第74話 公開処刑④

「あーら避けられちゃった。どーしてかなー? 今ので殺すつもりだったのに」


 聖騎士に擬態していた敵はララの心臓目掛けて一直線に剣で刺突を繰り出した。

 僕は咄嗟にララを自身の後ろに隠し、守る事に成功。


 すると敵は当てが外れたように、兜を脱ぎ顔を露わにして心底不思議そうに首を傾げる。

 手入れのまるでされていないぼさぼさの長い髪と切れ長の目が特徴的な若い女だ。


 先程のララの探知に反応しなかったという事は、コイツは他より遅れてこの場にやって来たのだろう。


 僕は奇襲が失敗に終わった理由を分かっていない敵に優しくアドバイス。


「聖騎士の振りをするなら、まずその拭い忘れている返り血をなんとかするべきだったね。ここに来るまでの間に何人か殺して来たろ?」


 よく見ると右脇腹にほんの少しだが血痕がある。

 これまで僕が目にした聖騎士は全員、鎧が輝かんばかりに手入れされていた。いくら緊急とは言えこんな汚れた格好で、それも殺気を撒き散らしながら聖王の前に現れる騎士などいるものか。


 おまけにに先程一斉逮捕された奴らみたいな【混沌の牙】の魔物混じりと純粋な人間の血色は若干だが違う。天才の僕の目を誤魔化す事は出来ない。 


「あはっ! 君凄いねー! 流石十二と九を殺しただけあるよー! ちなみに私は第五席。あの二人の倍は強いから覚悟してねー?」


「ゼロにいくら掛けても答えはゼロだよ?」

「――っ! うちをあの雑魚共と一緒にするとかちょー生意気ッ!」


 繰り返される連続突きを僕は悉く躱して見せる。

 頭、首、心臓、肺。

 狙ってくるのはそこばかり。どれだけ素早い攻撃でもこれならいつまで経っても当たりはしない。


 僕は注意を少しだけ逸らして、この戦いを見守る重鎮達に指示を出す。


「モンテフェルト! 君はララを除くここにいるメンバーを連れて広場に降りるんだ。幹部は恐らくコイツだけじゃない。敵は正攻法による属国化を諦めて武力でラトナを支配しようと動くよ」

「なんですと!? ――承知しました! さぁ皆さん行きましょう、広場で民衆を守るのです! 聖王様、そしてハルト殿もご武運を!!」


 視線を目の前にいる五席に固定したまま手をひらひらさせて返答。


 【混沌の牙】の目的は当初、帝国へ戦争を仕掛けさせる事だと考えられていた。

 突然戦争になれば帝国内部も足並みが乱れ、帝国内部できな臭い動きを見せる【混沌の牙】がより一層動くやすくなるからだ。


 しかし肝心の聖国での行動はあまりにもお粗末なモノが多い。


 国外から無理やりサティを攫ってテロの実行犯に仕立て上げた点。

 聖王ララを捕えておきながら特になにをさせるでもなく生かしておいた点。

 最高戦力のヴィリアンを城内での監視のみに留めていた点。

 計画を敢えて敵側に洩らしたといっていいレベルで情報管理が杜撰な点。

 そして僕という異分子をララの近くに張り付かせ、『大声器』を使った演説まで見逃した点。


 他にも幾つか疑問点があるが、ここから敵はわざと僕らに計画を阻止させたという推測が浮かび上がる。

 敵の企みを阻止した事でホッと安堵する僕らの心の隙を突いて、聖国の中心人物ララを殺害するつもりだったのだ。


 ララを失って瓦解したラトナを後から美味しく頂いてしまおうとするとは下衆な奴らめ。

 巨乳美人お姉さんのララは絶対に殺させやしない!

 てかそもそもラトナ聖国は僕達のモノだぞ!!


「ふぅーん、君はあの化け物パーティーのリーダーで頭脳役って聞いたけど、意外と動けるじゃん。身体の動かし方はまだまだだけどッ!」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、五席は手に持っている剣を僕――いや直線上にいるララの顔目掛けて投擲。


「ララの綺麗な顔に傷は付けさせないよ」 

「ふぇっ!?」


 なんだか変な声が後ろから聞こえてきた気がするが今は忙しいので無視。

 僕は半身になって凄まじい速度で飛んでくる剣を避けつつ顔の近くを通過する柄を手に握る。そしてこの隙を突いて鎧の背中側に隠していた短剣で斬りかかって来る五席。僕は彼女目掛けて逆に剣を投げ返してあげた。


 って重たっ! 剣ってこんな重いの!?


 木剣しか握ったことの無かった僕は想像の三倍くらいある剣の重量に変な声をあげそうになる。

 肩でも外れるんじゃないかと錯覚する痛みを堪えながら放った剣は、何故か五席の身体から大きく右に逸れて奥にある階段の手すりに突き刺さった。



 ……………………ミスった。



「あれー投げミスー? それともー武器なんて要らないっていう馬鹿なプライド?」

「――ふっ、分からないならそれでいいさ」


 両手に持ったそれぞれの短剣で僕に再び攻撃を繰り出し続ける五席は、僕の暴投を見て意味が分からないみたいな顔をする。


 僕だって意味分かんないよ……。イメージではもっとスタイリッシュに決められるはずだったのだ。


 まぁ天才としてそんな恥ずかしい事は言えない僕は、計画通りですがなにか?みたいなドヤ顔でミスを誤魔化す。

 すると次の瞬間、器の小さい真似をする僕を咎めるような大声が塔の外から響き渡った。


「こんのクソアマァァァアアッ!!」


「え、僕!?」

「……少なくともハルトではないんじゃない?」


 思わず漏れた僕の呟きに対し冷静なツッコミがララから繰り出される。

 声のした方へ振り返るとそこには黒い翼を生やした人外じみた大男が空を飛んでおり、そしてその肩の上にはツノを生やした小柄な女の姿。


「一人で先に行くなと言っただろうがぁぁああッ!! 計画にない行動を取るなぁあああッ!!」

「あ、ヤッホー! 七と八! もう始めちゃってるよー!」

「オレ達がどれだけ探したと思ってるんだボケエエェェエエッ!!」

「うんうん、無駄話は聖王と少年を殺してからねー!」

「聖王は生け捕りだと言っただろうがぁぁあああッ!! せっかく生きてたんだから殺すなぁぁああッ!!」


 ……この人達、もうちょっと近付いて会話してくれないかな。近所迷惑というものを考えた事は無いのだろうか。


 ていうか生け捕り? コイツらってララを殺して聖国を乗っ取るのが目的なんじゃないの? もしや僕の名推理が間違ってた?



 ――……ヤバい、状況が複雑すぎて頭が混乱してきた。



 話を聞いてるんだか聞いてないんだか分からない五席は拗ねたように唇を尖らせ、大男に聞こえない声で言う。


「ふーん、うちの方が番号上なんだから偉そうにすんなしー。それにうちが来た時にはもう死んでましたって報告すれば問題ないじゃん! うちあったま良いー! よおっし、じゃあ殺し合い再開しよっかー!」


 考えても考えてもこの複雑な状況に対する答えが思い浮かばない。

 ま、まぁ僕が理解出来ないならば誰一人として状況を理解して動いている者はいないだろう、うん。


 頭を働かせるのが面倒になった僕は今持てる切り札を全て投入する。


「ローズ」


 そう呟いた瞬間、


「――あいよあるじ


 僕の目の前にローズ、ヴィリアン、ココの三名が転移して来た。


 ローズはぶかぶかの上着の下に幾つもの暗器を隠し持ち、ヴィリアンはララの光魔法が付与された大剣を握り、ココは身長より少し低いくらいの一本の長い棒を抱えている。

 激しい戦闘の後なのか、服には埃と返り血が飛び散っていてとってもバイオレンス。美少女・美女好きの僕をしてあまりお近付きになりたくない見た目だ。


「相変わらず完璧なタイミングだな主。今ちょうど最後のテロリストを殺した所だぞ」

「まるでこちらを監視していたかのようで恐ろしいですわね。でもまだ仕事が残っているみたいでなによりですわ」

「少しくらい休憩よこしなさいよ変態! ま、お姉様に近付く男と敵なら喜んで殺すけど!」 


 この三人にはローズの転移魔法を活用してナブーナ広場以外のテロ現場を抑える遊撃部隊として動いて貰っていた。

 現場を担当していた【昼の姉妹団】メンバーの実力を僕は知らない上、間違いなくいるであろう幹部がどこに現れるか分からなかったからだ。

 どうやら大した問題もなくテロリストは処理出来たようで、まだまだ気力が満ち足りているのが見て取れる。


「ごめんごめん、アインが居なくて困ってたんだ。ヴィリアンは羽の生えた大男を、ローズとココには肩に乗ってるツノ女を頼むよ。容赦なく殺していいからね?」

「了解ですわ! 聖国最強の姿をハルトにもお見せしましょう!」

「ったく、仕方ないわねー。確かにあのデカい男には相性悪いし、変態の頼みを聞いてあげる」


 如何に天才の僕とて【混沌の牙】幹部三名を一度に相手取るのは困難だ。

 戦いながらもララの護衛の気を抜く訳にはいかないし、そもそも僕は頭脳担当。こうした荒事はあまり得意じゃない。


 ここにアインがいれば話は違ったかもしれないが、彼は無駄に封印を解いた怪物と戦っている。ここに来て戦力を出し惜しみしている余裕なんてないのだ。


「ヴィリアン、ココ、二人共くれぐれも気を付けて。私とハルトもコイツを倒したらすぐ駆け付けるから」

「ふふっ、ララったら。そんな魔力の少ない状態で何を言っていますの? むしろわたくしが応援に駆け付けてあげますわよ」

「お姉様……! 私もすぐにアイツを殺して来ます! なのでどうか無理はなさらずに!」


 幸運な事に大男もツノ女も強者同士の戦いをお望みのようで、ご丁寧に地面に降りて二人を待ってくれている。

 よし、これであっちの第七席と第八席は大丈夫だろう。どっちが七でどっちが八か知らないが、どうせすぐ死ぬ運命だ。気にする必要は無い。


 しかし何故かローズはこの場に留まり五席に話し掛ける。


七番目セブン、お前生きてたのか」

「あれー? そういう君はもしかして六番目シックスー? うわ久しぶりー元気してたー? 相変わらず胸無いねー!」

「うるさい。貴様ここに何しに来た? 目的はなんだ」


 どうやらこの五席もサティやローズと同じ改造実験された女の子の一人らしい。

 どこか気安さを感じさせる会話からローズは【混沌の牙】の目的を聞き出そうと試みる。


 にしても第五席なのに七番目セブンってややこしいな。


「目的? うーん、この国を貰っちゃおうかなって! やっぱ自分達の居場所があるって良いじゃん? それにボスの命令だし―」

「よくもまぁ、あたし達を誘拐して改造手術までした奴にいつまでも従っていられるな」


「……それは六番目シックスに与えられた能力が御しやすいから言えるセリフじゃなーい? うちもハルも外では生きていけない」

「ふん、その程度あたしのあるじならどうとでもしてくれるぞ。くだらん理由で現状に妥協するな。こっちに寝返れ七番目セブン。妹と一緒に」


 いや僕に意見も求めずに勝手にスカウトするのやめてくれないだろうか。

 こんなお散歩気分で人を殺す殺人鬼が仲間にいても扱いに困る。

 そして面倒事を全部僕にぶん投げるのはアイン達の真似かな? 勘弁してくれ!


「ふーん、興味なーい! うちとハルはここにしか居場所がないの。そもそもうちらは強い者にしか従わなーい」

「そうか……なら問題無いな。あたしらと別のベクトルであるじは強い。――また皆で風呂にでも入ろう」


 ローズはここでくるりとこちらに振り向き笑顔を見せた。


「それじゃあるじ、そういう事だ。あたしの同期を頼む!」

「………………あ、はい」


 なんかよく分からんが頼まれてしまった。どうしよう。


 まぁ大事な仲間であるサティとローズの同期兼友達と言うなら仕方がない。これっぽっちも策は無いし、やる気も無いがやるだけやってみようか。

 問題はどうやって五席に僕を認めさせるかだけど……僕の天才性とカリスマ性があれば自然と認めてくれるに決まってる。問題は無い。


 五席は手に持った自分の短刀を使って身に纏う鎧を切り裂く。そしてそれをそそくさと脱ぐとファイティングポーズを取る。

 どうやら鎧の中は熱いらしく、五席は最低限の胸当てとホットパンツ姿で裸同然の出で立ちだった。



 ……………………エロい。



 これは是が非でも我がニナケーゼ一家ファミリーに迎え入れたい人材である。急にやる気が出て来た。


「さーてお邪魔虫も消えたことだし――――早速死ねぇッ!!」


 攻撃を躱しながら僕は気怠げに言う。


「はぁやれやれ、未来の上司にその言葉遣いはマズいんじゃない?」



 第二ラウンドの開幕だ。

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