第45話 その仕事引き受けた!

「えーと、今なんとおっしゃいました先生?」

「嫌だけど」

「……私皇女ですよ?」

「知ってる」

「…………皇女ってとても偉いんですよ?」

「……もしかして僕を馬鹿だと思ってる?」


 天才であるこの僕がその程度の知識すら持っていないと思われるのは業腹である。

 貴族は何故か偉い。そして皇族は何故かもっと偉いというのは、赤子でも知っているルールだ。


 まぁ、この僕も貴族の階級制度には未だにピンと来ていない訳だが、それはきっと世界中の誰もがよく分からないまま生きているからノーカン。

 公爵と侯爵とか紛らわしいんだよね。おまけに総資産だとか受け持つ領地、皇帝からの信頼だとかで、その爵位の中にも上下関係があるのだから難解さに拍車をかけている。


 きっと性根の腐った貴族共は、庶民が社会科の勉強で四苦八苦する姿を嘲笑うためにこんな複雑怪奇な仕組みを構築したのだろう。


 くっ、僕らが世界征服したら貴族なんていうクソ制度は闇に葬ってやるから覚悟しておけよ?

 そして生まれてくる子供達よ。僕らのおかげで社会科の授業が楽になる事を泣いて感謝するのだ。


「い、いえまさかそんな。ですが、これまで皇族としてのお願いを断られた経験が無いもので驚いてしまいまして……」

「おい平民! 今なら特別に許してやるから早く姫様の頼みを承諾しろ。皇族の頼みというのは帝国民にとっては実質的な命令だぞ。それを知らない貴様ではないだろう?」


 その言葉を聞き、僕は困ったようにブロア少佐へと目を向けるが、彼は重々しく頷いて返すのみ。

 教官殿、教官殿と温泉好きの同志として慕ってくれる割には役に立たない男である。


「いや、僕帝国民じゃ無いし……」


 ジルユニア帝国の辺境のそのまた辺境の小さな村で生まれ育った僕だが、ここでは敢えて出生を偽っておく。


 貴族や皇族というのは大抵性根が腐っている碌でも無い連中ばかりだ。

 僕らの地元がもし彼らに露見したら、家族を人質に取り僕らを無理矢理従えようとする恐れがある。


 『リスクマネジメントこそが、リーダーとして最も重要な仕事』というのが信条である僕は、馬鹿正直に話して要らぬリスクを負ったりしない。


 まぁそんな状況になったら家族を見捨ててでも僕らは敵を皆殺しにするし、そもそもそんな事態になる前に僕らの先生が敵を排除してくれると思うけどね。


「なに!? そのような情報は無かったぞ!? では平民、貴様は一体どこの国の出身なのだ!?」

「……残念ながらそれはまだ明かす事は出来ない。それがお互いの為だ」 


 いきなり真の出身国を聞かれても、答えに窮してしまう。

 僕はあまり地理に詳しくないから隣国の風土や歴史なんてサラサラ知らないし、何より正式な国名すらうろ覚えだ。まるで誤魔化し通せる気がしない。


 しかし僕の純度百パーセントの嘘発言から何かを察する凄い人もいるもので、ロロアンナ皇女はわなわなと震えながら独り言のように呟く。


「……少し幼さを感じさせるその整った顔立ちと黒目。ハルトという我が国では珍しい名前に、全てを見通しているかのような幾多もの発言。髪は茶髪ですが、最近は髪を一時的に別の色に変化させる技術も開発されています。ならば元の髪色は黒? ……まさか、まさかまさかまさか……」


 いいえ、元々茶髪です。


 都会には探偵という職業が存在するらしいが、少ない情報から答えを導きだそうとする今のロロアンナ皇女はまさにそれだ。

 一を十に。十を百に。散らばった点と点を一本の線で結び謎を解明する奇跡の人。


 主席というだけあって頭の回転が極めて早いらしく、凄まじい勢いで推理を進めていく彼女を僕達は誰も止められない。


 そして、最終的な結論を出したロロアンナ皇女はその動揺を隠すことなく、僕に問い掛けた。


「ハルト先生、貴方は……エド皇国、皇家直系の方ですね……?」


「「「!?」」」


 どこか確信めいたロロアンナ皇女の発言に、ブロア少佐、シーナ、先輩が揃って驚愕の表情を浮かべる。

 そして顔にこそ出していないが、この僕も同じように衝撃を受けていた。



 ――――僕は皇族だった……!?



「も、ももも申し訳ございませんでした平民……いえハルト様。まさかそのような高貴なお方とは露知つゆしらず……。先の非礼を深くお詫びいたします」

「新入りってばそんな凄えー奴だったの!? ちょっとビビるんだけど!?」


 エド皇国と言うと、この大陸で最も古くから存在し、神話にも登場する歴史ある国家だ。

 皇国を治める天皇は自称神の代行者として、数千年間一度も国を傾ける事無く平穏をもたらし続け、民からも絶大な支持を受けている。


 そんな皇族の直系? 僕が?


 神に選ばれし天才であるこの僕ならもありなんと言った所か。

 まぁ僕ならば、そんな隠された出自の一つや二つあっても何ら不思議ではない。

 というか、むしろ何故僕は今まで自分がただの平民だと思い込んでいたのだろう。


 天は人の上に人を造らず、人の下にも人を造らず。だが人の上にハルトは造った。


 僕は世界を制する為に生まれて来た、根っからの覇者であったのだ。

 僕の天下が始まる予感――!


「……? ハルトは帝国の辺境にある名も無き村の出身。小さい頃に会った事があるからその推測は有り得ない……」


「「「はあ!?」」」


 しかし一人不思議そうにそう話すリセアの言葉によって、ハルト皇族説は瞬時に消滅した。


 短い天下であった……。

 

 というか僕らの村にも名前くらいあるわ!


「あー、仲間探しであちこち回ってる時に会ったって事か? リセアは一度見たモノは絶対に忘れねーからな。信用して良いと思うぜ?」


 いつものようにリセアの足りない言葉を先輩が捕捉する。

 すると、ギギギギと壊れたおもちゃのようにゆっくりと僕に顔を向けて睨み付けてくる者が一名。


「へ、平民……! 貴様我々をたばかったのか!?」


 シーナは視線で人を殺せるのでは、と錯覚させるほどのドギツい目付きで僕に訴える。


「いや、人を勝手に皇族呼ばわりしたのはそっちだよね?」

「はうっ!」

「それに髪も元々この色だ。見当違いな妄想で推測を立てておいて、違ったらその相手に責任を被せるなんて、皇族って常識も無ければ恥も感じないの?」

「はう、はうっ! ……お、お願いです。これ以上は何も言わないでください……。全面的に私が悪かったですから……」


 ロロアンナ皇女は心臓にナイフでも突き刺されたかのように両手で胸を押さえ、しまいには赤くなった顔を隠すように項垂れてしまった。


 だが主人が非を認めても、バローナはまだ納得がいかないらしい。


「ひ、姫様、お気を確かに! そもそもはこの平民が自分は帝国民ではないなどと嘘を吐いたのが発端です。姫様は一ミリも悪くありません!」

「流石にそれは苦しい言い分であるぞ、シーナ。身分の詐称は元々こちらが行っていたのだ。それで教官殿を責めるのはお門違いであろう。むしろ、この程度のジョークで手打ちにしてくれた教官殿に感謝するのだな」

「それは……確かに。くっ、平民! 今回は許してやるが、二度は無い! 姫様の護衛と指導を死ぬ気でやって、精々信頼の回復に努めろ!」


 いや、だからそれは断るって言ってんじゃん……。


 貴族は一度話題が切り替わるとそれ以前の記憶を完全に忘却する特殊能力でも持ち合わせているのだろうか。

 にわとりでも三歩歩くまではちゃんと覚えてるよ?


「はぁ、諦めた方が良いぜ新入り。このお方達は生き残る為に必死なんだ。新入りがいくら断ろうが、首を縦に振るまでいつまでもお前に纏わり付くぞ」

「……貴族のしつこさは異常。私の時もこの皇女様一行は三週間、学院、寮問わず私に張り付いて離れなかった」


「……わたくしは誇りある帝国陸軍の男として、淑女である勇者様には必要以上に近寄らないようにしておりました。そこは誤解のありませんよう……」


 迷惑過ぎるだろこの皇女共! もうちょっと周囲の気持ちも考えろ!


 そしてもし僕にもそんな風に纏わり付いてきたら、リセアと夢のイチャイチャ学院生活を送る事すらままならない。  

 これはやはり、今晩辺りにでもシュリに皇女誘拐命令を下すべきか……?


「ほら、仕事をやり遂げたらリセアとの一日デート権をプレゼントしてやる。これならちょっとはやる気が出んだろ?」

「よし、ロロアンナ。早速訓練の開始だ。ほら、グズグズしている暇なんて無いよ! 敵は待ってくれやしない!」

「ちょちょ、待ってくださいハルト先生! 私まだ制服のままで着替えが――」

「姫様!? おいこら、待て平民! 姫様の手を握る許可など貴様に出した覚えは無いぞ! あと姫様を呼び捨てにするな!!」

「やれやれ、これでようやく我々にも勝機が見えてきましたな……」





 そうして騒がしく廊下を走り去って行ったハルトと皇女一行を見送るリセアとユノ。

 騒々しかった空気が一気に落ち着きを見せ、少し寂しさを覚えた彼女達だが、それを振り払うようにいつもの如く話し始める。 


「……ユノ酷い。何故当人の私に許可なくあんな約束を……」

「酷いって事はねーだろ。本当に嫌ならあの場ですぐさま拒否していたハズだ。それに……新入りの事なんだろ? 昔から事あるごとに話してた変な男の子って」


「…………黙秘権を行使する」

「分かりやしーなーおい。まぁ、頼れる仲間であり大親友のアタイから勇者様への小粋なプレゼントだとでも思ってくれよ」


「……後でシュカにもユノとの一日デート権をプレゼントしてくる。それでチャラ」

「おい! それとこれとは話がちげーだろ!? てかアタイのデート権は無条件かよ!」


「……ふふん。私の怒りを思い知るが良い」  

「ったく、しょうがねー奴だな。――……にしても、なんで新入り達はリセアの仲間センサーに引っ掛からなかったんだ? 五人もAランクがいるんだぜ? それが一人残らず勇者の仲間に相応しいと判断されないって、ちょっとおかしくねーか?」


 そう、そもそもが不自然なのである。


 Aランク冒険者というのは、広大な面積と人口を誇るジルユニア帝国に於いてもハルト達を含め僅か十七名しか存在しないまさに英雄の領域。

 そこに至るには誰もが認めざるを得ないような圧倒的な実績と現役Sランク冒険者の推薦が必要となり、とても運やマグレでなれるようなものではない。


 若干十五才という若さで、それも五人同時にAランクに認定されたというニュースが出回った時、帝国中……いや世界中はその話題で持ち切りとなった。

 まさに天才。次なるSランク冒険者はその五人の中から誕生すると誰もが確信していた。


 当然、同年代の勇者であるユノの元には彼らを仲間とすべきという忠言が多く届き、一向に仲間の数が増えないユノも彼らには期待していたのだ。


 だが蓋を開ければ、全員不適格。

 唯一、今朝の騒ぎで会えていなかったアインとも先程顔を合わせたが、リセアとユノの求めるような結果は得られなかった。


「……ユノとは強さの方向性が違うけど、あの五人がユノにそこまで劣っているとは思えない。……もしかして、才能以外にも他に条件がある?」

「んなもん聞いた事ねーけどなー。教会の資料には、過去に死刑寸前だった囚人が勇者の仲間になったって話もあるし、それどころか魔王軍の幹部が仲間になった逸話もある」


 考えても考えても分からない。あの才気溢れる天才達が勇者の仲間として認められない理由が……。


 もしや――――!?


 ふとユノの頭をよぎった考えが、自然と彼女の口から零れ落ちた。



「勇者の力を超えたナニかが邪魔をしている――? ……ってまさかな」

「……………………」



 リセアはユノの言葉を妄言と切って捨てる事が出来なかった。




=======

二話に出したっきりの設定ですので忘れた方が大半だと思いますが、勇者には自身の仲間に相応しい特段の才を持つ者を見出す能力があります。

リセアは自身に宿る勇者の能力を信じるが故に、そして能力に引っ掛からない者を仲間とするのは周囲が絶対に納得しないが故に、ハルト達を仲間に勧誘することが出来ません。

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