第13話 助けない
「久し振りのデート楽しかったね、ハルト」
「うん、良い一日だったよ」
今日は朝から遊びっぱなしだった。
初めての都会で初めての休日。僕とシュリは最大限にそれを楽しみきったと言えるだろう。
本来ならばこの後は約束通りバーにでもお酒を飲みに行くつもりだったが、先程の占い師の言葉がどうにも忘れられずそれはまた今度という話になった。
占いは所詮占い。
占い師本人だって言っていたではないか。不確実なものであると。
僕は自分にそう言い聞かせるが、どうにもスッキリしない。
そしてそれはシュリも同じだろう。
あれ程楽しみにしていたお酒を取りやめ、真っ直ぐ宿に戻ると決めた彼女が何も思っていないわけが無い。
お互いにあの件に関して言葉は交わしていないが、ギュッと握り合った手を通じて気持ちは伝わってくる。
そうして二人、静かにゆっくりと歩き進めているとようやく宿が見えて来た。
今日もあの美味しい料理が食べられると思うと自然と気持ちが明るくなってくる。
……しかし、どうにも様子がおかしい。
「あ、おかえりなさいハルトさん、シュリさん。すいません、お掃除に時間が掛かっちゃってご夕飯は少し遅くなりそうです」
木製の宿の入り口の扉が道具か何かで粉々に破壊し尽くされていた。中の様子を見ても、そこにあったテーブルやイス、ソファーの足が折られたりひっくり返されたりと無茶苦茶な有様。
先程まで泣いていたのか、目元が赤くなったヨウちゃんがそれをせっせと片付ける。
うーむ、確かにこれを全部綺麗にするとなると骨が折れそうだ。
「うん分かった。じゃ頑張って」
「え……!? あ、はい……」
まだ子供だというのにせっせと労働の汗を流すヨウちゃんに心の中で敬礼をとって階段を上る。
シュリもあの光景を見て少しは驚いたみたいだが、すぐに切り替えて僕の腕を組んできた。
ははーん、さてはマリルに僕らのラブラブっぷりを見せ付けて揶揄う気だな?
シュリの意図をすぐに悟った僕は、階段を上り終えると女子部屋に直行する。そして扉を開けた。
「あーんハルトぉー。最高の一日だったわぁー! 特にあの時なんて凄く激しくて――――」
「ハルトくーーーん!!」
「――あ、あれ?」
まるで僕達の間に決定的な何かが起きた事後かのようなセリフを猫なで声で吐くシュリだったが、それをマリルが一切無視。……というか耳に入ってない?
思ったような面白い反応が得られなかったシュリは首を傾げている。
「ハルト君、この街でジェノサイドの許可を――!」
「不許可」
「そんな!?」
そんな!?じゃないよ、そんな!?じゃ。
一体この休日でなにをどう過ごしたらそんな激しい殺戮衝動に目覚めるというのか。
「一滴で街の水道を全て致死毒に変えられる薬があるんです!」
「今すぐ処分して!? そんな危ない薬一体何に使うつもりだったの!?」
昔から薬学の勉強を一生懸命していたマリルだったが、きっと先生が良くなかったのだろう。どんどんと間違った方向に成長していってしまった。
当初は皆がもし病気になっても私が治しますとか健気に言っていたのに、気が付いたら人類への悪意しか感じられない物騒な薬ばっかり開発してるし。
人を治す薬よりも人を壊す薬を優先的に開発する彼女はもう僕達では誰も止められない。
もしかすると僕達がなかなか病気にならないせいで、活躍の機会が一向に与えられなかったのがマズかったのかも。ちくしょう、誰か一回くらい風邪引いておけよ。
「昨日ハルトが言ったじゃん。自分達の実力がどの程度のものなのか見極めるまでは慎重に動くって。アンタが人を殺す事に快楽を感じる
「やめてくれません、人に変な設定を付けるの!? 私そんなんじゃありませんから!!」
シュリが「分かってる。私はちゃんと分かってるから」とでも言うように、肩をぽんぽんと叩きながらマリルを宥めるが逆にマリルが興奮してしまった。
落ち着いてくれマリル! 君が正気を失ったら君の持っている超絶ヤバい薬達は誰が管理するって言うんだ!!
「じゃあ一体どうしたって言うのよ」
「…………二人も宿の入り口、見ましたよね?」
先程の光景を思い返す。
無残に破壊し尽くされた入り口とそれをせっせと片付けるヨウちゃん。
「なんかあったみたいね。それで?」
「そうです、明らかに何かあったんです。でもヨウちゃんは私に何も教えてはくれませんでした……」
僕とシュリは普通にスルーして来たが、どうやらマリルは何があったのかヨウちゃんに訊ねたらしい。
子供相手じゃなかったら間違いなく無関心を貫いただろうに、マリルは本当に子供好きだなぁ。
「だったらそこで終わりじゃん。他人が首を突っ込んでも碌な事にならないって」
「それはそうなんですけど、どうしても気になっちゃって。なので裏の情報屋に色々聞いてみたんです」
相変わらずマリルは仕事が早い。
というか裏の情報屋なんて一体どこで見付けたのだろうか。
僕なんか昨日の今日でまだ四人くらいしかまともな知り合いはいないのに。
「あれ? でもマリルお金足りたの? そういうのって絶対高いよね」
僕達が昨日報酬として受け取った金貨十枚。
それはシュリが五枚。僕、アイン、シュカ、マリルの四人で一枚ずつと公平に分配した。(残りの一枚は宿賃だ)
だから普通に遊ぶ分には困らないが、情報屋を使うにはまず間違いなく足りない……と思う。
「いえ、そこは勿論節約しました。私特製の薬を打ち込んで、解毒薬が欲しければ情報を下さいとお願いしたらすぐに教えて貰えたんです」
それは果たして本当にお願いと言えるの!?
節約って言うかただの脅迫だよね!?
「なかなかやり繰り上手じゃない! それで? その情報屋に解毒薬は打ってあげたの?」
「はい半分だけ。暫くは平気ですが、もう一本解毒薬を打たないと一週間で死にます。情報が正しかったのを確信したら打ってあげるつもりです」
「うんうん、ならば良し!」
ならば良しなんだ!?
確かにそういったアウトローな人達には容赦なんてする必要は無いと思うけど、その情報屋も不運だな……。
「情報によると、この宿には借金があるそうなんです。この宿を立ち上げた時の莫大な借金が。でもあまりにも法外な利息を取られていて元本が全く減っていないんだとか。それで金貸しがここの土地を売って、いい加減金を返せと時折嫌がらせに来るんだそうです」
「なるほど、それで入り口があんな事になってたのかぁ」
「謎が解決して良かったねハルト!」
「そうだね! やっとスッキリしたよ!!」
マリルの話を聞き、ようやく胸のつかえがとれたといった様子のシュリと僕。
そんな僕らを見てマリルにも笑顔が戻る。
「はい、スッキリ解決ですね!」
アハハハハハハハハ!
「ちょっと待ったぁ―――ッ!!!」
と、そこで先程からコッソリ僕達の会話に聞き耳を立てていた者が乱入してくる。
そう、当事者であるヨウちゃんだ。
「あ、もしかしてもう夕飯の時間? 悪いね、まだシュカが帰って来てないみたいだからちょっと待ってもらえる?」
「ち、違います! お父さんが入り口の片付けを代わってくれたから夕飯はまだもうちょっと時間がかかる――ってそうじゃない! 一体全体さっきの会話は何ですか!? どこが解決なんですか!!」
僕らはずっと気付いた上で話してたが、この子盗み聞きしてたのを隠さなくて良いのか?
「はっ! そうでした! ついついハルト君とシュリちゃんが嬉しそうにしていたのでつられてしまいました!!」
「そうそう、マリルさん言ってあげてください! このままじゃ可哀想だって。あの悪徳な金貸しを懲らしめようって!」
この子、自分からマリルに事情を説明しなかった癖に結局助けてもらいたいのかよ。
意外に面倒くさい性格してるな。
「え? 可哀想? 誰がですか?」
「え!? そんなのわたしとお父さんに決まって――」
「あ、それは無いですね」
「はい!?」
ヨウちゃんは恐らく自分が同情されていると信じ切っていたのだろう。そしてその感情を利用し、なんとか窮地を助けてもらおうと画策したのだ。
しかし僕やシュリ、そしてマリルがそんな甘い性格である訳が無い。
僕達はいずれ世界を征服するんだぞ?
そんなホイホイ同情なんてしてたら時間がいくらあっても足りない。人間の人生は有限なのだ。
「あのさー、なんか勘違いしてるから言っておくけど、この問題はアンタらが悪いよ?」
「え!?」
片付けをしていた時の態度と言い、この物言いと言い。
いい加減この勘違い少女の態度に嫌気が差したのか。シュリは僕とマリルも感じていたことをズバっと断言する。
「お金を借りたのはアンタら。そして払うもん払ってないのもアンタら。今後払える見込みがまるで無いのもアンタら。そりゃ金貸しも土地を売って金作れって言うわよ」
「で、でも法外な金利が……」
「その法外な金利で契約したのは君達家族だよね? 契約する前に契約書はちゃんと読み込んだ? もし契約書に書かれていないのにそんな法外な金利を払い続けたのだとしたら、それはただの馬鹿だ。病院に行った方がいい」
まさか自分が責められるとは夢にも思っていなかったのだろう。
僕らのキツい言葉を聞き、ヨウちゃんはみるみるうちに涙目になっていく。
「弁護士には相談しました? 街の衛兵には? お金を作るために宿を立て直す努力は?」
詳しい事情を知ったら、同情し、慰めてくれ、励まされ、そして味方になって助けてくれる。
きっとそう信じ込んでいたに違いない。
自分は悪くない。自分は被害者。自分は救われるべき存在。
確かにヨウちゃんはまだ子供で、自分が産まれる前の借金の事なんて関係が無い。そういう見方もある。
だから違う角度から見れば彼女も被害者であると言えるのかもしれない。
だが残念。
僕達は正義の味方でも無ければ弱い者の味方でも無い。
自分達の信念の味方なのだ。
「という事で、借金問題の解決をアタシ達に期待するのはやめなさい。自力で解決するために碌に行動もしてないのに他人に助けられようだなんて不快だわ。虫唾が走る」
そしてヨウちゃんは泣いた。
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ハルトとマリルは基本的に子供が泣くのを見るのが嫌いです。
なので(勘違いでしたが)生前の母親がデザインした不気味な部屋を頑張って褒めようとしました。
今更センスの無さを指摘してもどうにもならないからです。
しかし今回は、被害者意識の塊である勘違い少女を泣かせてでも事実を指摘しました。
これはまだ意識次第でどうにかなるかもしれないからです。
ハルト達にはハルト達なりの価値観や正義があり、それに殉じてヨウちゃんを泣かせた。そういうお話でした。
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