第三十七話 MovieCher共の狂宴
あれから一日が経った。“
俺はアリスと共にとある砦でMovieCher達を待ち構えている。この場所は王国の首都から大体百キロ程離れた位置にある。この距離ならば、アリスの時空魔法で一気に王国に辿り着けるとのことだ。
俺は
一方、アリスは平気な顔をしている。むしろ、迫りくるMovieCherとの戦いが楽しくてしょうがないのか。時折、不敵な笑みを浮かべる。……この戦闘狂の内面とは異なり、彼女の顔は辺りを平和にしてくれる程に美に溢れているというのに……。
そんなアリスがぴくりと反応する。そして、美しい顔から漏れる笑みは、一瞬だが殺意が滲み出ていた。
「来たわよ。ゴンスケ」
「……来ちゃったのか……本当に」
「当たり前よ。じゃなかったら、ゴンスケを囮にした意味がないじゃない」
「まあ、そうだけど」
俺は渋々腰を上げ、
“ブン“と言ったテレビの電源を入れた時に似た音が柄から発せられる。それと同時に柄から光の剣が飛び出した。さあ、準備は整った。来い、MovieCher共め。お前らみたいな外道どもには遠慮はしない。まとめて撫で斬りにしてやるぜ。
しかし、MovieCherはどこにいるのだ。アリスは“来た“と言っているけど、俺の視界には姿が見えない。もしかして砦の下の方に来たのか?
そう思い、俺が砦の階段を降りようと足を踏み出した時、アリスが手で制した。
「ゴンスケ。ちょっと後ろに下がって。あと、魔法で肉体を強化して。今すぐ」
「あん? なんでだ?」
「もう相手は攻撃をしているわ。こんな風に!」
アリスの一言で砦の地面がピシリと音が響いた。なに!? いつの間に攻撃が来たんだ。俺は急いで魔法を唱えつつ、後方に飛び退いた。
「世界の理に掛けて……“
魔法が掛かった俺の足は地面を強く蹴り、地面から離れた。と、同時に足場がガラガラと音を立てて崩壊し始めた。
「あ、危ないところだった……」
「まだよ。ゴンスケ、
「わ、分かった! くらえ」
俺は何もない筈の空間に剣を振るう。空気を切る感触の中、わずかに何かに当たった気がした。
何がいたのかと目を凝らすと、地面に白い液体がポタポタと溢れている。一体なんだ、あれは。
俺が疑問に思っていると、何もないはずの空間からケタケタと声が聞こえてきた。
「ゲゲゲゲゲゲ。なんだよ、動画と違って中々やるじゃないか」
「な……!」
「ゴンスケ。“
「わ、分かった。世界の理に掛けて……“
俺が知覚を強化する魔法を唱えると、周囲の状況がクリアになる。今まで可視できなかった範囲が肉眼でも見えるようになり、周囲の音を広く拾い、衣擦れだけでなく、心音まで聞こえてきた。
強化された知覚で俺は目の前の空間を見る。そこには、薄ぼんやりとだが、人の形をした存在が立っていた。
「MovieCherの“スライサーゲロ道“よ。気をつけて。アイツは脳以外、全身機械化したサイボーグよ」
「サイボーグだって!?」
もはや剣と魔法のファンタジーなんて要素は皆無だ。サイボーグなんて、超科学の結晶じゃないか。あの白い液体は人工血液か何かか。
「ゴンスケ。アイツを倒すには頭を真っ二つにするしかないわ。胴を斬っても首を刎ねても死なないわ」
「な、なんだそりゃ!? 首だけでも生き残るって、化け物みたいじゃないか」
「みたいじゃないわ。コイツは正真正銘の化け物よ」
首だけで生きていけるものか、と一瞬思ったが、先日戦ったMovieCherは首だけにした人を機械の力で生き延ばしていた。ならば、目の前の相手も首だけで生きていられるとしても不思議でない。
「グゲゲゲゲ。ご明察だぜ。気付かれる前に地球人を殺してやるつもりだったが、バレちまったか」
「当たり前よ。光学迷彩や拡張現実で視界を誤魔化しても、足音が丸聞こえよ。甘すぎるわ」
「グゲゲゲゲ。共鳴消去シューズ履いてるのに、音を聞き取るとは、なんて奴だ」
俺が気付かないだけで、既に攻防が始まっていたのか。俺には何も分からなかったけど、アリスは気付いていたなんて、凄い知覚だ。
俺は剣を握り締めて正眼に構える。魔法で相手が見えるようになったと言っても、ぼんやりとしか見えない。これでは距離感をうまく掴めないな。
俺が緊張のために奥歯を強く噛む。アリスは魔法を放つ準備を終えたのか
「ゴンスケ。アイツの異名“スライサー“は伊達じゃないわ。アイツの武器は単分子程度の厚みしかない超硬化ブレードよ。アンタの盾や鎖帷子なんて、紙を切り裂くより簡単に両断するわ」
「く……そんな武器にどう対抗すりゃいいんだ?」
「決まってるわ。先手必勝よ。ゴンスケ! 後ろを向いて!」
「え? 後ろ?」
「早くしないと、目が潰れるわよ! 世界の理に掛けて……」
「わ、分かった!」
俺は咄嗟に後を向く。背を向く刹那、アリスの右手から“バチバチ“と視界を焼く放電現象が見えた。
「
「ぐゲゲゲ!? こりゃヤバイ!」
“後を見るな“と言われた俺には、背後から聞こえるアリスとMovieCherの戦闘音で状況を探るしかなかった。背中から熱さが伝わる。実態は見えないけど、先ほど見えた強力な光とMovieCherから焦りの声で、かなり強力な魔法なのだと分かる。
“ビシュアア“といった何かを強力な熱で溶かした様な音が背後に響く。辺りから雨が降る前に感じる埃っぽい匂いがし始める。アリスの魔法が岩を高熱で斬り取っているのだろうか。二人の戦闘で舞い上がるにしては過剰な程の砂埃が辺りに充満している。
「チョコマカと逃げるんじゃないわよ!」
「グゲゲゲ! 逃げないと体が溶接されちまうぜ! それに、アイツらにボーナスを取られるのはシャクに触るぜ」
アイツら……そうだ、敵は一人じゃない。
俺は魔法で研ぎ澄まされた感覚を総動員して辺りの気配を送る。“ドクドク“と心音が聞こえる。一人、二人、三人……十人、十一人、十二人……おいおい、予想以上にいるぞ。多すぎだろ!
俺が敵の多さに驚いたその時、視線の端にキラリと何かが光るのを見た。
「もしや……! マズい! 世界の理に掛けて……"
俺が魔法を唱えると同時に、“バシュシュシュウ“という小気味良い音を伴い、多数の光線が俺に向かって襲い掛かって来た。光線銃の攻撃だ!
しかし、俺の魔法が唱えるのが一瞬早かった。寸での所で“
事前にアリスから聞いていたけど、MovieCherが使う光学兵器は、基本的に荷電した高密度の金属片を放出しているとのことだ。この金属片は磁力の力に影響を受け易いため、“
思い通りの展開に俺は思わずほくそ笑む。と、同時に俺は急に体が上に引っ張られる感覚を感じて、そのまま両手をあげた。そして、シャツを脱ぐかの様に鎖帷子が勢いよく飛んでいった。
「く……“
俺が愚痴を零している隙に、光線がまたもや
「今の内だ! いくぞ」
俺は光線の元に視線を向ける。そこには、右手に子供のオモチャみたいな銃を持っているトゲトゲのヘルメットをつけた銀ピカスーツの男がいた。コイツはMovieChで見たことある。ムアニカに首を刎ねられた“閃光のクソ森“だ。
「お前の武器は俺には効かねぇぜ!」
「ぐぅ! 厄介な魔法を……! ならば、この武器を……」
男が光学兵器以外の武器を取り出そうとしている。しかし、強化した俺の身体能力からすると、既にそこは間合いだ。遅いぜ!
「くらえ!」
「ギャォォォォォ!………あれ?」
「あれ?」
俺と男は同じ疑問の声を上げた。よく見ると、
「まさか……“
「ふははは! 知性が足らない地球人め。
む……バカにされてしまった。ならば、お前には俺の必殺技をお見せしよう。
「梅干しヘッドロック!」
「ギニャー!」
男は禁断の
絶大な威力を持つ筋肉で、またもやMovieCherを倒すことができた。さすがは俺の筋肉だ。我ながら見惚れてしまう。
しかし、そんな隙を見逃さなかったのか、“ドスリ“と脇腹に強烈な痛みがほとばしった。
「グォぅ……、な、何が……」
俺が痛みを抑えながら、攻撃を受けた方角を見ると、筒状の武器を持った男がいた。く……しまった。油断して他のMovieCherへの警戒を怠ってしまった。
俺に攻撃したMovieCherは下卑た笑みを浮かべながら、筒を俺に向ける。空気を弾けさせた音と共に、筒から砲弾が飛んできた。
俺は迫り来る砲弾を咄嗟に身を
……この砲弾、金属じゃないな。石か?
よく見ると、MovieCherが辺りの石を拾い、筒の中に放り込んでいる。なるほど、あれは筒の中に入れた物体を空気圧で射出する武器みたいだ。金属じゃなければ、俺の“
「オラオラァ! 地球人ヨォ! 今度は頭に当ててやるぜ」
次々と石の砲弾が降り注ぐ。最初に受けた攻撃で骨にヒビでも入ったのか、息を吸うだけでも痛い。このままでは回避に支障を来たしてしまう。
「世界の理に掛けて……“
回復アンプルは貴重だ。致命的な攻撃を喰らうまでは残しておきたい。だから、回復魔法を使い、怪我を癒す。
少しばかり痛みが引くけど、魔法での回復は回復アンプルと比べて、あまり強くないみたいだ。せいぜい応急措置程度の効果しか望めない。
だが、これで十分だ。俺はダッシュでグレネードランチャーを持つMovieCherに向かう。想定を超えた俺の勢いに焦ったMovieCherは石とは違う別の弾を装填して放つが……
「今更、弾を変えても遅い! 選択を誤ったな。喰らえ、サテライトドロップキーーーック!」
MovieCherが放つ弾と俺の
一方、明後日の方向に飛んで行った弾は遙か上空で大爆発を起こし、破片が四方八方に飛び散った。ヤベェ威力だ。喰らっていたら大惨事だ。
「へへへ……二人やってやったぜ。意外といけるもんだな」
俺が額の汗を拭いて軽く息を吐くと背後から強い殺気を感じた。ハッと振り向くと数人のMovieCherが俺を睨んでいた。
「へ……揃いも揃ってやがる。だが、俺の"
「……確かに。そんなレアな魔法を持っているなんてな。予想外だったぜ」
MovieCherの一人がボソリと呟く。そして、腰に下げた鞘から剣をスラリと抜き放った。
「……なんだ、あんたも“
「残念だが、この剣は
「な……!」
しまった。
「俺が今込めた弾は
「私のドローンも
「俺の武器もそうだ」
「私も」
「なんだって!?」
MovieCher達が全員
「ふん。まさか"
や、ヤバイ! "
と、その時、アリスの大声が俺の耳に飛び込んできた。
「ゴンスケェ! しゃがんで!」
「!……」
俺はその声に全ての判断を委ねた。勢いよく地面にしゃがみ込むと、頭上に一迅の風が吹いた。と、同時に目の前にいたMovieCherたちの胴が真っ二つに斬り裂かれた。
「な……ば、バカな……」
「時空……を…そんな高度な魔法を……」
「グォ……まさか……コイツ……」
最後のセリフを吐いて、MovieCher達がバタバタと地面に転がる。顔を上げ、後を見ると、エレニウムブレードを担いだアリスが何かを掴んで立っていた。
「さて、“スライサーゲロ道“。あとはアンタだけね」
「グゲゲゲゲ……く、くそー!」
アリスは“スライサーゲロ道“の首を空中に放り投げ、エレニウムブレードで真っ二つに斬り裂いた。
これで俺を狙うMovieCherは一掃された。俺は安堵からドスリと地面に腰を下ろして溜息を吐いた。
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