間、長かったぜー!」

「ホントホント。うちの親なんて村から出て行くとは何事だ!って昨日まで出発を認めてくれなかったんだから」

「あ、あはは。でも今日はちゃんと送り出してくれたよね。皆の分のお弁当だって作ってくれたし」

「それにしても最後の最後まで先生には誰も敵いませんでしたね。こんな事で私達、世界に通用するのでしょうか?」


 昨日はアインの十五歳の誕生日だった。

 世界征服という目標を掲げた僕達は、その始動の日を全員が成人してから――つまり、同い年の僕らの中で一番誕生日の遅いアインの十五歳の誕生日翌日にしようと決めていたのである。


 村から近くの都市へと向かう小さな乗合馬車にぎゅうぎゅうになって乗り込んでいる僕らだがその表情は明るい。

 これまで世界征服を成し遂げるために必死になって努力してきたし、その成果も肌で感じ取っているからだ。

 その証拠に世界で通用するのかーなんて言ってるマリルの表情にも不安なんて欠片もない。


「あれはあのババアがおかしいんだよ。俺なんて先月、何としてもババアに勝ちたくて寝込みを襲ったんだけどよ……」

「はぁ? アンタそんな事してたの?」

「ああ、コッソリ教会に通じる隠し道を作って夜中に忍び込んだんだ。そんで不意を衝けたおかげで何とか右腕を切り落とす事には成功したんだが、すぐに取り押さえられちまった」

「利き腕無しでもアイン君に勝っちゃうなんてやっぱり先生凄いなぁ……あれ? でも先生って普通に右腕が付いていたような?」

「次の日にはくっついてたぞ。なんでも主の御力らしい」


 いや、そんな簡単に腕がくっつくわけないだろ!

 欠損レベルの治療って帝国国内でも数人しか使えない超高難度の魔法だよ!? 治療に一週間は掛かるはずだよ!?


 やれやれ、相変わらず先生は無茶苦茶で意味不明だな……。

 先生の信じる神の名前なんて誰も聞いたこと無いのに。


「ったくどうしてアタシ達に声掛けないのよ。全員で不意を衝けばもっとギタンギタンに出来たのかもしれないのに」

「ふふふ、私も食事に薬を混ぜ込むなどして先生を弱らせるくらいは出来たかもしれませんね」

「もうお姉ちゃんもマリルちゃんも血気盛んなんだから。複数人で動けば事前に悟られるに決まってるでしょ!」



 そりゃそうか、アハハハハハハハハ。



 皆の楽しそうな笑い声が馬車中に鳴り響く。

 そんな光景を眺めながら僕は心の中で思った。


 なんでこうなった!?


 ヤバいよ、皆発想が怖すぎる。

 あの巨大ゴキブリに追われて涙目になっていた僕の幼馴染達はどこへ行ってしまったの!?


 いや僕も世界征服を成し遂げるために人を殺す覚悟や悪行を為す決意は固めてきたつもりだ。

 でもこの幼馴染達の発言は人として如何いかがなものだろうか。


 確かにスパルタで破天荒な変な先生だったけれど、僕達に勉強や戦う術を教えてくれた言わば恩師である。

 流石の僕もそんな先生を訓練以外で痛めつけるのは心が痛む。ていうかそもそも寝込みを襲ったり食事に毒を仕込むなんて発想にまず至らない。


「あれ、ハルト? 顔が青いけどどうかしたー? 馬車酔い?」 

「だ、大丈夫だよ。さっき食べたプチトマトのせいだ。すぐに治る」


 お、落ち着け僕。冷静に考えればイザという時躊躇するような人間が居なくて良かったじゃないか。

 重要な時に判断を鈍らせればどんなしっぺ返しが来るか分かったものじゃない。時にはそれが生死を分ける事だってあるはずだ。


 うんうん、皆覚悟が決まっているようで何より。

 僕も覚悟を決める為に事前に父さんが狩って来た猪の解体をやっておいて良かった。ちょっと気持ち悪くなって吐いちゃったけどそれでも良かった。


「あちゃあ。お母さんにお兄ちゃんはトマトが嫌いだって言っておいたのに。ごめんね、お兄ちゃん」

「本当に大丈夫だから。お弁当は美味しかったよ、ありがとう」


 先生を非道な手段でボコボコにするのは厭わない癖に、妙な所で昔通りのシュカに少し安堵を覚える。

 そんな僕の様子を見て、本当に平気だと判断したのだろう。

 皆はこの後の行動についてリーダーの僕に訊ねてくる。


「それで? 街に着いたらどうするんだ? まずは皆殺しか?」

「先生に教わったわ。殺すならまずは一番偉い奴って!」

「それではまずは街を治めている貴族の住居を探す所から始めましょうか」

「貴族の次は医療従事者だね。殺し損ねた奴を復活させられても面倒だし……」


 そんな訳あるか!


 ちゃんと頭を使ってよ、皆!

 サルでももうちょっと理性的に行動するよ!?


 皆殺しにしたら一体誰が僕達の名を後世に伝えると言うのか。そして一体誰が僕達の悪行を勇者ちゃんへ伝えてくれると言うのか。


 考え無しの殺しに正義なんてどこにも無い。

 目的の為に手段を選ばないと決めた僕達だからこそ、自らの正義や信念に背く行いはしちゃいけないと思うんだ。


 この八年ですっかり考え方が物騒になってしまった幼馴染達のために、僕は皆のストッパーになってあげなくちゃいけない。


 という事で、


「まずは冒険者協会に冒険者として登録するよ。そこで今の自分達の実力を図ろうじゃないか」



 この八年の修行で、一体僕らがどれほどの強さを手にしたのか確かめよう。

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