第14話 偉大なる一歩

 少し遅めの夕食の時間。

 今日のメニューはシチューであった。


 宣言通り宿に帰ってこなかったアインを除く僕ら四人は、会話も忘れてスプーンを動かし続けている。


 やはり最高に旨い。


 クリーミーで濃厚な旨味のあるルー。それでいて野菜の味は隠れることなく、それぞれがハッキリとした主張を僕らの味覚へ伝えてくる。口に入れれば口に入れるほどこのアクセントが癖になり、スプーンを動かす手がどんどんと加速していく。


 まったく、この宿は食堂もやっているらしいのに何故誰も食べに来ないのだろう。近所に住んでいながらここの料理を食べないのは人生の2%は損している。


 そしてシュリの四杯目のおかわりを持ってきてくれたヨウちゃんの父親――ヨランさんは、突然僕らへ向かって深々と頭を下げた。


「申し訳ありません皆さん。娘がご迷惑をお掛けしたみたいで」


 それを見た僕らは大変名残惜しかったが仕方なしにシチューを食べるのを中断し、笑顔で言う。


「良いよ良いよ気にしないで。勝手に事情を調べてそれを話していた僕らも悪かったさ」

「そうそう。子供のやる事だしね。アタシ達は全然気にして無いよ?」

「はい、むしろただの事実で正論だったとは言え、ヨウちゃんには少しキツイ言い方だったかもしれません。後で慰めてあげないと!」


 唯一先程何があったのか知らないシュカが首を傾げているが、彼には後で説明してあげよう。


「……いえそんな。…………そうですね、この言い方は誠実ではありませんでした。実は、娘が皆様に助けを求めるよう誘導したのは私なのです」


 せっかく僕らが気にしないでと言ってあげているというのに、ヨランさんは深刻そうな顔をさらに深める。


 やれやれ、僕は早くシチューをおかわりしたいというのに。


 周りの様子を伺うと、シュカも同じようにシチューをチラチラと見ておかわりを欲しがっている。……あ、マリルはトイレだな? 

 シュリも早くシチューを食べたいって顔をしているし、どうして僕らが食欲や尿意を我慢してまでおっさんの自己満な懺悔なんて聞かなくちゃいけないんだ。


 誰もそんなのは求めてないよ。


「実は今日、ある噂を聞きまして。昨日冒険者協会に来た新人五人組がそこで大暴れしていったと。そしてその五人組は完全に頭がイカれているが実力は確かだ、とも聞きました。恐らくあなた方の事だろうと思い、あなた方なら私達のこの現状をなんとか打破してくれるのではと……そう思ってしまったのです」


 もしかしてヨランさん、全てをありのまま素直に話す事が誠実さの現れだとでも思ってる?

 だとしたらそれは大きな誤りだ。

 本人達を前にして完全に頭がイカれているなんて言わない方が賢明だよ?

 っていうかそこは普通ぼかすよ?


 だがまぁその噂の五人組は僕達の事でまず間違いは無いだろう。

 昨日の僕達以上に大暴れするとなったら、冒険者協会を木っ端微塵に吹っ飛ばすくらいのインパクトが必要だからね。

 流石にそこまでやるイカれた新人冒険者なんているわけが無い。


「……頭がイカれている? 確かに実力はありますが、うーん…………人違いじゃないですか?」

「ぼくらはこの通り真っ当な人間だからね」

「まったく、失礼な勘違いね」


 だが僕の幼馴染達は全然認めようとしない。

 皆自分は正常な人間だと信じ切っているのだ。

 一体どこからそんな自信が湧いてくるんだか……。


「は、ははは。そ、そうですよね。すいません。私の勘違いでした。そして皆さんが娘に言った言葉でようやく目が覚めましたよ。私はこれから、この宿を再興して自力で借金を返済して見せます!」


 どこか目を泳がせながら三人の人違いだという主張を受け入れたヨランさんは、一転して決意に満ちた表情でそう宣言する。


「おー頑張って。それじゃシチューおかわりで」

「ぼくも!」

「私は少しお花を摘みに……」

「あー、やっぱりこのシチュー美味しーー!!」


 ようやく話がひと段落したらしい事を確認した僕達は、待ってましたと言わんばかりに各々好き放題やる。

 それを見たヨランさんは、柔和な笑みを浮かべながら小さく頷いた。


「かしこまりました。ではついでに、新メニューにと考えているデザートをいくつか持って来ましょう。そういった助け方なら、皆さんも嫌とは言わないですよね?」



~~~~~~~



「おー、綺麗になったね」


 翌日。


 なんだかやけに早く目が覚めてしまったので散歩にでも行こうと外へ出ると、昨日はあれ以来全く姿を見せなかったヨウちゃんがせっせと宿の外壁を綺麗にしていた。


 昨日まではびっしりと苔や雑草、つたといった自生した植物が広がって壁の色すら判別不能であったのに、今では元来の焦げ茶色をした木材の色が露わになっている。


 まだヨウちゃんの手の届く範囲以外には苔や雑草が残っているが、昨日以前と比べると雲泥の差だ。


 きっと朝早くからこの作業を行っていたのだろう。


「お、おはようございます」


 昨日の一件で僕に苦手意識でも芽生えたのか。

 ヨウちゃんは初めて会った時と同じようにたどたどしく挨拶をする。


「おはよう。朝から大変だね」

「い、いえ。少しでも綺麗にしてお客さんに来てもらおうと思って……」


 どうやら父親のヨランさんと同じように、宿を再興する事で借金の返済を行おうと決心したらしい。

 もっと早くからその決断をしておきなよと思わないでもないが、きっと彼らには彼らなりの理由があったのだろう。


 そんな間違いなく大きな偉大なる一歩を踏み出したヨウちゃんを見て、僕はなんだか嬉しくなってしまい滅多にない気紛れを起こす。


「よーし! じゃあヨウちゃんの手が届かない高所は僕がやってあげよう。こんな時くらい高い身長を活かさないとね」

「え!? て、手伝ってくれるんですか……? でも、昨日は……」

「努力する人間を嫌いな人なんていないさ。それにこれは君の為じゃない。身体を動かす事で僕の健康状態を保つためだ」


 僕らも死ぬ気で努力をして、死ぬ気で今を生きている。

 同じように頑張る人を見掛けたら、たまにはこうしてその背中を後押ししてあげようという気持ちが産まれるというものだ。


 それにちょうど近所を散歩でもしようと考えていた所だった。

 散歩が草取りに代わっても何の問題も無い。


「あ、ありがとうございます……!」


 ヨウちゃんはパァっと笑顔を作り、僕に感謝の言葉を述べた。

 僕はそれに応えることなく、壁に向かい無言で雑草を取り始める。


 そうして暫く二人で黙々と作業を続け、ようやく終わりが見えて来たという時に僕は壁を向きながらヨウちゃんに言う。



「それにね? 僕は君達親子をとても気に入ってるんだよ? 組織に今すぐスカウトしたくなるくらいには」

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