第21話 救出

 泣いても泣いても、涙はとどまることなくわたしの頬を濡らし続ける。

 猿ぐつわをかまされているため声を上げる事も出来ず、わたしの非力な力では男達の拘束から逃れる事も叶わない。

 どうやら男達は人通りの少ない道を選択しながら移動しているようで、誰かが異常に気付いて助けてくれるという淡い期待もわたしはすぐに捨て去った。 


 そもそも、【狂った狂犬】のメンバーに逆らう人物などいるはずが無い。

 奴らは衛兵、そして噂ではヨドン男爵とも繋がりがあり、どれだけ悪逆非道な事をしても全くお咎めなしと聞く。

 わたしはこれから連れて行かれた先での事を考えると、怖すぎて死にたくなる。


 先程は咄嗟に「お父さん助けて」などと言ってしまったが、冷静に考えると助けに来ない方が良い。

 だって助けに来てしまったら間違いなくお父さんは【狂った狂犬】の連中に殺されてしまうから。


 お母さんが死んで、男手一人でここまで育ててくれたお父さんまで失ってしまったら、わたしは正気を保てないかも。

 そうなったら本当に死んでしまおう。


 つい先日、借金を返すために宿を立て直そうと決意したが、どうやらわたし達親子の心変わりは遅すぎたようだ。

 そしてその決心をさせてくれたあの不思議な五人組のお客さん。


 本当に変な人達だったなー。

 わたしに気を遣って無理矢理部屋のデザインを褒めようとするし、でも直前まで泣いていたわたしに追い打ちをかけるようにお説教するし。それで血も涙も無い酷い人かと思ったら、掃除を手伝ってくれるし。


 最後にわたし達のごたごたに巻き込んじゃったのは申し訳ないけど、最後のお客さんがあの人達で良かったかも。

 皆インパクトが強くて一生忘れられそうも無いし。


 わたしの人生がこの後どうなるかは分からないけど、きっともう宿屋の娘には戻れない。だから最後に、お客さんをもてなせて良かった。


 そうして死ぬ間際の走馬灯のように、わたしはこれまでの人生をゆっくりと振り返っていると突然わたしを抱えている背の低い男が動きを止める。


「ん? どうした? いくらガキとは言え、ずっと抱えているのに疲れたか?」


 わたしを抱えていない背が高い方の男が、こちらを振り返った。

 しかし背の低い男は何故自分でも立ち止まったのか分からないと言うように首を傾げる。


「い、いや何故か突然足が前に進まなくなってな。……っかしいな。そんなに疲れてはいなかったと思うんだが」

「ハハハ! なんだぁ? お前ももう年か? しょうがねー、俺が変わってやるよ」

「あ、あぁ済まない」


 わたしを受け取るために背の高い男がこちらへ近付――――こうとするも何故か動けない。


 男達はいよいよパニックになって必死になって足を動かそうとするが、一体どうした事か。足だけがまるで別の生き物にでもなってしまったかのように、持ち主の言う事を聞かない。


「お、おい! お前よく見たらふくらはぎの所に弓矢が刺さってるぞ……!?」

「なにぃ!? って、お前もじゃねーか!! でもいつ刺された!? それもこんな街中で! 痛みもまるで無いし……」


 男達の言うように、二人のふくらはぎには、左右どちらにも少し小さめの矢が突き刺さっていた。

 ズボンは矢が刺さっている事による出血で赤黒く染まり、見ているだけで顔をしかめたくなるほど痛々しい。


 そんな訳が分からないといった状態の男達とわたしの方へ向かって、コツ……コツ……とゆっくりと何者かが近寄って来る足音が聞こえる。


「クソッ、この状態を目撃されたら面倒な事になるぞ」

「よし、もう考えるのダリーから殺そう! 殺してから次の事を考えよう! 仕事中の俺達に近付いて来た向こうが悪い!」


 そんな簡単に人を殺すの!?

 この人達の考え方……やっぱり普通じゃない。


「ふふふふふ。殺す? 貴方達が……私を?」



 ふふふふふふふ、アーハッハッハッハッハ!



 こちらに向かってくる何者かは男達の言葉を聞き、大層おかしそうに笑う。

 しかしこの声……どこかで聞いたことがあるような?


「両足が動かず、けれども痛みは全く無い。不思議でしょう?」

「なっ!? まさかこれはテメェの仕業か!?」


 背の高い男のそんな問い掛けに、相手は答えない。

 その代わりに、相手がいる方向から矢が飛んできた。


 シュゥゥゥーッ  サクッ 


「「え!?」」   


 二本同時に放たれた矢は男達の右目と左目にそれぞれ命中し、眼球を潰す。


「「ギャァァァアアアアアアアアアアッ!!!」


 矢は眼球を潰した先の頭蓋骨に突き刺さっているのか、男達が必死に矢を抜こうともがくも抜ける気配が無い。

 むしろそれが余計に潰れた眼球をぐちゃぐちゃにかき乱す事に繋がり、男達の眼球は見るも無残なグロテスクな状態へと変わってしまっている。


 ……あれではどんな高名な医者でも治療するのは不可能に違いない。


 そして男達の片目を突如失明へと追いやった張本人の姿がようやく見えてくる。

 そこに現れたのは――――


「ヨウちゃん、お待たせしました。怖かったですか? でも私が来たからにはもう安心ですよ?」


 いつもと変わらぬニコニコとした笑顔を纏った、あの奇妙な五人組の内の一人、マリルさんであった。


 たった今、人間の目玉を矢で射抜いたばかりとは思えぬ晴れ晴れとした顔。

 状況的にわたしを助けに来てくれたのは間違いないと思うが、少しわたしはこの人に恐怖を感じてしまう。


「すぐに終わらせますからね? お姉ちゃんが悪者を懲らしめちゃいます!」


 わたしを安心させるためか、力こぶを作りながら優しく微笑んでくれるマリルさん。

 そんな場違いな仕草を見て、恐怖感が更に増す。


「ほら、貴方達はいつまで叫んでるんですか。私特製の薬を塗っていたんだから痛みは全く無いでしょう?」


 そう言って、マリルさんは男達に突き刺さった矢を無理矢理引き抜き矢筒へと回収していく。

 矢を引き抜かれるたびに男達は泣き叫び、失禁し、そして恐怖で気絶する。

 しかし意識が無くなるとすぐさま、マリルさんが何やら注射器を打ち込み意識を強制的に回復させていった。


「人間の目はどうして二つ付いているか知っていますか? それはですね、一個潰されても平気なようにです!」


 ついに足に力も入らなくなったのか。

 地面に倒れ込んだ男達は化け物でも見るような目で、震えながらマリルさんを見詰める。

 そして必死になって腕を這うように動かし、彼女から距離を取ろうと――――


 グサッ


「はい、これで二人共片腕が使い物にならなくなりましたね! 人間の腕がどうして二つ付いているか知っていますか? それはですね、一本潰されても平気なようにです!!」


 マリルさんが手に握った矢を直接男達の腕に突き刺すと、急に男達の腕がピクリとも動かなくなった。


「ふふふふ。これで貴方達に残っているのはそれぞれ右腕と左腕の一本のみ。これでは今後生きていく事すらままなりませんね~。私は優しいですから、一思いに殺してあげましょうか?」


 遂に地べたを這う事すら出来なくなった男達は、残された片目から血涙を流しながらマリルさんに助けを乞う。


「頼む! い、命だけは勘弁してくれ!」

「お願いだ! 俺達には家族だっているんだ!」

「へぇ。今まで散々やりたい放題やっておいて、自分達がやられる側になった途端家族を盾にするんですか」


 今度は懐から先程とは違う注射器を取り出すと、マリルさんは男達の右耳にそれを刺した。


「人間の耳はどうして二つ付いているか知っていますか? ふふふ、もう知ってますよね? それは一つ潰されても平気なようにです!!」


 男達はその言葉を聞き、気が狂ったかのように頭を地面に打ち付けたり、残った片腕で自らの頭部を殴り始める。

 その様子を嬉しそうに眺めていたマリルさんは、パンと一つ手を叩くと、母性すら感じさせるような慈愛の表情を作り言う。


「しかし私も鬼や悪魔じゃありません。今動かない両足、片腕、片耳。それらの機能を完全に回復してあげても良いと考えています。勿論、貴方達の対応次第で」

「何でも! 何でも差し上げます! 金でも、情報でも貴方様の望む通りに!!」

「だからお願いです! どうか、俺達を助けて下さいッ!!」


 傍から見るとマリルさんの言葉は男達への救済に聞こえるが、わたしには悪魔の囁きにしか聞こえない。

 しかしわたしは、そんなマリルさんの男達への対応を見て、少しずつ自分の中の価値観が変わり始めているのを感じた。


 もしわたしに力があったのなら、これまでのように男達に好き放題されなかったのでは――?


 もしわたしに力があったのなら、そもそもあんな法外な金利を払わなくても良かったのでは――?


 もしわたしに力があったのなら、今のマリルさんのように自分の意志を貫き通せたのでは――?


 もし――――もし――――もし――――


「何でも? それは嬉しいですね。ではその言葉に免じて、特別にまず耳を治してあげましょう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「感謝します、女神様。俺達は二度と貴方に逆らうような真似はいたしません」


 そもそも耳の機能を奪ったのはマリルさんなのに、それを治してもらっただけでなんて感謝のされようだろう。

 二人共この場限りの上っ面な言葉などではなく、心の底から感謝し崇拝すらしている有様ではないか。


 まさにマッチポンプ。


 ただ泣き喚く事しか満足に出来ない無能なわたしにもこれだけは理解できる。


 一つは強さが無ければ自分の信念も、そして正義も貫けないという事。

 そしてもう一つは――マリルさんが強さだけでなく。その人心掌握術まで優れているとても凄いお方なんだという事。


「私の愛する人が欲しているんです。貴方達【狂った狂犬】、そしてその上の【黒の黒狼】の情報を。全て、教えてくれますね? 二人共……」


 もう搾取されるだけの弱者としての人生は嫌だ。

 わたしは、自分を……そしてお父さんを守れるくらいに強くなって見せる。

 そのための師はここにいる。

 ならば後は行動するのみ。

 わたしは強くなる。心も肉体からだも。


 目の前の――マリルお姉様のように!

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