第54話 地下遺跡②
アイン達はこちらに押し寄せてくる魔物に嬉々として飛び掛かって行った。
四人共がバラバラな方向に突き進み、魔物を蹂躙していく様がここからも良く見える。
どうやらいつも通り、連携なんて気にせず各々好き放題やっちゃおうという作戦らしい。
まぁこれだけの数相手に連携とか気にしながら戦えば疲れるよね……。
アイン達が通った道が次々と魔物の血で赤黒く染まっていき、そこはまるで血の川のよう。
斬殺、殴殺、毒殺、刺殺……。
バリエーション豊かな方法で魔物が次々と葬られて行くのは圧巻の一言。
なんだかこの光景を眺めていたら、塗り絵をしているような気分にさせられてきた。
「おいおい、殺意全開だな……。てかあそこまで圧倒的ならアタイらが付いて来る必要は無かったんじゃねーか?」
「あくまでもあの群れは雑魚だからね。迷宮の主がどれほど強いかは分からない。念には念をってやつさ」
「いや、迷宮の主とは戦わねーんだから問題ねーだろ? どうせ、見付けたら隠れるか逃げるし……っておい! まさか主もやっちまうつもりじゃねーだろうな!?」
僕の表情を見て何かを察したのか、先輩は焦ったように言う。
「迷宮の主を殺したら迷宮は朽ちる。ここが元の遺跡に逆戻りになっちまうんだぞ? リスクとリターンをよく考えろ新入り!」
「どうせ、リスクとリターンが帰属するのは学術都市の貴族達だ」
ここを発見したのは僕達……と言うか元盗賊達だが、どうせ金に汚い貴族共はなんやかんやと理由を付けて僕達から迷宮を奪うだろう。
ならばここで主もろとも魔物を全滅させて、素材の売却代金をガッポリと稼ぐのが僕達にとっては最善かもしれない。
僕らは貴族の顔色を窺って行動の選択肢を狭めたりはしない。
その全ては世界征服の為、歴史に名を刻むためにあるのだ。
「うっそだろお前!? リセア、お前からも言ってやってくれよ。お前の言う事なら新入りも聞く」
「……ハルト、人間やりたいようにやるのが一番。がんば……ぐぅ」
「って寝るな――!!」
結局先輩の背中で寝ていたリセアだが、言う事を言うとまたすぐに寝てしまった。
先程は何かあったら起きると豪語していたにも関わらず、この期に及んでまだ寝るとは……。
流石勇者、肝が太い。
そしてここまでの道中でもチラチラ見ていたが、リセアの寝顔相変わらず可愛すぎであった。
僕はそんなリセアの寝顔を眺めながらニッコリと笑顔を浮かべる。
「よし、勇者様の許可は取れたっと」
「んな訳あるか!? 完全に寝ぼけてただろ! ほら、雑魚退治はアタイも手伝ってやっから主だけは諦めろ」
暫くリセアを揺すって起こそうとしていた先輩だったが、これはどうやっても起きないと判断したのか。リセアを起こす事を諦め、僕の肩を押して魔物の軍勢の方へ足を運ぼうとする。
だが僕はここを動くわけにいかなかった。
「いや、僕は雑魚の相手はしないよ?」
「あ? それはどういう――――」
正確には雑魚の相手をしたくても出来ないというのが正しいのだが、まぁどちらも同じか。
だってどうせ僕の元には――――
「グゥルゥゥラァアアアアアア!!!」
――最も厄介な奴が勝手に寄って来る。
~~~~~~
一直線に僕の元へ飛んできたドラゴンを見て、先輩は顔を
そして未だ呆然と膝を付いている弟子二人は口をパクパクと開けるばかりで言葉も発せないようだ。
昔から僕は厄介な魔物を引き寄せる特殊体質がある。
こんな厄介事を体質と一言で片付けてしまうのが正しいとは思わないが、アイン達が直接攻撃しても群れを皆殺ししても何故か僕だけを執拗に追い掛け回してくるのだからそうとしか言えない。
先生曰く、『ハルトの肉を食ったら不老不死になれるとでも思われてんじゃねーか?』との事。
さらに『ハルト、旅の行き先に困ったら西に迎え。ただひたすらに西を目指すんだ。天竺がお前を待っている』とも言われたが、天竺がなんなのかは依然として不明なままだ。まぁ困った時に西に向かうのはやぶさかではないけど……。
先程魔物の群れを見て、僕はこの中で一番強いのはドラゴンだろうなと思った。
こうして実際に僕の元に向かってくるのがドラゴン一匹である所を見るに、どうやら僕の予想は的中していたらしい。
「ヨウ、ロロアンナ。これ以上ビックリしていると死んじゃうよ? ボス戦なんだから気合入れて」
「は、はいハルトお兄様。……え、わたしたちもあれと戦うんですか?」
「あの、私は実戦経験すらゼロなのですけど……。いきなりドラゴン相手というのはちょっと……」
恐らく初めて見たであろうドラゴンを前にしてビビりまくりの二人。
だが流石は勇者パーティーの聖女。先輩はなんら臆することなく、この場にいる全員に神聖魔法を掛けて戦いの準備を整える。
「ちっ、ドラゴン相手じゃあ逃げる事すら不可能じゃねーか。あーせめてコイツが迷宮の主じゃありませんよーに。おいリセア出番だぞ。……起きねぇ。新入りがいるから気が緩んでるんかねー」
宙に浮かぶドラゴンは僕を睨み付けると、唸り声を上げながら突進してきた。
全長十メートルほどの小型なドラゴンだが、その力は疑いようがない。
故に、避けなければ死ぬ――!
ドゴォォオオオオン
足が竦んで動けない弟子二人を抱えて僕と先輩は攻撃の範囲外へと逃げる。
僕はヨウを、先輩はロロアンナを。
思った倍くらい体重が重かったヨウを途中で落っことしそうになるも、なんとかギリギリ耐えた僕を誰か褒めて欲しい。――特にリセア。
ドラゴンの突進は地面と岩壁に大きな穴を開けた。
そしてその奥からのっそりとドラゴンが起き上がり、再びこちらへと視線を向ける。
あの強烈な一撃で誰一人殺せなかった事が不愉快らしく、ドラゴンはその巨大な眉を
――――人化しながら。
鱗が徐々に消え、腕が伸び、皮膚が変色する。
最終的に身長200センチ程度の大男の姿になったドラゴンは、流暢な人間の言葉を口にした。
「おお! 先程の我の攻撃を避けるとは素晴らしいぞ人間! 我自らが褒めてやろう」
そう言って握手を求めて来たドラゴンに、当然僕は握手を返す。
相手がドラゴンであろうと、褒められて悪い気はしない。
「やぁやぁ、僕ハルト。よろしく」
「はっはっは、我相手に怯みもしない人間とは珍しい。気に入ったぞハルトよ。我はヴァンズリー。気兼ねなくヴァンと呼んでくれ」
ヴァンは
人の笑顔というのは心の写し鏡と言われている。
つまり……これだけ素敵な笑顔の持ち主であるヴァンはアウトローな外見に似合わずなかなか気の良いドラゴンに違いない。
「(おい新入り。相手はドラゴンだぞ? こっちを襲って来たんだぞ? なに油断してんだよ。早く穏便に話を終わらせて撤退しよう)」
先輩が僕の耳元で囁く。
それを受けて、僕の背中にギュッとしがみついていたヨウとロロアンナも泣きそうな顔で
やれやれ、皆分かってないなぁ。
ドラゴンだから危ない、人間だから安全なんてのは固定観念に縛られた凡人の考えなんだよ。
ドラゴンでも良い奴はいるのだ。
仲良くなれば趣味で集めていたお宝を気軽にくれるし、失われた歴史も軽々と教えてくれるだろう。ドラゴンの鱗や牙といった超希少素材も、文字通り身を削ってでも大量にプレゼントしてくれるに決まってる。
まさにドラゴンは、僕調べ『友達になりたい危険種族ランキング』Sティアの逸材。
人はそれを都合のいい関係と呼ぶかもしれないが、僕はどこまでも理想を追求するロマンチスト。ドラゴンとでも真の友情を築いてみせる。
きっと先程僕達に仕掛けた攻撃も何かの間違いなのだ。凡そ、僕達の近くに蚊がいたとかそんな所だろう。
僕はそう一人で結論を下し、にこやかにヴァンに話し掛ける。
「いやぁ、さっきの攻撃は凄かったね。危うく二人ほど死に掛けたよ。ハハハ」
「す、すいませんハルトお兄様……」
「申し訳ありませんハルト先生……」
勿論死に掛けたというのはヨウとロロアンナだ。
流石に戦いの場で動けなくなるというのは致命的過ぎる。
普通ならば何も出来ずに死んでもおかしくはなかった状況なだけに、当人達も心底申し訳なさそうに俯く。
「がっはっは。そうであろう、そうであろう! 我はこのような地下に籠っていても修練を欠かさなかったからな。しかし久々に知的生物と話せて嬉しいぞハルトよ」
「僕もここには馬鹿な魔物しかいないと思っていたから驚いたよ。一体何年くらいここに住んでるの? 寂しかったんじゃない?」
魔物というのはドラゴンなど極一部を除いて自我を持たない。
ただひたすら生きる為に他の生物を襲い、生きる為に餌を食らう。間違っても命乞いや交渉をしてくる事は無いのだ。
ならばこの魔物しか存在しない地下で会話する相手も無く、ヴァンは一体どのような思いを抱えて過ごしてきたのか。
「我がここに来たのは三百年程前だな。ちょっとやんちゃしたら家族から勘当され、巣を追い出されてしまったのだ。新しい住処にここがちょうど良くて、以来ずっと住んでいる」
「へぇ、どんなやんちゃ?」
「小国を三つばかり滅ぼしてしまってな。だが今考えてもその程度で巣を追い出されたのには納得がいかん。人間など気付いたら復活しているだろうに……」
それは死人が復活してるんじゃなくて、生き残りが頑張って復興したのでは……?
ヴァンの衝撃の告白でこの場の空気が確かに凍り付いた。
先輩は目を細めて明らかにヴァンの警戒度を引き上げているし、ヨウとロロアンナは身体を寄せ付け合って僕の背中から髪の毛一本たりともはみ出ないよう震えている。
リセアは……相変わらず可愛いらしい寝息を立てて寝ていた。
――守りたいこの寝顔。
「特にヴェネリウス叔母さんの怒りが凄まじくてな。ハルトも知ってるであろう? ヴェネリウス叔母さんを」
「え、あのヴェネさん? おかしいな、あの人は背中でゲロを吐いても笑って許してくれる特別気の良いドラゴンだったけど……てかなんで僕が知り合いって知ってるの?」
村に居た時、先生の友達であるドラゴン――ヴェネさんは時折村の近くの森にやって来ては僕達に訓練をつけてくれたり、僕達を背に乗せて空を飛んでくれたりした。
当然乗り物酔いに一家言ある僕は遊覧飛行の度にその背中で吐いたりしたのだが、ヴェネさんはその全てをげんこつ一回と真摯な謝罪で許してくれた心優しき偉大なドラゴンでもあるのだ。(ちなみにヴェネさんへの謝罪が僕の土下座スキルを大幅に向上させたのは言うまでもない)
「……ドラゴンは気に入った生き物に匂いでマーキングをする。ハルト、貴様からはヴェネリウス叔母さんの匂いがプンプンするのだ。あの気難しい叔母に余程気に入られていたのであろう」
……いや、僕ヴェネさんの背中で吐いてただけだよ?
一体どこに気に入れられる要素があると言うのか。
あるとしたら、散々背中で吐きやがったコイツは私の手で殺すから誰も手を出すなという死のマーキングである。
「(新入り、テメェドラゴンと友達だったのか!? こりゃ良い。その
「(えー? せっかく仲良くなれそうなのに? せめて鱗と牙と髭と心臓くらい貰って帰ろうよ)」
「(欲張りか! ちったぁ我慢しろ! てか他はともかく心臓は絶対無理だろ!? 仲良くなったから死ねってか!?)」
再三撤退を申し出る先輩だが、この集団の暫定的リーダーは僕だ。行動の決定権は僕が握っている。
そしてそんな僕の天才的頭脳によると、親友の僕にヴァンが色々貢ぎ始めるのは時間の問題だからここで撤退するのは惜しいとの事。
ならば、僕は僕の頭脳を信じて融和作戦を継続するのみ。
「時にハルトよ。一つ頼みがあるのだが――」
「うんうん、なんでも言ってよ。僕達の仲じゃないか」
「それはありがたい。では――――ヴェネリウス叔母さんを殺すのを手伝え。奴のせいで我は外に出られん。どうだ? ……我らの仲であろう?」
依然としてニコニコ顔のヴァン。……いや少しだけ威圧的な顔になっているか。
もしかしたら僕を脅しているのかもしれないが、生憎と僕は先生やヴェネさんの脅しに慣れ過ぎて感覚が麻痺しているから無意味だ。
だから臆することなく、僕も同じように笑顔を浮かべながら返答した。
「あ、それは無理」
僕がそう断った瞬間であった。
これまでずっと笑みを絶やさなかったヴァンの表情がスッと真顔に代わり、途轍もない力の波動が僕らを襲う。
「ならば死ね――!」
突然のヴァンの変わり身に驚いているのは僕だけではない。
ずっと警戒を露わにしていた先輩、ヨウ、ロロアンナも強大な力の奔流に上手く身体を動かせないでいる。
人の姿のままこちらを蹴り殺す構えを見せるヴァンの動きを眺めながら、この場で唯一普通に動ける僕はとても悩む。
――ヤバい、僕の力じゃ助けられても二人。一体誰を救えばいいのか――
襲い掛かる攻撃、迫りくる死。
仕方なしに決断を下そうとしたその時――――
キィィィンッ
人間の見た目でドラゴンの硬さを誇るヴァンの脚と一本の剣がぶつかり合う。
その衝撃は空気を震えさせ、地面を揺らす。
「……私の目の前で一体誰を害そうとしている、爬虫類」
剣は真っ白な刀身と滲み出る光のオーラが特徴的だった。
ドラゴンの全力とぶつかり合って尚、刃こぼれ一つせず、歪んだ様子も見受けられない。
だがそれよりも目を引くのは、剣の持ち主が右手一本で軽々とその攻撃をいなしてみせたことであろう。
ドラゴンの攻撃を片腕で弾く。とても常人の為せる
いや、そもそも彼女はそれまで剣など持っていなかったのだ。手ぶらでやって来て、そして寝ていた。
如何にして彼女はその身長ほどもある剣を顕現させたのか。
如何にして彼女はその細腕で剣を振るい攻撃を
だが全ての疑問はこの一言で全て理由が付く。
「……私の仲間を……友達を襲った事。地獄で詫びろ」
「聖剣……だと……? くっ、我の邪魔をするな当代の勇者ぁああーーーッ!!」
勇者リセア。
人類最強の称号を持つ女の子がようやく目覚めた。
======
ドラゴン「げっ、憎き叔母の匂いがする人間が来た。我の居場所バラされたら困るから殺してやろ」
↓
ドラゴン「うわ、普通に攻撃躱された。こいつら中々強い癖に人数もそこそこいるから皆殺しはめんどくさいなぁ。そうだ、こちら側に引き込んで叔母を殺させよう」
↓
ドラゴン「くそ、馴れ馴れしい雑魚が我の提案を断りやがった。叔母への敵意がバレた以上、面倒だが殺すしかない」
↓
ドラゴン「な、なんで勇者がここに……!?」
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