第52話 模擬戦③
試合は順調に進み、A組五勝、C組四勝で次が最終戦。
本来ならばA組が全勝していてもおかしくない実力差があるハズなのだが、流石はアインが数週間熱心に指導し続けたクラスといった所だろうか。
C組は凄まじい実力を見せ付け、A組の生徒を次々と撃破していった。
当然、今日の模擬戦に出場しているA組の生徒のほとんどは昨日特有的特性を開花させた生徒だったのだが、やはりまだまだ付け焼刃。
実践でまともに使用できていたのは最初のミルザ一人だけであった。
そしてただ模擬戦を観戦し続けるというのは案外飽きるもの。
僕、アイン、シーナの三名もいつの間にやら模擬戦よりも空を眺めている時間の方が多くなっていた。
「あ、あの雲、なんだか牛っぽくない?」
「そうかー? ありゃどっちかってーと、味噌ラーメンだろ」
「……味噌ラーメン? ホントに僕と同じ雲見てるアイン? てか一体どんな雲だよ、味噌ラーメンっぽい曇って」
「ふ、馬鹿な平民共め。あれはまさしくケーキだ。それもケーキの中で一番旨いイチゴショート。くそ、帝都のケーキ屋が懐かしい」
どう見ても三人の見ている雲はバラバラだったが、それを正すのも正直疲れる。
なので深く追及はせずに、極めて浅い独り言のような会話を僕達は続けた。
こんな天気の良い日の、イベント日くらい気兼ねなく日向ぼっこをさせてもらおう。
「あの雲はロロアンナっぽくない?」
「おいおいハルト。アイツはもっとちんちくりんだろ」
「そうだぞ平民。姫様はもっとお子様のような可愛らしい体型をしてらっしゃる。そしてなにより、胸にパッドを入れて尚平坦なあの貧乳が――」
ズドドドドドドッ!
シーナが貧乳と言った瞬間であった。
僕達が寝転がっていた場所に親指の爪程の小さな鉄球が雨のように降り注いだ。
芝生はえぐれ、無数の穴が開く。
なんて危ない。三人共ギリギリで避けるのが間に合ったが、一番避けにくい真ん中に居たのが僕じゃなきゃ死人が出ていたぞ。
「いよいよ次が最終戦だというのに、何を馬鹿な事を言っているんですか先生方。そしてシーナ」
青筋を立てながら、堂々と仁王立ちをしていたのはロロアンナだった。
お得意の操作魔法と覚えたばかりの重量倍増という特有を完璧に使いこなした攻撃を仕掛けて来るとは、どうやら貧乳というワードに大層お怒りらしい。
「ひ、姫様!? これは違うのです。この平民共があまりに呑気だから馬鹿が移ったと言いますか、馬鹿に当てられたと言いますか……。つまり本心ではありません!」
「へぇ、ではシーナは私のこの胸が平坦ではないと?」
そう言って胸を張って強調するロロアンナの胸部は、まるで断崖絶壁の崖のようであった。
引っ掛かりがまるで無く、胴体だけを見たら男の子と誤解されても不思議ではない。
まぁ、身長もそこまで伸びていないし、彼女はこれから成長期が訪れるのだろう。
シーナはそんな崖を十秒ほどじっくりと眺めると、溜めて溜めて首肯した。
「………………その通りです」
「嘘おっしゃい! シーナ、主のチャームポイントを馬鹿にするなど万死に値します。貴方の今日のお夕飯はお茶碗一杯のご飯とたくわん一枚です!」
「そんな姫様!? 馬鹿になどしていません! 私は姫様の慎ましいお胸はとても美しいと思っています! ブラも付けなくていい、下衆な男共の視線に悩まされなくていい、さらにはうつ伏せで寝る事も出来る! 最高じゃないですか、貧乳!」
悲惨な夕食を回避する為に必死なのかもしれないが、シーナはこれ以上喋らない方が良いんじゃないかな。意外に君、デリカシーないよね。
見ているだけでロロアンナの怒りメーターがグングン上昇しているのがこちらにまで伝わって来る。
「だったらその胸をちょっとは削ってからモノを言いなさい~!」
「や、やめてください姫様! 私の胸には息子にご飯をあげるという重大な使命があるのです!」
皇女が自らの護衛の胸を鷲掴みにして引きちぎろうとする絵面はなかなか新鮮で面白いものであったが、流石にいつまでも眺め続けている訳にはいかないので助け舟を出す。
「それで、ロロアンナ? 次の試合に出る君がどうしてここに? 僕達を殺しに来たわけでも、シーナの胸を削りに来たわけでもないんだろ?」
「当然です。と言うか、私程度に先生達を殺せる筈がないではありませんか」
「姫様、それでは私は殺せるみたいに聞こえてしまいます。訂正を」
「――……ここに来た理由はですね――」
「姫様!?」
少しギスギスしたようにも見えるが、この二人は本当に仲が良い。
身分が大きく違うため言葉遣いは固いが、身内しかいない場所ではお互い姉と妹のように接しているし、ロロアンナはシーナの赤ちゃんもとても可愛がっている。
きっと試合が終われば、またいつものような良好な関係に戻るだろう。
「試合のアドバイスをハルト先生に頂こうと思いまして。アイン先生も次の対戦相手について教えてくださいませんか?」
アドバイスねー。
そう言うのは日頃の訓練の時に色々言っているし、相手の情報を一切知らない僕が今更送れる言葉は頑張れくらいしか無いのだが……。
「へっへっへ。こっちの選手の情報は教えられねーが、一つだけ言えることはある」
「……お聞きしましょう」
「ロロアンナ、テメェは負ける。あぁ、これは断じてテメェが弱えーって話じゃねえ。……対戦相手のアイツが天才過ぎるんだ」
アインが幼馴染以外の人間をそこまで評価するとは非常に珍しい。
どうやらロロアンナの相手は余程の逸材であるようだ。
「ハルト先生、それを受けてのアドバイスは……?」
いやだからその程度じゃアドバイスもクソもないよ。
せめて相手の得物や戦闘スタイル、性格くらいの情報はないと……。
とは言え、ここでそれっぽいアドバイスを送るのがカッコいい師匠というものだ。
僕は精一杯悩み、悩み、悩みぬいて、それっぽい事を口にする。
「天才だからと言って、なんでもかんでも全て完璧にこなせる人間はいやしない。天才にも得手不得手はある。だからロロアンナ、君がすべきは天才の優れた部分を超える事じゃない。天才の劣った部分を見つけ、その隙を突く事だ」
「……! はい、先生! 私頑張ります!!」
そしてロロアンナは秒でやられた。
「くっ、やっぱ無理だったか」
アインが天才と言った時点で意識や工夫次第でどうこう出来る甘い相手ではないと思っていた。
ロロアンナも気合十分であったが、やはり才能の壁は厚いという事だろう。
「おい平民! やっぱとはなんだ、やっぱとは! 貴様のアドバイスが碌に役立っていないではないか!」
「いや冷静に考えてよ。凡人がそう簡単に天才を超えられるハズないでしょ?」
「姫様を凡人呼ばわりするな!!」
そうは言われても、ロロアンナのセンスは確かに光るものを感じるが、それが天才の域に達しているかと言われれば答えはノーだ。
天才とはそんな甘っちょろい言葉では無い。
「それで? ロロアンナはどうしたの? 戦ってみた感想とか聞きたかったんだけど」
「……姫様ならヨウに膝枕をしてもらって慰められている」
「……六才も年下の女の子に? なんて情けない……」
「だ、黙れ! ヨウは姫様の姉弟子でもあるのだ。負けて傷心した心を癒してもらっても別におかしくはないだろ!」
まぁ試合開始して十秒と持たなかったからね。
そんな醜態をクラスメート全員の前で見せてしまったら、立ち直るのにはもう暫く時間が掛かるかもしれない。
「それにしても対戦相手の男の子、魔法を使う事無く杖一本でロロアンナを打ちのめしたけど……あの子って本来ならどういう戦い方をするの、アイン?」
「どういうって……見たまんまだぜ? 杖で相手をぶちのめす。それだけだ。ゼラスは魔法使えねーからな」
えぇ……? じゃあ何であの子、杖持ってるんだよ……。魔法使えないなら杖じゃなくて剣で良いじゃんか……。
「ゼラスは俺が熟女専門の娼館を探して、街をあっちこっち歩き回ってる時に見付けたガキなんだ。いきなり金目当てで俺を襲って来てな。それで戦ってみたら超強かったから、パールに頼んでC組に無理矢理入れたんだ」
「無茶苦茶な奴だな……。貴様らは他人への迷惑というものを考えた事が無いのか平民共」
いや、なんでそこで僕も一緒に滅茶苦茶な奴認定されるんだよ。
滅茶苦茶なのはアインだけだよ? ……あとシュリとシュカとマリル。
「騎士学校には編入させなかったんだね。魔法を使えないならあっちの方が居心地良さそうじゃない?」
「あぁ、あっちには
最近ヨウたちの訓練に姿を見せないとは思っていたが、どうやらアインはゼラスを鍛えるのに夢中だったらしい。納得。
きっと自分の手で最強の剣士に育てて、思う存分戦い合いたいとでも考えているのだろう。
そんな風に、アインの弟子――ゼラスについて話していたら当人がこちらにやって来た。
「おい、クソ師匠! 勝ってやったんだから約束通り旨い肉を食わせろ!」
身長は低く、顔は童顔で声も高い。まだ声変わりもしていないゼラスは、恐らく十三才か十四才といった所か。
だが年齢に反してそれなりの場数を踏んでいるらしく、師匠であるアインがこの場に居ても僕とシーナへの警戒を一切解かない。
「何言ってんだ? A組五勝、C組五勝で引き分けじゃねーか。罰として今日は俺との模擬戦五十回な」
「はぁッ!? 勝てたらってクラス単位の話だったのかよ!? んなの俺一人じゃどうにもならねーじゃねーか! 俺が試合した時点でC組の勝ちは消えてたぞ!?」
「うっせえ! その程度の逆境は覆してやるくらいの気概を持て! だからテメェ―はいつまで経っても股間に毛も生えねーんだ」
「ッ!? そ、それは今関係ねーだろ!? ったく、こんなババア共ばかりいる地獄に放り出されるわ、クソ師匠は理不尽だわ。まだ路地裏でゴミを漁ってた方がマシだぜ。あぁ、俺はなんて不幸なんだ……」
ゼラスはそう言って顔を伏せると、急に手に持っている杖に力を込めて僕に攻撃を仕掛けて来た。
シュンッ
いきなりの事で面喰ってしまったが、天才な僕は危うげなくそれを躱す。
しかしゼラスはその手を止める事無く、杖で連続して突きの猛攻を繰り出した。
シュン シュン シュン シュン――――……
合計で三十七連突きを行なった所で、ようやく攻撃の手が止まる。
そして息が切れた様子のゼラスは僕に化け物でも見るような目を向けて来た。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……。し、信じらんねー。これだけやって、はぁはぁ、
「だから言ったじゃねーか。ハルトは
「っかしーな。ただの雑魚に見えたのに。はぁはぁ、やっぱクソ師匠の仲間は化け物揃いか」
突然の弟子の凶行にも慌てる事無く笑顔を浮かべるアイン。
僕を信頼してくれているのだろうが、少しは弟子を叱るなり
ほら、僕の隣りにいるシーナもドン引きしてるよ。
……このサイコパス師弟はきっといつかヤバい問題を起こすに違いない。
~~~~~~
「ハールートーくーーん!」
模擬戦も終わり、教室に戻ろうとしている僕の元へマリルが大きく手を振りながら小走りで近付いて来た。
この時間は彼女も他クラスで薬学の授業をしているため忙しいハズだが、一体どうしたのだろう?
「ハルト君、ハルト君。ようやく連絡が来ましたよ!」
「連絡? 誰から?」
「もうっ! 分かってる癖に~! 穴を掘らせていた連中ですよ。ここへ来る途中で私達を襲って来たあの連中です」
あぁ、そう言えばそんなのもいたね。
確か反抗的な人物を殺した後、従順な人にはひたすら温泉を掘らせていたハズだが……もしやようやく温泉が出たのだろうか。
ちょうど温泉に入りたいと思っていた所だ。
それが事実なら、護衛も授業も訓練も全て放り投げ、万難を排してでも温泉に浸かりに行くしかない!
「意外に時間が掛かったね。もうちょっと早く出て来るかと思ってたんだけど……」
「途中で凄く硬い地層にぶつかったみたいで、そのせいで時間が掛かったんだと思います。でもやっぱりハルト君、アレが出て来るって分かってて掘らせてたんですね」
「ん? そりゃそうだよ。でなきゃあれ程の大人数に穴を掘らせたりなんかしない」
星というのは、その中心核に近付けば近付くほど熱くなるものだ。
熱核反応という現象が起きているからそうなっていると言われているが、僕も詳しい事は知らない。
だがこの事を踏まえると、地面を掘れば掘るほど土は熱を帯びていくし、そんな熱を帯びた地下深くに溜まっている水はいい感じに温められてお湯と化す。おまけに地中にある健康にいい成分のあれやこれがお湯に溶け、いつしか完璧な温泉が誕生するという事実が分かる。
結論。どこの地面でも掘り続ければいつか必ず温泉が出る。
という事で、僕はテキトーな地面を指差し『ここ掘って』と指示を出していたのだ。
「そうですか、やはりハルト君の読みは別格ですね。真似できそうもありません」
「ははは。まぁ僕はリーダーだからね。そういう事は任せてよ。それに……皆大好きでしょ?」
僕だけでなく、マリル達も大の温泉好きだ。
シュリは温泉で泳ぐのが好きだし、シュカは温泉にぷかーっと浮いて死体ごっこをするのが好き。アインは温泉でお酒を飲むのが好きだし、マリルは温泉にのぼせる直前まで浸かるのが好き。ちなみに僕は温泉で目を閉じて寝るか寝ないかの瀬戸際の状態を楽しむのが大好きだ。
考えれば考えるほど温泉欲が強まっていく。早く皆でその温泉に行きたい!
いや、その前に男湯と女湯を分けなくちゃいけないな。あと脱衣所も必要だ。
やる事は山積みだが、それが温泉の為ともなると全く嫌な気持ちにならない。
「はい私も大好きです! シュリちゃんとシュカ君なんて久しぶりだからって張り切って準備体操してましたよ?」
「準備体操? はは、気が早いね」
気が早いってか温泉に入るのに準備体操なんている? 海やプールじゃないんだよ?
一体あの姉弟は温泉でどんだけはしゃぐつもりなのか。
「私も今から楽しみです! 多少準備に時間は掛かりますが、それが終わり次第すぐに行きましょう! ――――古代遺跡に!!」
「うん!」
………………………………うん?
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えー、登場人物をこの章ではこれ以上増やさないと言いましたが……出しちゃいました(泣)
本来ならゼラスはもっと後に出す予定のキャラだったんですけど、どう考えてもここで出しておくのがベストでして……。
そんな熟女大好きなアインの弟子ゼラスですが、彼は――ロリコンです。
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