第三十六話 聖戦

「アリス〜。お前、もっと役柄を……」

「あ、そうか」


 アリスが今更ながら思い出したのか、姿勢をピンと正し、謎の光を纏い始めた。


「神使ロビン、それに神獣ゴンスケー。よくムアニカを手助けしてドラゴンを倒してくれました。ムアニカよ、大儀でした」

「はっ! アーリス様よりたまわりし聖剣により、ドラゴンも一撃で倒せました」

「天空から見てました。私もかなりビビった……もとい、驚きました。やはり貴女を選んだ私の目に狂いはありませんでした」


 チョイチョイボロが出てるな。どう考えても役柄が合ってない。クックロビンが神様役をやればよかったんだ。

 それにしても、ムアニカはドラゴンこと自走式火炎放射砲台を一撃で倒したのか。アリスも驚いているくらいだから、クォンタムブレーカーVer12 U pdate5は予想以上の威力を誇っていると分かる。


「それよりも、アリス様……魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が、我がズールー王国の国王を狙うと宣言しております。私は急ぎ国に戻り、国王の護衛に向かいたいと思います」

「……分かりました。それでは、急ぎ王国まで戻ると良いでしょう。あと、ゴンスケー。貴方には話がありますので、ここでムアニカとはお別れです」

「え? なんで?」


 突然の指名で変な声を上げてしまった。


「まぁまぁ、いいから。ここから先は私と二人での行動よ。ね?」


 え、二人で? なんだろう。どういう風の吹き回しだ。待てよ……もしかして、アリスの奴、俺とあのMovieCherとの戦いをこっそり見てたのかも。そして、あの女を倒した俺の勇姿を見て、感じ入るモノがあったのではなかろうか。


 俺は心の奥底から湧き上がる妙な期待感に心が躍った。これは、“女神アーリス様のご意志に従うべき“と心が叫んでいる。ぐふふふ……


「はい、分かりました。アーリス様。是非ご一緒に! ぐふふふふ……」

「やけに元気がいいわね。ま、いいことね。それではムアニカにロビン。後を任せましたよ」

「はっ! アーリス様、お任せください」


 ムアニカがズールー王国式の敬礼をする。彼女の瞳はアリスに与えられた使命と“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“への怒りに満ちた表情をしている。彼女は最強の剣“クォンタムブレーカーVer12 Update5“と最強の防具“量子ビットアーマー“を持っている。今なら“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“でも勝てるに違いない。


「ゴンスケくん。アリスは何か考えがあるみたいだね。よく分からないけど、頑張ってね」

「ああ。頑張る……そう、頑張るさ……グフフフ」


 俺のヤラシイ笑みを見てクックロビンが若干引いた気がする。む……欲望がだだ漏れだったみたいだな。いかんいかん。


 ムアニカ達は急ぎ荷物をまとめている。しばらくした後、旅支度を終えた彼らの中に、何故かピクシムのアマレがいた。


「あれ? アマレも一緒に王国に行くのか? もう役目は終わったんじゃないのか?」

「神獣ゴンスケー、私の使命は魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すことだ。このトールマン達が奴らを迎え撃つならば、私も彼らと共に行動する」

「そうか。でも、大丈夫か?」

「……言いたいことは分かる。だが、私にはムアニカ達がいる。彼らがいれば、どんな冷たい世界だろうと心配ない」


 うーむ、たった少しの間にかなり親密な仲になったみたいだ。ちょっと前まで喧嘩していたとは思えないな。生死を共にしたことで、お互いの理解が深まったようだ。


「神獣ゴンスケー。貴様こそ大丈夫か?」

「え? なにが?」

「……いや。お前に何か不幸が訪れる予感がするのでな。気を付けろよ」

「ああ! 俺には女神が付いてるかなら。安心してくれ」

「ふっ、要らぬ心配だったな。では、

「ああ。


 ……そう、また会うんだ。これで彼女達と最後にならないように、ムアニカには“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を是非倒してもらわないと。


 旅支度を終えた一行から、アジエがパタパタと駆けてきた。


「ゴンスケ。大丈夫? アーリス様と二人で何するの?」

「ぐふふふ、心配するな、アジエ。俺とアリスは大いなる役割があるんだ」

「そうなの? 私には分からないけど、生きて帰ってきてね、ゴンスケ?」

「グフ、グフ。当然さ。また会おうな、アジエ。ある意味、生まれ変わった俺とな? ぐふふふふ」

「ゴンスケ、なんだか気持ち悪い」

「そうか? ぐふふふふ……」


 不審な俺を置いて、ムアニカやロビンは俺とアリスに背を向けて旅立った。アジエが心配かつ名残惜しそうに手を振っている。なに、心配するな。すぐに会えるさ。


 彼らの姿が見えなくなった後、俺はアリスの顔を見る。もう辺りは暮れ始めて来た。彼女の横顔は夕暮れに照らされ、いつもより神秘さを感じさせる。

 彼女の横顔を見て、俺は期待に胸を膨らませる。ふふふ、俺に話って、なんだろうか? もしかして、もしかして〜? なんちゃって、なんちゃって〜!!


「じゃあ、ゴンスケ。これからあんたを囮にして、MovieCherを狩るわよ!」

「なんだって〜!?」


 某ミステリーを追う漫画編集者みたいな声を上げてしまった。甘い期待は木っ端微塵こっぱみじんに打ち砕かれ、後に残るのは驚愕と絶望だけである。


「なんで? なんで俺が囮なの!?」

「なんでって、アンタ、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“に特別ボーナスの対象にされてるじゃない」

「い、いや、そうだけど。でもさ、MovieCher達はコラボ動画の目的であるズールー王国の国王を狙うんじゃないの?」

「なーに言ってるのよ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の力は圧倒的よ。コラボ動画って言っても、その他大勢のMovieCherなんて“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を差し置いてターゲットを倒せるワケ無いわ。せいぜいアイツの動画に華を添えるだけよ」

「で、でもさ。俺なんてオマケだよ? オマケを狙うなんておかしくない!?」


 俺の言い分はもっともだろう。なんだって他のMovieCherがコラボ動画の目的に行かず、オマケの俺を狙うだってんだ。


 しかし、俺は間違っていた。既にアリスは俺が狙われる理由を述べていた。俺はそのことに全く気付いていなかった。


「だから言ってるじゃない。他のMovieCher達も、どうせ“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が国王を殺しちゃうと思ってるわ。そんなんじゃ、動画映えしないから、大多数がオマケのアンタを狙うに違いないわ」

「うっ」

「その思惑を逆手に取るのよ。このままアンタまで王国に戻ったら、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“と一緒に多くのMovieCherまで王国に来ちゃうわ。それだと、流石にムアニカでも手に余るわ。だから、アンタを囮にするために、残したってワケ」

「そ、そういうことか。期待して損した」

「期待?」

「ああ、いや。こっちの話だよ」


 俺の期待は脆くも外れてしまい、思わずため息を吐いた。


「さて。ここからはMovieCherの本領発揮よ。リアルマン真の冒険者動画の私とアンタで虐殺動画ジェノサイドのMovieCherを迎え撃つわよ」

「げ……あのさ、アリス。相手が惑星ネクロポリスの住人でも“打撃・斬撃武器ミーリーウェポン“で戦うのか?」

「あったりまえよ〜。自分たちが強者と思っている相手を完膚なきまで叩きのめす……。それがリアルマン真の冒険者動画の醍醐味よ!」


 醍醐味って言われても、こんな鉄の剣とかで勝てるのか? アリスは惑星ネクロポリス製の“打撃・斬撃武器ミーリーウェポン“で武装しているだろうから、相手にできるだろうけど、俺は現地の人が作った変哲もない剣しかないのだ。こんな武器で戦ったら、光線銃で木っ端微塵にされてしまう。


 そんな俺の心配を理解したのか、アリスが謎空間から筒状の物体を取り出し、俺に差し出した。

 

「ゴンスケ。安心しなさい。アンタにこの武器を貸してあげる」

「なんだこれ?」

光子フォトンブレードよ。この剣は電磁気的結合力を破壊して、相手を切り裂くのよ。この剣ならば、相手が如何に高強度の防具を持っていても切り裂けるし、光線銃の光弾も弾き返せるわ」


 それって“打撃・斬撃武器ミーリーウェポン“なのか? 某フォースを使う人たちの剣みたいじゃないか。


「この剣をもらったとしても……勝てるだろうか?」

「大丈夫よ。はい、この魔法触媒セットを魔法触媒射出器マジックランチャーに充填して」

「そうか、魔法か! 魔法触媒射出器マジックランチャーの中には魔法触媒が無くて使えなかった魔法があったんだ。魔法を使えば、MovieCherにも勝てるかな」

「そうよ。それに、ゴンスケには強力な筋肉があるわ。その筋肉を魔法で強化しつつ、防御魔法を掛けてMovieCherに立ち向かうのよ」


 なるほどな。確かに、あの女のMovieCherと戦うときも魔法の力が役に立った。アリスにもらった魔法触媒を充填すれば、使える魔法の幅も広がって勝てるかもしれない。

 

 早速俺は魔法触媒を充填する。魔法触媒射出器マジックランチャーのスクリーンに魔法の使用回数が回復した旨の表示が現れた。


 今まで使えなかった炎や氷の魔法の使用回数が増えている。その他、妨害系魔法や探索系魔法も回数が増えている。中にはアリスが得意としていた魔法もあった。


「よし……これだけ魔法が使えれば、勝ち目が出てきたかな」

「でもゴンスケ。魔法を過信しないで。私たちの魔法はあくまで科学の延長で、超常現象を引き起こす便利な魔法とは違うわ」

「分かってるさ。過信は何事も禁物だよな」

「そうよ。例えば、“電磁障壁マグネティックバリヤー"なんかもそうね。この魔法、MovieCherの光学兵器や物理弾を使う重火器も大概防げるわ。だけど、当然自分が持つ剣や鎧も影響を受けるから、戦況を見て、適した魔法を使うようにね」

「オウ! 任せろ!」


 俺は鈍色に光る魔法触媒射出器マジックランチャーを上に掲げる。相手は惑星ネクロポリスのMovieCherか……正直、おっかないが、アリスと一緒だと不思議な力が湧いてくる。


 彼女の強さを信頼しているからなのか、それとも、彼女が側にいることで、心が高揚しているのだろうか。どちらにしても、新たな武装を手に入れた俺は、MovieCherを相手にしても勝てるかもしれないと希望が湧いてきた。

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