第43話 あれ、意外にチョロい?
魔法を使える者と使えない者。
その差は先天的な資質のみで決まる。
魔法を使える者は――制御面を無視すれば――何もせずとも勝手に魔法を行使出来るようになるし、逆に魔法を使えない者はどれだけ努力してもほんの些細な魔法も使えない。
僕達で言えば、シュリは炎魔法、シュカは氷魔法の適性を持っている。だが、その他のメンバーは誰一人魔法を行使出来ないのだ。
まだ幼いが、九才と言う年齢で魔法を発動出来ないヨウもまた、魔法の才は持っていないだろう。
さて、そんな魔法の才だが、これには二つの大きな特徴がある。
一つは遺伝。
魔法使いの両親を持つ子はかなりの高確率で魔法の才を持って生まれると言う研究データがあり、貴族はこぞって家に魔法使いの血を取り入れて来た。
無論、血族に魔法使いがいなくてもその才を持って生まれる事はあるが、本当に稀。
だからこそ、現在の魔法使いには貴族だったり金持ちの家の子が多い。
ジルユニア帝国最高峰の魔法の学び舎であるアーレスティ魔術学院では特にその傾向が強く、周りを見渡しても裕福な家系の者ばかりだ。
僕の担当するAクラスの生徒の中に至っては、一般家庭出身の子は一人しか存在しない。
村の先生が昔教えてくれた、特権階級の権利はそのままに責任だけ民へ押し付ける民主主義という悪辣な手法がこの大陸で流行らない理由の一つとも言えるだろう。
そしてもう一つが性別。
昔から何故か魔法の才は大きく女性にその比率が偏っている。
正確な統計データは知らないが、この学院の生徒の性別から考えても男は一割も居ないと思う。
教科書に載るような著名な魔術師も女性ばかりで、一説によると女性の方がより強い魔術的資質を持って生まれるのではないかとまで言われている。
肉体的に強い素質を持って生まれる男とそういう意味では旨い具合にバランスが取れているのだ。
まぁ、そのおかげで魔法の神メメントは極度の女好きという神話が数多く残されていたりもする。
そしてここまで長々と魔法を語って結局何が言いたいのかという話だが――――
「ハルト先生! リセアちゃんのどこに惚れたんですか!?」「先生先生! もう一回プロポーズしてください! ちゃんと聞いていなかった子がいるんです!」「将来有望な若き英雄と勇者の恋。はぁ~、最高ねぇーーッ!!」「リセアちゃんに会う為にここに来たってホントですか!?」「私はリセアちゃんに釣り合う男になるためにここまで成り上がったって聞きました!」
女と言うのはどんな年齢でも恋バナが大好物。
それを九割女の学院で、それも教師が生徒にプロポーズしたともなるとご覧のようにトンデモない騒ぎになる。
おまけにここに通っているのは良家のお嬢様ばかりで、彼女達には政略結婚の駒として自由な恋愛は許されていない。なので当然、そういった話題には人一倍飢えているときた。
つまり先程の僕の発言は、砂漠の不毛地帯にいきなり水道を通すどころか超大型プールを建設してしまったようなものなのだ。
ちくしょう、僕のプロポーズは見世物じゃないぞ。
「ハルト、アタシという者がありながら何を血迷った真似をしてるの!?」
「ハルト君、これは何かの間違いですよね。あのクソ勇者に催眠を掛けられたとかそういうオチですよね!?」
当然、そこには我が幼馴染の姿もあり、僕を好きと公言しているシュリとマリルはとても心を乱していた。
「……なんて失礼な。私は催眠なんて掛けてない。これはひとえに、私が可愛すぎたのがいけない……」
「ふっざけんじゃないわよ、このクソ勇者!」
「ハルト君とあなたのようなクソ勇者では全く釣り合いが取れていません。せめてもうちょっと胸を膨らませてから出直してきてください」
「……胸の事を持ち出すのは条約違反。そもそもそっちのあなたも胸は無い」
「あるわよ! 女なんだから無い訳ないでしょ!」」
「すいませんシュリちゃん。配慮が足りませんでした」
「敵!? 敵なの!? まさか身内にも敵が紛れ込んでいたなんて!?」
早速仲良さそうに(?)話し合う三人の姿はとても微笑ましい。
まぁ僕は巨乳も貧乳も分け隔てなく愛する紳士だから、胸の大きさなんかで争う必要は無いんだけどね。
てかその前に――――
「僕を奪い合うみたいな会話してるとこ悪いけど、リセア、君僕のプロポーズ断ったよね?」
そう、僕の渾身のプロポーズは普通に失敗したのだ。
僕は天才な上にイケメンだが、かと言って世の女を全て惚れさせることは出来ない。
当然、超絶美少女で神に選ばれた勇者でもあるリセアの心の壁は厚く、簡単に僕になびいてくれる事は無かった。
「……私に結婚はまだ早い。でも嬉しかったから他の女にくれてやるのも悔しい」
「いっちょ前にキープ宣言ですか!? 聞きましたハルト君!? この勇者、聖女以上の悪女ですよ! きっと気が付いたらとても高価な壺とか買わされちゃいます!!」
「いやアタイは悪女じゃねーって言ってんだろ! いい加減にしろ!」
「……ユノ、私が悪女という部分もちゃんと否定して」
そう、リセアは悪女なんかじゃない。僕の天使だ。
もしリセアが膨大な借金を抱えていれば僕がそれを代わりになって返済するし、おかしな宗教に嵌っていれば一緒にその宗教に入ってあげる。壺くらい何百と買ってやろうじゃないか。
この自らの身を削るほどの献身的な姿勢こそ、真実の愛と言えよう。
「てかなんでリセアは断ったんだ? 新入りはスペックだけ見ればかなりの好物件だろ」
「いや先輩だってシュカを振ったじゃん。そう言うのはシュカを受け入れてから言ってよ」
「どっちの味方なんだよテメーは!? 人がせっかくリセアを説得してやろーとしたのに!」
そりゃ僕はリセアの味方である。
リセアが否と言うなら僕はその意思を最大限尊重するのだ。
まぁ、最終的には僕にメロメロになるのが確定しているけどね。
「そうだよ、ユノちゃん。いい機会だからぼくと結婚しよ?」
「どこがいい機会なんだよ! テメーはいつだって暇さえあれば結婚しようって言ってくるじゃねーかシュカ!」
「……びっくり。ユノってばいつ結婚したの? おめでとう」
「おーい、誰か医者を呼んでくれー! 話が通じねー英雄共と話を聞かねー勇者様がいるぞー!!」
「ぼくの事呼んだ、ユノちゃん?」
「テメー医者だったのかよ!?」
シュカは先生から医学――とりわけ外科的知識を学んでいる。
この世界において医学知識というのはある種の利権だ。一定以上の高度な情報は貴族や教会によって厳重に秘匿されており、それを学ぶのは容易な事ではない。
そんな貴重な知識を何故あの暴力シスターが知っているのかは謎だが、おかげで僕達は怪我をしても、腕が吹っ飛んでもシュカによってすぐに治療してもらえる。(脳筋ばかりの僕らが今も五体満足でいられるのは、シュカの功績が非常に大きい)
恐らく、ただの一般人でここまで医学に精通しているのは世界中でもシュカ一人だけだろう。
「……私は魔王との戦いで死ぬかもしれない。だから誰かと結ばれたらその相手が不幸になる」
一体何の話……と思ったが、恐らく先程の先輩が言った何故僕を振ったのかという質問への答えだろう。
確かに魔王はその強大さで知られており、それと真っ向から敵対するリセアは死のリスクもひときわ大きい。
だが、そんな理由で振られてしまっては、リセアが僕と結婚してくれるのが何十年後の未来になるか分かったものではない。僕は今すぐ彼女と結ばれたいのだ。
という事で、なんとか考えを改めてもらおうと、僕はリセアを説得する。
「大丈夫、君はそんなに弱い女の子じゃない。それに、もしそうなったとしても、僕は君と結ばれた事を決して後悔したりなんてしないさ。死ぬまで君を愛し続けよう」
「……ヤバい、ちょっと惚れた」
ちょっと惚れたってなに!? 普通に惚れてくれよ!
イケメンな僕が精一杯カッコつけてもちょっとだけとは、やはりリセアを落とすのは容易ではない。
「そもそも、この僕が君を簡単に死なせるはずないじゃないか。いざとなったら命を懸けてでも、僕が君を守るよ」
「……ヤバい、ちょっと
ちょっと濡れた!? どこが!?
これはもうゴールイン間近と言ってもいいのでは?
もしや意外と押せばいけちゃう!?
「あー、リセアは勇者としてずっと周りに頼られて生きてきたからなー。そういう甘い言葉に耐性がねーんだ」
「もしかして聖女であるユノちゃんも? ――……こほん。ユノちゃん、いざとなったら命を懸けてでも、ぼくが君の貞操を守るよ」
「なんてもの守ろうとしてんだよ!? 普通にアタイの身を守ってくれよ! てか、
なんのかんの言って、シュカと先輩の相性は悪くないように思える。
言葉だけを抜き取るといつも言い争っているようだが、事情を知る者が
これは僕リセアカップルと、シュカユノカップルでのWデートの日も近いかも。
だが教師としてこの場にいる僕は、いつまでも楽しくお喋りし続けている訳にはいかない。
給料もちゃんと出るのだし、その分の仕事はキッチリと果たさなければ。
「さぁさぁ、お喋りはここまでだ。そろそろ授業を始めるから皆席に座って! 他クラスの生徒も自分の教室に戻るんだ!」
僕の言葉を聞き、興奮したように色めき立っていた生徒達がぞろぞろと席に戻る。
流石は名門校。文句も言わずに教師の言葉に素直に従ってくれるとは……。
これだけ素直なら、「はい、授業始めるから出席番号一番から順番にパンツ見せて」とかしれっと言っても普通にパンツ見せてくれそうである。……リセアのパンツを他の男に見せたくないから実行はしないけど。
しかし、本当に授業内容をどうしようか。考えても考えてもまるっきりアイディアが思い浮かばない。
……まぁ、なるようになるよね。僕って天才だし。
「この淫乱勇者! アタシのハルトに色目使ってんじゃないわよ! その目ん玉引きちぎってやろうか!?」
「ハルト君はガーターベルトが好きなんです! ですが学院の制服にガーターベルトは死ぬほど似合いません。これがどういう事か分かりますか? そう、あなたは爆発して死にます」
「…………意味不明。ユノ、通訳して」
「アタイに振るなよ……。まぁ恐らく、新入りを取られて悔しい、ムキーーって言ってるんだと思うぜ?」
「……なるほど。二人共安心して。結婚する気は無い。思う存分彼にアプローチを掛けると良い。そして頑張って手に入れて――。二番目の座を」
「「ぶっ殺す!!」」
やれやれ、仲が良いのは分かったから、君達も授業の準備してくれないかな……。
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ユノやリセアの性格を知ってもらうための自己紹介的なネタ話が続きましたが、そろそろ話を進めます。
リセアにはまだ隠している強烈な個性がありますので、今後の展開をお楽しみに!
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