第71話 公開処刑①

『敵の動きを予測するにはまず、敵の立場に立ってものを考える事だ。アニメや漫画と違って奇策なんてのはそうそう採用されるこたぁねえ。地形、兵数、装備、補給、そして勝利条件。全てを考慮すれば取れる策なんてのは必然と限られてくる。その中で最もリスクが低く、口やかましい上司を説得し易い策こそが敵の選択する答えだ。戦場でくたばりたくなかったらよぉーく覚えときな』


 村で先生が言っていたセリフが脳裏をよぎる。

 こんな長い言葉をよく覚えていたものだなと自分でも驚きだが、きっと頭を棒っきれで殴られながら言われたから、僕の生存本能が活性化し超人的な記憶力が一時的に開花したのだと思う。


 先生の言葉に従って今回の敵の立場になって考える。

 ドッペル聖王の発言から推測できる敵の勝利条件はこう。



 ――聖国が帝国に戦争を仕掛ける――



 その為の第一段階が、帝国によるテロが起きると宣言した昨日の聖王のお言葉だ。

 テロに対する恐怖で国民の不安を煽り、帝国が自分達に牙を剝いて来ているのだと自覚させる。


 第二段階、今日これから行われる、我らが愛すべきメイド――サティの処刑。

 サティは【混沌の牙】による改造実験のせいで、極めて魔物に近い人間として回復力及び生命力が高い。そんな彼女を簡単に殺せるハズなど無く、聖国民はその異様さと怪物性を目撃することになる。これにより、自分達の敵はもはや人間などではない化け物だと実感させる。


 最終段階、テロの実行。

 実際に被害が出るまでは間違いなく戦争に懐疑的、否定的な者が一定数存在する。争いが禁忌であるラトナ正教教徒ならば尚更だ。故にテロは凄惨でインパクトあるモノとしなくてはならない。テロの成功により聖国は、上層部の意向など関係無く戦争の道に引きずり込まれる。


 既に実行されてしまった第一段階はどうでもいいとして、今日問題となるのは第二段階と第三段階の具体的な手段だ。

 幸いにも昨日ローズ達が入手してくれた資料のおかげで奴らの行動は手に取るように分かる。


 しかし、もし仮に僕が向こうの指揮官ならば重要機密を紙に残しておくなんてへまはしない。

 敵にどんな魔術師がいるかも分からないのに、物的証拠を残したりなんかしたらみすみす情報を敵に明け渡す恐れがあるからだ。


 以上の情報から僕の天才的頭脳が導き出した答え。


 それは――――――



「本当にこの中にテロリストが紛れ込んでるのかな」

「二桁は確実にいるだろうね。今は大人しくしてるけど、サティの死刑が執行されたらすぐさま周囲の人々に危害を加え始める」


 僕とララは本日のメインイベントの舞台であるナブーナ広場、その中央に高くそびえるヘラクロスの塔にいた。


 ここから見える景色は一面、人人人人人人。


 昨日の聖王のお言葉の時も集まった民衆は多かったが、今日はそれ以上の人口密度で息をするのも苦しそう。見ているこっちが人酔いしてゲロ吐きそうである。


「集まった国民には傷一つ付けさせやしない。私は――ラトナ正教の教徒で聖王だから!」


 気合十分といった様子のララは拳を作り鼻息を荒くしていた。

 うんうん頑張ってくれ。僕の仕事はララの護衛だからそれ以外の人の事は君に全部任せるよ。


「おや? 聖王様、感心しませんな。城だけならともかく、神聖な歴史あるヘラクロスの塔にまで男を連れ込むとは。栄養が全部胸に吸い取られて脳が働いていないのではありませんか? いや孤児院出身ともなるとそもそもの学が無いか」


 すると後ろから何者かに声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは宰相サバイア。

 前回会った時とはまるで別人のように雰囲気が違うサバイアに僕らはあっけにとられる。


「あぁ、よく考えたら今の聖王様は孤児どころか魔物でしたな! はっはっは、傑作だ! 男も男で恋人と魔物の区別も付かんとは。貴様らはせいぜいここで国民が虐殺される光景でも黙って見ているがいい! ようやくララの身体も聖王の座もわしのモノとなる……」


 頭の中がはてなマークでいっぱいのこちらの返答も待たずに、上機嫌なサバイアはどこかへ行ってしまった。

 そのまま一分程硬直して、ようやく二人で顔を見合わせる。


「「……もしかして本物ってバレてない?」」


 いやそんな奇跡があるだろうか?


 昨日の時点では間違いなく、奴は聖王が偽物ドッペルから本物に入れ替わっている可能性を考慮していた。それが何故、今日になって逆に聖王が偽物ドッペルだと確信している?


 ララがもしかしてと呟き、推論を述べる。


「昨日作戦会議の後、ハルトがアイン君をもう一度定食屋のあった場所に向かわせたよね?」


 うん、向かわせたね。

 作戦会議を始めてから一時間程経った頃、聡明で天才な僕は即座に気付いたからだ。


 皆殺しにした死体を敵に確認されたら、ララとココがまだ生きていて、その上逃げ出したのがモロバレじゃんと。


 でもアイン達が定食屋を離れてから大分時間が経過していたし、十中八九敵にはバレたなと諦めていた。それを前提に作戦を立てたくらいだ。


「そう言えばヴィリアンに聞いたんだけどあの定食屋、それはもう酷い惨状になってたみたい。地下に崩落が起きて、死体のほとんどが瓦礫の下に埋まっちゃってたって。つまりアイン君は……奇跡的に間に合ったんじゃないかな?」



 ……それもうちょっと早く言って欲しかったよね。



 戦いにおいて情報は金貨より価値があるというのに、何故そんな呑気に昨日の晩御飯のおかずを思い出したみたいなノリで話しちゃってくれてるのか。

 この天然巨乳お姉さんに、『情報は大事』という五文字を十時間程一枚の紙に書き続ける罰を与えてやりたい。


「だとしても、何者かの襲撃があった事は明白。確認が取れない以上、敵も本物ララが生きていると仮定して動くのが普通じゃない?」

「ハルト……貴方は昨日アイン君になんて言った?」

「なにって調査しに来た奴の妨害をして欲しい?」

「そう。そしてアイン君が、『向かって来る敵を殺してもいいか』と尋ねたら貴方はこう言った。『アインの好きにすると良い』」


 薄れ掛けていた昨日の記憶が蘇る。確かにそんな事を言ったかもしれない。

 ここまで好き放題されて、今更敵に容赦をかける必要性が見当たらなかったからだ。


「そしてもう一つ、ハルトには伝え忘れていた情報がある」

「……君は少し情報伝達の重要性を勉強し直した方がいい」

「あの地下に収監されていたのは私とココだけじゃない。他にも多くの女の子がいて、中でも一人だけ異質な存在がいたの」


 ララは僕の耳元に唇を近付けてそっと囁く。


「その子はね、【最終決戦兵器ハルマゲドン】って呼ばれてた。手足、口、目、耳を封印されて、それでも誰一人近寄ろうとしない不気味な子。もしかしたら――」


 その時、ララの元に聖騎士の一人が駆けこんで来た。

 聖騎士は僕とララのあまりの距離の近さに一瞬しまった!みたいな表情を浮かべるも、すぐに気を引き締めてララに向かってこう述べる。


「報告します。昨夜からバーレで続いていた騒音騒ぎの詳細がようやく判明しました。どうやら隻腕の剣士と小柄な少女が凄まじい戦いを繰り広げているそうで、近隣住民に負傷者が続出しています。どう対応いたしましょうか?」


 ララは宙に視線をやり瞠目。


「あー………………。いえ、問題ありません。今最高戦力であるヴィリアンを動かす事は出来ないので、一時的に付近を封鎖して被害が拡大しないよう動いてください」

「はっ!」


 つまりあれか?

 外からの敵はアインが皆殺しにして情報の封鎖に成功。しかし何故か封印が解けた【最終決戦兵器ハルマゲドン】が出現した事で現在二人は殺し合いの真っ最中。


 【混沌の牙】の立場になってものを考えれば、馬鹿が誤って【最終決戦兵器ハルマゲドン】の封印を解き皆殺しにされたようにしか見えない訳だ。

 どうせテロとして暴れさせるつもりだったしそのままでいいや。

 いくら調査員を送っても誰一人帰って来ないのは【最終決戦兵器ハルマゲドン】に殺されたからだろう、と。


 なるほど、そりゃ【混沌の牙】はララもココもひっくるめて全員死んだと早々に判断する訳である。

 だってアインが一晩中戦って殺しきれない相手とか完全に化け物だもの。


 納得。


「アイン君とヴィリアンが暴れたせいで封印が偶然解けてしまったんだと思うけど、今の私達にとってはちょっと不運かもね……」


 いや違う。

 物心付いた頃には既にアインと遊んでいた生来の大親友である僕なら分かる。



 アインは――自らその封印を解いたのだ!



 予測とか推測なんて曖昧なもんじゃなく、これは確定した事実にして真実。間違ってたらパンツ食べてもいい。


 おおよそ、なんか強そうな奴がいたから戦ってみたくなったとかそんな所だろう。

 流石はアイン。僕の予想を上回る事態を簡単に引き起こしてくれるぜ。


 きっとアインは一度目の戦闘の時点でその存在に気付いたのだ。だが僕の指示は『目の前の敵と増援を任せる』。


 それで再度現場に向かう際、アインは僕にわざわざ聞き直した。



 ――向かって来る敵を殺してもいいか――と。



 やれやれ、わざわざ封印を解いて向かって来させる変態がどこにいるんだよ……。 

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