第24話 ニナケーゼ一家②

「ハァハァハァ。や、やっと撒いたみたいだよ……」

「ったく、しつこいんだから! アタシはああいうもじゃもじゃした虫は苦手なのに!」

「凄い数でしたね。三百匹くらいはいたんじゃないでしょうか」 


 僕とアインがニナにボコられてから一年が経った。

 この一年で僕らは遠足にも行ったし、ピクニックもしたし、謎の特殊魔物とも戦ったし、シスターを襲撃して逆に返り討ちにもされた。


 今日はシュリが洞窟を発見したという事で、皆で洞窟探検を行っていた所だ。

 しかし何故か大量の毛虫に襲われ、息も絶え絶えで洞窟の入り口まで戻って来た。


「くそー、俺に任せてくれてたら全部斬り刻んでやったってのに!」

「なにアイン? ボスであるこの私の撤退指示が気に入らないって言うの?」

「い、いやそんなことねーよ! 姐さんの指示はいつも完璧だ」


 悔しそうに洞窟の奥に視線を向けながらボヤくアインだが、二ナの言葉ですぐに意見を翻す。

 アインはニナにべた惚れだからね。彼女にはまるっきり逆らえないのだ。


「あんな黒と黄色の警戒色の毛虫なんて見た事も無いわ。危険な毒を持っている可能性も考えられるからまずは撤退。そうよねハルト?」


 先程の撤退指示の理由を説明しながらいつも通り僕に確認を取るニナ。


 いや毎度のことながら僕に聞かれても困るんだけど……。


 確かに僕は頭脳派タイプだが、だからと言っていつも頭を働かせている訳では無いのだ。

 さっきだって、毛虫の毛を全部毟って村長の広いおでこに貼り付けたらきっと喜んでくれるだろうなぁとかしか考えていなかった。


「……うん、そうだね」


 だがニナがそう言うのならきっと撤退こそが正しい判断だったのだろう。

 僕は深く頷きながらニナの指示を肯定する。


 天才である僕は答えをはぐらかしたりはしない。今回のようにたとえ何も考えていなかったとしても取り敢えずそれっぽい事を言うのが僕の信条なのだ。


「ほら、ハルトのお墨付きよ! やっぱり私の指示に間違いは無いわね!!」

「いやニナ姉の指示は良いとしても、ハルトに先頭を任せるのはどうなの? ハルトったら絶対にわざとあの毛虫の場所にアタシ達を連れて行ったわよ?」

「そうですね。いくつもあった分かれ道を即決即断で一直線に毛虫ポイントへと向かいましたから。撤退する時も帰り道が分からないなんて嘘を吐いてましたし……」

「あ、あはは。お兄ちゃん、ぼくらを強くしようとしてくれるのは嬉しいけど、ちょっとスパルタ過ぎるよ……」

「そうかー? 俺はいつもスリルがあってワクワクするから楽しいけどな!」


 皆僕を全知全能の神だとでも勘違いしているんじゃなかろうか。

 いくら僕でも初めて入る洞窟でそんな真似は出来ないよ? ていうか自ら危険地帯に入り込む度胸など僕には無い。


 しかし、何でも分かってる頭の切れる奴と思われるのはなんだかとても気分が良いのでこの誤解はこのままにしておこう。


「さて、あの危険な毛虫はどうしようか。村長を騙して中に放り込んでみる?」


 洞窟はまだ探索し切っていない。

 せっかくなら隅々までお宝がないか探し回りたい所なので、僕は一つ案を提示する。


「なるほど。それで村長が生きてこの洞窟から出て来られたらあの毛虫には毒が無かったという事になりますね」

「すげえ! やっぱ天才だなハルトは!」


 皆が僕の名案を褒め称えてくれる。

 しかし唯一ニナだけは渋い顔。


「ちょっと待って。もしそれで村長が死んだら目覚めが悪いじゃない。私の安眠に対する配慮が感じられないから、その案は却下。他の案を考えなさいハルト」


 一体どうして僕が二ナの睡眠状態まで考慮した案を練らないといけないのか。

 大丈夫、きっと村長だって村人である僕達の為なら喜んで身を差し出してくれるよ。

 ほら、笑顔で毛虫に囲まれながら昇天する村長の顔が目に浮かぶようだ。


 しかしニナが他の案を考えろと言うならちゃんと考えなくちゃいけない。

 そうしなきゃ彼女は平気で殴って来る。


「…………シスターにお宝があると嘘を吐いて洞窟を先行してもらおう」

「……それアタシ達がシスターに殺されない? あのババア短気だから宝が嘘だったら絶対怒るわよ?」

「そ、そもそも、シスターの場合猛毒を浴びてもピンピンしてそうだしね。囮としては不合格かも……」


 確かにシュリとシュカの言う通りだ。

 万が一にでも死なないために囮を使うのに、その結果囮に殺されるのでは本末転倒である。

 そしてあの常識外れのシスターならば、毛虫の毒に怯むどころか毛虫の踊り食いをしたって不思議ではない。


「シスターと一緒に教会に住んでいる私への配慮が感じられないから却下。怒ったシスターと二人っきりなんて絶対に嫌よ」


 ニナは両親が幼い頃に亡くなっているため、あのオンボロ教会でシスターと二人暮らしをしている。

 昼間は僕達もシスターに勉強を習っているから皆一緒だが、夜はずっと二人っきりだ。

 シスターは大人の癖に怒ると平気で暴力を振るってくるので、その対象がニナ一人っきりになるとニナが死にかねない。


 僕も親友をこんな馬鹿げた事で失いたくはない。ニナの言う通りこの案は却下だ。

 村長もダメ。シスターもダメとなると……


「もう爆破しちゃう? シュカならこの程度の洞窟木っ端微塵に出来るでしょ?」


 最近分かった事だがシュカには魔法の才能があるらしい。

 今はまだ魔法の勉強をしていないからまともに魔法は使えないが、その余りある魔力を暴走させて爆発を起こすくらいは朝飯前だ。


「で、でも失敗したら村の方にまで被害が出るかも……。村長さんのおでこがまた広がっちゃうよ?」

「それにもし本当に宝があった場合、宝も木っ端微塵になっちゃいます」


 村への被害は……マズい。

 村長の毛髪事情はどうでも良いとしても、僕が確実に両親にお説教されてしまう。


 そして宝への被害も……マズい。

 一体何のためにこんな薄汚い洞窟を探検したのかという話になってしまう。


「私のお宝への配慮が感じられないから却下。宝の安全は最優先に考えなさい」


 凄い、うちのボス宝を独り占めする気満々だ。

 そして僕らの安全よりも宝の安全を優先する辺り、うちのボスは欲にまみれまくっているらしい。


 しかし僕の提案する案がことごとく却下されていくなぁ。

 いい加減僕の頭脳でも次の策が思い浮かばなくなってきた。


「ニナ、君の夢はなんだっけ?」

「なにって、歴史に名を刻む事だけど……。何度も言ってるじゃない」


 ニナは歴史に名を残すのが昔からの夢らしい。

 僕やアイン達は歴史に名前なんか残してもどうせ人は皆死ぬんだし無意味だと思っている。

 だがニナは自分の生きた証を世界中に知らしめたいのだそうだ。


「そんな大それた目標を達成するためには、必ず何かを犠牲にしなくちゃいけない。必ずだ。テストで良い点を取るには勉強するための時間を。欲しいおもちゃを手に入れるためにはその代価であるお金を。世の中は等価交換のルールが原則だ。だから――――」

「だから?」


 僕はいつまで経っても見慣れることの無い、殺人鬼のようなニナの眼光に視線を合わせて言う。


「――村長を犠牲にしよう!」

「何でよッ!!」


 だってシスターを囮にすれば僕らがシスターに殺されるし、洞窟を爆破すれば両親に叱られるし。

 もう村長を犠牲にするルートしか僕らに残された道は無いのだ。


「私の右腕ならもっと私の要求を満たす策を考えなさいよ! 私は清廉潔白でいたいの! 清い心と身体のまま天国でパパとママに再会したいの!!」


 なんてわがままなボスなんだ……。

 たとえ本当に村長が死んだとしても、村長を殺したのは毛虫であって、決して僕らでは無いというのに。


 ていうか、


「いつから僕、ニナの右腕になったの? 初耳だよ?」


 ニナケーゼ一家ファミリーにはボスと構成員の二階級しか存在しないと思っていたがいつの間に昇進したのだろう。


 そんな僕の疑問を受け、ニナは少し顔を赤らめる。


「う、うっさいわね! 良いでしょ!! ハルトは何でも知ってるんだから! 組織のナンバーツーは策略家って相場が決まってんのよ!」


 実を言うと何でも知っているのではなく、何でも知ったかぶりをしているだけなのだが。

 そして僕の提案する策なんて全てその場限りの思い付きなのだが。  


「ニナ姉。村長なら大丈夫よ。いつも死ぬなら村人の為に死にたいって言ってるし…………多分」

「そうそう、お姉ちゃんの言う通りだよ。村長さんもこれ以上ハゲなくて済むから安心して逝けるって喜んでくれるよ…………多分」

「この前いたずらでお茶に下剤を入れたんですが、効果が出るまで想像以上に時間が掛かったので村長は毒にも強いですよ…………多分」

「俺なんてこの前素振りしてたら剣がすっぽ抜けちまって危うく村長を殺しかけたぜ? だから村長は死への恐怖に耐性が付いている…………多分」


 流石は村長。皆からの信頼が厚い。

 全体的に願望を語っているようにしか聞こえないが、もしこれが事実なら村長は凄まじい素質の持ち主と言える。

 まさに鉱山のカナリアにピッタリの逸材だ。


「あんた達テキトーな事ばっかり言ってるじゃない。マリルに関しては普通に犯罪だし」

「問題ありません。バレなければ無罪です!」


 きっと村長が薬物の混入に気付いた場合の対処も完璧に考えていたのだろう。

 可愛らしく腰に手を当てドヤ顔をしているマリルは、それはもう誇らしげである。


「姐さん姐さん! 俺はつい昨日、とうとう村長の動体視力では捉えられない速度の剣速に達したんだ! だからもしまたすっぽ抜けても村長はそれを知覚する前に死ぬ! どうだ、凄いだろ!?」

「はぁ……。あんたら全員、もしまともな倫理観のある私がいなかったら今頃捕まってるわよ」


 頭を抱えながらそう言うニナ。


 全員とは失礼な。僕は危ない真似は決してしないから捕まるとしたら僕以外の皆だ。


 そもそも、


「もしそうだとしても、現実にニナはいるわけだからね。仮定の話をしても無意味さ。ニナはいつまでも僕らのボスで僕らのストッパーだ。そうでしょ?」

「……そうね」


 僕の言葉に、いつもの無邪気なものとは違う、どこか達観めいた大人のような笑みをニナは浮かべる。

 これまで見たことの無いニナの珍しい表情に、僕はついドキッとしてまう。


 全く、これで僕が年上好きになったらどうしてくれるんだ。

 しかしそんな青少年の性癖を歪ませるほど魅力的な表情はすぐに仕舞い込み、いつもの年齢相応の笑顔へと変化したニナは僕達一人一人に視線を向けて偉そうに命令する。


「もっと頭を使って考えなさいあんた達! ボスであるこのニナ様の要求を満たす策を!!」




 そうして僕達は結局洞窟を爆破した。


 シュカには出来る限り小さい爆発をと頼んだのだが、やはり制御は不可能だったらしい。

 洞窟は毛虫ごと木っ端微塵となり、その衝撃は村にまで届いた。


 後から聞いた話によると、村では魔王が復活したのではないかと大変な騒ぎになっていたそうだ。


 そしてその日の夜、僕らがそれぞれの保護者から、みっちり叱られたのは言うまでもない。




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えー…………終わりませんでした(絶望)


次話でこそ過去編を終わらせて見せます

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