第53話 地下遺跡①

 迷宮。それは世界各地に点在する魔物の巣。

 様々な種類の魔物が数多く存在するそこは、まさに人類の脅威だ。

 戦う力を持たぬ者が一歩そこに足を踏み入れれば、待っているのは死のみ。


 基本的には一匹の強大な魔物が迷宮の主として君臨し、他種族のメスを孕ませてどんどんと勢力を拡大していく。

 強力な迷宮の主の遺伝子を受け継いだ魔物達は、一匹一匹がそこらの森や荒野にいる魔物とは桁違いに強力で、討伐は容易な事ではない。


 さらに、迷宮内に収まりきらないほど魔物の数が増加した場合、その魔物達は人間の住む町や村を襲いだす。生きるため、食べるために、人間を蹂躙するのだ。


 このように迷宮の持つリスクは極めて大きい。

 どれだけ怠惰な貴族でも自身の領内にある迷宮の管理は血眼になって行うほどだ。


 迷宮に対する対応は冒険者に依頼したり、子飼いの騎士を派遣したり、帝都から専門家を招集したりと様々。

 だが、迷宮から得られるメリットも確かに存在する。


 一つは素材。

 通常の魔物よりも強大な迷宮の魔物は、その身体全てが貴重な素材となる。

 本来ならば世界中を探し回っててようやく見付かるというレベルの希少な薬の素材も、迷宮によっては定期的な入手が可能。

 魔物の核も標準の何十倍という魔力が込められているため、同じ魔物の核でも迷宮産とそれ以外では市場価値が桁違いだ。


 そしてもう一つが遺品。

 前述の通り、迷宮にやって来る者に一般人は居ない。

 誰しもが強大な迷宮に挑むために己を鍛え、強力な武具や防具を纏いやって来る。

 しかし中には志半ばで果てる者も当然いて、そんな連中の遺品を魔物達は迷宮の主の近くにある宝物庫で保管しているのだ。



 故に、上手くいけば迷宮で莫大な富を築く事も可能。



 そんな迷宮によって利益を享受している国家、集団にとってただ一つ注意すべきは、迷宮の主である魔物を倒してしまえば、自然と迷宮内の勢力は離散し迷宮自体が朽ちていくという点だろう。

 だからこそ人類は極力迷宮の主を殺さず、魔物の氾濫が起きないよう適度に間引きしながら、迷宮を管理・・しているのだ。


 さて、そんなリスクもリターンもバカ高い迷宮が新たに発見されればどうなるか。


「いやー、まさか地下の古代遺跡が迷宮化してたとは驚きだったね。まぁお兄ちゃんがわざわざ地面を掘らせたんだから、絶対ヤバい敵がいるのは分かってたけど!」

「先に専門家を向かわせて正解でしたね。危うく対集団戦の準備を碌にせず、いつの間にか迷宮に放り込まれて苦労するいつものパターンになっちゃう所でした」


「にしても、アタシ達が見つけた場所に行くのにアホ貴族共の許可がいるってどうなの? 殺した方が良くない?」

「まぁ良いじゃねーか。どっちにしろ強えー奴とは戦えるんだ。なぁハルト?」


 発見した古代遺跡が迷宮化していると発覚してから一週間。

 ようやく僕達は迷宮への立ち入りを許可されていた。


 下手に僕達が迷宮で死んでしまったり、その逆で迷宮を潰してしまったりしないかと、レドン学長を含む学術都市の貴族達で色々無駄な議論を重ね続けていたらしい。

 そして僕達が迷宮の重要性を充分に理解したと判断し、リセアと先輩が学院に戻って来たのを機に、ようやく勇者同伴という条件で立ち入りを許可されたという訳だ。


「強い奴はいるだろうね。でもそれと同じくらいお宝も大切だ。なにせ地下にこんな文明が築かれていたなんて聞いたことが無い。きっととんでもないお宝が僕達を待っている」


 今回迷宮に挑戦するメンバーは、僕達幼馴染五人、リセアと先輩コンビ、そしてヨウとロロアンナである。


 ヨウは僕達のご飯係として、ロロアンナは僕達が不在の間にまた暗殺者に襲われても困るので一緒に連れて来た。

 ……あぁ、目の保養としてビキニ姿のミルザも連れて来たかったが、太陽のない地下において彼女は無力なので泣く泣く学院に置いて来た次第だ。


「新入り……。アタイらは昨日まで勇者パーティーとして懸命に働いて来たんだ。厄介な魔物を討伐し、民衆に手を振って、お偉いさんに活動資金をせびったりした」


 先輩は辛い過去を思い起こすように、苦々しい顔をしながら僕の肩に手を置く。

 そして次第にその手に力を籠め始めた。


「それが返って来るなり、新たに発見された迷宮の探索だとぉ? テメェ、アタイらを過労死させる気か!? アタイは仕事が終わったらケーキを爆食いするって決めてんだよ! おかげで今は身体中が糖分を欲して悲鳴を上げてる! ……なぁ、新入りならもうちょっと遺跡発見の時期を遅らせる事も出来ただろ?」


 なに言ってんだこの聖女は……。

 発見を遅らせるって、この遺跡を発見したのは僕じゃなくて元盗賊共だぞ?

 そもそも僕が探していたのは迷宮でも遺跡でも無く、温泉なのだ。


 燃えるように熱く、浸かっているだけで日頃の疲れや悩みが吹き飛ぶような、そんな温泉。

 間違ってもこんな薄暗いジメジメとした陰湿な空間ではない。

 ……僕の温泉はどこに行ったんだか。


 勇者パーティーの仕事は余程ストレスがたまるらしい。

 いつになく荒れている先輩の口内にシュカが嬉々として料理用のハチミツを大量投入。

 すると、糖分摂取欲が薄れた先輩の表情に笑顔が戻った。



 ………………熊かな?



「……ハルト。私はすごく眠い。なにかあったら起きるから、それまで私をおんぶして?」

「イエス、マイレディ」


 どこか眠たげな顔をしているリセアの言葉が脳に届くよりも先に、僕は反射的にそう答える。

 どうやら先輩は仕事の疲れを糖分で発散するタイプで、リセアは睡眠で発散するタイプみたいだ。


「ちょっとハルト君!? なに平然とおんぶしようとしてるんですか!? どうせするなら私をしてください。お姫様抱っこ希望です!」

「そこのクソ勇者! なにアタシのハルトの背中を独占しようとしてるわけ!? そこはアタシ専用席よ!」


「…………別に寝られるならここじゃなくても良い。……そうだ、マリルはハルトにお姫様抱っこしてもらって、シュリは背中でおんぶ。私はさらにその上のシュリの背中で寝る。どう、完璧」


「「確かに完璧ね(です)」」


 いやどこが!?

 冷静にそうなった時の状況を想像してごらんよ。絶対おかしいって!


 マリルと僕だけとか、シュリと僕だけとかなら美男美女のツーショットでとても絵になる光景だが、そこに串に刺さったお団子よろしく三段重ねでおんぶされているリセアの姿はシュールが過ぎる。


 てか、そもそも僕の大して鍛えられていない筋肉では、人間を三人も抱えられない。

 こいつら、僕を圧死させるつもりか!?


「おいおい、そんな真似したら新入りが潰れちまうだろ? ちったぁ相手の負担を考えた方がいいぜ?」

「そうそう先輩の言う通り。だから――――三人を抱えた僕がさらにヨウにおんぶしてもらえばより完璧だ」


「「「確かに!」」」


「なんでですか!? わたしへの負担も考えて下さいハルトお兄様! そしてそんな期待に満ちた表情でわたしを見ないでくださいお姉様方! 学院内ならまだしも、迷宮でそんな事してたら死んじゃいます」


 迷宮内じゃなきゃやってくれるらしい……。

 相変わらずヨウの筋肉は底が知れない。


 僕はじぃーーっとヨウの二の腕や太ももを眺めながら考える。


 以前からもしやとは思っていたが、ヨウの天職は冒険者や給仕などではなくボディビルダーなのでは……?


 鍛えれば鍛えるほど、その期待に瞬時に応えてくれる筋肉と、見栄えの良い滑らかな素肌。

 まさにボディビルダーになるべくして産まれたボディビルダーの申し子だ。


 でも実用的な筋肉を育てる才能と、見栄えの良い筋肉を作る才能は全くの別物だと聞くしなぁ。

 今の所ヨウはちっとも筋肉が大きくならないから、後者の才能は怪しい。


 師匠として弟子には世界に大きく羽ばたいて欲しいという気持ちがあるものの、極限の努力と天賦の才の双方を求められる厳しいボディビルダー業界でこの子がやっていけるのかという不安もある。


「ヨウ、僕らをおんぶしながら迷宮を生き延びるくらい出来ないと、ボディビルダーとして生きていけないよ?」

「いきなりなんの話ですか!? わたしはボディビルダーになんてなりませんよ!?」


「え? ヨウの夢ってカッコいいボディビルダーになる事だよね?」

「一体どこからそんな話が!? 違います! わたしはハルトお兄様達と同じく冒険者になって、ハルトお兄様達の野望のお手伝いをするんです!」


 なんて師匠思いな弟子なのだろう。

 この子になら支配したそこら辺の国の統治を丸投げしても良いかもしれない。


「よし、じゃあ迷宮から帰ったらヨウも冒険者として登録しようか。ロロアンナとバローナ、ミルザ……あとアインの弟子のゼラスと一緒にパーティーを組みなよ。取り敢えずAランクを目標に頑張るといい」

「ハルト先生!? どうして私までが冒険者に!? 私皇女なんですけど!?」

「自分の身を守るには強さが必要だ。そして肩書きも。現状なんの役にも立っていない皇女という肩書き以外にもう一つ強力な肩書きが君には必要だよ、ロロアンナ」 


 どうせ僕達はこの迷宮攻略が終わったら、ジリマハに一旦戻る。

 そろそろ僕達の屋敷や学校が完成する頃合いだし、サティに丸投げして来た裏社会の様子も一度見に行きたい。

 だからいつまでも弟子だけに構っている訳にはいかないのだ。


「流石ハルト! 良い案じゃねーか。やっぱ命の安全が保障されてる訓練よりも、実践だよな! 競い合う仲間がいれば尚好し!!」


 僕のたった今思い付いた名案をアインも笑顔で支持してくれる。

 だが対照的に難しい顔をしているのはヨウ。

 ヨウはじとーっと僕に疑い深い視線をぶつけながら言った。


「もしや、弟子の管理を全てわたしに丸投げするために、ボディビルダーなんて意味不明な発言をしたんじゃありませんよね、ハルトお兄様?」

「……さぁどうだろうね」


 少なくともボディビルダーは本気だったよ!



~~~~~~



「ハルト先生。ここは本当に迷宮なのでしょうか? 魔物がここまで全く姿を見せていませんが……」

「先行して偵察した専門家がそう判断したならそうなんじゃない? まぁ、名称なんてどうでも良いよ。僕達は僕達の行く手を遮る敵を全て潰す。ただそれだけを考えていれば良い」 



 歩いても歩いても一向に魔物が現れず、黙々と暗い細道を歩き続けていた僕達はようやく広けた空間に出た。

 そこは地下空間とは思えない明るさで照らされており、人が住んでいたと思わしき建造物が幾つも散見される。


 真っ直ぐ一直線に整備された道と、中央に近付くほど高く大きくなる建物。

 碁盤の目のように綺麗に区画分けされた街並みは、ここが偶然かなにかで出来た自然の産物という考えを一蹴させる。


 さらに驚くべきは、魔術学院の広い敷地がすっぽり入っても余りあるこの広大な地下空間を一体どうやって作り上げたのかという点だ。

 どんなに魔術の発展した国でも、地下にこのような都市を築き上げる技術は持っていないだろう。


「あれは……人工太陽の残りかすでしょうか……?」

「そんな、嘘でしょ!? お兄ちゃん! あれ売ったら金貨百万枚は下らないよ!?」


「「「「「「金貨百万!?」」」」」」


 知識が豊富なマリルとシュカが地下空間を照らす光の塊を指差してそう言うが、生憎と僕らは人工太陽なるものを知らない。だがその価格からとんでもないお宝だという事は十二分に伝わった。


「ハ、ハルトお兄様! 早くあれを取りに行きましょう! 誰かに取られちゃいます!」

「ハルト先生! あれがあればミナお姉様の皇位継承は揺るぎません! 急ぎましょう!」


 その金額に釣られて、ヨウとロロアンナは大騒ぎだ。

 だがこの集団の暫定的リーダーとしてそのような行動を認めるわけにはいかない。


「二人共、あの人工太陽が無くなったら、僕達は暗闇の中でこの街を探索しなくちゃいけなくなる。それに紛い物でも太陽は太陽だ。あの灼熱の物体をどうやって学術都市まで運ぶかという問題も生じる。そしてなにより――――」


 ――どうやってあの天井ギリギリの高さに浮かぶ物体を確保するんだよ、と根本的な問題を口にしようとしたその時だった。


 古びて風化した建物からわらわらと魔物の姿が現れ、僕達の居る地点へ一直線に向かってくる。



 ゴブリン、コボルト、スライム、オーク、トロール、オーガ、スケルトン、ガーゴイル、サイクロプス、キメラ、そしてドラゴン――



 雑魚の代表格から最強の代表格まで選り取り見取り。

 どれも標準的なサイズより二回り以上大きな体格を有し、えらく殺気立った好戦的な視線をぶつけてくる。


 数は……少なく見積もっても三千はいるか。


 恐らくここまでの道程で魔物が一匹も姿を見せなかったのは、迷宮内の魔物が全てこの街にいたからであろう。

 そりゃ明るい街と、真っ暗な通路なら魔物でも前者を選ぶ。


 そしてそんな地獄のような光景を見て、笑顔を凍り付かせて絶望している弟子二人は膝から崩れ落ちる。

 まぁこれ程大量の魔物を見たのは初めてだろうし、足がすくむという気持ちはなんとなく分かるから、叱ったりはしない。どうせ、すぐにショックを受けている余裕すら無くなるし。


 僕はリセアの手前最大限カッコつけながら、諦観したようなニヒルな笑みを浮かべる。

 そして使い物にならなくなっている弟子二人に向けて、先程の言葉の続きを口にした。



「――なによりまずはこいつらを皆殺しにしないとね」





======

金貨一枚=一万円という設定です。

なので人工太陽は少なくとも百億円の価値という事ですね。


また、ハルト達は貴族の許可なんて気にせず迷宮に突入する気満々でした。ただ、待ち人であったリセアとユノが来たと同時に許可が出たので、結果だけ見れば貴族の言う事をちゃんと聞く理性的な冒険者として学術都市の貴族には評価されています。

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