第23話 ニナケーゼ一家①

 僕は選ばれた人間だ。

 周りと比べて寝返りだけでなく、ハイハイ、立つのに加え、喋る事すら早かったと両親が言っていた。

 おまけにルックスまで整っている。


 おままごとやその辺の虫を追い掛け回す事に夢中になっている有象無象とはまるで違う。

 まさに神に祝福された世紀の五才児がこの僕、ハルトなのである。


「なぁハルト~。チャンバラしようぜ、チャンバラ」

「えー? やだよ、アイン強いし」

「なら俺だけ右腕一本で良いから!」

「木の枝で木の幹を切断しちゃうようなぶっ飛んだ奴とはたとえハンデがあってもやりたくない。流石の僕でも怪我しちゃうよ」

「そう言ってお前、俺の剣全部避けるじゃねーか」


 そんな僕の唯一の友にして親友であるアインは、いつもこうしてチャンバラをやりたがる。

 彼は昔から運動能力が高く鬼ごっこやらドッジボールやらを好んでいたが、最近始めたチャンバラには特にのめり込んでいた。


 神に愛されし僕は、生まれつき目が良い。

 そのため彼の大人顔負けの剣速にもなんとか対応出来るのだが、彼は彼で僕の攻撃を全て剣でいなしてしまうためまるで決着がつかないのだ。


 ひたすら二人で当たらない攻撃を繰り出し続けるなんて虚無過ぎてあまりにもつまらない。

 なのに一体チャンバラの何が彼をそこまで惹き付けるのだろう。


「仕方ねえ。じゃあ今日は二人で道場破りにでもいくか!」

「……この村に道場なんてあったっけ?」

「道場はねえ! だが、道場みたいにつえー女がいる!!」


 道場みたいに強い女ってなんだよそれ……。

 アインの言葉を聞いても、僕には全く以てその凄さが伝わってこない。


 それにしても、この僕と対等に渡り合うアインが満足するような強者がこの小さな村にいるとは思えないんだけどな……。


「そいつは寂れた方の教会にいる。そいつを倒して、俺達が村最強だと証明してみせようぜ!!」  



~~~~~~



 村には二つの教会がある。


 一つは世界各地に信徒がいて、世界最大級の宗教団体とされている太陽教教会。

 かつて暗黒に支配されていたこの世界に太陽を創造し、昼という概念を作ったとされる太陽の女神ソラを信仰している。


 特に僕らのような農業が盛んな村や街において大人気で、太陽教を国教として定めている国も少なくない。

 教会もそれはそれは立派な造りで、村一番の権力者である村長の自宅の十倍はお金が掛かっていそうである。

 村の子供達は六才になると、太陽教教会で神父やシスターに勉強を教えて貰うため、僕とアインも来年からはそこに通う事になるだろう。


 そしてもう一つは村人誰もが聞いたことの無いようなマイナー宗教の教会。

 リャキト教と言って、輪廻転生の輪から外れ解脱する事こそが幸せだという教えの宗教である。


 教会は木造建築の小さな建物で、そこかしこに穴が開き今にも崩れそうな外観。

 シスターが一人きりで運営しているらしく、活気もまるで無い。

 おまけに村の外れにポツンと建っている事もあり、村人の中にはその教会の存在すら知らないという者すらいる。


 そんなリャキト教教会の目の前にやって来た僕とアインは、入り口にあるボロボロな扉の前に立ち大声で叫ぶ。


「たのもー!! 道場破りに来た!! 早くここを開けやがれ!!」

「そして僕らと戦いたくなかったら有り金を全部差し出せー!!」


 こんなボロ臭い教会にいる人物がお金を持っているとはとても思えないが、これは様式美という奴だ。

 これで本当にお金をくれるならラッキーだし、くれなくても戦いを避けるための努力を僕達は最大限行ったという事実が残る。


 僕らはただひたすらに破壊と災厄をもたらす存在ではない。

 むしろその逆。優しさと気品に溢れる真のジェントルマンなのである。


 だからこそ、いつもこうして戦いか金か。相手に選択肢を与えてあげるのだ。

 ちなみにこうすることで、両親からのお説教時間が三%ダウンするというデータもある。


「ちっ、出て来ねーな。留守か?」

「しょうがない。こうなったら扉を破壊して中にある食糧を頂いて行こうか」  


 僕らがそんな会話をしていると、背後から突然背後から声を掛けられた。


「山賊かあんたらは!! ったく、珍しく教会に誰もいない時にこんな頭のおかしいガキが来るなんて不運ね。ていうか私んちは道場じゃないわよ! 見れば分かるでしょ!!」


 後ろを振り返ると、そこには四人の子供がいた。


 一人が僕らに声を掛けて来た背の低い黒髪の女の子。

 腰辺りまで長く伸ばした長髪と、整った顔の造形に似合わない目付きの悪さが印象的だ。

 このおんぼろ教会をうち呼ばわりとは、もしやこの女ここに住んでるのか?


 そしてその後ろにいる外見が全く同じ二人組の女の子。

 肩にかかる輝くような白髪と、対照的な褐色の肌。それぞれ瞳の色だけが異なっているが、恐らく双子の姉妹なのだろう。

 一人は僕達に攻撃的な視線をぶつけ、そしてもう一人はもう一方の女の子の陰に隠れながら僕らの様子を伺っている。


 最後の一人は僕と同じ茶髪の髪をした女の子。

 この中で一番背が高い。その体格とどこか余裕のある表情から察するに、多分年上の子ではないだろうか。

 先程から何故か笑顔で僕らを見詰めて来てちょっと不気味。


 そして聡明な僕は、黒髪の子の言葉ですぐに理解してしまった。


「なるほど。君がこの教会のシスターだね。そして道場みたいに強い女でもある」


 この教会にはシスターが一人だけで住んでいると聞いているし、この僕らに気配も悟らせずに後ろを取るその技量。間違いない。彼女こそが村最強の女。


「いや道場みたいに強い女って何よ……。それにそもそも私はシスターじゃな――」


 では後ろの三人組は何者だ?

 シスターはこの黒髪で決まりだし、教会には他に誰も住んでいないハズ…………もしや川で拾って来たのか? 


 そうだ、そうに違いない。

 そう言えばこんな昔話を聞いたことがある。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れて来て中から男の子が生まれたと。


 この三人組の中に男はいないようだが、きっと低確率で女も出てくる仕様に違いない。

 ちくしょう、僕もこの昔話を聞いた時は毎日川で桃が流れてくるのをジッと待っていたのに!

 きっと目の前の黒髪は僕が両親に叱られないよう渋々家に帰っていた夜間の隙を突いて、その間に桃を入手したのだ。それも三つも!!


 育てながら洗脳して信者にするつもりだな?

 クソ、なんて卑劣な。未来ある若者をこんな訳の分からないマイナー宗教に改宗させるだなんて!

 この三人組は僕のだぞ!!


 僕は苛立つ気持ちを押し殺し、努めて優し気な表情を作る。そして憎き黒髪の後ろにいる三人組に語り掛けた。


「今まで辛かったよね? でも大丈夫。本物のお父さんが迎えに来たからね。さぁ、僕の家に帰ろう」

「何言ってんのコイツ……!?」

「ふえぇ、怖いよお姉ちゃん」

「聞いたこともないくらいダイナミックな誘拐宣言ですね……」


 しかし三人組は僕の言葉にちょっと引き気味。

 何てことだ。洗脳がもうここまで進行していたなんて!

 こうなったら大本を叩くしかない。


「よしアイン。黒髪をボコボコにしよう。そうすれば、後ろの子達の洗脳が解ける。そして僕達の家来になる!」

「……? なんかよく分かんねーが、取り敢えず斬れば良いんだな? よし、シンプルで分かりやすい良い作戦だ」

「ちょっとあんた達正気!? なんでいきなり戦う事になるのよ!? 私は嫌よ!? ってか洗脳って何!!?」


 黒髪が慌てながら何かを言っていたが、悪の手先の言葉を真に受ける僕達では無い。

 僕達は洗脳された三人組の為、そして従順な家来と最強の座を得る為に黒髪へ向かって飛びかかった。



~~~~~~



 三十分後。


 そこにはボコボコにされ、地べたに這いつくばっている僕達の姿があった。


「ハァハァ、なんて厄介なガキ共なの。こんなに苦戦したのはシスター以外で初めてよ」


 黒髪は死ぬほど強かった。

 二対一だと言うのに僕達二人の猛攻を全て躱し、さらには僕でも避けられない超スピードの攻撃を仕掛けてくる。


 僕の動体視力ではギリギリ動きを捉えられていたが、自身の身体がそのスピードに付いていけなかったのだ。

 僕とアインは手に持っていた木剣を手刀で粉々にされ、最後は拳で立ち向かったが簡単にのされてしまった。


 黒髪は、そんな敗北者である僕達の顔を覗き込んで来る。 


「どう? 気は済んだ?」


 この女、三十分にも渡り散々僕らをボコった癖に悪びれもせず微笑みやがって!

 くっ、怪我が治ったら覚えておけよ?

 復讐として、怪我の治療費と心に負った深い傷の損害賠償を請求してやるからな。


 しかし、そんなネバーギブアップな闘争心を心の内に燃やしている僕とは違い、アインは清々しい表情をしていた。


「ふっ、殺せ。最強に敗れたのなら、俺達に悔いはねぇ!」


 俺達!?


 ちょっと待ってくれよアイン。

 僕は悔い残りまくりだよ!? どんなに惨めでも天寿を全うしたいよ!?


 昔からアインは自分の意見をさも僕とアイン二人の意見かのように言う癖がある。

 今まではまぁアインの言う事だし……と放置していたが、まさかこんな状況で巻き添えを食らうとは思わなかった。


 やめて黒髪! 僕は良い子だから殺したらきっと地獄行きだよ? 良心の呵責も凄いよ? 絶対に化けて出るからこの先安眠出来ないよ?


 そんな僕の震える子犬のような視線が通じたのか。黒髪は深く頷きながら言う。


「うんうん、なかなかに良い覚悟じゃない。よし気に入ったわ! あんた達を私の仲間に入れてあげる!!」


 と思ったけど全然伝わってなかった。


「ええ!? こんな頭がおかしい奴らを!? アタシ達の仲間に!?」

「ぼ、ぼく達だけで充分だよ……」

「私も男子を仲間に入れるのはちょっと……」


 そして黒髪の言葉を聞き、洗脳された三人組はとても嫌そう。


「よし、なら多数決でその案は否決だね。じゃあ怪我で起き上がれない僕らをそれぞれ自宅まで丁寧に運んでもらおうか」

「ついでに新しい木剣の用意も頼むぜ。あれが無いとチャンバラができねぇ」

「何でこんな偉そうなのよコイツら」

「ボコボコにされたばかりなのに凄い上から目線だね……」

「私達もリンチに参戦した方が良かったのでしょうか?」


 木剣って言うか、ただ拾っただけの綺麗な形をした木の枝だったのだが、まぁそれは秘密にしておこう。

 もし本当に木剣をお詫びの印としてくれたら大儲けだし。


 しかし、ようやくまとまりかけていた話をぶち壊す者が一名。


「好き放題言ってくれるわねあんたら……。シュリ! シュカ! マリル! 何度も言っているでしょ? ボスの言う事は――?」

「「「ぜったい……」」」


 何だその王様ゲームみたいなルールは。

 そして黒髪の独裁者は、今度は僕らをその殺人鬼みたいな恐ろしい目付きで睨み付けてくる。


「あんた達二人も、私が仲間に入れると決めたからには拒否権はないわ。大人しくボスの言う事に従いなさい」


 なんでまだ仲間にもなっていな僕らがボスの命令に絶対服従しなくちゃいけないんだ。理不尽すぎる!

 

 心の内ではそう思ったが、ついさっき二対一でボコボコにされ、生まれて初めてとも言える敗北を味合わせられた僕とアインは、その強引で傲慢な勧誘を拒否出来なかった。


 そうして――――


「という事で、ようこそニナケーゼ一家ファミリーへ! 私が組織のボスであるニナよ! これからよろしくね?」


 僕らは二ナの仲間となった。




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過去話を長々とはやりたくないので、次話で終わらせてさっさと世界征服を進めていきたいと思います。

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