第三十八話 対決、蛇馬魚鬼

 辺りを照らす日が徐々に影に浸食され始める。高かった陽は既に地面に呑まれようとしており、代わりに闇が世界を支配する夜の世界に移り変わろうとしていた。


「アリス……日が暮れるな」

「ええ、そうね」


 沈みゆく夕日を見て呟いた一言に、アリスが答える。ここが戦場でなかったら最高のシチュエーションなんだが……


「MovieCher達が俺を狙ってきたってことは、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“も動いているはずだよな。ムアニカ達は大丈夫だろうか」

「彼女の武装は地球規模なら小国の軍隊に匹敵する戦闘力を持つわ。それに、クックロビンもいるし、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に引けを取るものじゃないわ」

「ああ、そうだろうな。だが、相手は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“なんだよな。アイツの使う“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“にムアニカは勝てるのか?」

「むしろ“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“だけならいいんだけど……。ブサイクゴリラチキン野郎は、ああ見えて慎重な奴だからね。更に奥の手を使うかもしれないの」


 さりげなく“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の悪口を混ぜたアリスが不穏な言葉を告げる。“荷電粒子機関砲アレ“以上に危険な兵器を持っているのか、アイツ。


「その奥の手って、なんだ?」

「次元砲よ。原理は私の時空魔法と同じ。人が認識できない次元を超エネルギーで顕現して、時空に干渉する兵器よ」

「わ、悪い……何いってるか全然わからん」

「ざっくり言うと、空間と時間をえぐり取る兵器よ。クォンタムブレーカーVer12 Update5は量子的に物質を破壊するけど、次元砲は座標自体を変換して、物質を破壊するの。攻撃のステージが違うわ」

「それって……物理防御じゃ防ぎようがないってことか?」

「そうね。正解よ。ただ、量子ビットアーマーは重力波シールドも出せるから、次元砲の攻撃を幾つかは防げるかもしれないけど……」

「けど?」


 普段の自信満々な態度と裏腹にアリスが若干不安そうな顔を見せる。釣られて俺も不安を感じた。


「重力波シールドはエネルギー消費が激しいの。防げて三回……ううん。二回かもしれない」

「心配しているのは、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の武器の使用回数か?」

「そうよ。次元砲の使用回数もおそらく同じくらい。だけど、“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“で量子ビットアーマーのエネルギーを消耗されると……マズいわね。クックロビンが上手く立ち回ってくれるといいんだけど」


 そんなに心配ならば、アリスが最初からムアニカ側に付いていれば良かっただろうと思った。しかし、その場合は俺を狙う MovieCherに対抗する戦力が足らなかっただろう。


 砦に来たMovieCherの中でも“スライサーゲロ道“はふざけた名前のくせに相当手強かった。アリスは体力の大半をアイツ一人との戦闘で消耗していた。もし俺が他のMovieCherを引き付けていなければ、かなりマズい状況だったに違いない。


 もし、そんな相手に俺とクックロビンのペアだと戦力的に足らなっただろう。クックロビンも意外と強いだろうけど、アリスくらい戦闘に特化しているとは思えない。下手をすると、全滅していた。


 他にも、俺一人を囮にする作戦が採れただろう。しかし、それは流石に俺が了承しない。

 だけど、事情を隠して俺だけを単独行動させる方法は幾つかあった。だが、アリスはその案を取らず、俺と一緒にMovieCherを迎え撃ってくれた。


 この娘は戦闘狂のような危ない側面があるけど、なんだかんだで俺や周囲を気遣ってくれるのだ。オークランドで俺の願いを受けて、シセロ達と説得してくれたのも彼女が持つ優しさの現れなのだろう。


「アリス……調子はどうだ? 少しは回復したか」

「もうちょっと……思ったよりアイツに力を使っちゃったわ。魔法触媒があっても、頭が働かないと魔法は発動しないわ。こればかりは回復アンプルでは戻らないから、休むしかないの」

「……そうか」

「ん……」


 アリスが体を俺に寄せる。思ったより疲れていたみたいだ。あっという間に寝息を立てて寝入ってしまった。


 本来ならば胸躍る展開だが、俺には“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の動向が気になって仕方がなかった。光子フォトンブレードを握りしめ、近い内に相見える“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“への怒りを胸の奥に潜めた。


───

──

「さあ、ゴンスケ。待たせたわね。さっさと行くわヨォ!」


 夜が白み始め、闇から光に変わる払暁の時にアリスは目覚めた。元気を取り戻したアリスは普段以上にエネルギッシュに感じる。


「世界の理に掛けて……絶対転移アブソリュートテレポート!」


 全身が泡立つ感覚がする。徐々に体が消え去る感覚がする。意識が周りに溶け込み、俺とアリス、世界が一体になった…………


──

───

「ここは……?」


 俺が意識を取り戻すと見慣れた場所にいた。だが……見慣れているけど、俺の記憶とは異なる光景だ。


 俺はズールー王国の首都に帰ってきた。だが、そこは既に荒れ果てた姿になっていた。よく通っていた道々は崩壊し、周りにはおびただしい血で覆われている。周りには人々が倒れ、痛ましい状況になっていた。


 崩壊した街の中にはゴブリン族の連中が闊歩していた。奴らはショボい武器で倒れた街の人々を攻撃している。


「ふん。実験生物が蔓延はびこってるなんてね。中々心躍る展開ね」


 アリスがニヤリと笑みを浮かべる。やれやれ、元気になったと思ったらコレだよ。


「時間が惜しいぜ。アリス、なんで一気にムアニカのところまで行かなかったんだ?」

「そりゃ無理ね。絶対転移アブソリュートテレポートで指定する対象が小さすぎるわ。長距離移動だと変動する座標と複雑な干渉系を計算して転移先を特定しなくちゃいけないから、小さな転移先を指定するのは難しいのよ」


 む……そうか。数学でいう移動する点Pの複雑版みたいな物か。あれは二次元だけど、実世界はそんなに単純ではないと言うことか。

 

 ゴブリン達は俺たちに気付いたのか、ゾロゾロと集まり始めた。あっという間に百体近い数が集まる。奴らは原始的な打撃・斬撃武器ミーリーウェポンで武装しており、醜悪な笑みを浮かべていた。

 ちっ……コイツらは単体ではクソ雑魚だけど、集団では面倒極まりない。どうすべきか……


「雑魚に掛ける時間が勿体ないわ。行くわよ! 世界の理に代わり、知を統べる者が命じる。システムを書き換え、彼の者の知性を破壊せよ! 忘却オブリビオン!」


 アリスが両手を携え、ゴブリン達に向けられる。獲物を見つけて、笑みを浮かべていたゴブリン達は……一瞬で呆けた顔を見せる。


「はい、終わり。これでコイツらは廃人ね。じゃ、急ぐわよ」

「えぇ〜? アリス、何したんだよ」


 ゴブリンを後方に置いて、俺たちは走り出す。俺は率直な疑問をアリスにつけると、彼女はニコリと笑みを浮かべて答えを返した。


「な〜に、単純なことよ。魔法システムに直接アクセスして、大量の意識情報をゴブリン共の脳細胞に流し込んでやったのよ。処理できない情報を一気に流し込まれて、ゴブリン共の脳細胞はボロボロよ。アイツらは、もう何も考えられない、行動できない、只の生けるタンパク質よ」

「お……お前、元気になったと思ったら、エグい魔法使うな……」


 俺がドン引きしていると、アリスが指をチッチッチと鳴らす。


「何言ってるのよ。今は時間が惜しいわ。禁じ手だろうとなんだろうと使ってやるわよ!」

「禁じ手? これって、禁じ手なのか?」

「………ま、それはまた後で、ね♪」


 アリスが片目でウィンクして人差し指を唇に当てる。うーむ、いつもの如く美少女だ……世界で一番危険な美少女だけど。


 取り敢えず、目の前の障害は排除できた。街の人々を助けたいけど、後回しだ。状況からすると、既に“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が攻めてきているに違いない。一刻も早く、ムアニカ達と合流しないとマズい。


 俺たちは荒れ果てた街中を走り抜ける。人々の助けを呼ぶ声を無視して先を急ぐのは心苦しい。だが、彼らを助けて“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に時間を与えるのが惜しい。作戦のためとはいえ、皆と別れてしまったのが痛いぜ。


 俺たちが国王がいるはずの建物に辿り着くと、街中以上の戦闘の爪痕があった。逆茂木さかもぎで要塞化した入り口の周りにはゴブリン以外に騎士達の死体もあった。中には見知った顔もあり、俺の心を波立たせる。


「……アジエは無事だろうか」

「他人の心配をしている余裕は無いわよ。ほら、やっこさん達が来たわよ」


 ゾロゾロとゴブリン達が目の前に現れた。その背後に銀ピカの全身タイツを着た男がヘンテコな機械を操作している。くそ……MovieCherか。コイツは俺じゃなくて、国王狙いでコチラに来ていたのか。


「ヒャハハハ! お前、地球人じゃないか。アイツら、失敗しやがったんだな。ラッキーだぜ、お前を殺せば……」

「死ぬのはお前よ。くらえ!」


 男が言い切る前にアリスがエレニウムブレードを振る。と、同時にMovieCherの首が宙に舞った。


「さ、最後まで……言わせ…て」


 喋りながら男の首が地面に落ち、そのまま事切れた。MovieCherが死亡すると、ゴブリン達はハッとした顔をしたかと思うと、恐怖感を露わにして全員が慌てて逃げ出していった。どうやら、あのヘンテコな機械でゴブリン共を操っていたんだな。


「さ、行くわよ、ゴンスケ」

「ああ、分かった。……ん?」


 逆茂木さかもぎの先で、人が一人、足を引きずりながら歩いてくる。あれは……


「アマレか! 大丈夫か!?」

「く……神獣ゴンスケー、それに…アーリス様……」

「無茶するな、待ってろ!」


 俺は光子フォトンブレードで逆茂木を斬り裂く。ガラガラと木が崩れ落ち、道を開いた。俺たちは急いでアマレの元に駆け寄り、崩れ落ちそうな彼女を抱き抱える。


「アマレ、大丈夫か。アリス、回復アンプルあるか?」

「これくらいなら回復魔法でいいわ。世界の理に掛けて……回復ヒール!」


 アリスが唱えた魔法でアマレの傷が見る見る内に塞がっていく。俺の回復魔法とは段違いの効果だ。

 傷が癒えたといえどもアマレは辛そうだ。体が治癒しても体力は回復しないのか。それとも、回復で体力を使ってしまったのだろうか。


 アマレは息も絶え絶えで口を開く。


「アマレ、一体どうなってる? “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“はどうした?」

「そうよ。あのブサイクゴリラチキン野郎はどうなったの?」

「“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“……奴はまだ姿を表していません。しかし、先遣隊である……魔王の眷属達が街を襲い、ご覧の有様です。奴らはゴブリン共を率い、街を荒らし廻っています。我々も対抗するために、街中に展開したのですが……力及ばず……申し訳…ありません」

「MovieCherが相手なんだもの。仕方がないわ」

「そうだぜ。それに、ゴブリンを操っていた奴はさっき倒したぜ」

「……しかし、まだ眷属は一人います。……奴は非常に強く、私を含め……多くの騎士たちがやられました。今、ロビン様とムアニカが奴と戦っています。早く……救援をお願いします」

「分かったわ。あとは任せて。行くわよ、ゴンスケ」

「おう!」


 俺はアマレをゆっくり地面に寝かせる。本当はもっと静かなところまで運んでやりたいけど、今は時間が無い。アマレには悪いが、先を急がないと。


 と、その時、背後から“ズシャリ“と重い足音が響いた。その音を聞き、アリスが険しい顔をする。ああ、俺も理解できる。こいつは……


「ヨォ、地球人。久しぶりだな。俺がお前を殺しちまうのは、ちょっと他のMovieCherには悪いかな?」

「……ああ、久しぶりだな」

「やれやれ、ちょっとストーリーと違っちゃうわね。ムアニカ達、早くMovieCherを倒して、こっちに来ないかしら」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“だ。

 トレードマークの赤いモヒカンが風になびいて揺れている。惑星ネクロポリスでは全身をタイツみたいな服で覆っていたが、今は完全武装のゴテゴテした機械を取り付けた服を着ている。右手には既に“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“が取り付けられていた。ふん、準備は万端ってか。


「何やら色々やっているみたいだが、リアルマン真の冒険者動画なんてクソつまらねぇもの、誰が見るんだ? なあ、アリスヨォ」

「な〜に言ってるのよ。そっちこそ変人しか見ない虐殺動画ジェノサイドなんて、さっさと止めたらどうかしら?」

「はははは、言うねぇ〜、アリス。じゃあよ、どっちの動画が優れているか──」

「──ええ、ここで決着よ。覚悟しなさい、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!!」


 アリスがエレニウムブレードを構える。それにしても、クックロビンがいない状況で、この剣を結構使っているが、アリスは大丈夫だろうか。アリスの表情も心なしか疲労が感じられる。


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は右手に装着した“荷電粒子機関砲ビームマシニングキャノン“を起動したのか、低いうねりが辺りに響く。あの武器の準備が完了すると、強力な荷電粒子の塊が射出されてしまう。その前に勝負を決しなくては。


 俺もアリスと同じく光子フォトンブレードを構える。お互いが視線で合図を送り、意思を確認する。よし、今だ!


 “ダッ“と地面を蹴り、俺とアリスが“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に斬り掛かる。二人からの同時攻撃はかわせまい。


「くらえ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“!」

「ふふふ、甘いな……甘すぎるぜ、お前らぁ! ダムディー! ヤレ!」

「もちろんだよ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“」「アリスの相手は僕たちだ」


 “ブン“と言った音と共にダムディーが空間を割って姿を表した。彼らはアリスの体に抱きつき身動きを塞ごうとする。


「くっ! この、離しなさい!」

「ダメだよ、アリス」「僕らの役目は君の足止め。そして……」


 ダムディーが何やら謎の機械を取り出した。アイツらの得意技といえば……もしや!?


「アリスはここで退場だ。座標特定」「……転移開始……さあ、アリス、僕たちと行こう」

「く……ゴンスケ、あとは任せたわよ!」


 それだけ言い残すと、アリスとダムディーはどこか別の場所に転移していった。なんてこった。アリスのことだから、すぐ魔法を使って戻ってくるかもしれない。だが、ダムディー達が邪魔をするだろうし、そもそもピンポイントでここまで戻っては来れない。


 しかし、アリスの心配をしても仕方がない。俺は足を止めず、一気に攻撃の間合いまで近づいた。そして、そのまま、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に向けて光子フォトンブレードを上段から振り下ろした……が、寸でのところで剣が止まった。


「な……!? か、体が……」

「ふふふ、地球人よぉ〜。火山洞窟で学ばなかったのか? 俺には他にも仲間がいるってよぉ〜?」


 そうだ。当たり前のことだった。コイツにはダムディー以外の仲間もいる。彼女の得意技は……


「地球人さ〜ん。そんな旧型の脳内チップを使ってると、ハッキングし放題ですよ〜。ちゃんとセキュリティには気をつけて下さいねぇ〜」


 “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の背後から“ニュッ“と小さな女の子が顔を出す。帽子屋ハッターだ。

 彼女の得意技は契約魔法と呼ばれる相手と契約を結び、身体強化の代償に何らかの制約を課す魔法だ。と、言っても俺は彼女と契約などしていない。俺の脳内チップにハッキングして、勝手に契約を結んだのだ。

 どんな制約を受けたのかは詳しく分からないけど、俺の体の自由を奪う制約だろう。そうでなければ、俺の剣が“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に届かないワケがない。


「言うじゃないか。なら、お前らを倒した動画で脳内チップをアップデートしてやるぜ。グギギギギ……」

「わ、わ、すごい。魔法の制約を無視して体を動かすなんて……」


 俺は力任せに体中の筋肉を動かす。契約魔法だ? そんなモノで俺の筋肉を縛れるものか。ギリギリと締め付ける感覚を押し切り、俺は全身の力を爆発させた。


「おりゃー!」

「うわーん。私の契約魔法が〜」

「トンデモナイ筋肉バカだな。まさか帽子屋ハッターの契約魔法を力づくで吹き飛ばすなんてな」

「はっ! 契約魔法の代替効果で体を強化されていたからな。さぁ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“! 勝負だ!」

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