第44話 懇願
「まずそもそも、リーダーとして最も大切な事とはなにか。分かる人はいる?」
静寂さを取り戻した教室で、僕は早速『リーダーシップ論』の授業を開始する。
幸い、この手の問いに絶対的な答えなど存在しない。
だから僕がそれっぽい事を自信満々に言っていれば、それだけで生徒達は勝手に納得してくれる。
生徒達の数人が元気よく挙手する中、特に自信ありげに手を挙げていたのはヨウ。
僕はその心意気に免じて、彼女に回答権を与える。
すると彼女は腰に手を当て、ドヤ顔でこう言い放った。
「敵を皆殺しにする覚悟と残虐性です」
「はい不正解」
一体ヨウは僕をどういう目で見ているのだろうか。
一度個人面談をする必要があるかもしれない。
皆殺しを命じた事なんてこれまで一度も無いし、そもそもリーダーがそんな覚悟を持っていようがなかろうが、アイン達は勝手に敵を殺す。
真にリーダーに必要なのは暴走するメンバーを諫める事なのだ。
きっと僕という常識人が居なければ彼らは今頃本能のままに暴れ回り、人類に敵対する魔王の仲間として世界共通の敵認定されていたであろう。
まぁ、この答えに辿り着くにはヨウは少し幼すぎたかもしれない。
さて次に挙手している生徒の中で目に留まったのは、傷だらけの顔と立派に蓄えられたひげが特徴的なおじさんだ。
僕よりもよっぽど教師という立場に相応しい様相をしている彼だが、おじさんは一体どのような答えを出すのか。
……ってかこの人の名前なんだっけ?
一通り自己紹介はしてもらったハズだがまるで覚えていない。
そんな僕の微妙な表情を読み取った歴戦のおじさんは空気を読んで二度目の自己紹介をしてくれる。
「わたくしは帝国陸軍第十三大隊隊長を務めておりますブロア・ウッド少佐であります! この度は先の事件を見事解決に導いた教官殿にご教授頂けるとの事で感激しております!」
なるほど、軍人で、隊長で、しかも少佐か……。
一体それがどれほど偉い役職なのか僕には想像も付かないが、歴戦の勇士っぽいと感じた僕の直感は正しかったらしい。
……にしても、先の事件ってなに?
僕が最近やった事と言えば、盗賊を撃退して彼らに温泉を掘らせている事くらいだよ?
もしや彼も温泉好きなのだろうか。
「大袈裟だなぁ。僕は自分のやりたいようにやっただけだよ」
「流石はその若さでAランク冒険者になっただけありますな。見事な心持ちです。是非我が軍に招聘したいほどですよ」
「……僕は今の生き方が性に合ってるからね」
分からない。どうして温泉を掘らせただけで軍に招かれるのか、全く分からない。
このおじさん、さては仕事に趣味を持ち込むタイプだな?
周りに温泉好きが居ないからって、無理矢理僕を同僚にして休日になる
やれやれ、確かに温泉旅行は魅力的だが、僕みたいな天才が軍に入っても宝の持ち腐れだよ。
それに僕が軍属になったら間違いなくアイン達も付いてくる。そうなったら帝国軍はおしまいだ。
「そうでありますか……」
「それで? ブロアの考えは?」
「はっ! わたくしはリスクマネジメントこそがリーダーの最も重要な要素だと考えております!」
ふむ、ヨウの百倍はまともそうな答えだ。
僕はブロアの意見に頷くことで、続きを促す。
「組織の人間関係や、ストレス、仕事への適性、待遇。それらは仕事への不確実性をもたらします。これを把握管理し、より確かな成果を挙げる事こそがリーダーとしての最大の役目だと考えます!」
……ヤバい、僕の考えていたことの一万倍それっぽい。
この素晴らしい意見の後に、僕がリーダーの役目は部下の暴走を抑える事だよ、とかドヤ顔で言っても誰も納得してくれないよ。
てかそもそも、暴走する部下ってなんだよ。
前提条件からして特殊過ぎる。
仕方ない、ここは方針を変更して実はブロアの考えこそが僕の求めていた答えだったという事にしてしまおう。
大丈夫、僕は教師で偉いのだ。生徒の成果を横取りする権利がこちらにはある。
「その通りだよ、ブロア。流石少佐なだけある。どうやら帝国陸軍には優秀な人材が揃っているようだね」
「お褒め頂きありがとうございます!」
ブロアは僕の手放しの賞賛にも表情一つ変える事無く、敬礼をしてキビキビと着席。
彼に対してクラスメートは感心の声と拍手を送る。
「という事で、リーダーには実力よりも周囲をよく見る観察力と、どんな些細な情報も見落とさない洞察力が必要となる。だから今から残りの時間は――」
教卓をバンッと叩いて、僕は言う。
「――空を悠々と流れる雲の観察だ」
~~~~~~
長かった教師生活一日目がようやく終わった。
子供の頃から恋焦がれていたリセアと再会したり、プロポーズをしたり、断られたり。
授業では類稀なる話術により、なんとか違和感なく雲の鑑賞会という名の
だが明日の事は明日の僕が考えれば良い。
今日は慣れない仕事をして疲れた。早くお風呂に入ってご飯を食べてリセアの生足を思い返しながら寝よう。
そうして疲れた身体に鞭打って学院敷地内の教員寮に戻るため廊下を歩く僕を、突然五人の生徒が取り囲んだ。
「新入り。ちょっと相談があんだけど……」
「……シュカとの結婚なら認めてあげるよ?」
「んな話じゃねーよ!? てかもしそうだとしても、なんでそれに新入りの許可が必要なんだよ!」
「僕達幼馴染は家族同然だからね。当然、新婚旅行にも一緒に付いて行く」
「邪魔すぎんだろ! ちょっとは空気読め! 本当の家族でもそこは遠慮するぞ!?」
「……ハルト、私からもお願いする。この人達の話を聞いてあげて?」
「よし聞こう」
「アタイの時と対応違いすぎんだろ!」
そりゃ大好きなリセアとその他で扱いに差が出るのは当然である。
僕はリセアのお願いを遂行するため、二人と共にいる三人に顔を向けた。
そこには我らが一年A組に在籍するブロア少佐と、赤子を抱えた母親。そして両脇の彼らに守られるように佇んでいる見た事の無い少女の姿がある。
「少しだけ我らに教官殿のお時間を頂けないでしょうか。我々が抱えている問題に教官殿の知恵と力を貸して頂きたいのです」
ブロア少佐は申し訳なさそうにそう言う。
すると真ん中にいた少女が一歩前に出て、気品を感じさせる礼を取る。
「そこから先は私自らがお話します。ご機嫌ようハルト先生。実は、私を害そうとする者が――」
「……ごめん、君誰?」
「「「「!?」」」」
いや、なんか自然な流れで事情説明を始めたけど、誰だよ君。
わざわざ他のクラスから僕に会いに来てくれたのは嬉しいけど、人として自己紹介くらいはした方が良いよ?
「ぶ、無礼な! お嬢様、このような男を頼る必要はありません! そもそもこの男こそが奴らに通じている可能性があります!」
「控えなさい、シーナ。先生は最近頭角を現し始めたばかりで、まだどこの派閥の息も掛かっていないのは調査済みです。それに先生は今日赴任したばかり。自分のクラスの生徒を全員覚えていなくとも仕方ありません」
え、うちのクラスの生徒だったの!? ……なんかごめん。
リセア、先輩という超絶美少女や、歴戦のおじさん、子持ちの母という生徒達がインパクトあり過ぎて、平凡な君は顔すら記憶に残っていなかったよ。
「ではもう一度自己紹介させていただきましょう。私はロロア・ジャーマン。ジャーマン公爵家が四女にして、一年生の主席でもあります。ハルト先生、どうぞよろしく」
堂々たる出自と実績を含んだ自己紹介だが、僕はこれを聞いて再びある疑問が頭をよぎる。
「……うちのクラスに公爵家の人間なんていたかな……?」
「「「「「!?」」」」」
公爵家の娘なんてビッグな人物をこの僕が忘れるだろうか。…………忘れてもおかしくないな。貴族なんて興味ないし。
人は興味の無い事柄はすぐに忘却してしまう生き物。そしてそれは天才である僕も例外ではない。
一度自己紹介してもらったのにもかかわらず、名前どころか顔すら覚えていないのは完全に僕の落ち度だ。
なので、謝罪をしようと口を開こうとするが、僕が言葉を発するより先にロロアが話し出した。
「……流石はハルト先生、といった所でしょうか。私の本当の出自を既にご存知とは」
「………………勿論だ」
「お嬢様、やはりこの男危険です!」
「やめないか、シーナ。教官殿はこの現状を打開出来る唯一のお方かもしれないのだぞ」
つい、いつもの癖で知ったかぶりをしてしまったが、本当の出自ってなんだろう。
リセアも先輩も「何故それを知っている……!?」みたいな驚愕の顔を向けてきているから、誰にも聞く事が出来ない。
生憎と僕は生徒の名前すら半分も覚えていないのだ。意図的に隠している本当の出自なんて知るものか。
「そもそも、こちらから無理なお願いをするのに隠し事をするのはフェアじゃありませんでしたね。先生が二度も私に自己紹介を求めるハズです」
「授業中にわたくしに再度自己紹介させたのも、一度目の時には隠していた所属と階級を明らかにさせるためでありましたな……。はっはっは、流石は教官殿。こういった駆け引きもお手の物とは」
深読みしてくれているとこ悪いけど、どっちも普通に忘れてただけだよ?
「では、今回こそ本当の自己紹介を。私はジルユニア帝国第七皇女、ロロアンナ・ルア・ジルユニア。二人は私の護衛役として付いて来たブロア・ウッドとシーナ・ストールです。身を守るためとは言え、身分を偽っていたことをここに謝罪します」
「姫様! このような平民の男に頭など下げないでください! 平民! 貴様、姫様に頭を下げさせておいてその態度はなんだ! 土下座するなりして平伏しろ馬鹿者が!!」
いや、勝手に皇女を名乗って勝手に頭を下げている相手に何故僕が土下座しなくちゃいけないのか。
確かに僕は土下座好きだが、かと言ってどこでもそれを披露するわけではないのだ。
土下座は僕の最終兵器。そう易々と乱発していたらいざという時のインパクトに欠ける。
「……私達は皇女の護衛」
「今帝都の方は次期皇帝を懸けた派閥争いが激化しててなー。命の危険もあるから殿下は学院に通いながらこうして身を隠してるってわけだ」
なるほど、なるほど。皇女ってのも大変なんだね。
皇族というと、国民から搾り取った血税で酒池肉林の羨ましい日々を過ごしていると思い込んでいたが、意外と世知辛い部分もあるようだ。
そして僕は先輩の言葉を頭で反芻して考えを巡らせる。
――次期皇帝――派閥争い――命の危機――……
……もしや、そんな大変な状況にある皇女様をここで攫えば、色々帝都で好き放題出来ちゃうのでは?
敵側の派閥に皇女を売っても良いし、皇女を
その灰色の脳細胞を活性化させるんだハルト! この皇女を攫った後、どう動くのが世界征服に最も近付く? どう使えば、僕達に都合が良いように状況が動く?
「――……という理由から、これ以上の人材を割く余裕は無いのです。しかし私は今のお荷物でいる状況を良しとしません。周囲を安心させるためにも、そしてミナお姉様を皇帝として帝国をより良いものとするためにも、私自身の成長は必要不可欠。ですのでハルト先生、どうか私の護衛と放課後の特別訓練の件、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるロロア……いやロロアンナ皇女だっけ。
考えるのに忙しくて話をちゃんと聞いていなかったが、要は護衛と訓練よろしくね?という話だったらしい。
流石に口うるさいシーナも今回はこちらにいちゃもんを付けてくる気配が無い。
彼女は「うぅ、姫様ご立派になられて……。ミナレーゼ第三皇女殿下も姫様の覚悟を知ればきっと誇りに思うでしょう」とかなんとか言いながら、同じく僕に向けて頭を下げている。
そしてそんな、プライドも誇りも投げ捨てた必死の懇願をされた僕の返答はこう。
「え、嫌だけど?」
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大雨による停電で執筆中のデータが吹っ飛ぶという惨劇がありましたが私は元気です。
えぇ、元気ですとも……。
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