第22話 名前
喉から手が出るほど欲しかった、最高のシェフ――ヨランを専属料理人として引き入れる事に成功した僕達は、嬉しさのあまり夕食のコロッケをおかわりしまくっていた。
娘を心配するあまり食堂内をウロチョロするヨランを落ち着ける為に、敢えて仕事をさせたという側面もある。
「おやっさん、俺コロッケ十個追加!」
「アタシも!」
「ぼくは五個!」
……いや、やっぱコロッケが食べたかっただけだわ。
そしてヨウちゃんとマリルが出て行ってから三十分程が経った頃だろうか。
ようやく二人が食堂へと戻って来た。
二人仲良く手を繋いでいるのは大変微笑ましい光景だが、君達そんなに仲良かったっけ?
「ヨウ~~~!!!」
「お父~~~さ~~ん!!」
親子二人が感動的な再開を果たし、お互いに泣きじゃくりながら抱き締め合う。
うんうん、どうやらあの様子を見るにヨウちゃんに怪我は無いようだ。
「ハルト君! 只今帰還しました!!」
「おかえりマリル。疲れたでしょ?」
マリルはなんだか仕事で三徹した後に、半日くらいぐっすり眠った労働者のようにそれはもう晴れ晴れとした表情をしていた。
なんだか出掛ける前よりも肌がツヤツヤしている気もする。
攫われたヨウちゃんを助けに行っただけのハズだが、彼女は一体何をして来たのだろう?
「疲れるだなんてそんな! 試作品の薬やまだ動物実験すらしていない解毒薬も、人間相手に試せてとても研究が捗っちゃいました!」
「そうか、それは良かったね」
試作品はともかく、動物実験すらしていないものを人間に投与するのはマズいのでは?と思わないでもないが、マリルが嬉しそうだから別に良っか。
どうせ被検体はあの二人組だろうし、もし死んじゃっても心は痛まない。
「それで? 情報は手に入った?」
「勿論です! なので、完璧な仕事をやり遂げた私にご褒美をください!」
そう言ってマリルは自分の頭を僕の方へと向けてくる。
昔からマリルは、テストの点数が良かった時や辛い訓練を乗り切った後に、こうして僕になでなでを要求してきた。
なんでもこうされるのが一番心が安らぐのだとか。
今回は実力差があったとは言え、たった一人で二人組を相手し、さらには人質まで取り返してきたのだ。人前だがこうして甘えるくらいは許されるべきだろう。
僕はいつものように、優しくそっと撫でるようにマリルの髪の毛に触れ、頑張ったねと耳元で囁く。
マリルは耳元で囁かれるのが堪らなく好きなようで、こうしてあげないとちょっと不機嫌になるのだ。
「キャーー―ッ! ハルト君大好き―!!」
争い事の直後だからか。
マリルはいつにないハイテンションで僕へと抱き着いてくる。
「ちょっと! なでなではまだ許せるけど、ハグはやり過ぎでしょ! 離れなさい!!」
すぐにシュリが僕達の間に割って入ろうとするが、マリルもなかなかに力がある。
絶対離れないとでも言うように、僕の背中へと回している両腕に思いっきり力を入れ、僕のお腹に顔を
「は~な~れ~ろ~~ッ!!」
「は~な~れ~ま~せ~ん~~ッ!」
僕達の村に古くから伝わる童話『おおきなかぶ』のように、シュリが必死になって
しかし、それでも
しばらくするとシュリに命じられてシュカも渋々参戦し、最後にはアインまで楽しそうだな!と乱入してきた。
結局、マリルが僕から引き抜かれたのはそれから十分後の話だ。背骨折れるかと思った。
~~~~~~
「皆さん――特にマリルさん。娘を救っていただき、本当にありがとうございました」
ヨランは僕達へ向かって、地面に頭をぶつけるんじゃないかと思うくらい本当に深々と頭を下げる。
「いえいえ。ヨランさんとヨウちゃんにはお世話になっていますからね。このくらいお安い御用ですよ」
その言葉を聞き、再度頭を下げる親子。
僕達からしたらこの宿が破壊されようが、金貸しに嫌がらせされようが本当にどうでも良い事だし、助ける気も起きない。
だが、ヨランとヨウちゃんの身の安全だけは確保する必要があると考えていた。
何故なら、僕達は本気でヨランのシェフとしての腕前を欲していたからだ。
ヨランにこれからも美味しい料理を作ってもらう為には、ヨランの身体に傷一つでも付けさせるわけにはいかない。
さらにその大切な一人娘であるヨウちゃんも同様だ。
もしヨウちゃんに何かあったら、ヨランの精神面にどんな影響を及ぼすか分からず、結果としてこれまでのような美味しい料理を作れなくなってしまう最悪の可能性も考えられる。
それにそもそも、ここら一帯の反社会的勢力は僕達が潰す――というか乗っ取るつもりであった。
だから今回僕らがヨウちゃんを助けたのは、ヨランの為でもヨウちゃんの為でもなく、何より自分達の為であったのだ。
救い出す対価もちゃんと頂いたことだし、そこまで感謝してくれなくても構わない。……いや、やっぱりいっぱい恩を感じてくれた方が美味しい料理が出て来るかも。
「お父さん! マリルお姉様は凄かったんだよ? 弓は百発百中だし、何故か最後は女神様~って崇拝されてたし!」
「「「「「「お姉様!?」」」」」
ヨウちゃんのお姉様発言に、僕、アイン、シュリ、シュカ、ヨランが驚愕の表情を浮かべる。
そして僕はたらりと冷や汗。
「マリル。一体君はヨウちゃんにどんな薬を飲ませたんだ!?」
「違いますからね!? 私の活躍を見たヨウちゃんが自ら私をお姉様と敬ってくれているんです!」
活躍だって?
食堂を出て行く前のマリルの様子を見るに、間違いなく現場では血生臭い事態になったはずだ。
それがどうして尊敬に繋がる?
「マリル……。あれだけ洗脳系の薬は使う相手を選びなさいって言っておいたのに……。そう言えば昔から妹が欲しいって言ってたわね」
「もう、シュリちゃんまで!」
マリルと非常に親しい僕達でも……いや、彼女をよく知る僕らだからこそ、マリルはたまにこうしたぶっ飛んだ事をやると理解している。
村にいた頃だって、飼育していた食用の牛に変な薬を飲ませて目から牛乳が出てくるように改造してたし。
「ヨウ! 目を覚ますんだ! こんな危ない人を敬うだなんて、頭がどうかしちゃったとしか思えない!!」
「娘の恩人に酷い言い草ですね……」
「違うのお父さん! わたしはお姉様を強さを見て悟ったの。この世界は強者こそがルールだという事を!!」
あまりにも頑なな様子の娘を見て、天井を見上げるヨラン。
うんうん、折角帰って来た娘がいきなりこんな事を言いだしたら空も仰ぎたくもなるよね。
「ま、まぁ取り敢えずこの話は置いておきましょう。ヨウ、後でお父さんから大切なお話があるからね?」
いつまでもヨウちゃんに構っていると話が進まないと思ったのか。
ヨランはコホンと一つ咳ばらいをし、気持ちを切り替えると僕達に訊ねる。
「それで、ハルトさん。私はこれからも冒険者であるあなた達に料理を作ってあげればそれで良いんですか?」
「うん、基本的にはそうだね」
だが当然それだけじゃない。
「まず一つ誤解を解いておこう。僕達五人は確かに冒険者として登録しているが、その目指すべき場所は別にある」
「……と言うと?」
「世界征服だ! 僕達は世界征服をして歴史に名を刻まれるために行動する。そしてヨランには料理という分野でそれを手助けして貰う」
「カ……カッコイイ……!」
「正気ですか、ハルトさん?」
僕の言葉に、キラキラと輝くような目をするヨウちゃんと、
親子だと言うのに、正反対のリアクションだ。
……ていうかヨウちゃん絶対こんなキャラじゃ無かったでしょ。
本当にマリル薬飲ませてない? ロボトミーしてない?
「勿論、僕らは本気だ。まずはその第一歩として、近日中にここジリマハを僕らの支配下に置く」
「ははは、どうやら私はトンデモない人達の料理人になってしまったらしいですね」
「今後、僕達の下僕……もとい組織のメンバーはどんどん増やしていくつもりだ。ヨランにも何人か料理の弟子を取らせるから、その指導も任せる」
「全て承知いたしました。娘を救って頂いた恩を返すためにも、精一杯働かせてもらいます。ところで、皆さんの組織は何と言うお名前なのですか?」
名前……か。
「わたしも気になります!」
僕達五人はお互いに顔を見合わせ、頷く。
そう、僕らの組織の名前は昔から決めていた。……ほんの、五才くらいの小さな頃から。
僕は、あの頃の懐かしき記憶を思い出しながら万感の想いを込めて言う。
「僕達は、【ニナケーゼ
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ストックしていたお話が尽きたので、次回から少し投稿頻度が落ちます。
就活が終わったらガンガン投稿していくので、これからもどうぞよろしくお願いします。
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