第40話 選択
「わしがここアーレスティ魔術学院学長のレドン・マイルドじゃ。まずは我が校の生徒を救ってもらった事、心より感謝する」
レドン学長はそう言って僕達に深々と頭を下げる。
幽閉されていた拠点から抜け出した僕達は、そのままの足で学院に到着。するとすぐさま学長室へと通され、こうして感謝されていた。
ここに来るまでも教師達(今度こそ本物)から多くの謝罪とお礼の言葉を述べられたし、恐らく学園からしたら僕達や聖女が盗賊に襲われたというのはよっぽど都合の悪い事なのだろう。
「いや、感謝なんかする前に自分達でサッサとユノを助け出せば良かったよね?」
「き、貴様っ! 学長になんて口の利き方だ!」
レドン学長の隣りに立っている秘書の女性が僕の言葉を受けていきり立つ。
この世界において苗字があるというのは貴族の証だ。
だからこそ、貴族であるレドン学長に対する僕の態度が彼女は気に入らないのだろうが、僕らは貴族程度に尻込みなんてしない。
僕らを委縮させたかったら神でも連れて来るんだね。
まぁそんな事はさておき、先輩は盗賊達の目的は自身の身代金だろうと言っていた。
つまりは、あの盗賊達は太陽教に対して、少なくとも先輩の身柄を確保している事、そして要求する金額の二点を連絡していたに違いないのである。
ならば、それを受けてここの教師達や街の衛兵達が救出に向かって
貴族だ学長だと、権力を誇示する暇があるのなら、教え子の救出に向かいなよ。
「それが、太陽教はずっと今回の件を隠しておっての。わしらがそれを知ったのは帰って来たユノ君からの報告でじゃ」
「……もしや太陽教の中にあの盗賊達のスパイでも紛れ込んでいたのですか? 案外太陽教も大したこと無いですね」
マリルの言葉に僕達が頷くと、レドン学長は気まずそうに言う。
「恐らくそうではないじゃろう。太陽教ニノ教会の幹部のジジイ共は誰も彼も聖女の誘拐なんて大事件の責任を自身で負いたくないのじゃ。
もっと酷いじゃないか。
やれやれ、権力にしがみつく老人というのは何故こうも自分の事しか考えられないのだろう。
「ふーん、ぼくのお嫁さんを見殺しにするだなんていい度胸だね。お兄ちゃん、ぼくちょっと太陽教を潰しに行ってくるよ」
いやダメだよ!
なに散歩に行ってくるみたいなノリで、宗教を潰そうとしてるのさ!
太陽教は世界中に信者が何億人といるのだ。
その老害連中だけを潰すならまだしも、太陽教そのものを潰すなんて世界征服と同じかそれ以上に困難な道となるに違いない。
「ちょっとシュカ! お姉ちゃんはそんな女認めてないわよ? ていうか姉より先に結婚する弟なんていていいわけ無いでしょ! せめてアタシがハルトの子を産んでからにしなさい」
「……それいつまで経ってもぼく結婚できないじゃん」
「なんですって!?」
シュリとシュカが取っ組み合いの喧嘩を始めてしまったの横目に、僕はシュカの過激な発言で呆然とする学長に問い掛ける。
「まぁ太陽教を潰すかどうかはさておき、僕らは学院で何をすれば良いの? 取り敢えず行けとしか聞いてないんだけど」
「そんな大それた事をさておかないで欲しいのじゃが……。ま、まぁよい。ここでの生活じゃが、お主らには二つの選択肢を用意しておる。教師として生徒に指導するか、それとも学生として青春を謳歌するか。それぞれ好きな方を選ぶがよい」
ふむ、勇者ちゃんと放課後二人きりの特別授業を行うのも魅力的だし、隣りの席から真面目に授業を受ける勇者ちゃんの横顔を眺めるというのも捨てがたい。
これは……究極の二択だ。
「お主らは若いから生徒として学院に通う方が自然ではある。が、かと言ってAランク冒険者が今更学校で学ぶことなど何もないじゃろう」
教師か。生徒か。
悩み続ける僕らの中で最初に答えを決めたのはアインだった。
「よし、決めたぜ! 俺は学長として学院に通う!!」
君、話聞いてた?
一体どこから学長なんて選択肢が現れたのか。
現学長であるレドンも、隣りに佇む妙齢の女性秘書も、それはそれは虚を突かれたように口をあんぐり開ける。
「俺は魔法が使えねーし、剣が好きだ。だから俺が学長になってここをアイン剣術学院にしてみせる!!」
「なるほど、その手があったか」
「なんでハルト殿まで納得しておるんじゃ!? 選択肢は二つと言ったじゃろう!」
「いやいやご冗談を。僕は知ってるよ。こういう時は幻の第三の選択が正解だと。ひっかけ問題に騙される僕達じゃない」
「勝手に深読みするでないわ! 体験入学の若者に学長を任せる馬鹿がいるわけなかろう!」
「それはほら、一日学長みたいな」
「学長にそんな制度はないわ!」
アインの名案を聞き、僕は閃いてしまった。
学長とはそれすなわち学院の長。一番偉い人間である。
つまり学長になってしまえば、生徒を私的な用事で呼び出しても怒る上司は居ないし、学長室というプライベートな空間まで手に入る。
勇者ちゃんと学院でイチャイチャし放題という訳だ。
これは是が非でも学長の座を頂かなければ。
「安心してくれ。僕はアインの次である第二学長で良いから」
「おっ、ハルトが学長仲間ならアイン剣術学院の輝かしい未来は約束されたようなもんじゃねーか。へへ、毎年の卒業式では学長と卒業生で殺し合いするのを伝統にしようぜ」
それは生徒からすれば人生の卒業式になっちゃうんじゃ……。
「ではハルト君の秘書は私に任せて下さい。お仕事は全て私がやりますから、ハルト君は仕事する私を優しく抱っこしてくれればそれで良いです」
なんて甘々な秘書なのだろう。僕が堕落してしまいそうである。
しかしそんな魅力的なマリルの提案だが、よくよく考えるとそれ実質マリルが学長じゃね?
「あーもう分かった。お主らの好きなようにやらせたら絶対碌な事にならん。学長権限でわしが決めるから、お主らはそれに従え」
どうやら僕達の自由な発想はレドン学長の想像の埒外にあったらしい。
呆れたように首を横に振りながら、僕達から選択権を剥奪する。
まぁ、ぶっちゃけどういう立場になろうが僕は勇者ちゃんと仲良くするからどうでも良いんだけどね。
しかし焦ったように口を開く者が約一名。
「ちょ、ちょっと待ってください。あの、最低限の知識も能力も持っていないわたしはどうなるんでしょうか。ていうか、どうしてわたしはここに連れて来られたのでしょうかハルトお兄様……」
ヨウが困ったようにそう言うと、レドン学長も難しそうな顔を作る。
「流石に十もいかない年齢の子を受け入れる訳にはな……。九才では前例もないじゃろ、パール君?」
「はっ。過去最年少は十二才との記録があります。その生徒もかなりの才媛で、平民ながら後の宰相にまで登り詰めた麒麟児です。ですので、大した才も無い普通の子供を我が学院に迎え入れるわけには参りません」
僕がヨウをここに連れて来たのには理由がある。
一つは今行っている修行を継続するため。そしてもう一つが僕達のお世話だ。
手っ取り早くヨウを強くするには、僕達に同行して訓練を施しながら色んな経験を積ませるのが最善。
ヨウよりも少し年上だが、この学院にはジルユニア帝国内外から集まった才ある者が大勢いる。絶賛成長中のヨウにはきっといい刺激になるだろう。
さらにヨウは父親であるヨランから料理を教わっており、料理の腕もなかなかである。
ヨランには十名ほど料理人の弟子を取らせたのでここまでは連れて来れなかったが、毎日美味しい食事をしたい僕らはその代わりとしてヨウを連れて来た。
後者の理由に比べて前者の理由は圧倒的に弱く、取ってつけたようなものに過ぎないので、ヨウがこの学院に通おうが通うまいが割とどうでも良い。
だが、せっかくゲロを吐きながらこんな遠くまで来たのだ。どうせなら良い思い出を作らせてあげたい。
という事で、僕は壁に立て掛けてあった杖を手に取り、それをヨウに手渡す。
その杖は通常の杖よりも二回りほど太く、そして洗練された花や鳥、植物の
杖というものはその素材となった木の種類によって大きく値段が異なる。
僕は杖について詳しくないが、魔力を通してもいないのに自然と溢れ出る高貴な魔力ときめ細かな美しい木目は、まるで自分は最高級の素材なのだと主張しているかのよう。
恐らくヨウの家の借金の何十倍……いや何百倍もの値が付くであろう、そんな希少で高価な杖を受け取り困惑しているヨウに僕はこう指示を送った。
「へし折ってみて?」
「「!?」」
僕の言葉に目を大きくするレドン学長と秘書。
焦ったように杖を取り返そうと席を立つが……もう遅い。
パキンッ
高価な杖は下手な剣よりも折れないと聞く。
にもかかわらず、ヨウはいとも簡単にその杖を真ん中からへし折り、その真っ二つになった杖を嬉しそうに僕に見せびらかす。
「や、やりましたハルトお兄様! 日頃の訓練の成果です!」
僕はそんなヨウの頭をよしよしと撫でてあげながら、愕然とした様子のレドン学長と秘書の二人に言う。
「これでも大した才が無い普通の子供だと思う?」
そしてレドン学長は絶望したかのように、床に手を付きながら呟いた。
「わ、わしの杖が…………」
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今日は短めの話をもう一話投稿しようと思ってます。
土日万歳!
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