第七話 アッパライト到着

 肩が痛い。ああ、肩が痛い。俺は原住民に傷つけられた肩を押さえながら、近場の街“アッパライト“まで歩いて行く。


 回復アンプルを使えば、この程度の傷はすぐ治る。しかし、手元には回復アンプルは無い。俺は回復アンプルを購入する金が無かったから、当然ながら持っていない。アリスが回復アンプルを持っていれば話が早いのだけど、回復アンプルを補充し忘れたと告げられた。


 応急手当をしたが、肩口からは血が滲んでいる。歩く度にズキズキと痛みが伴う。自然、俺の息は荒くなり、足取りも重くなっていった。


「ゴンスケ、後少しよ。頑張って」

「痛いヨォ。クソォ、なんだってこんなことになるんだ」

「あれは原住民の盗賊ね。まったく、治安が悪いとあんな野卑な奴らが増えて困るわ。ま、ああいった輩を敵対生物に食わせる動画は結構人気あるんだけどね」


 おおぅ。流石は惑星ネクロポリス……地球の常識モラルが通用しないぜ。如何に悪人だろうと残酷な処刑は地球上に眉をひそめる人は多い。どれだけ科学が発展しても惑星ネクロポリスは社会的にデンジャラスだ。

 ……いや、古代や中世では処刑は娯楽だと聞いたことがある。惑星ネクロポリスの連中は、科学や文明が発展し過ぎて、一周回って残酷なショーが娯楽になってしまったのだろうか。だとすると、なんと退廃的な世界だ。まるで旧約聖書のソドムとゴモラだ。

 

「ネクロポリスって恐ろしいところだな……」


 俺の呟きを聞きアリスは鼻で笑った。彼女がどう言う意味で受け取ったのか分からないが、少しばかり呆れた物言いで口を開いた。


「なぁに言ってるのよ。地球の方がデンジャラスじゃない。至るところで戦争や犯罪が横行しているし、法律だって人的判断を通した裁判なんかしてるから、誤審が発生する可能性もあるんでしょ?」

「う……、まあ、そういうところもあるな」

「惑星ネクロポリスはすべての社会制度をデジタル化して、人の曖昧な判断が入り込む余地がない社会にしているの。犯罪は即座に脳内チップを通して鎮圧され、人工元首による外交や内政で収賄や汚職、それに戦争に至る拙い判断は起こさないわ」

「全部をデジタル化してるのか。でもさ、デジタルだとしても完全に正しい判断とは限らないだろう? 頼り切って大丈夫か?」

 

 俺の疑問にアリスは指を左右に振って、“チッチッチ“と口を鳴らす。


「遺伝子的に選別された人類の最高の英知、七賢人が守っているわ。星間交渉や宇宙的判断が必要な場合、彼らの形而上的思考と人工元首の合理的思考をミックスして、より最適解を導き出すの」

「結局、人が絡んでるのかよ。それって良いのか?」

「ただの人じゃないわ。よ。。ゴンスケの考えている天才以上の天才よ。選挙とか言う認知バイアスの塊を通して選ばれた人間が行うとか言う衆愚政治なんかより、遥かに効率的よ」


 民主主義を滅茶苦茶にディスってるな。民主主義だって別に衆愚政治な訳じゃないんだぞ。まあ、選ぶ人や選ばれる人に問題が内在する懸念がある点は否めないが……


「言いたいことはたくさんあるけど、やはり惑星ネクロポリスは俺の常識から懸け離れてる。人の命があまりにも軽いのは、どうかと思うよ」

「そう? ま、ゴンスケにもいつか分かる時が来るわよ」


 いつか分かる? それは、俺がいつか惑星ネクロポリスの住人みたいになると言うことか? アリスの一言に俺は微塵も納得できなかった。


「それよりも早く“アッパライト“まで行こうよ。CDOなら回復アンプルを持ってるわ。早く傷を治さないと、ゴンスケの左手が腐り落ちちゃうわ」

「うっ……そうだな。早く街まで行こう。アイタタタ、また肩が痛くなってきたよ」


 俺は肩の痛みを抑えて足を進める。痛みが頭を刺すかの如く響く。しかし、言い換えれば、痛みがある分、腕はまだ機能してるのだろう。これで痛みも無くなれば、腕は腐り落ちてしまうだろう。

 重い足取りの中、二十分ほど歩くと、街影が見えてきた。あの街がアッパライトか。アッパライトの街は石造りの建物が立ち並ぶ無骨な街だった。街は石で積み上げた城壁に守られ敵の侵入を防いでいる。城壁の下には空堀が掘られ、逆茂木さかもぎが植えられていた。


 俺たちは街に入るために、城門に近づいた。その城門を守るのはいかつい格好をした兵士達だ。革鎧で身を包み、フルフェイスの兜の奥に隠れる顔からでは、どの様に考えているかうかがい知れない。兵士は街を守る責務のために俺たちに素性と目的を尋ねてきた。


「てめぇら! 何のようだ!」

 

 いきなり喧嘩を売られたかの様な物言いに俺は驚きを隠せなかった。脳内チップの誤作動だとしても、相手の言葉が罵声に聞こえるのは良い気がしない。アリスには普通に聞こえているのだろうか。臆すことなく言葉を返す。


「私たちは巡礼者よ。火神様の聖地を巡る旅をしているの」

「信仰心が厚いクズども! 火神様の御加護はテメェらみたいなゴミどもにあれかしだ!」


 兵士はニコニコしながら汚い言葉を吐いてくる。まったくタチの悪い冗談だぜ。


 しかし、とは、この“火吹き山“の信仰対象のことか? 惑星ネクロポリスで調べた情報では、自然崇拝で火を司る神々の信仰が厚く、巡礼が行われとか書いてあったな。なるほど、巡礼者という立場ならば、怪しまれなくて良いという訳か。


「ありがとう。あなたにも“火神様の御加護“を!」


 アリスの言葉に兵士が笑みで返す。そして、槍で塞いでいた道を開け、俺たちは街に通された。


 街は石畳で敷き詰められた道があちこちに伸びており、道に応じて個人の家や商店が建てられていた。

 往来を行き交う人は“トールマン“と呼ばれる種族が大半で、まれに毛深い体躯をした“ブリスル“が荷役として馬車から荷物を降ろしていた。その“ブリスル“が降ろした荷物を露天商が軒に並べて商売をしている。露天商は小柄な体躯で人懐こそうな笑みで往来の人に声を掛ける。あの露天商は“リトルフット“と呼ばれる人種だな。


「さて、ゴンスケ。CDOとはこの先の酒場で待ち合わせしているわ。そこで歓迎会も兼ねて、一杯やりましょう?」

「酒か……それよりも早く回復アンプルが欲しいよ」


 アリスはウキウキした顔をしているが、俺は血を流しすぎて足取りも覚束ない。早くCDOに会って回復アンプルを貰いたい。……それに、CDOのことも、どんな奴か知っておきたい。アリスとの関係性とか……


「あった。ここね」


 しばらく歩いた先にある店をアリスが指差す。看板にはまんま“酒“が描かれていた。


「そういえば、ゴンスケ、お酒飲めるの?」

「まぁ、一応、二十歳だし、飲めはするよ。でも、筋肉に良くないから、あんまり飲まないけど」

「そうなの? ゴンスケって筋トレ以外に楽しみないの?」


 コイツ、言わせておけば。俺だって筋トレ以外にも楽しみくらいあるさ! ……今は筋トレが一番楽しいだけなんだけど。

 言い訳ともつかない憤懣ふんまんを撒き散らしている俺のことなどお構い無しにアリスは酒場の扉を開ける。重い扉が開かれ、薄暗い酒場の内部が外の光で照らし出された。


「おう……。いらっしゃい」


 無愛想な酒場の店主が俺たちに声を掛けてきた。屈強な体躯は、店主がただの男ではないと思わせる。


「あ、こんにちは」


 俺の言葉に店主が眉根をひそめる。何だよ、あんな一言ですら罵声に聞こえるのか?俺の発言にアリスが慌てて言い繕いを始めた。


「アハハハ。ごめんね、マスター。この人、ちょっと頭がおかしいの。だから気にしないでね」

「いきなり喧嘩ふっかけてくるから、タマ蹴り潰してやろうかと思ったぜ。姉ぇちゃんに感謝しろよ、この唐変木が!」


 俺は思わず股間を押さえる。改めて口は災いの元と感じた。しかし、アリスよ。もうちょっと良い言い訳を考えてくれよ。このままじゃ俺がおかしな奴みたいに思われるじゃないか。


「ゴンスケ! いきなり変な事を言わないで。如何に私でも、いきなり原住民に喧嘩は売らないわよ!」

「ご、ごめん……。やっぱり脳内チップがおかしいみたいなんだ。しばらくは黙っておくよ」

「まったく、安物は困るわね。まあ、CDOには普通に話してもいいわよ。惑星ネクロポリスの言語で翻訳してくれるはずだから」

「そうか、わかった。それで、CDOはどこにいるんだ?」

「アレよ」


 アリスが指差す先に椅子に座り呻いている男がいた。目には妙な眼鏡型装置アイウェアを取り付け、ビクビクと体を震わせている。


 服装は緑色のチノパンツにスニーカー、上半身は赤のジャケットに白のシャツを着ている。どう見ても火吹き山でMovieCh《冒険》する格好じゃない。


「オ……オ……オ……オ……」


 男は口から妙な嗚咽を吐き、よだれをダラダラと流している。不審者……不審者以外の何者でもない。


「ありゃぁ。また電子ドラッグやってるわね。おーい、起きなさい、CDO。アリス様が来てやったわよ」


 アリスが男の椅子を勢いよく蹴り飛ばした。当然ながら無防備な男は受け身も取らず、地面に落ちていく。"ガツン"と音がして、男は頭から地面に落ちた。うわ、後頭部をしこたま打ったぞ。大丈夫か?


「ア……ア…ア……ア…」


 男は口から泡を吹いている。あれ? これはヤバい奴じゃないか?


「おーい、起きなさいって。ほら、私よ私」


 アリスは泡を吹く男の胸ぐらを掴み、強引に引き上げた。そして、いきなり往復ビンタを喰らわした。


「ガボ……ガボ…ガボ……」


 ビンタにより眼鏡型装置アイウェアが吹き飛び、男の目が見えた。完全に白目をいている。店主も心配になったのか、俺のところに来てヒソヒソと声をかけてきた。


「おい、唐変木。あの姉ぇちゃん、大丈夫か? やっこさん、白目剥いてるぜ」


 やっぱりそうか。俺は店主に何か言おうとしたが、脳内チップが誤作動しているから、そのまま返してはいけない。俺の口からはキレイな言葉が汚い言葉に、汚い言葉がキレイな言葉に勝手に変換されてしまう。

 ならば、思いつく限りのど汚い言葉で話せば、店主にも不快感を与えず話せるだろう。よし、不本意だが、やってやる。


「このクソ野郎。やはり、そう思うってことは、あの薄汚いあの男が死んじまうってことだな!」


 店主は少し驚いた顔をした。う……、やはりまずかったか?


「なんだ、間抜け野郎! クソ以外にド綺麗な言葉も出せるじゃねぇか。分かってんなら、あのアバズレを止めやがれ」


 店主から汚い言葉で返された。だが、悪い意味ではないとは分かる。やはりアリスはやり過ぎなのだろう。


 なおもビンタを止めないアリスを俺は背後から羽交い締めする。


「アリス! やり過ぎだって。その人、白目を剥いてるじゃないか」

「ん? でも、コイツならそれくらい平気よ。おーい、起きなさーい」

「グヘ…グゲ……ぐへへへ……き、気持ちイィイィいい!!」


 は?男の口から飛び出した言葉はお世辞にも良いセリフでなかった。気持ちいいって、なんでだ?そう言えば、アリスが電子ドラッグとか言ってたな。もしかして、眼鏡型装置アイウェアが電子ドラッグの役目をしているのか?危ない奴だ。


 男の口から出る次のセリフは俺の想像力を超えていた。

 

「ア、アリス……もっと。もっと僕を叩いてくれぇー」

「はいはい。バシバシ行くわよー」

「もっと、もっとだー! グヘ」


 男はアリスのビンタの結果、ついに気絶した。謎のSMプレイを見せつけられ、俺はどうしていいか分からず、言葉を無くして立ち尽くした。

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