第72話 公開処刑②

 ついに死刑執行の時間が近付き、罪人――サティが聖騎士二名に連れられて来た。

 ナブーナ広場の中心地には昨日まで無かったギロチン台が設置され、その目の前に囚人服姿のサティが五体投地で寝転がされる。


 サティの姿を見るなり罵声を浴びせる民衆。中には石を投げるクソ野郎までいる。


 その光景を見て、一人一人舌と腕を引っこ抜いて殺してやりたくなる衝動に駆られるも、サティが我慢してるんだからと深呼吸して落ち着く。


 そもそもサティにもう一度捕まってくれと頼んだのは僕じゃないか。


 【混沌の牙】の計画において、サティの怪物性を国民に見せ付けるこの処刑ショーは必要不可欠。もし、サティに逃げられたとなったら奴らはどんな行動に出るか分からない。

 そこで奴らを計画通りの行動に追い込むために、サティは再び捕まる必要があったのだ。


 ヴィリアンと考えた話はこう。

 牢獄においてサティが力尽くで拘束を解き暴れる。その影響で牢獄が崩壊し死傷者を出したが、駆け付けたヴィリアンがなんとか鎮圧することに成功。その後、ヴィリアンが自らサティをサンタンジェラ城の地下に幽閉した、と。


 流石は長年聖国に貢献し続けている聖騎士長と言うべきか。

 ヴィリアンの虚言はものの見事に信頼され、こうして予定通り着々と事態は死刑執行に向けて動き出している。


『この女、サタレスティラントチョには以下の罪状がある。無差別テロを画策した共謀罪、殺人罪、内乱罪、爆発物所持罪、住居侵入罪、信書開封罪、詐欺罪、窃盗罪、名誉棄損罪、強制わいせつ罪、重婚罪――――……』


 せめてもの抵抗としてサティという名前は避けた。後で助けるにせよ本名で罪人扱いされるのは心にくるだろうし、僕が三秒で考えたこっちの名前の方が書類作りとかが大変になって面白いと思ったからだ。

  無実の罪のサティを捕まえた聖国へのささやかな復讐の一つである。(既に昨日ドッペル聖王によりサティの名前は国民に告げられてしまっていたが、サティこそが敵を欺く偽名だったのだとララとヴィリアンの権力をフル活用してゴリ押した)


 現に法務大臣として、『大声器』――声を国中に届ける魔道具――で罪状を読み上げさせられるヴェスコンティがこの名前をとても言いにくそうにしているから愉快でしょうがない。

 てか全部でっち上げとは言えいくらなんでも罪多過ぎだろ……。未婚の重婚罪って哲学かなにかか?


『――という事でありますから罪人、サタレスティラントチョは死刑! 聖王様のお言葉ののちに刑を実行します』


 そう言い放ち『大声器』から離れると、ヴェスコンティはそばにいる僕らにギリギリ聞こえる声でチクリ。


「もっとも、本当の話が一つあるかも怪しいがな」


 それを耳にした重鎮達の反応は様々だ。


 ララは何も聞こえなかったように凛としてるし、宰相サバイアは思い通りの展開でにやけ顔。経済大臣スフォルはどうでもよさそうに指輪を眺めていて、大司教メディチはこれから何が起こるのかと緊張状態。ラトナ軍元帥モンテフェルトは……まだ失恋のショックから抜け出せていないらしく、抜け殻のように真っ白になっている。 


 国民は昨日のドッペル聖王の言葉と今の法務大臣ヴェスコンティの言葉を完全に信用しきって熱に浮かされていた。


「早く殺せ!」「この悪魔め」「死ね」「地獄に落ちろ!」「目一杯苦しませてから殺してやれ!」「帝国に裁きを!」「聖戦だ! 聖戦しか道は無い!」「今立ち上がらなければラトナは終わりだぞ!」


 聞くに堪えない言葉の雨あられで僕の怒りは爆発寸前だ。

 コイツら……これで僕の血圧が上がったらどうしてくれる。


 心無い言葉を吐く者の中には国民感情を扇動しようとする【混沌の牙】のサクラも混じっているだろうが、それでも仲間に対するこの仕打ちを許すことは出来ない。


 そんな様子を見かねたララは僕の手を握る。そして私を信じてとでも言うように一度大きく頷いた。

 ララはそのまま立ち上がり『大声器』の前に立つと、僕の激しい怒りさえ和らげるような優しい声で話す。


『親愛なる聖国民の皆さん、こんにちわ。私は昨日この場で言いました。我が国でテロが画策されている、と』


 ララが言葉を紡ぐと、途端に騒ぎは収まる。

 どれだけ国民からララが愛されているかがこの場面だけで分かるというものだ。


『その言葉は事実です。ですが、その話をする前にまずは皆さんの不安を解消しましょう』


 手に持っていた美しい湖の意匠が施された上物の杖を空に向かって掲げたララは目を閉じて集中する。

 予定にはない彼女の行動に、大人しく席に着いている重鎮達は何事かと不思議そうな表情。


『【聖絶】!』


 その透き通る声で発せられた言葉と同時にララの魔法が広大なナブーナ広場全体に広がる。

 キラキラと輝く白金の粒子が各地に散り、我を忘れていた観衆もその幻想的な光景に心を落ち着かせ始めた。


『この魔法は悪しき者を見極める魔法です。すなわち、この魔法に反応した者はテロを画策しようとしている犯人という事』


 実際はそんな便利な魔法ではなくただ魔物を探知するだけの魔法らしいのだが、魔物の因子を埋め込んだ魔物人間相手にはバツグンの効果を発揮する。


 人々はそんな凄い魔法が使えるなんて流石聖王様と感嘆しきりだ。


 パッと見た感じ光の探知魔法に反応した者はサティを含めて凡そ五十名。

 群衆の中に固まっている訳では無く、一人一人まばらに散って見事に溶け込んでいる。


 ちょうどテロリストの周囲にいた民衆は、探知魔法の反応を見るなりサァーっと人間に見付かったゴキブリもかくやという素早さで距離を取っていく。するとテロリストの周囲にはぽっかりと人の居ない空間ができた。


 一方のテロリスト側は突然の事態に困惑してどう動くべきか頭を悩ませている。


 この千載一遇の好機を逃すララではない。 

 ララは再び杖を掲げると、今度は攻撃魔法を唱える。


『【光滅】!!』


 ララから放たれた攻撃魔法は先程の探知魔法でマーキングされた敵に一直線に向かって行く。そして目標に近付くと光が無数に分裂して敵の身体を串刺しにしたではないか。


 殺意高過ぎだろこの魔法……。


 一体聖職者がどんな場面を想定してこんなデンジャラスな魔法を編み出したのか小一時間問い詰めたい気分だ。


 多くの者は攻撃魔法がテロリストを倒しきったと安堵の表情を浮かべる。しかし僕らから【混沌の牙】の回復力としぶとさを聞いていたララはすぐさま指示を出す。


『聖騎士は奴らをとらえなさい! 三人一組で取り囲むのです! 絶対に逃してはなりません!』


 突然の急展開にも聖騎士達は揺るがない。ララの言葉にすぐさま反応すると、あっという間に即席チームを組んでテロリスト捕獲に動き出した。


 害虫のように僕らの周りをうろついていた【混沌の牙】がこうも一気に殲滅されると気分が良い。

 先程まで調子に乗った発言をしていた宰相サバイアも、流石になにかおかしいと気付き顔色を悪くしている。


「ほ、本物……? 嘘だ、そんなまさか……しかしドッペルが彼らを倒すはずが――(小声)」


 そしてふと気になって広場の処刑台近くに居るサティに視線を向けると、彼女の服にも無数の穴。


 わぁ、サティちゃんったらとってもセクシー!

 なんて言っている場合では無い。


 ちょっとララさん? 貴方の殺人光線、うちのメイドにまで襲い掛かってるんですが? そんな笑顔で民衆の声に応える前に、犯した罪を認識して? そしてお詫びの印として被害者のご主人様にパンツ頂戴? 


 前々からララは天然なのではと疑っていたが、まさかここでそれが証明されるとは。


 ほら見ろ、サティの驚いてる顔を! ――……いやいつもと変わらない無表情だわ。


 だがご主人様として短くない付き合いの僕は、彼女がその無愛想な顔でこちらに何を伝えたいのかくらい手に取るように分かる。


 えっと、なになに…………



 ――どうですご主人様? この美少女メイドはあんな有象無象とは違い傷一つありませんよ? そしてこんな事もあろうかとキチンと勝負パンツを着用済みです――



 この展開を予知していただと!?


 死刑執行のこの場で一体誰と何を勝負するつもりだったのかと呆れながら、僕はサティの勝負パンツを凝視する。

 これだけ距離が離れていても僕の神が如き視力ならパンツの僅かな汚れさえ見通す事が可能だ。


 それは――白の紐パンであった。表面積が小さい事が功を奏し、殺人光線の被害は見受けられない。際どいラインを攻める純白の絹と陶器のような白い太ももは、青空を漂う入道雲を連想させる。紐パンというエロに振り切った……言うなれば下品の極致とも言えるそれが、囚人服の穴越しに見える事で程よいエロスに置換され、見る者の視線を楽しませる芸術と化していた。普段はメイド服しか着用していないサティだからこそ、囚人服という卑猥さの欠片もない服をここまで引き立たせる事が出来たのかもしれない。囚人服の無数にある穴の一つから覗ける真っ白な紐パンという名のキャンバスには手書きでこう書かれている。


 『ご主人様LOVE♡』


 恐らく僕のいる位置を計算して、その文字と囚人服の穴、さらに僕の眼球の三点が重なり合うように微調整したのだろう。


 ふふ、いやつめ。


 どんな状況であろうとご主人様を愉しませる事に全力を尽くす。サティよ、あっぱれなメイド精神だ。


 ちなみに僕がパンツに視線を向けてからこの間約0.5秒。

 すぐさま政府関係者らしき女性がサティに毛布を掛けてしまったから他の者は気付く間も無かったに違いない。


 よくやったぞ毛布係。

 きっと優秀な毛布係は知っていたのだ。――メイドのパンツはご主人様だけのもの――という世界のルールを。


 いつか彼女には金箔をあしらった毛布をプレゼントしてその働きを称えてあげよう。

 そんな決意を一人心の内でしていると、


『――ですが、敵を見誤ってはいけません。慎重に、確実に証拠を集め、対処はその後に決めても遅くはないのではないでしょうか。そしてもう一人、今日は皆さんとお話ししたいという方がいらっしゃいますのでその方に代わります』 


 ララは比較的短めに演説を終わらせ、僕に話を代わる前振りをする。


 これも他の重鎮達には知らされていない行動だ。

 少しずつ自分の予定が狂い始めている現状に、きっとサバイアは頭を掻き毟りたい気持ちに駆られている事だろう。


 でもまだだ。お前は取り返しの付かない所まで追い込んでから裁きを与えなければ僕の気が済まない。

 だってサティを帝国から誘拐するよう子飼いの聖騎士に命じたのはコイツだから。


 ララと入れ替わって『大声器』の前に立つ僕を、民衆はこのイケメンは誰だと不思議そうな顔で見詰める。


 あぁ、この場所に立って大勢の人間に注目を浴びると、村で先生に教わったある言葉を思い出す。


『いいかハルト? 演説ってのは開幕の第一声が肝心だ。長々とした話に誰も興味はねえ! 全員がまともに耳を傾ける最初で最後のチャンス。そこでコイツはなんか違うぞと思わせろ! それが優秀な扇動家への第一歩だ!!』


 誰も扇動家になりたいなんて一言も言っていないのにお節介な先生だ。

 でもまさかその教えがここで活きる事になるとは。


 僕は人の脳に言葉が入っていきやすいよう、意識して低く明瞭な声を作り語り出す。



『僕は君達にテロを仕掛けた帝国からやって来た――!』




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魔道具『大声器』は設定した範囲にいる全ての人に音を届けるという代物です。範囲を広げれば当然消費魔力は大きくなりますが、ラトナが国土の非常に狭い小国という点。そしてドラゴンであるヴィリアンが使用するたびに莫大な魔力を充填してくれるという二点の理由から運用出来ています。

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