第三十五話 謝肉祭

「これは……ひどいね。ゴンスケーくん、何が起きたんだ?」


 自走式火炎放射砲台ドラゴンを倒して戻ってきたクックロビンが、俺に事態の説明を求める。辺りには騎士達の死体の山と見知らぬ女が倒れているのだから、無理は無い。


「ああ……あのMovieCher魔王の眷属がみんなを殺したんだ。ごめんよ、ムアニカ。俺が力ないばかりに……」


 ムアニカは俺に背を向け強く拳を握り締める。


「……いや、魔王の眷属が相手だ。むしろ、全滅しなかっただけマシな方だ」


 ムアニカが力なく返事を返す。生死を共にした仲間が無残に死んだんだ。仲間の死の前に、彼女の背中から深い悲しみが感じられた。


「……彼らの亡骸なきがらを持ち帰る余裕は無い。……ゴンスケー、すまないが埋葬するために穴を掘ってくれないか」

「ああ……」


 俺は木製のスコップを手に持ち仲間を埋める墓穴を掘り始めた。……だが、謝りたい気持ちは俺の方にある。もう少しばかり俺に力があれば、あのMovieCherに後れを取らなかっただろう。騎士達もあんなに死ぬことはなかっただろうに。


 俺はやるせなさを感じつつ、地面を掘る。その背後から、クックロビンが俺の肩を叩く。


「ゴンスケくん。ごめんよ、僕たちが早く戻っていれば……」

「いや、相手は惑星ネクロポリスの軍用兵器だろ? むしろ生きて帰ってくるだけ儲け物だろう?」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。だけど、あの兵器は僕たちがこの星に残した異物だからね。そのせいで到着が遅れて彼女の仲間が死んでしまったのは心苦しいよ」

「何言ってんだ。悪いのは、あのMovieCherだぜ。お前はよくやったよ」

「……そうだね」


 クックロビンは何か思うところがある表情をしている。何か思うところがあるのか。もしかして、クックロビンも一時期、問題解決員トラブルシューターだったのだろうか。


 ザクザクと土を掘る俺の背後に嗚咽を漏らす兵士たちの声が聞こえた。心がチクチクする。死んだ者達は彼らにとって掛け替えの無い仲間だったのだと分かる。


 亡くなった騎士達を全員墓穴に埋め、火吹き山式の埋葬の儀式を行う。両手を握り、何かに祈る姿は地球と似ている。


「皆、彼らの死を無駄にしないためにも魔王“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“を倒すぞ!」

「おお! 彼らのためにも、我らに勝利を!」


 ムアニカの声に騎士達が歓声を上げる。俺も拳を握り、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“への怒りを改めて強く感じた。


 だが、俺たちの思いを嘲笑う声が聞こえて来た。


「くっくっく…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんを倒す? 原住民風情が偉そうに」

「……てめぇ」


 意識を取り戻したMovieCherの女が太々しく笑みを浮かべる。


「ふふふ……先日、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんから通知があったの。久々にMovieCher同士で謝肉祭をしようとコラボ動画のお誘いがあったわ」

「あん? 謝肉祭? コラボ動画って……一体何するんだ?」

「ふふふ……虐殺動画ジェノサイド系MovieCherがこの火吹き山に集まって、原住民狩りを行うのよ。ほら、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“さんの動画をご覧なさい」


 “ブン“と音がして、空間にスクリーンが投影される。俺にとっては見慣れた光景だったが、突然、謎の物体が表示されたことにムアニカ達から驚きの声が漏れる。

 

 スクリーンから“蛇馬魚鬼ジャバウォーキープレゼンツ“と言う文字が表示され、見知ったが現れた。


『力こそがすべて! はい、みなさんこんにちは。しばらく振りの“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“です。今回は皆さんにイベントの告知をします』

『告知しま〜す』


 画面には、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“以外に帽子屋ハッターダムディーと言った見知った顔が映っていた。相変わらず妙な出囃子を見せられて調子が狂う。


『今回はMovieCher同士の』『コラボ動画の告知です』

『今、俺がハマっている惑星ダンジョン“火吹き山“で虐殺動画ジェノサイドのMovieCher同士のコラボ祭り、““を開くぜ』

『コラボ相手は“閃光のクソ森“さん、“スライサーゲロ道“さん、“隷属魔道士のポロポロ“さんに他多数のMovieCherさん達で〜す』


 おおぅ……まさかの罰ゲーム的な名前を使っているMovieCherがいるとは……惑星ネクロポリスはやはりネーミングセンスが狂ってる。


「ふふふ、名前を呼んでもらえるなんて、光栄ね」


 帽子屋ハッターの言葉に女が反応する。俺は振り返って女に向かって口を開いた。


「ん? お前、もしかして……“クソ森“って名前なのか?」

「残念ねぇ〜。私はポロポロ。“隷属魔道士のポロポロ“よ。“クソ森“さんは以前、そこの女騎士に首を切られたMovieCherね。彼、そこの女を絶対殺すとか言ってたわよ〜?」


 ああ、あの光線銃を使っていたMovieCherか。中々有名なMovieCherだったんだな。


 女の話はとりあえず放っておいて、動画の続きを見る。そこで、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は最悪なことを発言した。


『今回の謝肉祭の獲物は、ズールー王国とか言う原住民の原始国家の元首だ。誰が早くソイツの首を取れるか競争だ』


 コイツ……人の命を競争の道具にしやがって。許せない奴だ。俺が怒りの表情をあらわにしていると、アジエが疑問符のついた顔で尋ねて来た。


「ねぇ、ゴンスケ。“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は何を言ってるの? 全然分かんないよ」

「え? あ、そうか。今の“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は“火吹き山“の言語じゃなくて、惑星ネクロポリスの言葉を喋っているのか」

「惑星ネクロポリス? よく分からないけど、ゴンスケにはその言葉が分かるの? なんて言ってるのか教えて?」

「ああ、分かった。あのな、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“は……」


 俺は“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“の言葉を全員に伝える。騎士達は直ぐに怒りの表情を見せる。無理もない。自分たちの王が競争のダシに使われているのだ。怒らない方が返って変だ。


「くっ…… “蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“め! 舐めたことを!」

 

 ムアニカがクォンタムブレーカーVer12 Update5の柄を強く握る。怒りの度合いが半端ないな。握った手からギシギシと言った音が聞こえそうだ。


 動画は長々と謝肉祭とか言うコラボ動画のルールを説明している。くだらないルールを作って遊び感覚の奴らを見て、心底反吐がでる思いだ。


『あと、最後に特別ボーナスの話だ。今話題になってる地球人の首を取った奴には、俺からの特別ボーナスがあるぞ』


「ゲ!」


『特別ボーナスとは……ジャジャーン。この俺のサイン入りシャツのプレゼントだ! 銀河広しといえども、このシャツはたった一枚しかないからな。みんな、頑張ってくれ!」

 

 シャツには“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が力こぶを作ったプリントが施されている。

 悪趣味全開だ。俺がもらったら、即ゴミ箱行きだ。あんなゴミのために俺の命が狙われるなんて、スッゲー嫌な気分だ。


『この準備で中々動画をアップできなくてすまなかったな。では、いつもの行ってみましょう。"おう、MovieChの前のみんな。俺の活躍をしっかり見てろよ"』


 と言ったところで動画は終わった。なるほど、“蛇馬魚鬼ジャバウォーキー“が鳴りを潜めていたのは、このコラボ動画の準備をしていたからか。


 くだらんことをしてやがる、と思いながら、ふと画面の端を見ると、オススメの関連動画で俺が丸焼きで死んだ動画がピックアップされている。く……嫌な関連付けしやがって。もし俺が虐殺動画ジェノサイド系MovieCherに殺されたら、その動画も関連動画として載るのだろうか。そう思うと、非常に嫌な気分にさせられた。


 動画を見終わった俺は女をキッと睨む。


「おい、アンタも謝肉祭コラボ動画に参加するつもりなのか!?」

「ふふふ、私はそのつもりだったけど……今回は止めておくわ。だって……」

「だって?」

「私、これから惑星ネクロポリスに"死に戻り"するからよ。再びココに戻る頃にはコラボ動画は終わってるわ」

「なに!?」


 俺が驚きの声を上げるよりも早く、女は奥歯を強くかみしめた。“ガリ“という音がして、女が口から血を吐き、ガクリと頭を垂れた。


「しまった!」


 俺とクックロビンが急いで女の元に駆け寄り、様子を見る。しかし、時既に遅く、女は事切れていた。


「く……いろいろ聞きたいことがあったのに……」

「奥歯に毒を仕込んでいたみたいだよ。しまったね、油断しちゃった」

「いや、まさか死ぬなんて……あいつら、死が怖くねぇのかよ」

「ゴンスケくん。MovieCherの中には死なんてゲームのリセットと同じと思っている連中もいるのさ。このまま囚われるより、死んで記憶データを頼りに生き返るのが、彼女にとって最良の方法なのさ」

「ふざけてやがる……しかし、死体はココに放置してあるぜ。それで生き返れるのかよ?」

「ああ。脳内チップが量子テレポーテーションを使って、惑星ネクロポリスのバックアップストレージと常にデータリンクしているからね。今ごろ、彼女はバックアップストレージ内の記録から新しい肉体を生成している頃だよ」

「そうなのか。てっきり脳が必要だと思ってたよ。じゃあ、俺がマグマ溜まりに落ちた時、死体を回収してくれたんじゃなかったんだな」

「そうさ。この脳内チップとバックアップストレージとのデータリンクは惑星ネクロポリスの技術じゃないと不可能なのさ。原住民も擬似脳内チップを持っているけど、彼らはバックアップストレージを持っていないからね。彼らが死んでも基本的には生き返らせることは、できないのさ」

「ふーん……」


 俺はこの時、深くは考えていなかった。

 今になって思えば、バックアップストレージが無いと生き返れないならば、トラックに引かれた俺はどうやって生き返ったのだろうか。何か特別な方法なら、バックアップストレージ無くとも生き返らせることができるのかもしれないが、今の俺には知る由も無かった。


 と、その時、“ドルドルドル“と爆音がこちらに近づいて来た。顔を上げて空を見ると、青い髪の少女が変なランドセルを背負って、空を飛んでやって来たのだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 二人とも、MovieCh見た?」


 アリスが驚嘆な声を上げている。女神の役柄を完全無視した登場の仕方に、俺は思わず手で顔を覆うのだった。

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