第75話 公開処刑⑤

 攻撃を躱し、敵の力を利用したカウンター攻撃を行う。それが僕の戦闘スタイルだ。

 子供の頃はシュリみたいに普通に殴っていたのだが、ある日魔物をパンチしたら攻撃した僕の方が骨折したので軽くトラウマになってしまった。


 すぐに先生が治してくれた骨折と違い、心に負った傷は今もまだ癒えていない。

 その影響により、あれ以来僕は――強敵相手限定で――自分から攻撃を決して仕掛けない紳士な男に進化を遂げたのである。


 今も二振りの短剣を突き刺すような五席の攻撃を全て避けては、たまに腕を掴んで投げ飛ばしたりしている。無論ダメージはゼロ。どうやってこんな化け物相手に勝てばいいんだよ……。


「ちょっと! うちを舐めてるわけ―? さっきから攻撃が全部しょぼいんですけどー! そんなんじゃ簡単に死んじゃうよ?」

「ふっ、子供扱いが嫌なら僕を本気にさせてみるんだね」



 本気になっても――僕に――怪我のリスクがある危険な攻撃は行わないがな!



 あの鉄の柔肌を持つサティと同期って事は、この子の肉体もきっと鋼のように頑丈に決まっている。そんなんにパンチしたら僕の繊細な骨なんかいともたやすく粉砕骨折してしまう。


「ムカー! うちは子供扱いと女の子扱いが世界一嫌いなんだよ! 絶対殺す!」

「女の子扱いはしてないさ。僕はたとえ敵が女だろうが男だろうが殺す時は殺す。そして絶世の美女相手でもスカート捲りする手に躊躇いは無い」

「ハルト、それを自信満々に言うのはどうかと思う」  


 後ろのララが呆れた視線を向けて来る。


 僕に呆れる前にサッサと魔力を回復して五席に攻撃してくれないかな。いくら最強な僕でも気を抜けば普通に死ぬよ?


 五席の攻撃は次第に速く、そして強くなっていく。短剣を使った攻撃だけでなく、蹴り、頭突き、体当たりとなんでもありの獣みたいな戦い方だ。


「ララ、魔法はあと何回使える?」

「使う種類にもよるけど……一回かな。流石に広場全域に魔法を行使したのはやりすぎちゃった」


 先程ヴィリアンに魔力の枯渇を指摘されていたからララに直接聞いてみるとこの返答。

 道理でいつまで経っても魔法での支援をしてくれない訳である。


 まともな攻撃が出来ない僕と魔力が枯渇した魔法使い。一体どうやってこの化け物に勝てというのか。


「それじゃなんでも良いから魔法撃って? 攻撃は僕がこのまま受け流してるから」

「え、でもハルトに当たっちゃうかも……」

「大丈夫、避けるから。僕を信じて」


 アインやシュリなんかは目を閉じたままでも音や空気の流れから状況を予測して戦闘できるらしいが、僕のやり方は違う。

 目の前で相対している五席の瞳に映った光景を見て後ろの様子を把握するのだ。


 神が如き超人的視力を有する僕ならではの技と言えよう。

 いずれはヨウやロロアンナといった弟子連中にも伝授したい。


「うちの目の前で作戦会議とかうざー! そんなん成功させるわけなくないー?」

「成功するよ。だって僕とララだからね」


 イケメンと美女のコンビは絶対に負けないと古来から決まっている。


 躊躇いながらも僕の背後で魔力を練り始めたララを妨害するため、五席が右手に持った短剣を再びララ目掛けて投擲。それをすぐさま掴んだ僕は塔の外に放り投げる。


「あーもう! なんなのその反射神経! 半歩の距離で当然のように掴むなしー!」

「生まれつき目が良いんだ。ちなみにさっきから蹴りをするたびにホットパンツと太ももの隙間から白い無地のパンツが見えてるよ? 下着は意外と大人しいんだね」

「っ!? こ、こここ殺す! うちのファーストパンツを奪った君は絶対に殺す!」


 サティも同じ事言ってたけど君達の間で流行ってんのファーストパンツ?


 流れに乗ってローズのファーストパンツも拝んでおくべきだろうか。……いや初めて会った時そもそも全裸だったな。


 意図した事ではなかったが、都合よく五席が戦闘から少し注意を逸らした所を好機と見たララが魔法を行使する。


「『光越』!」

「――ってうちがそのくらいで攻撃を喰らうかってのー!」


 恥ずかしそうにホットパンツの裾を下げていた五席の行動は攻撃を誘うためのブラフであったらしい。

 ララの手に握られた杖から魔法が放たれた瞬間、スッと鋭い目つきに変わった五席は距離を取りつつ魔法を避けた。


 そして脅威が一人減ったとばかりに薄い笑みを浮かべながらその切れ長の目を鋭くして僕を睨む。

 すると次の瞬間、自身の右手人差し指を左手で強引にねじり切ったではないか。


「一体何を!?」


 突然の自傷としか言えない五席の行動を見て、ララが驚きの声をあげる。


 まさかグロ耐性が無い僕への精神攻撃か?


 五席は切断した指をズボンのポケットに入れると、切断面から噴水のように湧き出る血液を眺めて口を開いた。


「ホントはこれ血が勿体ないから使いたくなかったんだけど、仕方ないよねー! だって全然死なない君が悪いしー」

「噴き出る血が固まった!?」


 ララの言うように、五席の溢れ出た血液はまるで生き物のようにうねり始めると鋭い針のような形で宙に固定される。

 それを手も使わずに操ると、僕の眼球目掛けて一直線に飛ばしてきた。

 当然本体である五席も一緒に攻めて来るというおまけ付き。


「うちは吸血鬼という魔物の因子を埋め込まれた吸血鬼人間。血液の操作くらいお手の物ー!」


 どくどくと、とめどなく溢れ出る血液を使い、攻撃を繰り出しながら次々と針を量産していく五席。

 前から横から後ろから下から。まさに四方八方から襲い掛かるそれをなんとか躱すが、流石に十を超えた辺りから身体に掠り始めて来た。


 頬や腕から僕のいと尊き血が垂れる。 


「アハハハハハハハハ! いい気味ー! うちのパンツを見た罰として死ねー!」


 狂ったように高笑いをあげる五席に集中しながら僕は必死に頭を動かして考えていた。


 如何にしてララの光魔法が付与された剣を拾いに行くか――。


 先程ララが放った魔法は五席を狙ったわけでなく、僕が階段の手すりに暴投した聖騎士の剣に魔法を付与していたのだ。

 狙い通り、現在あの剣には剣素人の僕でも簡単に目の前の敵を殺せそうな強い魔法が込められている。


 油断しきっている五席の隙を突いてなんとか剣を拾いに行ければ勝機が見えるが……。


 しかしここで、突然五席の様子が変わった。


「アハハハハハ……ハ……ハ? なに、この甘ったるい香ばしい匂いは――」

「匂い? そんなのしないけど?」


 いきなり何を言いだしているのだろうと不思議がっていると、五席の様子がどんどんおかしくなっていく。


 攻撃の手が止まり血液の針も地面に落下。頭を掻き毟りながらこちらに視線を向けてくる彼女の瞳は獣のように縦長に鋭い。


 わなわなと震える敵の姿を見てどうしたもんかと僕とララが目を合わせていると、艶めかしい吐息を漏らしながら五席が口を開いた。


「…………せろ……」

「え?」

「……を…せろ……」


 紅潮した頬と物欲しそうな表情はなんだかこんな状況に見合わない謎のエロスを感じる。

 だが彼女の言葉はあまりにも小さぎて聞き取れない。生憎と僕の美しい耳は並外れた聴力までは持ち合わせていないのだ。

 そんな僕の様子を見て苛立ったように地団駄を踏んだ五席は大声で言う。


「だから君の血を吸わせろっつーの!! 最近マズい血しか飲んでなくて腹減ってんのー!」

「え、血? 僕の?」

「だからそう言ってんじゃん! 殺すのはその後にしてやっから早く血よこせー!」


 ゆらゆらとこちらに近寄って来る五席の姿は、女性に襲い掛かろうとする痴漢のよう。

 ここ最近で最大の恐怖を感じた僕はじりじりと彼女から距離をとる。


「いやそれこそ殺されちゃいそうじゃん。落ち着いて? 後でアインの血あげるから」

「だーめ。久し振りに相性の良い血に出会っちゃったらもう止まんないの。大丈夫、痛いのは最初だけー」

「無理無理無理! 僕注射とか嫌いなタイプだから! ほら、ララの血で我慢して!」

「ハルト!? 私を売るの!?」


 いくら吸血鬼の因子を埋め込まれているからと言って本当に血を吸う奴があるか!

 絶対身体が拒絶反応起こすって! 絶対なんか病気貰うって! だから考え直して―!!


「ぐふふふふ、先っちょだけ、先っちょだけでいいから! うちら間違いなく相性抜群だよー?」

「いやー! 僕の大切なアレが奪われる―!!」

「会話だけ聞くとなんか凄いよハルト」


「んじゃあいだを取って傷口を舐めるだけで良いからー! ひと舐めしたら戦いに戻るし!」

「……まぁそれくらいなら」

「なに流されてんのハルト!?」


 いやだって五席結構可愛いしエロいし、舐められるくらいなら別に構わないかなって。

 僕は責任感の強い男。ローズにこの子の事を任されたからには責任もって舐められます!


「んじゃいただきまーす!」


 小さな舌を出しながら僕の頬に付いた傷口に顔を近付ける五席。

 そして躊躇いなくそこを舐めると次の瞬間、彼女はビクビクと小さく震えながら呟く。



「――あ、これヤバいかも……相性、良すぎ…………」



 バタリ


 そのまま白目を剥いて気を失う五席を見て僕は言う。


「――……ふ、勝った」

「これを勝ちと言って良いの本当に?」



~~~~~~



 思いもよらない決着から五分が経過し、塔の下で行われていたヴィリアン、ローズ、ココと七席、八席のバトルも終わりを迎えた。


 ヴィリアンは羽の生えた男に危うげなく快勝。

 両脚と片腕を斬り落とした羽男をこのまま尋問するようだ。隣りにはラトナ軍元帥のモンテフェルトもいて、厳しい表情で男を睨み付けている。


 ローズ、ココも時間は掛かったがツノの生えた女を殺す事に成功していた。

 驚いたのはココの強さ。

 非常に珍しい棒術の使い手として長いリーチでの闘いで圧倒的強さを見せ、ローズが居なくても一人で勝ててしまえたのではと思うくらいだ。

 もしかしてラトナ聖国でヴィリアンとララの次に強いのってココ?


 流石はララの私設護衛団【昼の姉妹団】団長を務めるだけはあるといった所だろうか。

 戦いを終えたココは、遅れて広場に到着した姉妹団のメンバーに指示を出して民衆の避難と状況の鎮静化を図っている。


 そしてヴィリアンは旧友である五席の様子が気になったのか、僕達のいる塔の上に再びやって来ていた。


「流石はあるじ。いとも簡単に七番目セブンを倒すとは。心なしかコイツも満足そうな顔をしている」

「まぁね。なかなか壮絶な戦いだったよ」

「ハルトったらよくそんな誇らし気に語れるね」


 どんな内容だろうと勝ちは勝ちだ。僕は決して謙遜なんてしたりしない。


「そうだ、せっかく戦いに勝ったんだからそれを国民に伝えないとね!」


 ララはそう言って立ち上がると、『大声器』の前に向かい演説の準備を始める。

 聖国中に声を届けられる魔道具『大声器』ならば、戦争だテロだと不安がっている国民に聖王として言葉を届ける事が可能だ。


 無論戦争ムードを霧散させ、不安を解消できるかはララ次第だが、きっと彼女ならば上手くやるに違いない。


 弛緩した雰囲気の中、ローズがニヤリと笑う。


「幹部を三人も片付けたのだ。【混沌の牙】の攻勢もここまでだろう。そもそも奴らのターゲットは帝国。きっと今頃想定外の損失に慌てふためいているぞ」



 …………聞いてないのだがその情報。



 こんだけ大々的に聖国へ攻撃を仕掛けといて目的は帝国なの?

 そういう重要な事はちゃんと事前に言っておいて欲しかったよね。


 するとここで気を失っていた五席が僅かに目を開けて呟く。


「……ふふ、わざわざ十三番目サーティーンを攫ったのは不確定要素である少年達を帝国から引き離すため。今頃帝都では【混沌の牙】本隊が攻勢を仕掛けている頃合いだよ。残念でしたー」


 な、なんてことだ……!? 僕達の帝都が……!!


 しかしそんな僕の衝撃を吹き飛ばす声が。


「ったくこれだから馬鹿は困るぜ。ハルトならその程度の事全部想定済みだ。テメェらは所詮最初っから最後までハルトの手のひらの上で踊っているに過ぎない。そうだろハルト?」


 そう堂々と言い放ち僕達の前に姿を現したのはアインだった。

 封印されていた【最終決戦兵器ハルマゲドン】とやらを自ら解き放ち、一晩中戦っていたクレイジーな男が全て終わってからようやくのご登場である。    


 かなりの死闘だったのか身体中は傷だらけで裸同然の出で立ち。そしてなにより目を引くのはその背中におんぶしている一人の女の子だ。


 どこか五席に似ている小さな彼女は僕達の視線などお構いなしで、アインの首筋をちゅーちゅーしてる。


 僕はそんな意味不明な光景に呆気に取られながらも、条件反射でアインの言葉に頷く。



「……当然じゃないか。奴らが今帝都でなにをしようと問題は無い。全ては計画通りだ」



 この一連の会話がうっかり『大声器』を起動したララのせいで聖国中に伝わり、ハルト達が母国よりも聖国を優先した救世の英雄として認知されたりするのだが……それはまた別のお話。





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お久しぶりの投稿となります。

期間が空いてホントすいませんでした!


カクヨムコンというお祭りの匂いに釣られてモチベが上がったので投稿再開です。

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