第27話 狂った狂犬①

 【狂った狂犬】のアジトの一つ。

 歓楽街から少し外れた人気の少ない場所にそれはあった。


 一階部分は会員制のバー。二階から五階部分は構成員の寝床。そして地下は違法な賭博場。

 暗い鬱蒼とした雰囲気のバーではお昼前という事で普段のような賑やかさは無いが、幾人かの男達が思い思いにグラスを傾け、日頃の疲れを癒している。


 強盗、恐喝、殺人、強姦、違法薬物。

 男達は何でもやる。


 仕事も無く、学も無く、大した才も無い自分達を受け入れてくれた組織の為。

 他人がどうなろうが知った事ではない。

 これが組織への……そしてボスへの恩返しと信じていた。


 それに【狂犬】のメンバーならば、何をしても許される。

 庶民は報復にビビって泣き寝入りをするしか無いし、たまに衛兵隊に通報する者が現れても、ヨドン男爵の息が掛かった者がそれを握りつぶす。


 かつてない程の快楽だった。

 自分達が神にでもなったのではないかとさえ錯覚させるこの特権は、男達の倫理観を粉々に粉砕した。


 組織の仕事はキツいが、もう元の惨めな生活に戻るなんて考えられない。

 知らず知らずのうちに、組織に依存させられていた男達は後戻りできない所まで来ていた。


 しかし、そんな男達の元に招かれざる客がやって来る。


 ドゴォオオオオン


 入り口の扉を無理矢理蹴破り、室内へと侵入してくる少年。

 そしてそんな非常識な方法で入店したのにも関わらず、何故か彼は得意げな顔で叫んだ。


「俺の名はアイン! 今からテメェらを皆殺しにする男だ! 死にたくなかったら金と飯と熟女を差し出せ!!」 


 なんだこの頭のおかしいガキは。

 男達の脳裏にそんな考えが過る。

 しかし、【狂った狂犬】のメンバーとしてここで子供一人に気圧される訳にはいかない。


「おいガキ。知らねぇと思うがここは天下の【狂犬】様の店だぞ? 分かったらさっさと土下座しろ。今なら指一本で勘弁しておいてやる」


 【狂犬】に表立って反抗すれば殺される。

 赤子でも知っている話だ。

 きっとこのガキもすぐに泣いて謝るだろう。

 しかしそんな男達の考えはあっさりと裏切られる。


「あぁ知っている。俺はここにいる腐った連中を潰して来いって言われてるんだ。ハルトが人間を斬る許可をくれるのは滅多にねぇ。殺しの許可に至っては初めてだ。だから……精々俺を楽しませろよ?」


 それから起きたのは一方的な虐殺であった。

 一人、二人とアインの持つ短剣に切り刻まれていき、騒ぎを聞き駆け付けた上の階にいた人間も次々と殺されていった。


「も、もうやめてくれ」「腕が、腕がぁぁぁああッ!」「俺の内臓が床に……!」「く……くび、が……」


 アインは男達がこれまで犯してきた罪をマリルから聞いていた。

 だから殺すのに躊躇いは無い。

 自分達の支配する世界に、救いようのない悪人など必要無いからだ。 


 しかしただ殺すというのも勿体ない。

 そこでアインはどの間合い、どの刃の角度、どの力の入れ具合が効率よく人間の身体を切断できるか試していた。


「やっぱ魔物とは全然違うな! 感謝するぜ。これで俺はまた一つ強くなる!!」


 狂ってる……!

 辛うじて生き残っていた男達はアインのその狂気に恐怖した。


「た、頼む。金ならやる。情報も、女も。だから、助けてくれ」

「ふむ、なかなか魅力的な提案じゃねーか。だがな、よーく考えてみるんだな。テメェらを殺した後にそれらをまとめて頂いた方が後腐れなくて気分良いだろ」


 先程自分で死にたくなかったら金をよこせと言っておきながらこの言い様。

 男達は、アインの言葉を聞き、もはや自分が助かる道は残されていない事を確信した。

 頭のおかしい奴には何を言っても無駄だし、このイカれた虐殺にも意味なんてほとんど無いのだろう。


「あぁ、ちなみに死にたくなかったら云々ってのは、教会のババアに言われてたから言っただけだ。なんでも、逃げ道があると思わせておいて絶望に叩き落すのが色々効果的らしい」


 そうして、アインがアジトに突入して三十分後。

 そこにいた【狂犬】のメンバーは全員息絶えた。



~~~~~~



 冒険者協会を後にし、アイン達と合流した僕はそれぞれの報告を聞いていた。


 それによるとマリルは飲み水に薬を混ぜ、全員の視覚、聴覚を奪い簡単に降伏させたらしい。

 シュカはアジトそのものを魔法で氷漬け。シュリはリーダー的存在を暗殺してその首をアジトにいた構成員にプレゼントしたんだとか。


 そしてアイン。

 彼はなんと担当したアジトにいた構成員を皆殺しにしたそうだ。



 ……どうしてこうなった。



 いや確かに殺しても良いとは言ったよ?

 でもそれは制圧するにあたって効果的な場面での見せしめだったり、万が一にでもアイン達の身を危険にさらさないために許可しただけなんだよ。

 一体誰がジェノサイドして来いと言ったのか。


「いやー、流石はハルトだな。俺の行った場所は剣士が多くてすげー楽しかったぜ!」


 楽しかったのなら何人かは生かしておいて欲しかったよ。

 情報を得るにしろ、人質にするにしろ。死んでいては何も得るものがない。

 まぁ悪人だからどれだけ殺しても問題は無いが。


 やってしまったのものは仕方がないので、僕は興奮した様子のアインに対して「流石はアインだね」とテキトーに褒め称える。

 彼は人の話をまるで聞かないタイプなので、今更僕が何を言っても無駄なのだ。 


「ちぇー。アタシも皆殺しにして来れば良かったな。ハルトってば殺しても良いとしか言わないから、てっきり生き残りは多い方が良いんだと思っちゃった」

「ふふふ。私はアジトに毒爆弾を仕掛けて来たので、いつでも皆殺しに出来ますよ」

「ぼ、ぼくも! 氷漬けにしたからちょっと衝撃を与えればくだけ死んじゃうよ!」


 アインだけを褒めたのがいけなかったのか。

 シュリ達はまるで僕が皆殺しを望んでいたかのような反応を見せ、今からでも皆殺してこようかと口々に言う。


 ……僕は悪魔かなにかかな?


「さ、流石はハルトお兄様。虫けらにかける慈悲などないということですね。参考になります」


 いやなんの参考になるのそれ!?

 顔を真っ青にして震えてるのに、無理矢理僕を褒め称えなくても良いんだよ?

 まったく、アイン達のせいで僕という人間性をヨウに誤解されてしまいそうだ。


「いやこれ以上の殺しは必要無いよ。全て予定通りだ。後は【狂犬】のボスに会いに行くだけ」


 僕達は今、【狂った狂犬】の総本部へと向かっている。

 アイン以外のメンバーはちゃんと構成員から情報を搾り取っていたらしく、ボスのいる場所が判明したのだ。


「ハルトが命令してくれたら、アタシがちゃちゃっとボスの首を取って来るけど?」

「狙撃なら任せて下さい」


 うちの女子連中殺意高過ぎである。

 アイン以上にこの二人は野放しにしたら何をしでかすか分からない怖さを感じる。


「殺すかどうかは話してみてそれ次第だね」


 ボスが僕達の役に立ちそうならそのまま僕らの部下に組み込むし、そうでないなら殺す。

 僕達の部下に生粋の馬鹿と根っからの悪人は要らないからね。


「ボスの見極めは僕がするから、アイン達はそれ以外の連中の相手を頼むよ。護衛とかがうじゃうじゃいると思うから」

「おう! 勿論殺しても良いんだろ?」

「アタシの拳が血を欲してるわ」

「逃げ回る相手を凍らせるのって結構楽しいんだよね」

「私は念のためハルト君の護衛をしても良いですか? 相手がどんな卑怯な真似をしてくるか分からないので」


 ハッキリ言って最強である僕に護衛なんて必要無いが、マリルがやる気なので承諾しておく。

 まぁアイン達三人でも戦力としては充分だろう。


「あ、あのわたしはどうしたら……」

「ヨウは……そうだね……」


 まだ子供であるヨウをアイン達と一緒に戦わせるわけにはいかない。

 かと言って、僕の所も人手は足りているし……。

 困ったな。


「――……裏口からコッソリ侵入してトイレにこもっておいて」

「なんですかその必要性がまるで感じられない役割は!?」

「いやいや実はとても重要な役割なんだ。あぁ、ちゃんと鍵を掛けるんだよ? ノックされたら入ってますとだけ言えば良い」

「暇でしょうからお菓子の持ち込みも許可します。はい、お煎餅せんべい

「マリルお姉様……。流石のわたしもトイレでおせんべいは食べたくないのですが……」


 一体どこから出したのか。

 マリルは大量のお煎餅が入った袋をヨウに手渡す。 


 それを微妙な顔で受け取ったヨウは渋々僕らの元を離れ、目の前にある【狂った狂犬】の本部の裏口へと向かう。


 ……取り敢えず役目をあげようとテキトーな事を言ったが、果てしてこの屋敷に裏口はあるのだろうか。


 まぁ今はそんな事はどうでも良い。

 僕達は早速屋敷の外にある門、そして玄関の扉を次々と破壊し、いかにもお金のかかっていそうな豪奢な屋敷内へと乗り込む。


 そこで目にしたのは――――


「降伏いたします。どうか殺さないでください」


 ――ボスと思わしき線の細い男とその取り巻きが、一斉に僕達へ土下座している光景であった。

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