第26話 頼み
冒険者協会の支部長室。
そこで僕はいつものようにガンテツ支部長と向かい合っていた。
服の上からでも分かる圧倒的な筋肉と、まるで初めからそこには何も無かったと言わんばかりに光り輝く禿頭。
個人的な気持ちとしては、こんな見るからに危険な人物とはあまりお近づきにはなりたくないが、用事があるのだから仕方ない。
僕はガンテツ支部長の隣りでニコニコと優しく微笑むネロンさんを流し見て、枯渇していたお姉さんパワーを充填する。
うん、少しだけ元気が出た。
「それで? 今日は何の用だ。冒険者証はまだ出来とらんぞ。あと数日は掛かる」
「いや、今日はその件じゃない。ただちょっとだけ頼みがあってね」
「頼み? テメェがか?」
僕の言葉を聞き、訝しげな表情のガンテツ支部長。
「あぁ。今日一日、南地区が騒がしくなるけどその対応に人手を回さないで欲しいんだ」
お願いだからと言って決して
僕は世界を制する覇者として恥ずかしくないように足を組み、両手をソファー一杯に広げて偉そうに言う。
「…………何をするつもりだテメェら。というか、いつもの頭のおかしい仲間達が今日は居ないがどうした? まさかその騒ぎを自ら起こしに行ったんじゃじゃねぇだろうな。そしてその子は誰だ」
ガンテツ支部長はそう言って僕の隣りにちょこんと座っているヨウに顔を向ける。
「あ、あの……わたしはハルトお兄様に連れて来られただけでして、その、えっと……」
ヨウはその小さな身体をさらに小さく縮こまらせ、僕とガンテツ支部長の間に視線を彷徨わせる。
まるで「どうしてこんな場所にわたしは連れて来られたの!? 早く帰りたい。……いや、もう消えてしまいたい!」とでも思っているかのようだ。
はっはっは、ニナケーゼ
「お兄様? テメェの妹なのか?」
「違うよ。なんと言うか……そう、精神的に妹なんだ」
「……精神的にってなんだ。違いが分からん」
誘拐されてからというもの、ヨウはどこか変わってしまった。
何故だかマリルを凄い尊敬し始めたし、僕やアイン達も総じてお兄様、お姉様呼びになった。
そして宿の看板娘だというのに誰よりも強くなりたいだなんて言い出した始末。
父親であるヨランがとても心配していた。
僕の推測によれば、きっと誘拐されたショックで野生に目覚めたのだと思う。
もう少し時間が経って落ち着けば元通りになるよ……多分。
「実は昨日、泊まっている宿の娘さんであるこの子が誘拐されてね。幸い怪我をする前に取り返せたんだけど、その騒動で僕らの仲間が負傷したんだ」
怪我をしたのはヨラン。
どうやら昨日の騒動で少し膝を擦りむいたそうだ。
今日は朝起きて膝に絆創膏を一枚貼ったと本人が言っていたから間違いない。
僕は敢えて誤解させるような言い方をし、これから行う攻撃が正当なモノであるとガンテツ支部長とネロンさんの頭に植え付ける。
この二人が認めてしまえば、冒険者協会が僕達の正義を保証してくれるに違いないからだ。
「だから――――その復讐を行う」
ヨウの頭をポンポンと撫でながら、強い口調で告げる。
それを受け、ガンテツ支部長とネロンさんは渋い顔。
「その馬鹿な真似をした相手は特定出来ているのか?」
「当然さ。【狂った狂犬】だよ。支部長とネロンさんも知ってるよね?」
「……ちっ、よりによってあの連中か」
「確かに冒険者は舐められたら終わりですから、復讐するという気持ちも分かります。ですが、【狂犬】は下部組織も含めると五千人は構成員がいますよ?」
それは知らなかったな。
マリルは取るに足らない数しかいませんなんてあっさり言っていたが、本当に大丈夫なんだろうか。
一人ずつ組織の拠点を制圧しに行ったアイン達が心配になってきた。
僕はあまり体力のある方じゃないから倒せて五人くらいだよ?
「それに連中は衛兵隊とも太いパイプがある。上手くやらないと逆にテメェらの方が捕まる危険があるぞ」
「だから頼んでるんじゃないか。その対応に人手を回さないでくれって。連中を潰すのは僕らだけでも事足りるけど、そこに無関係な人を近付けないで欲しいんだ」
話を聞くに、アイン達は裏の人間なら匂いや雰囲気ですぐに分かると言うのだ。
しかし日頃から魔物を討伐しまくっていて、身体に血の匂いがこびり付いている冒険者に関してはその区別は困難であるらしい。
だから僕はあっちこっちで騒ぎが起きても、冒険者を派遣したりしないよう交渉にやって来たのである。
マリルによると、冒険者協会の支部長の権力はとても大きく、支部長が頷けば一日くらい冒険者を足止めさせられるのだとか。
「支部長、ネロンさん。二人の持てる権力全てを使ってくれ。じゃないと……無関係の人間が酷い目に遭うよ?」
「…………それは、ワシやネロンの実家も使えという脅しか?」
実家? いや二人の実家なんて知らないけど……。
うーん、イメージ的にネロンさんの実家はお花屋さんかケーキ屋さんかな。そしてガンテツ支部長の実家はジムか墓地。
果たしてそんな実家に頼った所で何が出来るのだろう。
「その通り。だけど脅しじゃない。あくまでもお願いだよ」
そうは思うものの、僕はいつも通りよく知らないけど知ってる風を装い涼しい顔を作る。
そんな僕の様子を見て、二人は暫く考え込んだ後、お互いに頷き合う。
「どこでワシらの出自を調べたのかは知らねぇが、今回は言う通りにしてやる。【狂犬】の連中にはいい加減うんざりしてたんだ。思いっきりやっちまえ」
「私もお父様にお願いしてみます。きっと良いお返事を貰えると思いますよ」
いや僕が二人に期待しているのは冒険者の足止めであって、実家とかはどうでも良いんだけど……。
お花屋さんのお父様から良いお返事を貰えたらどうなると言うのか。……お葬式の花でも準備してくれるのかな?
「それじゃ頼んだよ。色々片付いたらまた来るから」
「……ハルトお兄様。わたしって連れて来られた意味ありました?」
「勿論だよ。ヨウが居たおかげで怒りっぽい支部長が怒鳴らなかった」
「……さ、流石はハルトお兄様。どれだけ頑張ってもハルトお兄様の域に辿り着ける気がしません……」
~~~~~~
「アイツ、ここに来てから一週間も経たずにどうやってワシらの実家を……。裏の情報屋でも知らないハズだぞ」
「やはり戦闘力だけではない、という事なのでしょうね」
ハルトとヨウが支部長室を出て行った後、ガンテツとネロンは難しい顔をしながら話し合っていた。
当然、その内容は先程のハルトの発言について。
「他にも色々知っているような雰囲気でしたし、末恐ろしい子です」
「低めに見積もってもSランク冒険者クラスが五人。そしてリーダーは頭もキレるか……。こりゃいよいよワシの手には負えんな」
まるで全てを見通しているかのようなハルトの表情を思い返し、ガンテツは思わず身震いする。
貴族の家に生まれ、多くの有力貴族とも顔を合わせた経験のある彼をして、あそこまで底の知れない人物とは出会ったことが無かった。
そしてそれはネロンも同じ。
ネロンは年の近い第三皇女と仲が良く、その縁で現皇帝とも会話をしたことがある。
それでもここまで圧倒的な格の違いは感じなかった。
「少し人格に難はありますが、英雄の素質は充分。近い将来、彼らはトップ冒険者の仲間入りを果たすでしょう。そして【狂犬】を潰せば、その報復として【黒狼】が出てくる。でも彼らなら……」
反社会的勢力は、冒険者以上に
【狂犬】に手を出されたら、その親である【黒狼】は間違いなく報復へと動く。
ハルトがそれに気付いていないハズはない。
つまり、彼らはジリマハ全土における反社会的勢力全てと敵対する意思を固めたという事だ。
大きな戦いになる……。
これから起こる厄介事の数々が脳裏に過り、眉を顰めるガンテツとネロン。
しかし、これは同時に目障りであったヨドン男爵失脚のチャンスでもある。
「こうしちゃはいられねぇな。サッサと兄貴に連絡を取らねーと」
「私もお父様に知らせます」
【狂った狂犬】も【黒の黒狼】もどちらも強大な組織だ。
しかしハルト達が敗れる姿がガンテツとネロンには想像できない。
だからこそ、二人はその後を見越して動き出す。
「……まさかあの男。人払いのためなんかじゃなく、ワシらに後処理を全てぶん投げる為にここに来たんじゃないだろうな」
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忙しくて久し振りの投稿となってしまいました。
ええ、就活がちょっと…………すみません、なろう小説読んでました。
久し振りにビビっと来る作品に出合えたのでずっと読んでました。
いやー、二百万字越えは読み応えあったなー(遠い目)
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