第25話 ニナケーゼ一家③

「ニナケーゼ一家ファミリーは今日をもって解散よ」


 ある日の事。

 僕達を教会に呼び寄せたニナは、開口一番そう言った。


「それは一年中閉店セールと新装開店セールを繰り返しているポン爺のとこの家具屋みたいな真似を僕らもするって事? 再結集イベントはどうする? 村長の家でも爆破する?」 


 突然のニナの言葉に、僕達は戸惑いを隠せない。

 一体ニナは何を考えて解散だなんて言い出したのだろう。


「んな訳ないでしょ。解散は解散よ。再結集はしない。そして村長の家も爆破しない」

「嘘だろ……!? 村長の家を爆破しないだなんて、どうしちゃったんだよニナ」

「どうかしてるのはあんたでしょハルト! そもそもこれまで数多く計画されてきた村長の家の爆破は、全て私が阻止してきてるのよ!? ていうかどんだけ村長の家を爆破したいのあんた達は!!」


 いつになく真剣な様子のニナをリラックスさせてあげようとしたのだが、ニナは村長の家爆破計画をお気に召さないようだ。

 まぁ僕も本気で村長の家を爆破しようだなんて考えてはいない。

 本気四割、冗談五割って所である。……ちなみに残りの一割は好奇心だ。


「もしかしてニナ姉、アタシ達の実力を見限ったの?」

「そんな……。確かにぼくたちはまだ一度もニナお姉ちゃんに勝てたためしが無いけど、もうちょっとしたらきっと勝ってみせるよ」

「私もニナちゃんに効く毒を開発中なんです。もう少し私達に猶予をください!」


 ニナの夢は歴史に名を刻む事である。

 そしてそんな大それた目標を掲げるに相応しい才能を、センスを、実力を彼女は完璧に兼ね備えていた。


 剣術、槍術、盾術、魔術、格闘術、弓術。

 どれを取っても一級品の実力を前に、僕らは未だニナから模擬戦で白星を勝ち取ったことが無い。


 あの化け物みたいなシスター相手にもいい勝負をしてしまう七歳の女の子は、放っておいても勝手に夢を実現させてしまうだろう。

 むしろ、実力不足である僕達と一緒に行動するのはニナにとっては単なる足枷にしかならない。


 ニナがそう判断して解散を言い出したのではとシュリ達は不安がる。 

 しかしそんなシュリ達の言葉をニナはすぐさま一蹴する。


「そんな訳ないでしょ。私達は最強の組織よ? このままいけば、世界中に私達の名前が轟くのは確実よ」

「じゃあ何でですか!?」


 ニナの張り詰めた真剣な様相を見て、皆もこれがただの冗談話では無い事に気付いている。

 珍しく語気を荒げるマリルの問いに、ニナは少し間を開けて答えた。


「私の方がタイムリミットなの。時間切れ。私はもう、これ以上夢を追いかけられない」


 何故か満足そうな柔和な笑みを浮かべるニナを見て、僕は訳が分からなくて混乱してしまう。


 夢を追いかけられない……?


 これまで夢の為に、シスターのキツイ特訓にも笑顔で耐えて来たニナのセリフとはとても思えない。

 そもそもタイムリミットとは何なのか。


 ニナの言葉を聞いた僕達は、分からないことだらけの現実に言葉を失くす。

 しかしアインだけは、唯一ニナの異変に勘付いていた。


「それは、姐さんの最近の不調と関係あるのか? ここ数週間、姐さんは身体のキレが日に日に悪くなってきていた。この前なんか俺の剣を避けそこなって頬に傷作ってたろ。姐さんの実力ならそんなミスはまず起こさねぇ」

「…………ふふっ、バレちゃってたか。必死に隠してきたつもりなんだけどなぁ」


 ペロッと舌を出すその仕草はとても可愛らしいが、美少女大好きマンの僕ですら今はそれをゆっくりと鑑賞する余裕がない。


 身体の不調……全く気が付かなかった。

 昨日だっていつも通り僕達をボコボコにしてたし、いつも通りシスターと互角の戦いを繰り広げていたから、夢にも思っていなかった。


 しかし身体を壊したのなら、それを治療すればそれで済む話なのでは?

 幸運にもシスターは医者の免許も持っている。シスターならばニナの身体も治せるに違いない。


 そんな僕の考えはニナの次の言葉で打ち砕かれる。


「私、もうすぐ死ぬの。だから私の夢はここまで。ニナケーゼ一家ファミリーも解散よ」



~~~~~~



 五分程、誰も、何も喋れなかった。


 本当に突然すぎるニナの告白を、僕らの幼い心は簡単に受け入れられなかったのだ。

 言葉の意味は理解している。死という概念も六才という年齢の割には充分に熟知している……と思う。

 だが、どうしても認める事は出来ない。

 ニナに訪れる死を納得出来ない。


「あれ? ハルトは驚いてないね? もしかして気付いてた? 流石はこの私の右腕ね!」


 いや、僕は驚きすぎて逆に表情が固まってしまっただけである。

 そもそも、天才である僕以上に天才なニナが本気で隠していた秘密を暴けるわけが無い。


 いつものように、一人で答えを出して、一人で納得してしまっているニナに少し呆れた視線を向けていると、アインが口を開いた。


「もっと都会に住んでる、凄え医者にも治せねーのか? 何なら俺がその医者を拉致してくる」

「無理ね。そもそも私は四才になる前に死ぬはずだったの。それをシスターがなんとかここまで繋いでくれた。詳細は言えないけど、シスターは間違いなく世界一の名医よ。そのシスターが死ぬと言ったら十中八九死ぬ。諦めなさい」

「ニナ姉、そんな昔から……」


 ニナ自身はもう既に覚悟が出来ているのだろう。

 まだ他に道は無いかと模索する僕らへ、キッパリと無理だと告げる。


 昔に比べると大分マシになったが、それでも依然この世界における人の命は軽い。

 無法者だって大勢いるし、危険な魔物だって沢山いる。

 だから、いつ身近な人間が死んでもおかしくない。覚悟だけはしておけとシスターには教えられていた。


 でもまさか、その最初の一人がニナだなんて……。


「そうね、あんた達は私の見込んだ逸材なんだから、私が居なくなってもちゃんと仲良くしなさいよ? そしてこの私を、そしてシスターを超えるの。新しい組織のボスはハルトね。きっと……きっと――」


 自分が死んだ後の僕達の事を色々考えたのだろう。

 ニナは少しずつ言葉が震えていき、遂にはボロボロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 それにつられてシュリ、シュカ、マリルも涙が零れる。


 今日、珍しく教会にシスターが居ないのは、こうなる事を見越して僕達だけの時間を作ってくれたのかもしれない。

 僕もつい泣き出しそうになってしまうが、泣くのを必死に堪えているアインの様子を見て何とか持ち堪える。

 そして努めて笑顔を作り出し、ニナに告げる。


「昔言ったよね。ニナはいつまでも僕らのボスだって。だから僕はボスにならないし、新しい組織も作らない。僕達は、これからもニナケーゼ一家ファミリーだ。せいぜい僕はニナの代役としてリーダーとでも名乗るよ」


 僕の言葉に何度も頷くアイン達。

 それを見て、ニナは泣いたまた笑いだす。


「ちょっと。いつも言ってるでしょ? ボスの命令は絶対だって。ホント、人の話を聞かない奴らなんだから……!」


 僕はこれまで将来の夢や目標というものを持っていなかった。

 だがそれも今日までだ。


「ニナ、君に誓おう。僕は君の意志を継いで世界の歴史に名を刻んでみせる。そして誰も打ち立てたことの無い偉業を成し遂げて、僕の名前だけでなくニナケーゼ一家ファミリーの名を……ニナの名を世に知らしめてやる」

「ぐすっ、ありがとうハルト」


 天才である僕より、更に優れた天才がこの世には居たのだと後世にハッキリと伝える。

 それが、僕なりの親友への手向たむけだ。


「さっすがハルト! 最高のアイディアね! 当然アタシも一緒にやるわよ!」

「ぼ、ぼくも……! ニナお姉ちゃんの夢をきっと叶えてみせるよ」

「ふふふ。これから忙しくなりますね。シスターには本気で私達を鍛えて貰わなければいけません」

「よし! 本気で強くなるからには勉強は捨てる! 難しい事を考えるのはリーダーのハルトに任せるぜ!」


 いや、君は元々勉強を捨ててたよね、アイン?

 宿題を提出した事なんて一度も無いじゃないか。

 そしてその度にシスターにキレられてお尻ぺんぺんされるから、僕達はもう君のお尻を見飽きたよ。


 歴史に名を刻むという目標に向けた行動を早速相談し合う僕達。

 ニナはそれをいつかも見た年齢不相応の大人びた顔で見守る。


 そんな不思議な魅力に満ちた表情と温かな眼差しにふと気付いた僕は思う――――


「ハルト、シュリ、シュカ、マリル、アイン。皆本当にありがとう。おかげで安心して逝けるわ。天国のパパとママにも自慢できる。私、最高の家族が出来たよって!」



 ――あぁ、ニナ。


  やっぱり僕は、君が好きだったよ――。





 その四日後。


 ニナは僕達五人とシスターに見守られながら、穏やかに息を引き取った。

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