第三十四話 死者たち
「うぉおお!?」
俺は思わず声を上げた。てっきり死んだと思っていた女騎士が動いていたからだ。なんて生命力だ。この状態で生きていたのか!?
「あ……ああ…」
いや……これは、違う。絶対に生きてない。俺の足首を掴んでいる女騎士は体が半分崩壊している。こんな状態で生きている訳がない。
「離せ!」
俺は掴まれた足首を強引に引き離した。振り解かれた女騎士は力なく地面に転がった。しかし、女騎士は残った半身を引きずりノロノロと俺の元に近寄ってきた。う……まるでゾンビだ。
「一体何なんだ……? おい、アンタ、何しやがった!」
「大したことじゃないわよ。魔法で死んだ体を動かしているだけよ」
「なんだと? 魔法で生き返らせたのか?」
「ふふふ。“生き返らす“ためには惑星ネクロポリスの設備が無いと流石に無理ねぇ〜。私がしたのは、原住民の脳にある擬似脳内チップに働きかけて体を動かしてるだけよ。ただ、脳みそを完全に操作できる訳じゃないから、難しい命令はできないわ」
擬似脳内チップ……そうか、確か惑星ダンジョンの住人は頭の中に擬似的な脳内チップを持っている。彼らは擬似脳内チップの力で、魔法やスキルが使えるんだった。身体に大きな影響を擬似脳内チップは与えているため、それを操作すれば、“体を操れる“ということか。
「へん。ゲスなことしやがる。だがな、こんなノロノロしている程度なら俺には勝てないぜ」
「あら? それはどうかしら。その女騎士は体の半分がないから鈍いのよ。全身が残っている連中は……どうかしらねぇ〜?」
「え?」
俺が嫌な予感がした。全身が残っている連中……女の言葉を理解した時、俺は戦慄した。
「グオオおぉおおおお!」
「ガァああああ!」
「う、うわぁー! で、で、出た〜!」
先ほど、魔法で体が黒こげになった騎士と電撃で体中に血管が浮き出ている騎士たちが一斉に俺に襲い掛かってきたのだ。
黒こげの騎士は走りながら体が崩れ落ち、その場に朽ち果てた。しかし、電撃で死亡した騎士たちは体がキチンと残っているため、元気よく俺に向かって走ってきたのだ。
「く、来るな!」
「ふふふ、言っても無駄よ〜。だって、死んでるんですから〜」
俺は襲い掛かる騎士たちを前蹴りして弾き飛ばす。しかし、騎士たちは直ぐに体勢を立て直して襲い掛かって来る。女の楽しそうな口調が俺の
「世界の理に掛けて……
生首の機械からバチバチと音が鳴り響いた。マズい、電撃が来る。俺は迫りくる騎士たちを力任せにぶっ叩き、間を縫って逃げ出した。
その後、すぐさま轟音と共に電撃が放たれた。電撃は騎士たちに命中して体を焦がす。彼らは煙を上げて次々と倒れ込んだ。
「あらあら〜。二回も電撃に当たるなんて、この人たちもついてないわねぇ〜」
「テメェがやったんだろうが!」
「地球人が逃げなかったら、この原住民達も二回も電撃に当たらなかったのにねぇ〜。ふふふふ」
不愉快な笑い声に俺は苛立ちを隠せない。自分が殺しておいて、俺のせいにするとは、なんて奴だ。
電撃に当たった騎士達が、ゆっくりと起き上がる。先程に比べて動きが鈍くなっている。二回も電撃を喰らったので、筋肉に異常が起きたみたいだ。だが、擬似脳内チップと僅かでも動く筋肉が残っている限り、彼らは動きを止めてくれない。
まずい……ハッキリ言って、分が悪い。女は更に魔法を使って、俺が到着する前に死んでいた騎士たちを次々にゾンビ化させ始めた。俺が事態の悪化を理解する頃には、死者たちの群れが辺りに満ち満ちていた。
「おぁぁあ」
「ぅぐうぅうう」
「くそ……周りが死人ばかりになっちまった。いいさ、やってやる。やってやるさ」
俺はブツブツと呟き、剣に力を込める。相手は死人だ。ためらう必要も無い。たとい、見知った顔がいても躊躇してなるものか。
心中で覚悟を決めて、身構える。剣を正眼に構えて死者達にすり足で近寄る。
「さてさて〜。どう料理してやろうかしらぁ」
「さて……そう上手く…行くかな!」
女が気付かない内に徐々に間合いを詰めた俺は、最初の死者が間合いに入ったと同時に、強烈な面打ちを放つ。
"ガツリ"
剣が頭ごと擬似脳内チップを叩き割り、死者が倒れる。俺は、剣を引き抜き、そのまま横にいる死者の首を刎ねた。
「オラオラ! パワー全開だ!」
「ちっ……この脳筋地球人め。死者ども、アイツを止めなさい。可愛いコレクション達、魔法で援護しなさい」
「グアアァア!」
「う、うぅ……せ、世界の理に掛けて……」
女の命令に従い、死者達と生首が一斉に襲い掛かって来た。
「パワー!」
「どぐあぁぁあ」
俺は迫り来る死者を前蹴りで一気に蹴り飛ばす。鍛えに鍛えた筋肉で放たれた蹴りで吹き飛ばされた死者は、背後に迫る死者の群れにぶつかる。無駄に固まっていた死者達は勢いに押されて、将棋倒しになって倒れ込んだ。
よし、前が開けた。と思った矢先、横合いから長い髪の生首が、魔法を唱えた。
「……
「うぉぉ! ヤバイ!」
生首の根本から霧状の物質が噴出される。絶妙な距離で、
逃げるしかない。魔法の名前からすると、体を麻痺させる毒霧に違いない。万一食らってしまうと、体が動かなくなってしまうだろう。
「筋肉ダッシュ!」
俺は全速力で迫り来る霧から逃げつつ、女の元に全速力で駆け上がる。
俺の狙いは、あのMovieCherの女唯一人だ。このまま死者や生首を相手にしていたら、俺が先に力尽きてしまう。ならば、狙うは敵の大将のみだ。今度こそやってやる。
「な……く、お前たち、地球人を止めなさい」
焦りが見えているな。魔法で強化された俺の筋肉を甘く見たな。あと数歩で女に剣が届く。
「世界の理に掛けて……
「甘い! 世界の理に掛けて……
俺の周りに強力な電界が発生する。電気的な障壁は、生首から放たれる電撃をあらぬ方向に逸らした。思った通り、電撃は
「やった! ……お、おぉ? け、剣と…体が……」
"スポーン"と言う音と共に剣と
「しまった! 魔法の効果で……鉄の武器や防具が……ヌゥン!」
俺が両手を天に向けると、誰かがシャツを抜き取るかのように、鎖帷子が上空に吹き飛んだ。
攻撃力と防御力は皆無となったが、前向きに考えれば、体が軽くなった。
目の前には女を守る相手はいない。死者や生首達は背後から迫ってくるが、今の俺ならば追いつかれる前に女に辿り着ける。
「覚悟しろ!」
「ちっ、しまったわ。食らいなさい!」
女が手を前に突き出すと、キラキラと氷の塊が生み出された。え? いつの間に魔法を唱えたんだ!?
俺が戸惑いを覚えて体勢を崩してしまった。と同時に、氷の塊が俺目掛けて飛んで来た。
風を切る音が迫り来る。ヤバイ、躱せない!
ドスリ、ドスリと肩と足に氷塊が突き刺さる。
「ぅぐうぅうああ!」
「ふふふ、焦らせるわねぇ〜。ビックリしちゃったわ」
「な、何故……無詠唱で……魔法が?」
「おやおや? 地球人は
俺はガクリと膝が折れる。くそ、
"ドスリ"
隠し持っていた回復アンプルを首筋に打ち込む。みるみる内に傷が塞がると共に、俺の心に幸せな感情が湧き上がる。そして、回復した足で一気に女にダッシュした。
「んほ〜〜! お薬気持ちい〜〜い!」
「な、な、なに、こいつ!?」
俺の変態地味た顔を見て、女は侮蔑と驚愕が入り混じった妙な表情で手を前にかざす。女がまた新たな魔法を放とうとするが……
「遅い! どリャ〜」
「ウグゥ!」
俺の強烈なタックルを喰らい、女が吹き飛ぶ。勢いよく飛んだ女は背中から地面に叩き付けられ、むせ返った。その隙に俺は女に馬乗りに乗り掛かった。
「ゴホ……この、地球人め……」
「アンタの負けだ。さっさと魔法を解いて、この場から立ち去れ!」
「ふ……ふふ。私に命令するなんて、誰が……ガハッ!」
俺の鉄拳が女の鼻に叩き込まれた。か弱い女性を殴り付けるクズ男みたいで嫌な気分だが、この場では当てはまらない。コイツはか弱いどころか、邪悪なMovieCherだ。ボコボコにしても良心は痛まない。
「警告だ。さっさと死者たちと生首を止めろ。言っておくが、生首の魔法を使えば、お前も魔法を喰らう羽目になるぞ」
「ふふふ、バカね。殴るだけじゃ…グハッ!」
「アンタを気絶するまで殴り続けてもいいんだぞ」
「ふふふ……確かにコレクションの魔法だと私も被害を被るわ。でも、死者達は関係ないわ。もうすぐお前を殺しに来るわよ」
「じゃあ、来る前にお前を殴って倒す!」
一発、二発、三発……次々と殴りつけるが、この女、殴っても殴っても全然平気な顔をしている。少しばかりのダメージは見えるが、不敵な笑みは崩さない。
死者たちの歩みが近づいてくる。背中に焦りの汗が流れる。くそ! この女、とんでもないタフさだ。
いや、これはタフと言う訳ではない。先ほどから顔面を殴っているが、どうにも感触が鈍い。何か柔軟なクッションを殴っている感覚を覚える。
まさか、この女が着ている惑星ネクロポリスの服の効果か? そう言えば、先ほどの俺の剣撃も思いっきり斬りつけたのに、コイツの体を斬れなかった。どうやら、この服は物理攻撃を和らげる効果があると見ていいだろう。
ヤバイ……どうしよう。このままだと、女を倒す前に死者達が向かってくる。俺は女を殴りつけた拳を見ながら、戸惑い始めた。
と、その時、背後から小さな女の子の声が聞こえてきた。
「ゴンスケ! こ、これは、何!? 一体何が起きたの!?」
「アジエ!? 来るな!」
「おやおや〜? 思わぬ
くそ! なんてことだ。アジエがこの場に来てしまった。“待っていろ“、と言ったが、あんまりにも俺の戻りが遅いから、様子を見に来てしまったのだろう。
女は良い獲物を見つけた蛇の様にニヤリと歪な笑みを浮かべる。
「死者達、その小娘を捕まえなさい」
「グアアッぁああああ」
「え? い、いや。みんな、正気に戻って!」
アジエの思いは届かない。彼らは正気を失っているのでなく、既に死んでいるのだ。今、騎士達は人の形をした肉の操り人形に過ぎない。
瞬く間に死者達がアジエを捕らえてしまった。
「いや! 離して! お願い!」
「ふふふふ、形勢逆転ねぇ〜、地球人? さあ、早く私から降りなさい。さもないと、あの小娘の体をバラバラにしちゃうわよ」
「くッ……」
どうする? どうする? どう? どう?
俺はどうすれば良いか混乱する。コイツの言う通りにしたとして、俺とアジエを助けてくれるとは思えない。かと言って、このままにしているとアジエは殺されてしまう。コイツの魔法を止める方法は一体何があるんだ?
待てよ……。コイツは
ならば、何も考えられない程の強烈な痛みで脳の働きを止めてやる。
思いつくや否や、俺は女の頭を右腕で抱え込み、上腕二頭筋の力で万力の如く締め上げた。
「グギギギギ……な……何を……」
「プロレスで真に痛い技を知っているか。……そう、ヘッドロックだ。痛くて考えがまとまらないだろう?」
「ぐ……ぐ……地…球…人……め」
ギリギリと締め上げる女に連動したのか、死者達と生首の動きが緩慢となる。これは、俺の勘が当たったと見るべきだな。おそらくだが、コイツの来ている服は運動量を伴う打撃には耐性があるが、ジワリジワリと締め上げる物理攻撃には効果が無いに違いない。
女は低く悲鳴をあげる。だが、死者達の動きはまだ止まってない。未だに魔法を解くレベルでは無いのだな。ならば更なる奥の手を見せてやる。
「ヘッドロックにあと一つ、隠し味を加えてやるぜ。タップリ味わえ! これぞ奥義“梅干しヘッドロック“!」
俺は左手の親指で梅干しの様な形を作り、女のコメカミをグリグリと抉る様に押し付けた。
「グキャー!」
女の悲鳴が轟く。
どうだ? 痛かろう。俺が小学校で編み出した殺人技だ。やり過ぎて帰りの会で学級裁判を喰らう程にクラスの中で恐れられた必殺技だ。禁止されてから十年の時を経て、今復活だ。
「ご……ご……ごの…地球……」
女がジタバタと足をバタつかせた後、しばらくしてパタリと力を失った。それと同時に、死者達が動きを止め、力なく地面に倒れ伏した。生首達も正気を失い、虚な表情を浮かべながら空中をふわふわと漂い始めた。
「か……勝った……」
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