第20話 料理人GET

 サクサクっとした気持ちのいい衣の食感。中のトロッとした甘みすら感じる芋の見事な調和

 そしてそれと一緒に食べるホカホカの炊き立てご飯が今日もやけに旨い。


 本日の夕飯のメニューはコロッケだった。


 ヨウちゃんとヨランさんが一日中掃除していたのだろう。

 昨日よりも一段とピカピカになった食堂で、僕達は至高のコロッケに舌鼓を打つ。


 村を出てからは、この夕食を食べる為に一日を過ごしていると言っても過言では無いかもしれない。

 今日だって反社会的勢力を潰しに街に出掛けようとしたけど、夕食の時間に帰ってこられるか怪しいから予定を取りやめたくらいだ。


 それにしても、村にいた頃僕らが食べていたコロッケとは一体何だったのか。

 この味を知ってしまうと、もうあの頃のコロッケには戻れない。


 きっと村のコロッケは収穫したジャガイモをそのまま油に落としてなんとなく作ったコロッケもどきだったのだ。

 そうでなきゃ、これほどの違いは生まれないはず。


 僕らの胃袋はもう完全にヨランさんの料理の虜。

 世界征服のために僕らがこの街を離れる時は、是非ヨランさんにも一緒に付いて来てもらいたい。


 そんな事を思いながら幸せな食事の時間を味わっていると、突然食堂に人が入って来た。

 ……お客さんかな?


「邪魔するぜー」

「おーおー、珍しく客がいるじゃねーか」


 やって来た二人組の男は、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら肩で風を切るように歩く。

 そして僕達のおかわりをせっせと運んでくれていたヨウちゃんの前で立ち止まると、その頭に手を置き言う。


「嬢ちゃん。俺らの言った言葉、ちゃんと伝わってなかったか?」

「あのなー! 俺達はサッサと店畳んで金を返せって言ったんだ!! なに今更商売のやる気出してんだボケ!!」


 男達の一言一言にヨウちゃんがビクビクと怯える。

 異変を察知してキッチンから出て来たヨランさんがヨウちゃんと男達の間に入るも、男達は全く気にすることなく今度は僕達に話し掛けてきた。


「お客さん! 知ってます? この店、たまに鼻くそ入ってるんですよ?」

「ギャハハハハ! そうそう、そのせいで食中毒になって死んだ人もいてな! あれ? その時死んだのってあんたの奥さんだっけ、ヨラン?」


 ワハハハハハ!


「ぐッ…………」 


 状況から見るに、恐らくこの男二人は客ではなく金貸しの人間なのであろう。

 話に聞いていた嫌がらせの現場に、ついに僕達も居合わせたという事だ。


 しかし鼻くそだって……!?


「なるほど。やけに旨い料理だと思ったら、鼻くそが隠し味としていい味出してたのか。これは一本取られたな」

「嘘だろ!? 俺がガキの頃食った鼻くそは全然旨くなかったぞ!? やっぱ一流の料理人ともなれば、鼻くそも旨いのか……!」


 僕とアインが衝撃の事実に戦慄していると、シュカが冷静に指摘する。


「お兄ちゃん、アイン君……。鼻くそってのはあいつらのデマカセだよ……」


 なんだって!?


「クソッ! 僕らの純情な気持ちを弄ぶとは!!」

「一瞬自分の鼻くそをもう一度食ってみようと思った俺達の気持ちを返しやがれー!!」


 いやちょっと待って!? 僕はそんな事これっぽっちも考えてなかったよ!?

 俺達って一括りにして僕まで巻き込むのはやめてくれる!?


「あー? なんだテメェら、俺達に文句あんのか? 俺達は天下の【狂った狂犬】のメンバーだぞ!」

「へっへっへ。ビビったろ? 今すぐ謝ればお前達には手を出さないでやってもいいぜ?」


 【狂った狂犬】?

 なんか狂うという単語が二重に犬に掛かっている気がするが本当にその名前なの?

 絶対名前考えた人バカでしょ。


 普段から情報収集というものを全くしない僕は、当然その名前を聞いたことが無かったがマリルはどうかな? 


 僕が「知ってる?」という視線をマリルに向けると、マリルは困ったように首を横に振る。

 マリルも知らないのかぁ。

 しょうがない、こうなったら本人に聞くのが一番だ。


「僕達この街に来たばかりで良く知らないんだけど、【狂った狂犬】って有名なの?」

「ちっ、この田舎者が! 【狂った狂犬】はな、ジリマハの裏社会全体を支配している【黒の黒狼】から南地区全域の管理を任されてる組織なんだ」

「俺達に逆らった者は例外なくヨドン川に沈められることになる。分かったらその舐めた口の利き方を改めるんだな!」


 なんとご丁寧にも、金貸しの男二人は僕の質問に分かりやすく答えてくれた。

 その説明が確かなら、【狂った狂犬】は名前に似合わずかなり大きな組織らしい。


 そして新たに出て来た【黒の黒狼】については何か知っているかなと思い、再びマリルに視線を送ると今度は嬉しそうにうんうんと首を縦に振る。


 なるほど……。


 僕ら五人はお互いに目を見合わせると、思いがけず転がり込んできた好機に自然と頬が緩む。


「まぁこんなボロ宿に来る奇特な客はどうでも良い。さて、本題に入ろう」

「ヨラン、俺達はな……お頭に命令されて来たんだ」


 吸っているタバコの煙をヨランさんの顔に吹きかけながら、金貸しの二人はゆっくりと語る。


「お前があまりにも金を返さねえもんだからな、金を作らせろってな」

「何度も言っていますが、この宿を潰す気はありません。なんとか宿を立て直してお金は返していきますので、今日の所はお引き取りください」


 しかしヨランさんの言葉を聞いても、金貸し二人は動じない。

 背の高い方の男は煙草の吸い殻を床に投げ捨て、それを靴で踏みつぶすと大きくため息を吐く。


「あのな、俺達も慈善事業じゃねぇんだ。待つのも、もう限界だ」

「宿の経営はボロボロ。なのに宿を潰して土地を売るつもりもねぇ。だったら――――」


 背の低い方の男は言葉を言い終わる前に、ヨランさんの後ろで震えながら状況を見守っていたヨウちゃんを無理矢理抱き寄せる。


「――娘を連れて行く」

「キャァーーーーーッ! やめて!! 離して!!」


 突然の出来事にヨウちゃんが泣き叫んで暴れるがその拘束は解けない。

 ヨランさんは背の高い方の男の肩を掴み、必死になって言う。


「やめてください! 娘は関係無いでしょう!?」

「親子で関係無い訳があるか! それにな、この年頃の女が好きっていう変態は世の中にいっぱいいるんだぜ? 一年もすればここの借金なんて完済できちまう。どうだ、嬉しいだろ?」

「ふざけるなッ! こんなの許されるはずがない!!」

「ん~? 誰が許さないんだ~? あぁ、衛兵に言っても無駄だからな。あそこのお偉いさんにもこの子の客はいるんだ」


 九才の女の子が大好きな変態か……。

 僕には想像も付かない世界だ。やっぱり世界は広い。


 そうして僕が世の中の広さ、奥深さ、難解さを再認識していると、男達はヨウちゃんを抱えたまま食堂から出て行こうとする。


「じゃーなー! もう返せないのに金を借りたりすんなよー」


 ワハハハハハ!


「お父さん、助けてぇーッ!!」


 食堂のドアがパタンと閉まり、室内には静寂が広がる。……否。僕達が食事を進める際の、箸とスプーンがお皿にぶつかり合う金属音だけが寂しく響き渡っていた。


 さて……そろそろコロッケのおかわりをお願いしても良いかな?


 しかしおかわりを調理するシェフ本人が、四つん這いになって泣いているためおかわりは作って貰えそうにない。


「くっ……ハ、ハルトさん! 娘を助けてくれませんか? お金なら、払います! だから――――」

「え? また借金するの? さっきの男も言ってたじゃん。返せないのに借金するなって」


 料理は上手いが、金銭管理はダメダメなんだなぁと、僕は呆れたようにヨランさんを見る。

 そして続けて言った。


「そもそも、僕達冒険者として結構稼いでるから、今更お金は要らないんだよねぇ」


 完全に嘘である。

 冒険者の仕事を頑張るつもりがまるで無い僕らは、依頼なんて全然引き受けていないし、お金はあればあるだけ嬉しいに決まっている。

 しかしこの嘘が、ヨランさんの次の言葉を引き出す。


「なんでも! 私に出来る事ならなんでもしますから!! どうか娘を――!!」


 ニヤッ

 その言葉が聞きたかった。


 僕は好戦的なアイン達に、まだ手を出すなと何度もアイコンタクトで静止し続けた甲斐があったと心の中でガッツポーズを取る。


 マリルなんてあの二人組を今にも呪殺しそうな目で睨み付けてたからね。

 怒れる彼女に待てを強いるのはとても大変だった。


 だがその我慢もここまで。


「マリル。あの二人は君に頼むよ。……シュカも付けた方が良い?」

「ふふふ。いいえ、ハルト君。一人で充分です。むしろ、私一人で痛めつけないと気が済みません」


 そう言うとマリルは一人ふふふふふと不気味な笑い声をあげながら、男達とヨウちゃんの去って行った方へ歩き去って行った。

 マリルならきっと僕の意を汲んで【狂った狂犬】と【黒の黒狼】の情報を搾り取って来るはずだ。


「さて、ヨランさん……いやヨラン。なんでもすると言った先程の言葉に偽りはないね?」

「も、勿論です。娘さえ無事なら私は何でもします!」


 よろしい。

 ならば命じよう。



「ヨラン、君には――――僕達の組織における料理長をやってもらう!」

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