第5話 僕達は被害者だ!

「ふざけるな、僕達は被害者だ! 逆に真摯な謝罪と損害賠償を請求する!!」


 ハッキリ言ってやり過ぎた自覚が多少あるため、全く以て本心でない言葉を僕は敢えて偉そうに口にする。


 目の前に座る人物――冒険者協会ジリマハ支部支部長のガンテツは僕の言葉を聞き、顔をトマトみたいに真っ赤にしながら目をかっぴらいた。


「しゃ、謝罪と損害賠償だと……? あの状況で被害者ヅラするとか気でも狂ってんのかテメェ!?」


 うんうん、僕も我ながら被害者ヅラはちょっと無理があると思ったよ。

 でもね、まずは無茶な要求を吹っかけて、後から現実的な要求を突きつける方が効率的で効果的だと僕は先生に習ったのである。

 リーダーとして少しでも自分達に有利になるよう交渉するのは僕の役目なのだ。


 それに僕らは覇道を歩む者。

 こんな所で軽々と頭を下げたら、後世の歴史書になんて書かれるか分かったものでは無い。どうせ名が残るならカッコよく残りたいじゃないか。


 当然、完全に僕らが悪いケースなら僕だって喜んで頭を下げる!

 でも今回はそうじゃない。先に僕達に絡んできたのは向こうだし、過失の責任は三:七くらいで向こうの方が悪いに決まってる! 言わばこれは喧嘩両成敗、どっちも悪いって奴さ。


「ちょっとおっさん。アタシらのリーダーであるハルトになんか文句でもあんの? 先に仕掛けて来たのはあっちじゃん!」

「そ、そうだよ。いきなり絡まれてぼくたちも怖かったんだから……」


 しかし僕の幼馴染達は自分達にも過失があるだなんてこれっぽっちも思っていないらしい。

 至極当然な事を言うガンテツ支部長に対し、めちゃくちゃに文句を言う。


 てかシュカ。君、本当に怖い時は僕かシュリの陰に隠れる癖あるよね? しれっと嘘言ってるでしょ。


「ぐっ、だとしてもやり過ぎだろ! どこの誰がちょっと話し掛けられたくらいで半死半生の状態にまで追い込むってんだ! ワシはお前らの方が怖いわッ!!」

「? おかしいですね、先輩冒険者に絡まれたら半殺しにするのが流儀だと地元の先生には教わったのですが……」

「どこの誰だ!? そんなテキトーな事を教えた頭のおかしい教師は! 普通に黙ってれば受付嬢かワシら職員が助けるに決まってるだろうが!!」 


 なんだって!?

 クソ、あの嘘つきシスターめ! どうりで冒険者協会は物騒な組織だなぁと思ったよ!!

 おかげで最初の都市に着いて早々捕まりかけてるじゃないか!!


「おいおい支部長のおっさん。冷静に考えてみろ。俺達にボコボコにされたって事は絡んできたあのおっさんが俺達よりも圧倒的に弱かったって事に他ならねぇ。この乱世において、弱さとはそれすなわち罪。つまり……俺達は無罪であのおっさんは有罪! これでファイナルアンサーだ! 早く損害賠償として旨い料理と大量の金貨を寄越せ!!」

「「「寄越せぇー!!」」」


 凄い、言ってる事は無茶苦茶なのにまるで自然の摂理を説いているかのように堂々としている!

 なんだか幼馴染のそんな様子を見ていたら、僕もアイン達のトンデモ意見の方が正しいんじゃないかと思えて来たぞ?


「いつこの世が乱世に突入したってんだ! 原始人みたいな事言いやがって!! もうやめだ! ワシはこのリーダーの小僧とだけ話す。四人の頭のおかしいガキと話すよりは、一人の極めて頭のおかしいガキと話す方がマシだ!!」


 なんて失礼なおっさんなんだ。

 僕以外の四人はちょっと常識が飛んじゃってる節があるが、僕はこの中で随一の常識人だというのに。


 というかそもそも、歴史に名を残すためには常識くらい逸脱しないと話にならないと思うんだよね。という事は、いずれ伝説となる僕達に常識を求めるこのおっさんの方がよっぽど常識が無いのでは?


「それで? 僕達をどうするって言うの? 何を言われようと謝罪はしないし、お金もほとんど持って無いから賠償も不可能だよ? 牢獄にでも入れる?」

「普通ならそうだ」

「…………普通なら?」


 では今回は違うのだろうか。

 良かった、もし牢獄に入れられそうになったら僕達は泣く泣くこの都市でジェノサイドを行う所だったよ。


「今は少し状況が特殊でな。牢屋が罪人でいっぱいなんだ。だからテメェらみたいな狂犬は閉じ込めておく檻がねぇ」

「ふーん、物騒な都市だね」

「テメェらの存在程じゃねぇよ。まぁ簡単に言うとだ、テメェらには依頼を出す。それをやってくれたら今回の件はチャラにしようじゃねーか」

「チャラも何も僕らは頭のてっぺんから足の爪先まで完全に被害者なんだけど? そもそもまだ冒険者として登録してないし」  

「あぁ分かった分かった。後でワシが登録しておいてやる。依頼料もちゃんと出すからそれを慰謝料だとでも思ってくれ」


 ふむ、それならやってあげても良いかな。

 冒険者としての依頼をこなす事で自分達の実力も多少は計れるだろうし、何をするにもまずは先立つものが必要となる。

 まさか良いベッドで寝るためだけにホテルの従業員を脅迫するわけにもいかない。


 こういう時に決断をするのはリーダーである僕の役目だ。

 だから僕は慎重にあらゆる可能性を考慮して決断した。



「仕方ない、やってあげるよ」



~~~~~~



「良かったんですか支部長? あんな若い子達に危険な依頼を任せて」


 静かになった支部長室に秘書であるネロンが紅茶を持ってやって来る。


「五人がかりとは言え、Cランクでも上位のピューレをあそこまで一方的にボコボコにしたんだぞ? アイツらなら死にはしねぇよ。それに――」

「……それに、何ですか?」  

「あの四人は見るからに化け物だった。向かい合っていた時も少し気を抜けば簡単に首を持って行かれるような、そんな気迫とプレッシャーをひしひしと感じたんだ」


 辺境の村から一緒に出て来たという幼馴染の五人組。

 その内の四人の姿を思い返し、ガンテツは思わず冷汗を流す。


「……元Aランク冒険者の支部長にそこまで言わせるとは……。調べさせますか?」

「いや、いい。生半可な奴が調査してもすぐにバレて反感を買うだけだ。それに、リーダーのあのガキ。あいつは底が知れねぇ」

「そんなに強いんですか?」

「弱い」

「え? 底が知れないんですよね?」

「他の四人と違い、弱いようにしか見えなかった。だがそれはおかしい。あんな化け物軍団のリーダーがただの雑魚だなんて普通有り得ん」

「それは……確かに」


 ガンテツは支部長室にあの五人が入って来た時からずっと彼らを観察し続けていた。

 その観察によると、あのリーダーはただ矢面に立つのを任されているだけの軽い存在などではなく、メンバー全員が完全に信頼し切っている真のリーダーであるらしいという事だ。 


 その証拠に依頼を受けるか受けないかについて、話し合いどころか目配せすらなしでリーダーが独断で承諾した。

 そしてそれを、メンバーの全員が当たり前のものだと受け入れていたのである。

 冒険者の依頼は下手をすれば死ぬ危険だってあるというのに凄まじい信頼度であった。


「ワシはいつでも奴らを攻撃できるよう構えながら会話をしていた。当然奴らもすぐにそれに気付き、いつ戦闘になっても問題無いようお互いに気を張り詰め合っていた。だが、リーダーのあの男だけがまるっきり無警戒だったのだ。まるでワシの存在など警戒するまでも無いと言うように」

「化け物、ですね」

「その通り。奴らは全員が化け物だが、ワシの推測ではその中でも特に危険なのはリーダーのハルトという男だ。後で職員に通達しておけよ? くれぐれもあの連中を、あの男を刺激するなと」

「それは問題ありませんよ。さっきの騒ぎを見て彼らにちょっかいを出そうとする愚か者はいません」

「ハッハッハ、それもそうか! まぁそういう訳だから、奴らの心配はするだけ無駄だ。もしかすると、標的であるキングモンキーも倒してきてしまうかもな!」


 愉快そうに笑うガンテツを見て、ネロンは一つ大きくため息を吐く。

 どうやら我らが支部長はそうなる可能性が本当にあると考えているらしい。


「もし本当にそんな事になったら、彼らは一気にAランク冒険者――英雄の仲間入りですよ?」

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