第73話 公開処刑③

『僕は君達にテロを仕掛けた帝国からやって来た――!』


 肝心の第一声を聞いた民衆の反応は――――


「ぶち殺すぞー!」「死ねー!」「なにしに来やがったクソ野郎」「わざわざ宣戦布告か!?」「俺らの聖王様に近付くなー!」「こいつも死刑にしろー!」「か、え、れ! か、え、れ!」


 ――――燦燦さんたんたるものであった。


 なんだよ、コイツら口悪すぎかよ。ここは罵詈雑言なんでもOKの地下闘技場かなにかか? あまりにも無法地帯過ぎる。


 無実の罪のメイドを捕える前にコイツらを逮捕しなよと聖騎士には言ってやりたい。

 思わず語気を荒げて言い返したくなる気持ちをなんとか堪え、頬をピク付かせながら言葉を続ける。


『君達の言いたい事は分かる。なんの前触れもなく虐殺を仕掛けた敵国の人間がどのツラ下げてここにいるのか。もっともな意見だ。だけど僕は――――君達の味方だ』


 予想以上に反感を買ったが掴みはバッチリ。

 『大声器』越しの声ならどれだけ騒がれても、聞く耳持たれなくてもちゃんと民衆に言葉が届く。


 だからこそ、最初にマイナスイメージを持たせてここからプラスイメージに転ずる『下げて上げる作戦』が使えるのだ。

 ちなみにこの作戦は、ある宿題を一切やらない剣好きの男の子が気紛れに一度だけ宿題を提出した際、先生や幼馴染全員参加の祝勝パーティーが急遽開かれた事から僕が考案した。


『まずは自己紹介しておこう。僕はハルト。Aランク冒険者にしてジルユニア帝国第三皇女ミナレーゼのマブダチでもある。僕らは二人でケーキを食べたり恋愛相談をしたりするほど親しい間柄なんだけど、ある日彼女が珍しく頭を下げて僕にこんな依頼をしてきた』


 Aランク冒険者という肩書き以外嘘百パーセントという世界でも稀に見る純度の高い虚言を展開していく僕。

 広場に広がった観衆と僕の背後にいる重鎮達は、僕が皇女を呼び捨てにした事で驚きの声を上げていた。当然、僕がなにを話すか知らなかったララも同様だ。


『――第一皇女ユニアリアが次期皇帝の座を手にするための成果としてラトナ聖国を属国にしようとしている。ハルトには我らの親しき隣人の平和と未来を守る為に動いて欲しい――と』


 ナブーナ広場全体が大きくざわめく。

 少し後ろの様子を伺ってみると、宰相サバイアは僕の言葉に困惑しきりだ。


 彼としてはテロを帝国による仕業にして戦争を仕掛けたかったのだから僕の言葉は歓迎するべき。だがどうにも嫌な予感が拭えないという様子に見える。


 まさしくその感覚は正しい。


『今回仕掛けられたテロはその為のものだ。私欲のままに他国を蹂躙し他者を支配するなんて愚行、ミナレーゼと同じく僕も容認出来ない。故に! 僕は、この美しい水の都ラトナに来た! テロを……そして悪を断罪する為にッ!!』


 そこまで言って僕はララにアイコンタクトを送る。すると一度苦笑したララはコクリと頷き『大声器』の前に立って僕の発言を保証する。


『皆さん、彼の言っている事は真実です。私の親衛隊である【昼の姉妹団】と一緒に今も彼の仲間はテロを防ぐために全力で動いてくれています!』


 親愛なる聖王様のお墨付きが出た事で、観衆は目を輝かせて僕を称え始めた。

 男達はなかなかやるじゃねぇか兄弟みたいな顔でうんうんと頷き、女達はイケメンな僕に黄色い声をあげる。


 この反応を見るに、貴重なお小遣いを使ってまでサクラを紛れ込ませた意味なかったかなと少し微妙な心情だ。


 コイツら一瞬で手のひら返しやがって。僕やサティに罵声を浴びせた事は一生忘れないからな……!


 テロを行なったのは帝国・・ではなく皇女ユニアリア・・・・・・・なのだと周囲に認知させた所で扇動は次の段階に移る。


『悪の皇女ユニアリアの所業はこれだけじゃない! 今処刑されようとしているサタ……サタレストランチ……サタレスティンチョラ……サタ――――彼女も! 被害者の一人だ!!』


 サティの偽名を全く思い出せない僕に、隣りにいるララが『サタレスティラントチョだよ』と優しく教えてくれるがそんなの一瞬で覚えられるか!!

 誰だよこの無駄に長くて言いにくい名前考えた奴は。あぁ、僕か。


 もうちょっと覚えやすい名前にしとけば良かったなと後悔していると、先程この名前を見事読み上げた法務大臣ヴェスコンティが後ろから勝ち誇った視線。

 なんだか負けた気になって悔しいので、気付かないふりをして悲劇の少女の物語を語る。


『彼女は帝国のある農村の娘だった。何の変哲もない、ただの村娘。それがある日突然奴らに攫われた。そう――ユニアリアの配下であり先程聖騎士に捕まったテロリスト達だ。彼女は奴らに違法な実験と改造手術を施され、性格と感情すら奪われてしまった。そしてユニアリアにこう言われた。ラトナの民衆を殺して来い。もし逃げたら体内に仕掛けた呪いを発動してお前を殺す、と』


 ユニアリアのセリフ部分は感情たっぷりに、ねっちこくて嫌味のある喋りを演じる。

 僕の名演技の甲斐もあってか、すっかり僕を自分達の味方と思い込んだ愚民共はこれまでサティに向けていた憎悪の視線を仕舞い込んで同情の眼差しを向け始めた。


 ララの凄まじい攻撃魔法が直撃してもかすり傷一つない異常なサティの姿を見て、話が真実であると実感したのかもしれない。

 やはり本気の嘘にはほんの少しの真実を混ぜ込むに限る。


 横にいるララは『よくそこまでやるね』と少し呆れ気味。こちらこそ『よくこんな簡単に騙されるよね』と言いたい所だ。


『しかし結果はご覧の通り。彼女は命令を果たせずに捕まった。何故か! 聖国民の君達には知る権利がある。彼女を聖国に招き入れたある人物が裏切ったのだ!』


 つまりは聖国側の人間がこの件に関わっていると言外に告げる。


『サムレスタイムラッキョ、君の口から真相を聞きたいな』

「サタレスティラントチョだよ、ハルト(小声)」


 どっちも似たようなもんじゃないか。現に、観衆は違和感に気付いていない。


 僕の言葉を受けて、先程の毛布係が焦ったように予備の『大声器』を持ちサティの元へ走る。

 元々死刑執行直前に罪人による懺悔の声を観衆に届ける手筈であったから対応もスムーズだ。


 手足にそれぞれかせを嵌められたサティの口元に毛布係が『大声器』を差し出す。



『あぁ~! やめ、やめてくださいご主人様! これ以上酷い事しないで! キュウリを……鼻の穴に突っ込まないで~ッ!!』



 世界の時が止まった。



 まるで自分だけが世界から取り残されているんじゃないかと錯覚するような悪寒が僕を襲う。

 人がせっかく愚民共を洗脳――いや扇動――いや説得していたというのに、このメイドは空気を読むという事を知らないのか。


 サティは本当に鼻にキュウリを突っ込まれてるのではと思わせる名演技でうめき声をあげ、ふと我に返る。


『はっ!? 夢……なの? またあの悪夢を見てしまいました。あの皇女から受けた拷問の日々は永遠に私を苦しめる……』


 そして急に設定に準じたキャラクターを真顔で演じ始めた。

 もうこのメイドの急転直下なテンションには付いていけないよ……。


「拷問だって!?」「なんて酷い」「第一皇女は人類の敵だ」「可哀想」「あたしならそんなの耐えられないわ」「頑張れ! 過去に負けるな!」「ユニアリアは死ね!」「ユニアリアこそ人類の癌」


 しかしサティの言葉を都合よく捉えてくれた観衆は、PTSDトラウマを抱え今も苦しむ彼女を応援ムード。


 いやキュウリを鼻に突っ込む拷問ってなんだよ……。


 きっと観衆達も場のムードに酔ってしまったに違いない。


『あぁ、このままでは私は殺される。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。お前だ! 皇女にテロを唆し、国と国民の命を対価として聖王に成り代わろうとしたお前が何故私を裏切る! 宰相サバイア!!』


「「「「「ッ!?」」」」」


 鬼気迫る迫真の演技をするサティは遂に売国奴の名前を明かす。

 当然ナブーナ広場は驚きの声に包まれるが、これまでの奴の功績がその言葉を簡単に信じさせない。


 一度は顔を真っ青にしていたサバイアも、観衆の様子を見て安堵している。


「なにを馬鹿な事を! この私が裏切り者とは、死ぬ寸前まで笑わせてくれますなあの罪人は」


 ここで再び僕のターン。


『ここに、ある契約書がある。宰相サバイアの自宅の金庫に保管されていたものだ。内容はテロの手引きをする事で得られる対価について。ふむ、莫大な金貨と……聖王ララ様の身柄か』

「んなっ!? し、知らん! わしは知らんぞ! そんな契約書出鱈目に決まっているだろ!」


『こっちはテロリストから渡されたらしい計画書だ。なになに……本日の死刑執行後、ナブーナ広場を含めた計五カ所で国民を千名ほど殺す。その後サバイア主導で帝国へ迅速に宣戦布告を行なう。サバイアは一時的にメルト共和国へ逃れ、ラトナが属国になり次第帰国。ユニアリアが皇帝になった暁にはラトナの統治を任せる、と。へぇ……凄い計画だね宰相?』


 昨日の夜中にローズとココが苦労して集めてくれた証拠の二つを民衆に見えるように掲げながら読み上げる。

 本当はユニアリアの文字はなく、【混沌の牙】が帝国を乗っ取った後云々――と書かれているが、民衆に分かりやすいよう全ての責任と罪はユニアリアに押し付けてしまえ。


 明確な敵は一人いればそれで良いのだ。


 すまないまだ会った事もない皇女よ。君はラトナにおいて大罪人となってしまった。ラトナに旅行する時は気を付けた方がいい。


 サバイアは『大声器』の前に慌てて飛び出し、事態の収束を図る。


『他国の人間の虚言を信じてはならぬ! 全てはわしを陥れるための罠だ! そうだ、貴様もテロリストのグルだな? 聖騎士はこの男を捕えろッ!!』


 諦めの悪いサバイアに、僕は追加の証拠を提示しよう――としたらラトナ軍元帥のモンテフェルトが前に出た。


『ここ数日、軍に宛てられる命令書に私は違和感を抱いていた。命令書には必ず聖王様が署名を行うというルール。しかし――! テロ関連の命令書は何故かいつもの署名と違うのだ。筆跡はよく似せてあったが……筆圧が違い過ぎる!』


 援護射撃はとてもありがたいが、そんな些細な違いにどうやってこの男は気付いたのだろう。

 僕も他の重鎮達も民衆も、そしてララもちょっと引いてる。


『いつもの聖王様はもっと母が子を抱くような優しさで、愛を込められた署名をされている。だが今ようやく分かったぞ! サバイア、貴様命令書を偽造していたな!!』 


 ドッペルゲンガーは記憶を複製出来ても、その身体能力までは真似出来ない。つまりララの何十倍も強い腕力を有する魔物にララの署名をさせたのが過ちだったのだ。


 恋心は想い人の筆圧すら判定出来るのかと、僕はある種の感動を覚える。

 僕もいつか……おへその形だけでリセアを認識出来るようになりたい!


『ふざっ、ふざけるな! わしはそんな事していない! 聖王様! 貴方からもなにか言ってやってください』


 この男はこの期に及んでまだララが偽物であると思ってるのか?

 いや、ここまで追い込まれると僅かな可能性に賭けて生き残りを図るしか道は無いのだろう。これでララがドッペルゲンガーのままだったら、確かに逮捕されるのは僕とモンテフェルトになっていた。


 でもここにいるのは本物のララ。

 Gカップで処女で黒パンツの聖王ララだ――!


『ハルトさんの出した証拠を本物と認めます。命令書も書いた覚えがありません。聖騎士よ、この罪人を連れて行きなさい』

「何故だッ!? 本物は既に死んだと聞いたぞッ!! いやだ! 離せ! わしは宰相だ! 貴様ら全員打ち首にしてやる! 覚えてろ――」


 屈強な聖騎士が二人掛かりで暴れるサバイアを連れて行く。

 ドアが閉まると呪詛のような叫びは消え、場に弛緩した空気が漂う。


「なにか企んでいるとは思いましたが、まさか裏切り者の粛清だったとは。事前に一言も相談なしとはまさか我々も疑っていたので? 独断専行は部下を失くしますぞ?」


 法務大臣ヴェスコンティは予想だにしない急展開に脂汗をにじませていた。いつもの毒舌にもキレがない。


「今日この場を作った事。全てはサバイアに裁きを下すためだったのですね。やはり貴方のラトナ様に対する信仰は揺らいでいなかった、聖王様」


 ラトナ正教大司教メディチは神に祈るようなポーズを取る。そして近くに居る守護騎士にサバイアの見張りを強化するよう指示を出す。


「こんな事実が他国に知られては第一皇女ユニアリアの戴冠は難しいでしょうね。この話の他国への喧伝は私に任せて頂戴! た~っぷり脚色してあげるわ~!! おほほほほ!」


 経済大臣スフォルは新たな商売のアイディアでも思い付いたのか、欲望駄々漏れの笑みを浮かべる。

 第一皇女ユニアリアが追い込まれるのは僕も望む所なのでスフォルには是非とも頑張ってもらいたい。


「まさか奴とテロリストの企みに軍が手を貸してしまっていたとは……。大変申し訳ございません聖王様。すぐさま他に裏切り者がいないか調査いたします!」


 ラトナ軍元帥モンテフェルトは、項垂れながら今回の責任を感じていた。それはまるで店員から受け取ったばかりのソフトクリームを即床に溢しちゃったかのような悲惨さである。


 僕はしょぼくれる彼に四枚組の紙を手渡す。


「ん? これはなんですか、聖王様の恋人殿?」

「裏切り者のリストだ。テロリストのアジトから押収したものとサバイアの自宅から押収したもの二種類ある。それと僕はララの恋人じゃない」


 キスしてしまったという事実がある以上、これ以上恋人ムーブを続けると本当に恋人にされかねないのでキッパリと否定しておく。

 確かにララは綺麗でおっぱいが大きくて覚悟のある最高のお姉さんだが、僕はリセア一筋。そこを履き違えたりはしない。


「そうなのでありますか? でも――――」


 モンテフェルトと重鎮達が僕の隣りにいるララに視線を向ける。


「こ、こここ恋人……! ハルトと私が恋人!? うふふふふ――」

「……………………恋人じゃない」


 なんでそんなに嬉しそうにしてるんだよ……。

 せめて聖王として部下の前では威厳を保っていて欲しい。


「この状況を見てもその薄っぺらい言葉を信じる者がいたら馬鹿か眼鏡の度が合っていないかのどちらかでしょうな」

「くっ、まさかあの初心うぶ生娘きむすめの集合体みたいな聖王様に本当に恋人が出来ていたとは……!」

「ちょっとちょっと! 聞いたわよ? 彼氏じゃなくてやっぱ婚約者なんですってね! 式は国を挙げて、そりゃもう大量のお金が動くモノにするから安心しなさい!」

「私には気を遣って頂かなくて結構です。お二人を見れば、まさに運命の赤い糸で結ばれた男女というのは一目で分かりますから……はぁ……」


 それぞれヴェスコンティ、メディチ、スフォル、モンテフェルトの言である。

 誰一人僕の言葉を信じていなくていっそ清々すがすがしい気分だ。


 やはり偉くなる人物というのは昨日今日会ったイケメンの言葉など簡単に信用したりしないのだろう。

 広場でサバイアとユニアリアに罵詈雑言を吐いている愚民共にこの光景を見せてやりたい。



「失礼します。聖王様に緊急のご報告です!」



 そんな一件落着みたいな緩い空気が漂う空間に、どこか張り詰めた雰囲気を纏う聖騎士がやって来た。


 他の聖騎士と同じく、全身白銀のプレートアーマー姿で兜まで装着している完全装備。

 只事では無いと察したララはすぐさま浮かれた気持ちを切り替える。


「どうしました?」

「はっ! 実は――――」


 僕はその騎士の動きから目を逸らす事無く考えていた。

 敵がわざわざ紙という物的証拠を残し、みすみすこちらに計画を露呈させた理由を。


 それは恐らく――――



「――聖王様の命を貰いに来ましたー☆」



 ――聖騎士と【昼の姉妹団】全員が出払った今この瞬間を作り出してララを殺すため――!


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