第62話 聖騎士長
牢獄……だった場所に戻ると、そこは小さな荒野へと変貌していた。
斬られた跡のある柵や壁、床が瓦礫と化し、周囲に生えていたであろう草木は欠片も残らず消失している。
おまけに戦いに巻き込まれたらしい哀れな看守や囚人の死体もチラホラと散見され、まさに戦場といっても過言ではない環境がここにはあった。
戦い始めてから随分と経っただろうに、アインと聖騎士長は未だ戦闘中。
お互いに斬って斬られを繰り返しているようで、アインは左腕を丸々失い、聖騎士長は片目と右肘から先を失っている。
僕が戻って来た事にも気付かず、笑顔で剣を振り回しているアインの笑顔はそれはもうキラキラと輝いていた。
それと反対に、聖騎士長はなんだか泣きそうな表情を浮かべながらキョロキョロと視線を動かして何かを探している。
そんな聖騎士長の不思議な行動には目もくれず、アインはそこらの聖騎士から強奪したであろう剣を振るう。それを聖騎士長は光り輝く大剣でなんとか受け止める。
剣の品質には大きな差があるらしく、傷一つ付いていない聖騎士長の大剣に比べアインの持つ剣は既にボロボロだ。
しかしそれでもお互いのダメージから見て、互角の戦いを繰り広げているのは流石の一言である。
やはり剣士との戦いは、アインに任せれば間違いない。
すると激しい戦いの最中、瓦礫の隙間で息を殺していた我がメイドは、僕の姿を視界に捉えるなりササササっとゴキブリのように地面を這って僕の脚に抱き着いて来た。
「うぅぅ、ご主人様ぁー! こんな修羅共の戦場に私を置いて行かないでください~! この美少女メイドも何度死に掛けたか。あいつらおかしいんです。美少女メイドの鉄の柔肌を簡単に斬り裂くんです。注射器だって通さないのに!」
鉄の柔肌ってなんか矛盾してない?
そして注射器どころかマリルの矢も通さないのに柔肌は名乗っちゃいけないと思う。
いつも通り表情に変化はないためイマイチその大変さが伝わってこないが、とても恐ろしい思いをしたという気持ちは充分理解出来た。
「いやー、まさかこんな場所で戦闘になるとは思って無くてね」
「絶対嘘です! ご主人様はここで戦えと言わんばかりにアイン様に聖騎士長の情報を渡していたではありませんか! アイン様うっきうきでしたからね!?」
「その通りだサティ! 聞いてくれ!
「え!? ご主人様聖王殺しちゃったんですか!?」
爆発が起きて予定通りみたいな顔は断じてしていない上、殺したのもちゃんと殺すに足る根拠があったからそうしたのだが……今の興奮しきった彼女達には何を言っても無駄だろう。
僕は諦めにも似た感情を抱きながら、諦観の笑みを浮かべて首肯する。
「まぁね。あれは殺しておかなきゃこの先面倒になるタイプだった」
「ふらっと出掛けただけなのに、聖王を殺して帰ってくるとは……。ご主人様の美少女メイドに対する愛が嬉しいような、敵への容赦の無さが恐ろしいような。でもやっぱり嬉しいので美少女メイドポイント
「もうそれいくつなんだよ。主は分かっているのだろうが、あたしら一般人には全く以て理解不能だぞその桁数」
残念。僕も理解不能だ。
一体どこで使うんだよ溝なんて単位。世界中の美女と美少女のおっぱいの数を足してもそんな桁にはならないぞ。
「それじゃその貯まりに貯まったポイントを美少女メイドのパンチラと交換しようかな。この腐った国にいるせいで荒廃しきった僕の心に安らぎを与えておくれ」
「あ、現在の美少女メイドのパンチラの時価は
二那由多!? もうそれ一生交換させる気ないだろ!
くそ、巨乳美人お姉さん(神)を失った悲しみをサティのパンツで埋めようと思ったのに!
「こんなエセメイドのパンツを見たがる主も主だが、パンツ程度にそこまでの額を付けるサティもサティだな」
「なにを馬鹿な事を。美少女のパンツというものは誰がどれくらい履いていたか。運動したか、ジッと座っていたか、さらに汚れの有無で価値が大幅に変動するものなのです。パンツほど時価に相応しい品物は他にありませんよ」
だとしても普通二那由多まではいかないだろ。パンツを履くだけでどれだけの付加価値を生み出すつもりなのか。錬金術師かよこのメイド。
「サティ。まさかお前アイン様達の戦闘を見てビビって漏ら――」
「あー! そう言えば聖騎士長が先程からご主人様を探しておいででした! 話し掛けてみてはいかがでしょう?」
ローズの言葉に被せるようにサティは突然大声を上げる。
いや、この激戦の中話し掛けるのはちょっと難しいんじゃ……。そもそも敵のエースが僕に一体何の用だろう。
すると、戦闘に集中しきっているアインと違い、聖騎士長の方はこちらの会話に耳を傾けていたようで向こうからこちらに話し掛けて来た。
「貴方がこの男の主ですわね!? やっと来ました! ちょっと相談したい事がありまして……! てかその前に人の話を一切聞かないこの男を止めて下さらない!?」
「ハァーッハッハッハッハ! なに余所見してんだ! せっかく楽しいとこなのにあっけなく死ぬんじゃねーぞ! 殺すぞ!!」
「ちぃっ!」
凄まじい速度でぶつかり合う剣と剣。
上段、下段、下段、上段フェイントからの中段。
まるで事前に示し合わせていた型の応酬かのようなその戦いは、見る者を魅了し圧倒する。
僕はその剣戟戦の僅かな隙を見付けて乱入した。
アインと聖騎士長の間に入り込み、それぞれの無事な方の肩を叩く。
「はい一旦ストップ」
「あぁ誰だ決闘の邪魔をする奴は――ってハルト? お前いつの間に帰って来てたんだ?」
「た、助かりましたわ。この男、わたくしが何を言っても殺すか斬るしか言わないから、困り果てていましたの」
流石はラトナ聖国の聖騎士長にしてSランク冒険者第九位の【聖騎士お嬢様】ヴィリアン。
本気のアインと長時間戦い合って、片目と片腕を失うだけで済んでいるのは驚愕の一言である。それに加えアインの腕まで斬り落としてるし。
「さて、僕はアインの主じゃなくて親友な訳だが、相談事って何かな? 生憎と君達の好感度はマイナスに振り切れている。少しでも妙な真似をすれば……アインが黙っちゃいない」
「おう任せとけ! こんな強えー奴との戦いならいつでも大歓迎だ!」
「それは勘弁して頂きたいですわね……。わたくしは別に戦闘狂という訳ではありませんので」
聖騎士長――ヴィリアンはそう言うと、腰のポーチからティーカップと水、ティーバッグを取り出して紅茶を飲みだす。
その優雅な飲みっぷりはまさに【聖騎士お嬢様】の二つ名に恥じない気品溢れるものであった。
「あら、ごめんあそばせ。皆様の分のお紅茶も用意したかったのですけど、この怪獣みたいな男に全て破壊されましたの。ラトナ淑女にあるまじき失態ですわ」
ヴィリアンは金髪碧眼のTHEお嬢様といった身なりをしている。
戦闘中に邪魔にならないよう髪は横に纏めており、聖騎士という荒っぽい職業に就きながら髪も肌も
少し目付きは鋭すぎるが、本人も言っているようにラトナ淑女としての教育も相当にされているらしく、一つ一つの所作が洗練されている。
胸も聖王程では無いが、ほどほどに大きく僕調べ『上司にしたいお姉さんランキング』Aティアにランクインだ。
年齢も二十三……いや四くらいで、十五歳の僕達から見てもギリギリお姉さんと呼べなくもない年頃。
そんなもう少しでアラサーなヴィリアンは紅茶を飲み終えると、座ったままこちらに向けて頭を下げて来た。
「まずはそこのメイド――サティ様を無理矢理ここまで連れて来て申し訳ございませんでした」
へぇ、さっきの聖王とは違ってヴィリアンはまだ会話が成立しそうじゃないか。無論、これが演技という線も考えられるが……。
「謝るくらいなら最初からするなと言いたい所だけど、君の立場上そうも言えないのかな?」
「その通りですわ。確かにわたくしは聖国最強。しかしあくまで一介の聖騎士ですの。聖王様の命令には逆らえません」
そう言ってヴィリアンはニッコリと微笑む。
「で、す、が! ハルトさん、貴方が聖王様を殺してくださいました! これでようやくわたくしは自由に動けます!!」
もしかして口うるさい上司が死んだから、自分は自由だ―とか本気で思っちゃってる人か?
どんなに偉いポストでも後任は必ず現れるし、新しい上司が前の上司よりも優れているとは限らないよ?
アラサーに片足突っ込んでも二つ名がお嬢様のままだし、もしやこの人、頭の中はお花畑なタイプかもしれない。
これは……話半分で聞いておいた方が賢明か。
「聖王様が操られたララ様なのか。それともララ様の皮を被った別人なのか。わたくしにはとても判断が付きませんでした。にも関わらず、これ程の短時間で聖王様の正体を見破り殺して見せるとは、噂通り只者ではありませんわね」
「………………まぁね」
お花畑がまたしても意味不明なお花畑コメントをしている。
僕はそれに対し、何も考えずに頷いて肯定するのみ。
聡明な僕は知っていた。お花畑に反論しても、お花畑な返答しか返ってこないから、反論するだけ損だと。
しかしそんな世界の理を未だ知らぬサティとローズは興味津々といった様子でヴィリアンに訊ねる。
「聖王が操られている、でございますか?」
「ララ様? 別人? 一体どういう事だ?」
「あら、若き英雄の従者にしては頭が回りませんわね。いいでしょう、ヒントを教えて差し上げます」
ヴィリアンはダメな生徒が居て嬉しいとでも言うように、笑顔で立ち上がるなり僕達の周囲をぐるぐると歩き出した。
「一つ。なにか大きな問題があった訳でも、重大な事件が起きたでも無く、聖王様は突然戦争という単語を口にするようになった。二つ。水神ラトナに仕える敬虔な信徒であった聖王様が急に教えを自ら破り、帝国に戦争を仕掛けようとしだしたのは何故か。三つ。わたくしも聞いたことの無かった混ざりものという概念を聖王様はどこでお知りになったのか。四つ。ある日を境に聖王様は親友のわたくしとも仕事以外の話を一切しなくなった。そして五つ。聖王様がわたくしの大剣に掛けてくれていた光魔法が日に日に弱まっている」
ヴィリアンの言葉を真剣に聞いていたサティ達は、次第に顔を青褪めさせていく。
一方、テキトーに聞き流しながら醤油煎餅をバリボリと
「そう言われれば私を異端者と言って拉致した事と、今回の処刑の理由に整合性がまるでありません。後でそれが発覚すれば大問題になりそうなものですが……。もしや戦争を起こせれば後はどうでも良いと思っている?」
「あの聖王、あたしを見て即座に混ざりものって言ったな。考えてみれば専門家でもない普通の人間にそんなの分かる訳が無い。もし分かるとするならあたしらと同じ実験体か、それとも――」
サティとローズは二人顔を見合わせて言った。
「「――――魔物そのもの!?」」
ヴィリアンは二人の辿り着いた答えを聞き、それは嬉しそうに頷いて返す。
「そうですの。色々なパターンが考えられますが、現状最も有力なのは超希少な伝説級の魔物ドッペルゲンガーを使ったという説ですわ」
「だがドッペルゲンガーはあくまで魔物だぞ? あんな流暢に喋ったり、会話が成立したりする筈が――」
「ふん、少しは考えるのですねシクスス。私達のような魔物に近い美少女が存在するのなら、美少女に近い魔物が居ても不思議ではありません」
「び、美少女? あたしも……? えへへ――ってシクススって呼ぶんじゃない馬鹿者! しかしそうなると、必然的にこの件の裏にいるのは――」
「「「【混沌の牙】」」」
三人の重なった声になんとなく耳を傾けていた僕は思った。
またそいつら!?
行く先々で僕らの邪魔をするそいつらの名前はもうとっくに聞き飽きている。幹部にも強い奴は全然居なくて歯応えが無いし、その癖どこにでも根を張っているから掃除するのも面倒くさい。
奴らはバトルジャンキーであるアイン達ですら潰しに行こうという発想にならない、蚊や塵芥のゴミみたいな存在だ。
状況から考えて、ラトナ聖国を使ってジルユニア帝国を分断しようと企んでいるようだが、ジルユニア帝国含め世界は僕らのものとして予約済みである。
僕達の所有物に要らぬちょっかいをかける不埒者はたとえゴミであろうと、超面倒だろうと徹底的に断罪しなければならない。
いや、それよりも――ヴィリアンのお花畑な戯言を信じるならば――今はもっと重要な事がある。
それは――――
「Sランク冒険者第九位である【聖騎士お嬢様】ヴィリアンからAランク冒険者ハルトとアインに頼みますわ。本物の聖王様――ララ様を探すのを手伝ってくださいませ」
――我が神の復活だ!
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