第10話 宿
「ここがいつも空いてるって噂の宿屋か……」
報酬を受け取り、冒険者協会を後にした僕達は寝泊まりするための宿を探すため街中を歩き回っていた。
まとまったお金も手に入り、もう少しすればさらに大金が入って来る。
そこで、どうせなら高い宿に泊まって長旅の疲れを癒そうじゃないかと皆で話し合って決めたのだが……どうにも宿が取れない。
僕達の格好が汚らしいだとか、キチンとした身分証を持っていないからだとか本当に様々な理由を付けて断られた。
クソ、僕達が世界征服をしたら覚えておけよあの宿共……。
仕方が無いので住民に聞き込みをし、あそこならきっと泊めてくれるよと言われてようやく辿り着いたのがこの宿だ。
「ボロいわね」
「ボロいね」
「ボロいです」
「ボロすぎだろ」
地元の人間じゃなきゃ分からないような細い小道を右に曲がったり左に曲がったりしてやっと見つけた宿。
廃墟としか思えぬ苔まみれの木造建築に、死ぬほど暗い内装。『極楽旅館ヘイブン』と書かれた看板は老朽化でガタが来ているのか斜めに傾いている。
本当にこれ営業しているんだろうね?
「い、いらっしゃいませ~!」
いくらボロくても雨風が凌げるのならそれで良い。もし布団なんてあったら万々歳だ。
そんな気持ちで立て付けの悪い戸を開け入り口をくぐると、奥から可愛らしい十才くらいの女の子がトコトコとやって来た。
「お、お食事でしょうか? お泊りでしょうか?」
恐らく滅多に客が来ないせいで接客に慣れていないのだろう。
こちらが見て取れるくらいガチガチに緊張しながら、女の子は僕達に訊ねる。
そんな女の子の様子を見るなり、子供大好きなマリルは動く。
マリルは女の子の前でしゃがみ込み、頭をよしよしと撫でながら優しく話し掛けた。
「泊まりたいんですけど、お部屋は空いてますか?」
「ひゃっひゃい。空いてましゅ」
女の子は顔を赤くして照れている。
うーむ、これは僕調べ『美少女ランキング』のBティア以上は確実だな。
「良かった。それじゃあ二部屋頼むよ。期間は……そうだな、一週間もあれば身分証も出来るだろうし一週間で」
「い、一週間も!? ありがとうございます!!」
一週間なんてそう長い期間でも無いだろうに、どれだけこの宿には客が寄り付かないのか……。
ていうかこの宿にはこの子しか居ないのかな? いくら街中だろうと不用心過ぎない?
「私の名前はマリルって言います。あなたのお名前はなんですか?」
「ヨウです。九才です」
「まぁヨウちゃんって言うんですね! 可愛らしいお名前! ヨウちゃん一人で接客が出来るなんて偉いですねー。所で、お父さんかお母さんはどこにいるんですか?」
「お、お父さんは今出掛けてます。お母さんは……小さい頃に死んじゃいました」
ピキッ
僕とマリルの間に雷が落ちたかのような衝撃が走る。
「(い、いきなりなんでそんな地雷を踏んでるんだよマリル!)」
「(そんな! ハルト君が聞きたそうだったから代わりに聞いてあげたのに!!)」
僕らも長い付き合いだから、視線を合わせればなんとなく相手の言いたい事が分かる。分かるからこそ、僕ら二人はこの重苦しい空気の責任を相手に押し付け合う。
そして初対面の少女にいきなりとんでもない話を聞いてしまったものだと顔を引き攣らせた。
「あ、でも気にしないでください。本当に小さい頃だったのでお母さんの記憶とかもあんまり無いんです」
ピキッピキッ
「(ヤバいよ、もうなんて声を掛けてあげれば良いか分からないよ! 二の句が継げないとはまさにこの事だよ!!)」
「(ど、どどどどうしましょうハルト君。気にしないでくださいとか言いながら、ヨウちゃんちょっと悲しそうです! 凄くいたたまれないです!!)」
ちなみにこのアイコンタクト会話に参加しているのは僕とマリルだけ。
他の皆は呑気に生まれて初めて見る新聞とやらを見てワイワイと雑談してる。
彼らは僕らほど感受性が豊かじゃないから、こういった話を聞いても「へー、そうなんだ(無関心)」くらいにしか感じないのだ。
「ちなみに今からお客様をご案内するお部屋は、お母さんが生前内装や家具の配置をデザインしたお部屋なんです。だから気に入って貰えたら嬉しいです」
ピキッピキッピキッ
「(どうしよう、絶対に悪い評価は下せない流れだよ!? 少しでも悪くいったら僕ら悪者だよ!?)」
「(最悪です! ただでさえボロっちい外観で色々期待できない状況だというのに、まさかこんな試練まで待ち受けているとは思いませんでした! アイン君辺りは平気で悪く言っちゃいそうです!!)」
僕とマリルは顔を青褪めながら、お互いに見つめ合う。
「それでは五名様、ご案内いたしまーす」
「「(誰か助けて―――!!)」」
~~~~~~
最初に僕らが連れて来られた部屋は五人全員で泊っても余裕があるくらい広い大部屋だった。
窓から見える景色こそ街中であるため良く無いが、宿の外観からは想像も出来ないほど清潔感溢れる部屋だ。
ただ――――――
「(ハ、ハハハハルト君! 何ですかあの大量のお札は!?)」
「(ゆ、ゆゆゆゆ床に人みたいな跡が!!)」
天井、壁には所狭しと大量のお札が貼られ、床には人型の赤黒い染みが付いている。さらに枕は刃物のようなもので切り付けられた跡が残っており、部屋中にそこから出た羽が散乱していた。
旅館、というかもう完全に猟奇的殺人の事件現場か呪われた事故物件にしか見えない。
こ、これがヨウちゃんの母親が生前デザインした部屋!? 嘘だろ、正気じゃない!!
しかし僕達はその正直な気持ちをヨウちゃんに伝える訳にはいかない。
母親との唯一の繋がりがこの部屋なのだ。どうにかしてこの事件現場を褒め称えないと!!
「なんか気持ちわり―部屋だな。こんなのしかねーの?」
「え?」
「「(アイン(君)の馬鹿!!)」」
部屋の扉を開け、先に僕らを部屋に通して待っていたヨウちゃんがアインの言葉を聞き意外そうな声を上げる。
マズい、このままではヨウちゃんが泣いてしまう!
「い、いやー。な、なかなか良い部屋だと思うよ……? 個性的だし、洗練された空間って言うか……ねぇマリル?」
「そ、そうですね! こんなドキドキするようなセンスの光るお部屋は見た事ありません。なんていうか、激しく強い想いがこもってそうです!」
僕とマリルはまるで褒める場所の無いおぞましい部屋を眺めながら、必死になって言葉を紡ぐ。
そんな僕らの様子を見たシュリは、
「アンタら……目、大丈夫?」
なんだかとても僕達を心配していた。……というかドン引きしてた。
大丈夫だよ! 僕らだって本心からこの部屋を気に入ってる訳じゃ無いんだから! 全てはヨウちゃんの笑顔を守るためさ!!
しかしそんな僕らの苦労もヨウちゃんの一言で崩れ去る。
「あ、ごめんなさい。お部屋間違えちゃいました」
――いや、普通旅館にこんな部屋ある!?
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ハルト達は魔物の群れと戦った事で、全身に返り血やら脳みそやら色々浴びています。なので見た目もグロければ、匂いも酷い。
そんな状態で普通の宿が泊めてくれる訳も無いので、ハルトが自分達を追い返した宿を恨んでいるのは完全に逆恨みですね(笑)
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